北口榛花は流行語になった?注目された言葉と世間の反響

北口榛花選手の「名言が残せなかった」は、2024年12月2日、2024ユーキャン新語・流行語大賞のトップテンに正式選出されました。

この言葉は、パリ五輪のメダリスト会見で「オリンピックとはどんな舞台だったか」と尋ねられた際に生まれたものです。年間大賞ではありませんが、女子やり投げ金メダルの快挙と北口選手の飾らない人柄を象徴する受賞語となりました。

北口榛花の「名言が残せなかった」は流行語大賞を受賞した?

「名言が残せなかった」は、『現代用語の基礎知識 選 2024ユーキャン新語・流行語大賞』のトップテンに入った正式な受賞語です。

2024年11月5日に発表された候補30語に入り、同年12月2日の発表でトップテンに選ばれました。東京都内で行われた表彰式には北口榛花選手本人も出席し、記念の盾を受け取っています。

ただし、2024年の年間大賞は、TBS系金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』から生まれた「ふてほど」です。

そのため、受賞区分を分かりやすく整理すると次のようになります。

  • 受賞語:名言が残せなかった
  • 関係する人物:北口榛花選手
  • 受賞区分:トップテン
  • 発表日:2024年12月2日
  • 2024年の年間大賞:ふてほど

「北口榛花」という名前そのものが流行語になったのでも、候補入りだけで終わったのでもありません。「名言が残せなかった」という発言が、2024年を表すトップテンの一つとして表彰されたのです。

同年のスポーツ関係の受賞語には、パリ五輪総合馬術団体で銅メダルを獲得した日本代表の愛称「初老ジャパン」、大谷翔平選手がメジャーリーグで達成した「50-50」もありました。

「50-50」は本塁打と盗塁の大記録を数字で示す言葉です。一方、「名言が残せなかった」は、世界一になった選手が口にした少し意外な心残りでした。

実際に多くの人が日常会話で繰り返した決まり文句というより、パリ五輪での北口選手の快挙と素顔を一緒に思い出させる言葉として評価されたと考えるのが自然でしょう。


「名言が残せなかった」はいつ、どんな質問から生まれた?

「名言が残せなかった」が生まれたのは、競技直後のテレビ中継インタビューではなく、パリ五輪女子やり投げで優勝した後のメダリスト会見です。

陸上競技専門誌『月陸Online』が伝えた会見内容によると、北口選手は「長く夢見てきたオリンピックが、実際にはどのような舞台だったか」という趣旨の質問を受けました。

北口選手は、子どもの頃には水泳をよく見ていたと振り返ったうえで、五輪を経験して感じた幸福と、一つの心残りについて答えています。

その心残りが、「名言が残せなかったこと」でした。

北口選手は、疲労に加えて複数の言語が頭の中で混ざり、思うような言葉を口にできなかったのが残念だったという趣旨を説明しています。その一方で、世界中の選手が集まって競技できたことを幸せだったと語りました。

つまり、この発言だけを突然口にしたわけではありません。

「オリンピックとはどのような舞台だったか」という質問に答えるなかで、世界の選手と競えた喜びとともに明かした、ユーモアのある心残りだったのです。

発言の背景には、2024年8月10日にスタッド・ド・フランスで行われたパリ五輪女子やり投げ決勝があります。

北口選手は1投目で65メートル80を記録。ほかの選手は最後までこの記録を上回れず、北口選手が金メダルを獲得しました。

この優勝には、いくつもの歴史的な意味があります。

  • 日本選手による女子やり投げ初の五輪金メダル
  • 日本女子のフィールド種目における初の五輪金メダル
  • 日本女子陸上ではマラソン以外の種目で初の五輪金メダル
  • 日本陸上界では2004年アテネ五輪の室伏広治さん以来、20年ぶりの金メダル

これほどの快挙を成し遂げれば、感動的な決めぜりふを期待されるのも分かる気がしますよね。

けれども、北口選手からこぼれたのは、世界一を誇る言葉ではなく「うまく名言を残せなかった」という率直な反省でした。その大きな落差が、かえって本人らしさを伝えることになったのでしょう。

65メートル80は自己ベストではない

この出来事を調べる際に注意したいのが、パリ五輪決勝の記録に関する説明です。

流行語大賞主催者が掲載した受賞理由には、北口選手が1投目に「自己ベスト」の65メートル80を投げたという趣旨の記載がありました。

しかし、日本陸上競技連盟の選手プロフィールでは、北口選手の自己ベストは2023年9月のダイヤモンドリーグ・ブリュッセル大会で記録した67メートル38と確認できます。

パリ五輪の65メートル80は、生涯最高記録を示す自己ベストではなく、2024年シーズンにおける当時のシーズンベストです。

「今季自己ベスト」と書かれる場合もありますが、これはそのシーズンで最もよい記録という意味です。一般的な「自己ベスト」とは区別して受け取る必要があります。

金メダルの価値は、もちろん少しも変わりません。

むしろ北口選手は、五輪で勝った後も65メートル台の記録には満足していないという趣旨の思いを明かしていました。勝利だけでなく投てきの内容にも目を向けていたことに、世界で戦う選手の厳しさが表れていますね。


北口榛花はなぜ名言を残せなかった?

北口榛花選手が思い描いた言葉を残せなかった主な理由は、競技後の疲労と、日本語・英語・チェコ語による取材への対応でした。

北口選手はチェコを練習拠点とし、現地でデイヴィッド・セケラックコーチの指導を受けてきました。国際大会では日本語だけでなく、英語やチェコ語でも取材に答えています。

2024年12月2日の流行語大賞表彰式では、競技後に三つの言語でインタビューを受け、何語を話しているのか分からなくなるような状態だったと説明しました。

どの言語をどの順番で話したかを必要以上に断定するより、三つの言語を切り替えながら取材に応じていた点を押さえるのが正確です。

世界一を決める競技では、助走や投てき動作だけでなく、集中力や感情も限界まで使うことでしょう。その直後に言語を切り替えながら、自分の気持ちを短く分かりやすく伝えるのは簡単ではありません。

北口選手は、幼い頃に見ていた五輪選手の言葉が印象に残っていたため、自分も心に残る言葉を届けたいと考えていたようです。

とりわけ水泳を見ていたという北口選手にとって、2004年アテネ五輪で北島康介さんが語った「チョー気持ちいい」のように、競技の光景と一体になって記憶される言葉への憧れがあったのかもしれません。

ただし、オリンピックは台本のある舞台ではありません。

疲れ切った状態で複数の取材に応じながら、後世に残る完璧なひと言まで生み出すことは、とても難しいものです。北口選手が言葉を隠したのではなく、懸命に対応するなかで率直に感じた心残りだったのでしょう。


本人はトップテン入りをどう受け止めた?

北口榛花選手本人は、「名言が残せなかった」が実際に流行したという自覚はなく、候補入りにもトップテン入りにも驚いていました。

2024年11月14日、東京都内で行われた公開練習前の取材では、候補入りをニュースで知った際の反応を語っています。

北口選手は、流行語大賞には実際に広まった言葉が選ばれるものだと思っていたため、自分では「何も流行っていない」と感じる言葉が候補になり、「どうしたんだろう」と戸惑ったそうです。

友人からは、これからその言葉を使うという趣旨のLINEメッセージも届きました。しかし北口選手は、今から使っても2024年の流行語大賞には間に合わないのではないかと、ユーモアを交えて返しています。

12月2日の表彰式でも、テレビで大きく放送された発言ではなく、会見場で話した言葉が選ばれたことへの驚きを明かしました。

北口選手は「流行った自覚はない」という趣旨の言葉を口にしつつ、取材のたびに名言を思いついたかと聞かれるようになったことも紹介しています。

パリ五輪を通して、名言を残すことの難しさを身にしみて感じたと振り返り、会場の笑いを誘いました。

一方、選考側は、単純な使用回数だけを見てこの言葉を選んだわけではありません。

主催者の受賞理由では、北口選手が特別な名言を残せなくても、ダイナミックな投てきと明るい人柄によって人々の記憶に残ったという趣旨の評価が示されています。

ここには、本人と選考側の少し面白い違いがあります。

北口選手は「流行した言葉なのか」という点から不思議に感じ、選考側は「2024年を振り返るうえで印象に残る言葉なのか」という点を評価したのです。

SNS全体や世間一般の反応については、裏付けとなる大規模な調査が示されているわけではありません。そのため、「社会現象になった」「誰もが使っていた」とまで表現するのは適切ではないでしょう。

確認できるのは、本人には流行した自覚がなかったこと、友人とのやり取りがあったこと、そして選考側が北口選手の競技と人柄を象徴する言葉として評価したことです。


なぜ流行していない言葉が選ばれた?

「名言が残せなかった」がトップテンに選ばれたのは、流行語大賞が必ずしも日常会話での使用回数だけを競う賞ではないからです。

流行語大賞では、その年に注目され、世相や社会の関心を映した言葉も選考されます。言葉とともに、その出来事に関係した人物や団体をたたえる面もあるのでしょう。

この点を踏まえると、流行語には大きく二つの性格があるように感じます。

一つは、多くの人が会話やSNSなどで繰り返し使う言葉です。もう一つは、それほど広く使われなくても、その年の大きな出来事を短く思い出させる言葉でしょう。

「名言が残せなかった」は、後者に近い受賞語です。

この一文を見れば、パリの競技場で北口選手が放った65メートル80の大きな放物線や、金メダルを手にした笑顔を思い出す方がいます。

同時に、三つの言語による取材へ対応しながら、思い描いたような言葉を残せなかったという舞台裏も伝わります。

競技では歴史的な成功を収めながら、言葉については心残りがある。

この対照が、北口選手の強さだけでなく、素直で親しみやすい一面まで表していたのではないかと私は考えます。

もちろん、「多くの人の価値観が変化したから選ばれた」とまで断定できる資料はありません。あくまで主催者の受賞理由と本人の説明から読み取れる範囲で考える必要があります。

それでも、完成された決めぜりふではなく、決めぜりふを作れなかったという告白が受賞語になった点は、これまでの五輪名言とは少し異なります。

巧みに整えた言葉よりも、その場の状況や選手の人柄が伝わる一言のほうが、出来事を鮮やかに思い出させることもあるのでしょう。


考察|名言より大切なものを残した北口榛花

筆者としては、北口榛花選手の「名言が残せなかった」は、無理に格好よく見せなかったからこそ記憶に残る言葉になったと考えています。

これは北口選手本人が示した評価ではなく、メダリスト会見と流行語大賞表彰式での説明を踏まえた私見です。

北口選手がパリ五輪で残した最も重要なものは、言うまでもなく女子やり投げの金メダルです。

決勝1投目の65メートル80で主導権を握り、その記録を最後まで守りました。日本女子が五輪のフィールド種目で初めて頂点に立ったという事実は、一つの言葉よりも雄弁です。

そのうえで、競技後には日本語・英語・チェコ語の取材へ対応しました。

報道で目にするのは短いコメントでも、その言葉が生まれるまでには、競技の疲労、緊張からの解放、複数言語への切り替えという背景があります。そこまで知ると、「名言が残せなかった」の聞こえ方も変わってきますよね。

私は、この出来事にはスポーツを伝える側への小さな問いかけも含まれているように感じます。

大舞台の直後には、選手の生の感情を知りたいものです。しかし、息も整わない状態の選手に対し、誰もが感動する完成されたコメントまで期待するのは、少し酷な場合もあるでしょう。

うまく話せなかったことだけを評価するのではなく、どのような競技を終え、どのような状況で取材を受けていたのかも一緒に受け止めたいところです。

北口選手の場合、名言を用意できなかったことは準備不足を意味しません。

世界最高峰の舞台へ向けて競技の準備を重ね、金メダルを獲得し、その後も各国の取材に応じました。言葉を飾る余裕がなかったこと自体が、全力を尽くした大会だったと伝えているようにも思えます。

また、北口選手は金メダルを獲得しても、記録面では満足していませんでした。

自己ベスト67メートル38を持つ選手にとって、65メートル80での優勝は大きな誇りである一方、さらに遠くへ投げられる余地を感じる結果でもあったのでしょう。

表彰式でも、パリ五輪で勝つまでには苦しいことやつらいこともあったと振り返り、勝てたことを自信にしながら、今後は記録も狙いたいという意欲を示していました。

ここに、北口選手の本当の強さがあるのではないかしら。

歴史的な結果を必要以上に飾らず、満足できなかった部分にも正直に向き合う。その姿勢は「名言が残せなかった」という発言にも、投てき記録への評価にも共通しています。

今後の大会でも、「今度はどんな名言を残すのだろう」と注目されるかもしれません。

けれども、北口選手が無理に決めぜりふを準備する必要はないと私は思います。遠くへ飛ぶやり、競技後の笑顔、周囲への誠実な対応がそろえば、その姿だけで十分に心へ残るからです。


まとめ|「名言が残せなかった」は正式なトップテン受賞語

北口榛花選手の「名言が残せなかった」は、2024年12月2日に発表された2024ユーキャン新語・流行語大賞のトップテン受賞語です。

要点をまとめると、次の3点になります。

  • 発言場所はパリ五輪後のメダリスト会見
  • 「オリンピックとはどんな舞台だったか」という趣旨の質問への回答から生まれた
  • 年間大賞ではなく、年間大賞は「ふてほど」

北口選手は、競技後の疲労と、日本語・英語・チェコ語による取材への対応によって、思い描いた言葉を残せなかったと説明しました。

パリ五輪決勝の優勝記録65メートル80は、自己ベストではなく当時のシーズンベストです。自己ベストは2023年に記録した67メートル38となっています。

本人には流行した自覚がありませんでしたが、選考側は、女子やり投げ金メダルの快挙と北口選手の明るい人柄を思い出させる言葉として評価しました。

名言を作ろうとして作れなかったという正直な心残りが、結果として2024年を表す言葉になったのですね。


よくある質問

北口榛花の「名言が残せなかった」は年間大賞?

いいえ。2024ユーキャン新語・流行語大賞のトップテン受賞語ですが、年間大賞ではありません。年間大賞は「ふてほど」です。

「名言が残せなかった」はどこで発言した?

パリ五輪女子やり投げで金メダルを獲得した後のメダリスト会見です。オリンピックとはどのような舞台だったかという趣旨の質問に答えるなかで語りました。

パリ五輪の65メートル80は北口榛花の自己ベスト?

いいえ。65メートル80は2024年当時のシーズンベストです。日本陸上競技連盟が掲載する自己ベストは、2023年9月に記録した67メートル38です。

春野滋

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