戸上隼輔選手の高校は野田学園高等学校、大学は明治大学です。中学2年で三重県から山口県へ移り、全国王者への階段を上りました。
小学校から大学卒業までの学歴、学生時代の主な成績、進路を変えた背景を、野田学園、明治大学、日本卓球協会などの公表情報をもとに時系列で整理します。
戸上隼輔の高校・大学はどこ?学歴一覧
戸上隼輔選手は、三重県津市の小学校と中学校を経て、中学2年で山口県の野田学園中学校へ転校しました。
その後は野田学園高等学校から明治大学へ進学し、2024年に大学を卒業しています。まずは学歴と確認状況を一覧で見てみましょう。
学校区分 学校名 在籍時期 主な出来事・確認状況
小学校 津市立修成小学校 2014年3月卒業と推定 生年月日と一般的な学齢による推定。学校名は所属先プロフィールなどで確認
中学校前半 津市立橋南中学校 2014年4月進学と推定 中学2年まで在籍したとされる
中学校後半 野田学園中学校 中学2年で転校 野田学園および所属先などの経歴で確認
高校 野田学園高等学校 2017年4月進学、2020年3月卒業 インターハイ男子シングルスを2018年、2019年に連覇
大学 明治大学 2020年4月進学、2024年卒業 全日本学生選手権優勝、全日本選手権男子シングルス2連覇
大学の学部 公表資料で確認できず ― 学部名は断定しない
戸上選手は2001年8月24日生まれで、三重県津市出身です。身長170センチ、右利きのシェークハンドで、前陣での速い攻撃を得意としています。
学校名と卒業年については、野田学園の卒業時の紹介、明治大学体育会卓球部や所属先のプロフィールなどで経歴を確認できます。一方、小学校と中学校の入学・卒業月は、生年月日から一般的な学齢に沿って整理した推定を含みます。
また、明治大学の学部については、今回確認した明治大学、競技団体、所属先の公開プロフィールからは特定できませんでした。
インターネット上に学部名を記したページがあっても、その根拠となる本人や大学の発表を確認できなければ断定はできません。確認済みの事実と学齢からの推定を分けることが、学歴を正確に伝えるうえでは大切ですよね。
戸上隼輔の小学校・中学校はどこ?3歳から卓球を開始
戸上隼輔選手の出身小学校は、三重県津市にある津市立修成小学校です。
卓球を始めたのは3歳の頃でした。2人の兄の影響でラケットを握り、地元の松生卓球道場などで競技の基礎を身につけていきました。
戸上家は卓球との縁が深く、父親の戸上義春さんも全国大会で実績を残した元選手です。
父・義春さんは1982年の全国高等学校総合体育大会、いわゆるインターハイの男子ダブルスで、大瀬博文さんとのペアにより優勝しています。この父親の戦績は、全国高等学校体育連盟などがまとめるインターハイの大会記録で確認できる情報です。
幼い戸上選手にとって、卓球はテレビの中だけにある遠い競技ではなく、家族の日常に溶け込んだ身近な存在だったのでしょう。
ただし、小学生の頃から全国タイトルを次々に獲得していたわけではありません。日本卓球協会の大会記録によると、2013年の全日本卓球選手権大会カデットの部では、13歳以下男子シングルスで3位に入りました。
当時は12歳で、小学校6年生に当たる時期です。全国上位へ進む力をすでに備えていた一方、優勝には届いていませんでした。
小学校卒業後は、地元の津市立橋南中学校へ進学しました。その後、中学2年のときに山口県山口市の野田学園中学校へ転校しています。
野田学園は中学校と高等学校を通じ、卓球部の強化に取り組んできた学校です。全国レベルの選手たちと日常的に練習できる環境へ移ったことが、戸上選手の学歴における最初の大きな転機でした。
2015年には、全日本卓球選手権大会カデットの部の14歳以下男子シングルスで準優勝しています。こちらは野田学園中学校へ転校した後の成績です。
時期 学校・環境 主な成績
小学生 津市立修成小学校、地元の卓球道場 2013年全日本カデット13歳以下男子シングルス3位
中学前半 津市立橋南中学校 地元・三重県で競技を継続
中学後半 野田学園中学校 2015年全日本カデット14歳以下男子シングルス準優勝
野田学園への転校理由や当時の生活形態について、本人や学校が公表した詳しい説明は限られています。そのため、家族との暮らしや住居の状況まで推測で断定することはできません。
確かに言えるのは、10代前半で学校と練習拠点を変え、全国屈指の強豪校で競う道を選んだということです。
筆者としては、転校の価値は練習量が増えたことだけではなく、全国レベルの速度や回転を毎日の基準にできたことにあったと考えます。
卓球では、大会で初めて速いボールを受ける場合と、普段から繰り返し受けている場合とで、反応や判断に差が生まれます。全国3位から準優勝へ進んだ歩みには、環境を変えた後も地道に課題と向き合った時間が表れているように感じられます。
戸上隼輔の高校は野田学園|インターハイを2連覇
戸上隼輔選手の出身高校は、山口県山口市の野田学園高等学校です。2017年に進学し、2020年3月に卒業しました。
高校時代は2017年のインターハイ男子シングルス準優勝を経て、2018年と2019年に同種目を連覇しています。
主な成績は、全国高等学校体育連盟、日本卓球協会、当時の国際卓球連盟が公表した大会記録などから次のように整理できます。
年 主な大会 成績
2017年 インターハイ男子シングルス 準優勝
2017年 ジュニアサーキット・スウェーデンオープン ジュニア男子単複優勝
2017年 ITTFチャレンジ・ベルギーオープン U21男子シングルス優勝
2018年 全日本選手権ジュニア男子シングルス 3位
2018年 インターハイ男子シングルス 優勝
2018年 ITTFチャレンジ・ベラルーシオープン 男子シングルス準優勝
2019年 全日本選手権ジュニア男子シングルス 優勝
2019年 インターハイ男子シングルス 優勝
2019年 インターハイ男子ダブルス 優勝
2019年 アジアジュニア選手権男子ダブルス 優勝
2017年は、インターハイ男子シングルスの決勝で敗れて準優勝でした。しかし翌2018年に初優勝し、2019年も勝ち抜いて2連覇を達成します。
初優勝の翌年は、対戦相手からプレーの特徴を詳しく研究される立場になります。その状況でも再び頂点に立ったことは、勢いだけではなく、対策に応じて試合を組み立て直す力があったことを示しています。
なお、一部の紹介記事では、最初のインターハイ優勝時の学年について異なる表記が見られます。
戸上選手は2001年8月生まれで、2020年3月に高校を卒業しています。一般的な学齢では2018年夏は高校2年に当たるため、この記事では不一致のある学年表記を採用せず、2018年と2019年の大会年を基準にしています。

高校在学中には、学校大会だけでなく国際大会やTリーグにも出場しました。
2018年にはITTFチャレンジ・ベラルーシオープンの男子シングルスで準優勝。2019年には宇田幸矢選手とのペアでITTFチャレンジ・クロアチアオープン男子ダブルスを制し、アジア卓球選手権男子ダブルスでも3位に入っています。
さらに、2018-19シーズンからはTリーグのT.T彩たまでプレーしました。高校生の段階で、同年代が中心となる学校大会、海外選手と戦う国際大会、経験豊富な選手が集まるTリーグを並行して経験したことになります。
技術面については、試合映像や競技プロフィールで確認できる攻撃型の特徴を踏まえると、早い打球点からの両ハンド攻撃やカウンターが戸上選手の強みとして挙げられます。
ただし、「高校の何年に特定の技術が完成した」と本人や指導者が明言した資料は、今回確認した範囲では見当たりません。
そのため、インターハイ連覇の要因を一つの技術だけに結びつけることは避けたいところです。連覇という結果からは、攻撃力に加え、前年王者として研究された後も勝ち切るための対応力が高まっていたと筆者は見ています。
野田学園が卒業時に紹介した戸上選手の言葉からは、学校がリラックスでき、卓球を続けるうえで欠かせない場所だったという趣旨が伝えられています。
強豪校と聞くと、厳しい競争ばかりを思い浮かべてしまいますよね。しかし、長期間にわたって高い水準の練習を続けるには、安心して過ごせる居場所も必要です。
野田学園は技術を磨く練習拠点であると同時に、戸上選手が競技へ集中するための生活の土台でもあったのでしょう。
戸上隼輔の大学は明治大学|学生王者から全日本王者へ
戸上隼輔選手は2020年3月に野田学園高等学校を卒業し、同年4月に明治大学へ進学しました。明治大学体育会卓球部で競技を続け、2024年に卒業しています。
明治大学は、水谷隼さん、丹羽孝希選手、森薗政崇選手など、国内外の舞台で活躍した選手を輩出してきた卓球の強豪です。
戸上選手の在籍と卒業については、明治大学体育会卓球部や大学関連の発表、所属先の公式プロフィールなどから確認できます。一方、学部名は信頼できる公開資料で確認できないため、本記事では「明治大学卒業」までを確実な情報として扱います。
大学時代の主な成績は次の通りです。
年 主な大会・活動 成績・内容
2020年 明治大学入学 4月に進学
2020-21シーズン Tリーグ 琉球アスティーダに所属
2021年 全日本学生卓球選手権 男子シングルス優勝
2021年 アジア卓球選手権 男子ダブルス、混合ダブルス優勝
2021年 世界卓球選手権ヒューストン大会 男子ダブルス銅メダル
2022年 全日本卓球選手権 男子シングルス、男子ダブルス優勝
2023年 全日本卓球選手権 男子シングルス優勝、2連覇
2022-23シーズン ドイツ・ブンデスリーガ TTFリープヘル・オクセンハウゼンでプレー
2024年 明治大学 卒業
注意したいのが、2020年1月の全日本卓球選手権です。
戸上選手は同大会の男子シングルスで3位、宮川昌大選手と組んだ男子ダブルスで準優勝しました。しかし、明治大学へ入学したのは2020年4月ですから、この成績は大学入学後ではなく、野田学園高校の卒業を控えていた時期のものです。
年だけを見て「大学時代の実績」とまとめると、時系列がずれてしまいます。小さな違いに見えても、選手がどの環境で成績を残したのかを知るうえでは見逃せない点ですね。
大学入学後の大きな成果は、2021年の第87回全日本学生卓球選手権大会です。戸上選手は男子シングルスで優勝し、大学日本一となりました。
同年のアジア卓球選手権では、宇田幸矢選手との男子ダブルス、早田ひな選手との混合ダブルスでそれぞれ優勝。世界卓球選手権ヒューストン大会でも、宇田選手との男子ダブルスで銅メダルを獲得しました。
そして2022年、全日本卓球選手権男子シングルスで初優勝を果たします。宇田選手と組んだ男子ダブルスも制し、単複2冠を達成しました。
2023年には男子シングルスで再び優勝し、大会2連覇。高校時代のインターハイ連覇に続き、年齢制限のない全日本選手権でも連続優勝を成し遂げたのです。
日本卓球協会の公式大会記録は、この2年間の優勝を確認するうえで中心となる資料です。学生大会での優勝だけでなく、日本のトップ選手が集まる全日本選手権を連覇したことに、大学時代の飛躍がはっきり表れています。
筆者の見立てでは、大学時代の成長を示す一番分かりやすい点は、強いボールを打つ能力だけでなく、大舞台で自分の得意な攻撃へ持ち込む再現性が高まったことです。
これは特定の一試合だけから断定したものではなく、学生選手権優勝から全日本選手権2連覇へ続いた大会結果と、公開された試合映像で見られるプレー傾向を踏まえた考察です。
全日本選手権では対戦相手も戸上選手のフォアハンドや速攻を研究します。それでも連覇できた事実からは、サービス、レシーブ、コース選択を含め、得意な攻撃を出すまでの組み立てにも対応の幅が生まれていたと考えられます。
明治大学在学中のドイツ挑戦と卒業後の所属は?
戸上隼輔選手は明治大学在学中の2022-23シーズン、ドイツ・ブンデスリーガ1部のTTFリープヘル・オクセンハウゼンでプレーしました。
大学の活動だけにとどまらず、Tリーグや海外リーグにも競技の場を広げたことが、戸上選手の大学時代の特徴です。
ただし、ドイツへの挑戦理由について、本人が詳細を説明した一次資料は限られています。「特定の弱点を克服するためだった」などと一つの理由に決めつけず、在学中に海外トップリーグへ活動範囲を広げた事実として捉えるのが適切でしょう。
また、オクセンハウゼンの所属期間には間がある点にも注意が必要です。
戸上選手は2022-23シーズンに同クラブでプレーし、その後、2024年から再び所属しています。連続した一度の在籍期間として書くと誤解を招くため、二つの時期に分けて整理する必要があります。
2024年に明治大学を卒業した後は、故郷・三重県に本社を置く井村屋グループの所属選手として活動しています。井村屋グループの選手紹介でも、野田学園高校、明治大学という経歴を確認できます。
同年のパリ2024オリンピックでは、男子シングルスでベスト16、男子団体で4位となりました。
さらに2025年5月の世界卓球選手権ドーハ大会では、篠塚大登選手との男子ダブルスで金メダルを獲得。日本卓球協会や世界卓球の大会記録によると、日本勢による同種目の優勝は1961年以来64年ぶりでした。
この世界一は大学卒業後の実績であり、学歴そのものではありません。そのため詳しい試合内容には踏み込みませんが、学生時代の経験がどこへつながったのかを示す成果として見逃せないでしょう。
戸上選手は高校時代から、宇田幸矢選手とのペアなどで男子ダブルスの国際経験を積んできました。2019年のアジアジュニア選手権、2021年のアジア選手権と世界選手権を経て、2025年には篠塚選手とのペアで世界一に到達しています。
パートナーが変わっても国際大会で結果を残していることから、個人の攻撃力だけでなく、相手と味方の動きを見ながら判断する適応力も磨かれてきたと考えられます。
戸上隼輔の学歴から見える成長を考察
ここからは、学校ごとの環境と大会成績を踏まえた筆者の考察です。
戸上隼輔選手の学生時代は、基礎を作る時期、日常の基準を高める時期、勝ち方を広げる時期という三つの段階に分けて見ると分かりやすくなります。
小学校時代は、家族や地元の卓球道場に囲まれながら、競技の土台を築きました。2013年の全日本カデットで3位に入り、全国上位へ進む力を示しています。
中学2年で野田学園へ移ってからは、全国レベルの相手と日常的に競えるようになりました。2015年の全日本カデット準優勝は、優勝には届かなかったものの、環境を変えた後も着実に全国の頂点へ近づいていたことを示します。
野田学園高校では、2017年のインターハイ準優勝から、2018年と2019年の連覇へ進みました。一度敗れた大会で翌年に優勝し、さらに前年王者として再び勝ったところに、修正力と継続力が表れています。
明治大学では、2021年に学生日本一となり、2022年と2023年には全日本選手権を連覇しました。学生の中で勝つ段階から、年齢や所属を問わず国内トップが集まる舞台で勝ち切る段階へ進んだのです。
私が特に興味深いと感じたのは、戸上選手が進学するたびに、それまでの長所を捨てず、新しい環境で必要な力を上乗せしている点です。
三重県で育てた基礎が野田学園での練習を支え、野田学園で身につけた全国基準が明治大学での飛躍につながりました。さらに、学校を土台にしながらTリーグやドイツリーグへ挑んだ経験が、異なる相手への対応力を広げたと考えられます。
ただし、技術の変化については、本人や指導者が一つひとつの時期を詳しく説明した資料が十分にそろっているわけではありません。
そのため、「野田学園でカウンターが完成した」「明治大学でサービスが急成長した」といった明確な因果関係までは断定できません。本記事の技術的な評価は、公式大会記録、競技プロフィール、公開された試合映像から読み取れる傾向を踏まえた筆者の見立てです。
それでも、インターハイと全日本選手権の両方で2連覇した事実には、大きな共通点があります。初優勝後に対策される立場となっても、翌年にもう一度勝ち切っていることです。
筆者としては、戸上選手の強さは一度の爆発的な勝利だけではなく、敗戦や相手の対策を受け止め、次の大会へ向けて自分の卓球を調整できる点にあると考えています。
学校名は履歴書のように並べることもできます。しかし戸上選手の場合、それぞれの学校は単なる通過点ではありません。
津市立修成小学校で始まった卓球が、野田学園で全国制覇へ近づき、明治大学で日本一へと実を結びました。さらに卒業後は、オリンピックや世界卓球へ舞台が広がっています。
学歴をたどると、戸上選手が突然強くなったのではなく、環境が変わるたびに課題を一段ずつ乗り越えてきたことが見えてきます。その積み重ねこそ、戸上選手の学生時代を知る一番の魅力ではないでしょうか。
まとめ|戸上隼輔の高校・大学と学生時代の成績
戸上隼輔選手の高校は野田学園高等学校、大学は明治大学です。
小学校は津市立修成小学校で、中学校は津市立橋南中学校から野田学園中学校へ転校しました。高校は2020年3月に卒業し、同年4月に明治大学へ進学。2024年に大学を卒業しています。
野田学園高校では、2017年のインターハイ男子シングルス準優勝を経て、2018年と2019年に同種目を連覇しました。
明治大学時代には、2021年の全日本学生卓球選手権男子シングルスで優勝。2022年と2023年には全日本卓球選手権男子シングルスを連覇し、学生王者から日本王者へ成長しています。
明治大学の学部については、大学や本人、所属先などの信頼できる公表資料から確認できませんでした。根拠の不明確な情報を採用せず、現時点では学部不明として扱うのが適切です。
三重県の地元校から野田学園、明治大学、そして世界の舞台へ。戸上選手の学歴には、より高い基準へ挑みながら、持ち味を一段ずつ磨いてきた成長の道筋が刻まれています。
よくある質問
戸上隼輔の出身高校はどこですか?
山口県山口市の野田学園高等学校です。2017年のインターハイ男子シングルスで準優勝し、2018年と2019年に同種目を連覇しました。
戸上隼輔の出身大学と学部はどこですか?
出身大学は明治大学で、2020年4月に進学し、2024年に卒業しました。学部名は、信頼できる公表資料から確認できないため断定できません。
戸上隼輔はいつ野田学園へ転校しましたか?
津市立橋南中学校へ進学した後、中学2年で野田学園中学校へ転校しました。2015年には全日本カデット14歳以下男子シングルスで準優勝しています。
戸上隼輔の大学卒業後の所属はどこですか?
2024年の明治大学卒業後は、井村屋グループ所属の選手として活動しています。ドイツ・ブンデスリーガのTTFリープヘル・オクセンハウゼンでもプレーしています。
春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)


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