木竜麻生の中学・高校はどこ?学生時代から振り返る学歴まとめ

新潟で学生生活を送り大学進学を機に東京へ向かった木竜麻生の歩みをイメージした風景 俳優・女優:か行

木竜麻生さんの中学・高校の具体的な校名は、今回確認した本人インタビューや所属事務所の公開情報では特定できません。大学では文学部国文学科に進み、大学進学を機に新潟から上京しています。

「本丸中学校?」「新発田南高校?」「実践女子大学なの?」と気になって検索した方も多いでしょう。この記事では、本人が語った事実、所属事務所が公表している経歴、ネット上で流通している未確認情報を分けて、木竜麻生さんの学歴と学生時代を整理します。

木竜麻生の中学・高校・大学はどこ?まず結論を整理

木竜麻生さんは1994年7月1日生まれ、新潟県出身の俳優です。現在の所属事務所MONOPOLIZE(モノポライズ)は、14歳で原宿でスカウトされ、大学進学を機に上京して本格的な芸能活動を始めたと紹介しています。

学校名について、最初に情報の確度を整理しておきましょう。

学校 今回確認できた内容 学校名の確認状況
小学校 小学3年生途中ごろから新体操を開始 校名は今回確認した本人・公式情報では特定できず
中学校 新体操を中3の引退まで継続。中2・14歳で原宿スカウト 本丸中学校説があるが、今回確認した本人・公式情報では校名を特定できず
高校 新潟県内の高校へ進学 新発田南高校説、新発田農業高校説があるが、今回確認した本人・公式情報では特定できず
大学 2013年春に進学。文学部国文学科で古典・漢文・詩などを学ぶ 本人発言で学部・学科を確認
大学名 実践女子大学とする二次情報が流通 今回確認した本人インタビューでは大学名そのものは明示されず

ここで大切なのは、「非公表」と「今回の調査で確認できなかった」は同じ意味ではないということです。

本人や所属事務所が「学校名は公表しません」と明言していることを確認できたわけではありません。そのため本記事では、中学・高校について「非公表」と断定せず、「今回確認した本人インタビューや公式プロフィールでは校名を特定できない」と表現します。

これは少し細かな違いに見えますが、学歴を調べる記事ではとても重要なんですよね。

ネット上で同じ学校名を10サイトが掲載していても、その10サイトが同じ一つの二次情報を参考にしていれば、情報源が10個になったわけではありません。

そこで今回は、学校名の「多数決」ではなく、本人の発言や所属事務所のプロフィールまでさかのぼって確認することを優先しました。


木竜麻生の中学は本丸中学校?確実なのは新体操と14歳のスカウト

木竜麻生さんの中学校について検索すると、新発田市立本丸中学校という学校名を見かけることがあります。

しかし、今回確認した木竜麻生さん本人のインタビューと所属事務所のプロフィールでは、本丸中学校という校名までは確認できませんでした。

そのため、「木竜麻生さんの出身中学は本丸中学校」と断定するのではなく、現時点ではネット上で流通している説の一つとして受け止めるのが慎重でしょう。

その一方で、中学時代にどのような生活を送っていたのかについては、本人がかなり具体的に語っています。

小学3年生から中学3年生まで新体操を7年間

木竜麻生さんは、小学3年生の途中ごろから中学3年生で引退するまで、約7年間にわたって新体操を続けていました。

2019年3月17日に公開された文春オンラインのインタビューで本人が明かしたところによると、最初はクラシックバレエも見学したそうです。

ところが、近所のお姉さんが取り組んでいた新体操の教室を見て「かっこいい」と感じ、新体操を始めることになりました。

中学3年生で引退する直前にはリボンに取り組み、それ以前にはボールやフープなども経験していたといいます。本人が語った期間は「小学3年生の途中くらいから中学校3年生の引退まで」の7年間です。

この「7年間」という数字は覚えておきたいところです。

後年、映画『鈴木家の嘘』で木竜麻生さんが披露した新体操は、単に撮影のために一から身につけたものではありません。

10代まで積み重ねた身体経験が、俳優になってから作品の設定そのものを変えるほど大きな意味を持ったのです。

学生時代の経験がこんな形で仕事につながるなんて、興味深いですよね。

中学2年生・14歳で原宿を歩いていたところスカウト

木竜麻生さんの人生に大きな転機が訪れたのは、中学2年生だった14歳のころです。

東京へ遊びに行った際、原宿で現在の所属事務所から声をかけられました。所属事務所の公式プロフィールにも「14歳の時に原宿でスカウト」と記載されています。

文春オンラインで本人が語った内容をたどると、当日は母親、新体操を一緒にしていた幼なじみ、その幼なじみの母親と4人で東京へ来ていました。

前日には好きだった関ジャニ∞のライブへ行き、原宿ではクレープを食べたり、竹下通り周辺を歩いたりしていたそうです。

「14歳で原宿スカウト」と聞けば、そのまま東京へ移って芸能活動を始めたのかと思ってしまいますよね。

ところが、木竜麻生さんの歩みはそうではありませんでした。

スカウト後も中学の新体操を最後まで続けた

木竜家では、父親から「一度始めたことを途中でやめない」という趣旨の教えを受けていたそうです。

中学で部活動を始めた以上、3年生で引退するところまではやり切る。

そのため木竜麻生さんは、芸能事務所から声をかけられた後も、新体操を中学3年生の引退まで続けました。

後日、事務所の社長が車で約5時間かけて新潟の実家まであいさつに来たことも、本人が明かしています。

それでも、すぐに芸能活動中心の生活へ切り替えたわけではありません。

当時の木竜麻生さん自身も、俳優になりたいという明確な気持ちを持っていたわけではなく、「自分が女優になる」ことをあまり想像していなかったそうです。

スカウトされた14歳は、俳優人生のスタートというより「芸能界への入口を知った年」だった。

私はこの違いが、木竜麻生さんの学歴や学生時代を理解するうえで大切だと感じました。

※画像はAIによるイメージ

木竜麻生の高校は新発田南高校?新発田農業高校説も調査

木竜麻生さんの高校については、ネット上で新潟県立新発田南高校という名前が紹介されています。

さらに別の情報では、新潟県立新発田農業高校という学校名も見かけます。

では、どちらが木竜麻生さんの出身高校なのでしょうか。

今回確認した本人インタビューや所属事務所のプロフィールだけでは、どちらの高校とも確定できませんでした。

ただし、学校名ではなく「新潟県内の高校へ進学した」というところまでは、本人の発言から確認できます。

本人が語ったのは「新潟県内の高校」

2019年3月17日の文春オンラインのインタビューで、木竜麻生さんは14歳でスカウトされた当時、新潟県内の高校へ進学するつもりだったと振り返っています。

そのため、事務所には名前を置く形で待ってもらい、東京へ行ったときに事務所の人と会って近況を報告する程度だったそうです。

ここまでを整理すると、

  • 本人発言で確認できるのは「新潟県内の高校へ進学する予定だったこと」
  • 新発田南高校という校名は今回確認した本人・公式情報では裏付けられない
  • 新発田農業高校についても同様に本人・公式情報では裏付けられない

という状態です。

ネット上で複数の学校名が存在している以上、一つを選んで「こちらが正解でしょう」と推測するより、確認できる範囲をそのまま示すほうが読者にとって親切だと私は考えます。

高校時代はまだ芸能活動を本格化させていなかった

木竜麻生さんの経歴で誤解しやすいのが、14歳のスカウト時期と本格的な芸能活動の開始時期には約5年の差があることです。

本人によると、きちんと仕事をするようになったのは大学生になった19歳ごろでした。

所属事務所も「大学進学を機に上京。本格的に芸能活動を始める」と説明しています。

したがって、高校時代について「すでに俳優として本格活動していた」と捉えるのは正確ではありません。

スカウトによって芸能界との接点はありましたが、高校生活と芸能活動の本格化は分けて考える必要があります。

高校時代から国語が好きだった

そして、高校から大学への進路を考えるうえで見逃せないのが、木竜麻生さんの国語好きです。

本人は文春オンラインで、理系科目が苦手だった一方、国語の授業は好きだったと振り返っています。

高校時代には、授業で扱う前に教科書の小説を読んでしまったり、国語の先生と話したりすることも好きだったそうです。

後に大学で国文学科へ進んだことを考えると、これは単なる学生時代の思い出ではありません。

高校で好きだった「言葉」や「文学」への興味が、そのまま大学での学びにつながっていることが分かります。

芸能事務所に所属していたから演劇系の学校を選んだ、という単純な進路ではなかったところも興味深いですよね。


木竜麻生の大学は実践女子大学?文学部国文学科は本人が明言

木竜麻生さんは高校卒業後、2013年春に大学へ進学しました。

大学名については実践女子大学と紹介する二次情報が広く流通していますが、今回確認した本人インタビューでは、大学名そのものを語っている箇所までは確認できませんでした。

一方で、文学部国文学科に在籍していたことは本人が明言しています。

したがって本記事では、「実践女子大学とする情報はあるが、本人の発言から確実に確認できるのは文学部国文学科まで」と整理します。

2013年春に大学進学、東京へ上京

木竜麻生さんは2019年の文春オンラインで、2013年春に大学生になったことを振り返っています。

大学進学のタイミングで新潟から東京へ移り、所属事務所のプロフィールでも「大学進学を機に上京」とされています。

本人によると、高校時代から「新潟には大学の選択肢がそれほど多くないので、進学時には上京するのかな」という程度には考えていたそうです。

最初から「東京へ出て俳優になるぞ」と強く決意していたわけではなかったところが印象的です。

14歳のスカウトから約5年。

ここで初めて、進学と芸能活動の二つが東京という場所で重なりました。

文学部国文学科で古典・漢文・詩を学んだ

木竜麻生さんは大学で文学部国文学科に在籍し、1~2年生のころには古典や漢文などを幅広く学び、詩の授業も履修していたと話しています。

さらに2018年7月18日号の『anan』をもとにしたインタビュー記事では、本人が大学で近代文学を学んだことも紹介されています。

高校時代から国語が好きだった。

大学では国文学を選んだ。

この二つを並べると、進路選択にはきちんと一本の線が見えてきます。

もちろん、「文学を学んだから俳優として成功した」と因果関係を結びつけることはできません。

ただ、脚本の言葉を読み、その人物の背景を考えて表現する俳優という仕事と、文章や言葉に向き合った大学時代を重ねて見ると、ファンとしては興味深く感じますよね。

19歳ごろから仕事を本格化し、2014年に映画デビュー

木竜麻生さん本人によると、きちんと芸能の仕事をするようになったのは大学生になった19歳ごろです。

テレビCMや映画などの仕事を経験し、2014年には大森立嗣監督の『まほろ駅前狂騒曲』で映画デビューしました。

『まほろ駅前狂騒曲』が2014年の映画デビュー作であることは、現在の所属事務所の公式プロフィールにも明記されています。

ここでも改めて時系列を確認すると、

14歳でスカウト→新潟県内の高校へ進学→2013年春に大学進学・上京→19歳ごろ本格的な仕事開始→2014年映画デビュー

という流れになります。

「14歳でスカウトされた」という華やかなプロフィールだけを見るより、ずっとゆっくりした歩みだったことが分かるでしょう。

就職活動の時期に自分で俳優の道を選んだ

木竜麻生さんにとって、俳優を職業として意識する重要な時期になったのが大学時代です。

周囲の友人たちがエントリーシートを書き、リクルートスーツを着て就職活動へ向かうなか、自分の将来について考えるようになりました。

そして、すでに経験していた芸能の仕事を「おもしろい」と感じていたことから、就職活動をせず、この仕事を頑張ってみようと決めたことを本人がインタビューで振り返っています。

私はここが、木竜麻生さんの経歴を見るうえで一つの大きな分岐点だと思います。

14歳のスカウトは他者から与えられたきっかけですが、大学時代の決断は自分で選んだ進路です。

同じ「芸能界入り」という言葉でまとめてしまうと見えなくなる、大切な違いではないでしょうか。


木竜麻生の学生時代は俳優人生にどうつながった?

ここからは、確認できた事実をもとにした筆者の考察です。

木竜麻生さんの学生時代を時系列で追って私が最も印象的に感じたのは、14歳でスカウトされても進路を急いで決めなかったことでした。

新体操は中学3年生の引退まで続ける。

高校は新潟県内へ進む。

大学では自分が好きだった国文学を学ぶ。

芸能の仕事を実際に経験したうえで、周囲が就職活動を始める時期になって初めて「この仕事を続ける」と決める。

この流れを見ると、14歳から19歳ごろまでの約5年間は「何もしていなかった空白期間」ではなく、将来を決めるための助走期間だったと捉えることができます。

中学まで続けた新体操が『鈴木家の嘘』の役柄を変えた

その「学生時代が後の仕事につながった」ことを最も分かりやすく示すのが、2018年公開の映画『鈴木家の嘘』です。

木竜麻生さんが演じた鈴木富美は、もともと陸上競技に取り組む設定でした。

ところが、木竜麻生さんが中学生まで新体操を経験していたことから設定が変更され、富美は新体操をする人物になりました。本人も、もともと富美は陸上選手の設定だったものの、自分の得意なものとして監督が設定を変えてくれたと語っています。

さらに映画ナタリーによると、オーディションのワークショップで野尻克己監督から自分を表現できるものを求められた際、木竜麻生さんがリボン演技を披露。それを受けて脚本の設定が変更されたとされています。

撮影に向けては、国士舘大学で約4カ月間練習を重ねました。

木竜麻生さん自身も野尻克己監督との対談で、小・中学校時代に新体操をしており、撮影前に国士舘大学へ4カ月ほど練習に通ったと説明しています。

ここは学生時代のエピソードを単なる「昔、新体操をしていました」で終わらせてはいけない部分でしょう。

中学3年生までやり切った新体操が、何年も後のオーディションで武器になり、映画の脚本まで変えた。

これほど具体的に過去と現在がつながった例は、とても印象的です。

『菊とギロチン』300人、『鈴木家の嘘』400人から選出

2018年は木竜麻生さんにとって大きな飛躍の年でした。

所属事務所のプロフィールによると、瀬々敬久監督の『菊とギロチン』では300人の中から花菊役に選ばれ、映画初主演。

同じ2018年の野尻克己監督『鈴木家の嘘』でも、400人の中からヒロイン・鈴木富美役に選ばれたとされています。

中学生まで続けた新体操、大学で学んだ文学、19歳ごろから積み重ねた仕事。

学生時代の一つ一つを無理に「成功の理由」に結びつける必要はありません。

それでも、14歳でスカウトされた瞬間だけを切り取るのではなく、その後に積み重ねた時間まで見ることで、2018年の飛躍までの道筋がより立体的に見えてくるのではないでしょうか。

学歴記事で学校名を断定しない理由

今回の調査では、本丸中学校、新発田南高校、新発田農業高校、実践女子大学といった具体的な学校名がネット上に流通していることも確認しました。

それでも、本記事では本人や所属事務所など信頼性の高い公開情報で確認できない学校名を「出身校」として確定させていません。

理由はシンプルです。

芸能人の学歴情報では、一つの未確認情報を複数のサイトが参照し、その複数の記事を見た別のサイトが「多くのサイトに書かれているから事実」と判断するという循環が起こり得るからです。

情報の掲載件数と、情報源の数は同じではありません。

そこで本記事では、学校名について次の基準で整理しました。

本人が具体的に語っている内容は「本人発言で確認」。

所属事務所が掲載している経歴は「公式プロフィールで確認」。

それ以外の学校名は、複数媒体で見かけても原典を確認できなければ「ネット上の説」「二次情報」としています。

これは少々慎重すぎるように感じる方もいらっしゃるかもしれません。

でも私は、学歴の空欄を推測で埋めることより、「ここまでは分かる、ここから先はまだ確定できない」と境界線を示すことのほうが、読者にとって価値があると考えています。


まとめ|木竜麻生の中学・高校は校名未確認、大学では国文学を学んだ

木竜麻生さんの中学校については本丸中学校、高校については新発田南高校や新発田農業高校という情報がネット上にあります。

しかし、今回確認した本人インタビューや所属事務所のプロフィールからは、中学・高校の具体的な校名までは特定できませんでした。

大学についても実践女子大学とする二次情報がありますが、本人の発言から明確に確認できるのは、2013年春に大学へ進み、文学部国文学科で古典、漢文、詩などを学んだことです。2018年の『anan』では近代文学を学んだことも語っています。

そして学歴以上に印象に残るのが、その歩みです。

小学3年生途中ごろから中学3年生まで約7年間新体操を続け、中学2年生・14歳で原宿スカウトを経験。それでもすぐに芸能一本へ進まず、新潟県内の高校へ進む道を選びました。

大学進学を機に上京し、19歳ごろから仕事を本格化。2014年に『まほろ駅前狂騒曲』で映画デビューし、大学の就職活動期には俳優を続ける道を自分で選びます。

さらに中学生まで続けた新体操は、後に『鈴木家の嘘』で役柄の設定を変えるほど直接的に生かされました。

私には木竜麻生さんの学生時代が、「14歳でスカウトされたシンデレラストーリー」ではなく、約5年かけて自分の進む方向を見つけた時間のように映ります。

好きだった国語を学び、新体操を最後までやり切り、実際に芸能の仕事を経験してから進路を選ぶ。

華やかな出来事よりも、そんな一つ一つの積み重ねに木竜麻生さんの歩みの魅力があるのではないかしら、と私は感じました。


よくある質問

木竜麻生の出身中学は本丸中学校?

新発田市立本丸中学校とする情報がネット上にはありますが、今回確認した本人インタビューや所属事務所の公開情報では校名を特定できませんでした。

本人発言から確認できるのは、小学3年生途中ごろから中学3年生の引退まで約7年間新体操を続け、中学2年生・14歳のときに原宿でスカウトされたことです。

木竜麻生の高校は新発田南高校?

新潟県立新発田南高校という情報のほか、新発田農業高校という情報も見られますが、今回調査した本人・公式情報ではどちらの校名も確認できませんでした。

本人は2019年の文春オンラインで、スカウトされた当時から新潟県内の高校へ進学するつもりだったと語っています。

木竜麻生の大学は実践女子大学?

実践女子大学と紹介する二次情報がありますが、今回確認した本人インタビューでは大学名そのものは明示されていません。

一方、2013年春に大学へ進学し、文学部国文学科で古典・漢文・詩などを学んだことは本人が語っています。『anan』では近代文学を学んだことも紹介されています。


木竜麻生の学歴・学生時代を確認した主な資料

今回の記事では、ネット上の学歴まとめをそのまま重ねるのではなく、木竜麻生さん本人の発言や所属事務所のプロフィールを優先して確認しました。

主に確認したのは、MONOPOLIZE「木竜麻生 Kiryu Mai」公式プロフィールです。生年月日、新潟県出身、14歳での原宿スカウト、大学進学を機にした上京、2014年『まほろ駅前狂騒曲』での映画デビュー、『菊とギロチン』300人、『鈴木家の嘘』400人からの選出などを確認できます。

学生時代については、文春オンラインが2019年3月17日に公開した木竜麻生さんのインタビューを中心に確認しました。中学2年生・14歳でのスカウト、新潟県内の高校へ進む意向、2013年春の大学進学、文学部国文学科、19歳ごろからの本格的な仕事、新体操を小学3年生途中ごろから中学3年生まで7年間続けたことなど、本人の言葉から学生時代を詳しくたどれます。

大学で学んだ分野については、『anan』2018年7月18日号をもとにしたインタビュー記事も確認し、大学で近代文学を学んだという本人の説明を照合しました。

『鈴木家の嘘』と新体操の関係については、野尻克己監督と木竜麻生さんの対談インタビューおよび映画ナタリーの記事を確認しています。国士舘大学で約4カ月練習したことや、木竜麻生さんの新体操経験を受けて役柄が陸上から新体操へ変更された経緯が確認できます。

なお、こうした資料を確認しても、中学校・高校の具体的な校名や、本人自身による大学名の明示までは今回確認できませんでした。

だからこそ、本丸中学校、新発田南高校、新発田農業高校、実践女子大学については、確認できた事実と同じ強さでは扱わないようにしています。

情報が新たに本人や所属事務所から明らかになれば結論が変わる可能性はありますが、現時点では「分からない部分を推測で埋めない」ことが、木竜麻生さんの学歴を最も正確に伝える方法だと考えます。

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