岡本多緒のTAOヘアーとは?世界で注目されたタオカットの魅力

重い前髪と丸いシルエットのマッシュルームショートでニューヨークのランウェイを歩く日本人モデルをイメージしたファッションシーン 俳優・女優:あ行

岡本多緒さんの「TAOヘアー」は、重い前髪と丸いシルエットが特徴のマッシュルームショートで、2009年の世界的ブレイクを象徴する髪型です。

手がけたのは「TWIGGY.」創業者のヘアスタイリスト・松浦美穂さん。2009年2月のニューヨーク・ファッションウィークでは、デザイナーのフィリップ・リムがこの髪型から着想を得てショー全体のヘア演出へ発展させ、岡本さんの存在が世界のファッション界へ強く印象づけられました。

岡本多緒のTAOヘアーとは?タオカットの特徴と誕生

岡本多緒さんのTAOヘアーとは、ぱつっと切りそろえた重めの前髪と、頭の丸みに沿うコンパクトなシルエットを組み合わせたマッシュルームショートです。

「TAOヘアー」「TAOカット」「タオ・ヘア」などの呼び方で知られ、2009年前後の岡本さんを象徴するビジュアルになりました。

『VOGUE JAPAN』の岡本多緒さんの公式プロフィールでは、それまで長い黒髪だった岡本さんが髪を大胆に切り、マッシュルームカットにしたこと、そのスタイルが後に「タオ・ヘア」と呼ばれるようになったことが紹介されています(出典:VOGUE JAPAN「岡本多緒(俳優・モデル)/Tao Okamoto」プロフィール)。

さらに2026年5月28日公開の『FASHIONSNAP』「『モデルも俳優も“演じる”のは同じ』 日本人初のカンヌ女優賞、岡本多緒のキャリアパス」では、TAOヘアーを「重めのマッシュルームカット」と説明し、岡本さんのキャリアを大きく動かした2009年の転機として振り返っています。

この髪型を見たとき、まず目に飛び込んでくるのは前髪ですよね。

眉付近まで落ちる重いラインと、耳の周囲を包むような丸い輪郭によって、横顔でも正面でも頭部のシルエットがはっきり残ります。

しかし、TAOヘアーが重要なのは単に「珍しいショートヘアだった」からではありません。

一瞬で岡本多緒さんだと認識できる形を持っていたことが、大勢のモデルが次々に登場するランウェイで大きな意味を持ったと私は考えています。

当時の岡本さん自身も、周囲と同じようなモデルになるのではなく、自分らしさを表現できる方法を求めていました。

2009年7月27日に『Teen Vogue』が掲載した「The Big Bang: Start the School Year with a Short, Chic Cut」では、岡本さんが、多くのモデルが似たような髪型をしている中で自分自身を表現する方法を探していたという趣旨を語っています。

つまりTAOヘアーは、流行を追っただけのイメージチェンジではなかったのですね。

「岡本多緒というモデルをどう記憶してもらうか」という課題に対する、非常に明快な答えになった髪型だったのでしょう。


TAOヘアーを作ったのは誰?松浦美穂との出会いと完成まで

TAOヘアーを生み出した人物として紹介されているのが、ヘアサロン「TWIGGY.」を創業したヘアスタイリストの松浦美穂さんです。

2026年5月28日公開の『FASHIONSNAP』は、岡本さんの2009年のブレイクを振り返る中で、この「伝説的なTAOヘアー」を松浦さんが生み出したと明記しています。

岡本さんはTAOヘアー以前、長い黒髪でモデル活動をしていました。

『VOGUE JAPAN』によると、14歳でモデルの仕事を始め、2006年には海外で本格的に活動するため単身パリへ渡っています。

ですから、「髪を短くしたら突然世界で成功した」という単純なお話ではありません。

岡本さんにはそれ以前からモデルとしての経験があり、海外へ拠点を移して世界のキャスティングに挑み続けていた土台がありました。

その中で、自分にしかない印象をどう作るかという課題に向き合い、ロングヘアから大胆なショートへ踏み込んでいったのです。

私は、この順番がとても大切だと思います。

TAOヘアーが岡本さんに才能を与えたわけではなく、それまで積み上げてきたモデルとしての実力を、周囲が一瞬で認識できるビジュアルへ変換したのではないでしょうか。

そして、その「形」を仕上げたのが松浦さんでした。

ヘアスタイルは顔の印象を変えるだけではありません。

ファッションモデルの場合、ランウェイで服を着たときの全身のバランスにも影響します。

岡本さんは『VOGUE JAPAN』のプロフィールで身長177cmと紹介されています。

長身で縦方向に伸びる全身のラインに対し、頭部へ丸くコンパクトなシルエットを置くTAOヘアーは、全身を遠くから見たときにも非常に特徴的です。

それでいて髪が肩や首元にかからないため、衣装の襟、肩、アクセサリーなどを隠しにくいという利点もあります。

個性的なのに、服の見せ方を邪魔しにくい。

この組み合わせが、モデルとしてはとても面白いところですよね。

松浦さんの仕事は単に「目立つ髪型を作る」ことではなく、岡本さん本人の存在感と、モデルとして服を見せる役割の両方が成立する地点を見つけたことに価値があったのだと私は感じます。


岡本多緒のTAOヘアーを世界へ広げたフィリップ・リムとは?

TAOヘアーが世界のファッション関係者へ強く印象づけられた大きなきっかけは、2009年2月のニューヨーク・ファッションウィークで行われた「3.1 Phillip Lim」のショーでした。

岡本多緒さんは同ショーの最初に登場するモデル、いわゆるオープニングを務めています。

2009年2月22日の『Teen Vogue』「Street Chic: Tao Okamoto」は、岡本さんが3.1 Phillip Limのショーをオープンし、そのボウルカットが他のモデルたちのヘアスタイルの着想源になったと当時すでに報じています。

さらに同年7月27日の『Teen Vogue』「The Big Bang: Start the School Year with a Short, Chic Cut」では、フィリップ・リムが秋冬ショーに登場する40人のモデルを同じスタイルのウィッグで統一したことが紹介されました。

※画像はAIによるイメージ

ここはTAOヘアーの物語で、最も象徴的な場面かもしれません。

通常、ファッションショーではデザイナーが描くコレクションの世界観に合わせ、モデルのヘアメイクが作られます。

ところがこのケースでは、岡本さんがすでに持っていた髪型がデザイナーを刺激し、一人のモデルの特徴がショー全体を構成するビジュアルへ拡張されたのです。

フィリップ・リムは前述の2009年7月の『Teen Vogue』で、岡本さんの短い髪に反抗的な印象と現代的な強さを感じ、自身のロックンロール的なコレクションとのバランスがよかったという趣旨を語っています。

TAOヘアーは、「かわいい髪型」「似合うショート」という美容的な評価だけで終わらなかったわけです。

デザイナーがその髪型から、人物像や態度、コレクションの物語まで感じ取った。

ここに世界のファッション界で強く響いた理由が見えてくるように思います。

さらに、ショーの最初を飾ったことにも注目したいところです。

オープニングモデルは、そのコレクションで観客が最初に目にする人物です。

岡本さんが最初に登場し、さらにその本人の髪型がショーに登場するモデルたちへ広がっているわけですから、TAOヘアーは単なるスタイリング以上に、コレクションの第一印象を作る重要な要素になりました。

私はこの出来事を、「岡本多緒というモデルの個性が、デザイナーの創作へ逆方向に影響した瞬間」として見ると、とても興味深いと思っています。

モデルは服を表現する存在ですが、優れたモデル自身の個性がデザイナーを刺激することもある。

TAOヘアーは、その関係が非常に分かりやすい形で表れた例なのでしょう。


TAOヘアーで岡本多緒はどうブレイクした?2009年の実績を確認

フィリップ・リムのショーで注目された後、岡本多緒さんは2009年秋冬シーズンにニューヨークだけでなく、ミラノやパリを含む世界の主要ランウェイへ活躍の場を広げました。

『VOGUE JAPAN』は岡本さんの公式プロフィールで、このシーズンに60近くのブランドのショーを歩いたと紹介しています。

2026年5月28日の『FASHIONSNAP』も、TAOヘアーが起爆剤となり、2009年秋冬シーズンに60近くのランウェイへ登場し、出演数で当時異例のトップ5に入ったと振り返っています。

当時の評価を知るうえで、とりわけ参考になるのがモデル業界メディア「Models.com」です。

2009年3月24日の「Top 10 Newcomer FW 09 (Bonus): Tao」では、ニューヨークでMarc JacobsやRalph Lauren、ミラノでDolce & Gabbana、パリでAlexander McQueen、Yves Saint Laurent、Louis Vuitton、Miu Miuなどに起用された実績が紹介されています。

そしてModels.comは、岡本さんの存在を「distinct and memorable」、つまりはっきりと個性があり、記憶に残る存在という趣旨で評価しました。

この評価は、TAOヘアーの役割を考えるうえでも大切です。

ただ奇抜で目立っただけなら、一つのショーで話題になって終わってしまう可能性があります。

ところが岡本さんは、テイストの異なる複数の一流ブランドから続けて起用されました。

そこから見えてくるのは、次の流れです。

  • 2009年2月、3.1 Phillip Limのショーをオープン
  • TAOヘアーがショー全体のヘア演出の着想源になる
  • 2009年秋冬に世界の主要都市で60近くのランウェイへ出演
  • Models.comの2009年秋冬「Top 10 Newcomer」に選出
  • Ralph Laurenなどのキャンペーンや雑誌へ活動が拡大
  • 『VOGUE JAPAN』2009年11月号の表紙を飾る

この流れを見ると、TAOヘアーは「変わった髪型としてニュースになっただけ」ではなかったことが分かります。

最初の注目を、岡本さん本人がモデルとしての仕事で次の評価へつなげていったのですね。

Models.comは2010年1月8日の「MEMORABLE MODELS 2009」でも岡本さんを選出し、『VOGUE JAPAN』(当時Vogue Nippon)2009年11月号の表紙、Ralph Laurenの秋キャンペーン、Vogue Parisをはじめとする媒体への継続的な登場を評価しています。

『VOGUE JAPAN』の公式プロフィールでも2009年11月号の表紙が確認できるほか、Ralph Laurenの広告について、同ブランドが広告へ起用した初のアジア人モデルとして話題になったと記されています。

なおRalph Laurenについては資料によってキャンペーンの時期や「初」の表現に差がみられるため、本記事では『VOGUE JAPAN』公式プロフィールが「初のアジア人モデルとして話題になった」と紹介している事実として扱い、それ以上の範囲までは断定しません。

こうした確認の仕方も大事にしたいところです。

華やかな世界のお話ほど、数字や「史上初」という言葉は一人歩きしやすいもの。

確認できる範囲と、後から語られた評価を分けて読むことで、岡本さんの本当のすごさがかえって見えやすくなります。


TAOヘアーはなぜ成功した?ランウェイ外への広がりと3つの理由

TAOヘアーが成功した理由を、私は「識別性」「適応力」「協働」の3点から考えています。

まず一つ目は、ランウェイ上での識別性です。

重い前髪と丸い頭部のラインは、顔の細かなパーツを確認できない距離からでも特徴が伝わりやすく、短時間で次々とモデルが現れるショーの中で「TAO」という印象を残しました。

ただし、「目立てばよい」ということではありません。

二つ目のポイントは、個性的でありながら、異なるブランドの服に適応できたことです。

実際に岡本さんはMarc Jacobs、Ralph Lauren、Dolce & Gabbana、Alexander McQueen、Yves Saint Laurent、Louis Vuitton、Miu Miuなど、世界観の異なるメゾンから起用されています(出典:Models.com「Top 10 Newcomer FW 09 (Bonus): Tao」、2009年3月24日)。

TAOヘアーには強いシルエットがありますが、首や肩をすっきり見せるため、衣装そのもののラインを覆いにくい。

私はこの「一度見たら忘れにくいのに、服の可能性を狭めない」という性質が大きかったと考えています。

そして三つ目が、本人、ヘアスタイリスト、デザイナーの協働です。

岡本さんが自分らしい見せ方を求める。

松浦美穂さんが、その意志をTAOヘアーという形へ仕上げる。

フィリップ・リムがそこからさらに刺激を受け、自分のコレクション全体へ翻訳する。

この連鎖があったからこそ、一つの髪型が個人のイメージチェンジを超え、国際的なファッションシーンの話題になったのでしょう。

また、「日本でもTAOカットが大流行した」とまで断定するのは慎重であるべきです。

今回確認できた資料だけでは、日本国内の美容室でのオーダー数や美容誌の流行ランキングなど、国内ヘアトレンドとしての規模を直接示す十分なデータは確認できませんでした。

一方で、TAOヘアーがランウェイの外へ波及したこと自体は当時の資料から確認できます。

2009年7月の『Teen Vogue』は、このスタイルを単なるショーの話題として終わらせず、ロサンゼルスのセレブリティ・ヘアスタイリスト、マーク・タウンゼントによる解説まで掲載しています。

同記事では、髪をまっすぐ下ろせばエッジの効いた印象になり、耳にかけたりヘアアクセサリーを使ったりすることで、より柔らかい表情にも変えられるという趣旨が紹介されました。

つまりTAOヘアーは、ハイファッションだけの特殊な造形ではなく、一般の人が「どう取り入れるか」を語られる髪型へ変化したのです。

さらに日本では、2010年にドキュメンタリー番組『情熱大陸』が岡本さんを特集しました。

『VOGUE JAPAN』のプロフィールも、この放送をきっかけに岡本さんが一般にも広く知られるようになったと紹介しています。

ここは「TAOカットが日本中で流行した」と言うより、世界のファッション界で生まれたTAOという強いビジュアルが、テレビなどを通じてファッション専門層以外にも届いていったと捉えるのが正確でしょう。

そして、TAOヘアーを「岡本多緒さんがブレイクした原因」とだけ表現するのも、少し違うように感じます。

岡本さんは14歳からモデル活動を始め、2006年には単身パリへ渡り、TAOヘアー以前から海外で経験を積んでいました。

髪型だけで、Marc JacobsやAlexander McQueen、Louis Vuittonのランウェイを歩けるわけではありません。

世界の現場で通用するウォーキングや表現力、キャスティングへ挑み続ける力があったところへ、一瞬で名前を覚えてもらえるビジュアルが加わった。

TAOヘアーは成功そのものではなく、すでに持っていた実力を世界中の人に発見してもらう入口になった。

私は、この表現が最も実態に近いのではないかと思っています。

モデル本人の意志だけでも、美容師の技術だけでも、デザイナーの発想だけでも生まれなかった。

岡本多緒さん、松浦美穂さん、フィリップ・リムという異なる立場の人たちの感性がつながったことで、一人のモデルの髪型がショー全体のイメージへ育っていきました。

そこにTAOヘアーの物語ならではの魅力があります。

髪型が名刺になり、名刺で興味を持った人が岡本さん本人の仕事を見て、さらに次の仕事へつながっていく。

2009年秋冬の約60ランウェイ、Models.comでの高い評価、『VOGUE JAPAN』表紙、Ralph Laurenをはじめとするキャンペーンへの展開を見ると、その連鎖が一過性ではなかったことが分かります。

岡本多緒さんのTAOヘアーとは、重い前髪と丸いシルエットのマッシュルームショートであり、松浦美穂さんが手がけた岡本さんの象徴的なスタイルです。

そして2009年2月、3.1 Phillip Limのショーで岡本さんがオープニングを務め、フィリップ・リムがその髪型を40人のモデルへ展開したことで、世界的な注目へつながりました。

髪型だけが岡本さんをトップモデルにしたのではありません。

積み上げてきた実力に「誰でもないTAOだと分かる形」が加わったからこそ、その後の世界的ブレイクへ結びついた。

一人の若いモデルが「自分らしくありたい」と模索した先に生まれた髪型が、ヘアスタイリストやデザイナーを動かし、やがて本人の代名詞になっていった。

そう考えると、TAOヘアーは単なる2009年の流行ではなく、岡本多緒さんのキャリアにおける「自分自身を見つけてもらうためのデザイン」だったのではないでしょうか。


よくある質問

岡本多緒のTAOヘアーとはどんな髪型ですか?

重めの前髪をぱつっと切りそろえ、頭の丸みに沿ったシルエットを作るマッシュルームショートです。

『VOGUE JAPAN』の岡本多緒さんのプロフィールでも、長かった黒髪を短くしたマッシュルームカットが後に「タオ・ヘア」と呼ばれたと紹介されています。

TAOヘアーを作ったのは誰ですか?

TAOヘアーを手がけた人物として紹介されているのは、ヘアサロン「TWIGGY.」創業者でヘアスタイリストの松浦美穂さんです。

2026年5月28日公開の『FASHIONSNAP』による岡本さんのキャリア特集でも、TAOヘアーを松浦さんが生み出したことが紹介されています。

岡本多緒のTAOヘアーが世界で注目されたのはいつですか?

大きな転機は2009年2月のニューヨーク・ファッションウィークです。

岡本さんが「3.1 Phillip Lim」のショーをオープンし、その髪型が他のモデルのヘア演出の着想源になりました。2009年7月27日の『Teen Vogue』によると、フィリップ・リムは秋冬ショーで40人のモデルを同じTAO風のウィッグで統一しています。

春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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