清水空跳選手は2026年4月に右膝裏の違和感、5月に左脚ハムストリングスの肉離れを公表しました。100m復帰は7月5日ですが、完全復帰日は9月時点で公表されていません。
復帰戦の布勢スプリント決勝でも左太もも裏に異変が生じ、その後はU20世界選手権を欠場しました。ここでは、怪我の経緯と各大会で下された判断を、確認できる情報と筆者の考察に分けて整理します。
清水空跳の怪我はいつ?2026年の経緯を時系列で確認
清水空跳選手の2026年シーズンは、4月に公表された右膝裏の違和感から始まりました。その後、左脚ハムストリングスの肉離れ、リレーでの実戦復帰、100m復帰戦での異変、U20世界選手権欠場という経過をたどっています。
本人の発信、日本陸上競技連盟の発表、陸上専門メディアなどで確認できる内容をまとめると、次の通りです。
日付・時期 大会・発表 状態と対応 情報源の区分
2026年4月12日 シーズン初戦を予定 右膝裏の違和感により出場を見送り 本人説明を月陸Onlineが報道
2026年4月29日 織田記念国際 全力で走ることへの不安が残り欠場 本人発信・月陸Online
2026年5月17日 セイコーゴールデングランプリ 大会直前に左脚ハムストリングスを肉離れし欠場 本人説明・月陸Online
2026年6月11日 日本選手権欠場を発表 高速レースによる再発リスクを考慮 本人SNS・月陸Online
2026年6月中旬 北信越高校総体 4×100mリレー決勝、4×400mリレー準決勝・決勝に出場 大会結果・本人SNS
2026年7月5日 布勢スプリント予選 260日ぶりの100mで10秒28、6組3着 大会記録・競技報道
2026年7月5日 布勢スプリント決勝 左太もも裏に違和感が出て減速し、11秒52で8位 大会記録・THE ANSWER
2026年8月4日 U20世界選手権欠場を発表 米国到着後に状態を確認し、安全と競技生活を優先 日本陸連発表・競技報道
注意したいのは、すべてを同じ「肉離れ」とまとめられないことです。
月陸Onlineが2026年4月28日に伝えた本人の説明では、4月12日の初戦を見送った理由は「右膝裏の違和感」でした。一方、5月のセイコーゴールデングランプリ前に起きた左脚の症状は、本人が「ハムストリングスの肉離れ」と説明しています。
北信越高校総体後の本人SNSには、4月から2度の肉離れを経験した趣旨の記述もあります。ただし、外部から確認できる情報だけで4月の右膝裏の症状に正式な診断名を付けることはできません。
そのため本記事では、公表時の表現を尊重し、4月は「右膝裏の違和感」、5月は「左脚ハムストリングスの肉離れ」と区別します。怪我の記事では、似た場所の症状を一つに束ねないことも大切な信頼性の一部ですよね。
4月の右膝裏と5月の左ハムストリングスに何があった?
清水空跳選手は4月12日に2026年シーズンの初戦を予定していましたが、右膝裏に違和感があったため出場を見送りました。
状態が改善してきたことから、4月29日の織田記念国際へ向けて調整を続けたものの、全力で勝負するには不安が残りました。大会前日の4月28日、欠場することが伝えられています。
短距離選手にとって、「日常生活を送れる」「練習で走れる」「100mを全力で走れる」は同じ状態ではありません。
100mではスタート直後から急激に加速し、短時間で最高速度へ近づきます。軽いランニングができても、試合速度で身体にかかる負荷へ対応できるとは限らないのです。
続く5月17日のセイコーゴールデングランプリも欠場しました。6月11日付の月陸Onlineによると、今度の理由は大会直前に負った左脚ハムストリングスの肉離れでした。
ハムストリングスは、太ももの後ろ側にある筋肉群の総称です。走る際に股関節や膝の動きへ関わり、特に高速走では重要な役割を担います。
4月の右膝裏と5月の左脚の負傷に因果関係があったかは、公表されていません。「右脚をかばったため左脚を痛めた」と結び付けるのは推測にすぎず、断定は避けるべきでしょう。
清水選手は2009年2月8日生まれで、当時17歳の星稜高校3年生です。2025年7月の全国高校総体では、追い風1.7メートルの条件で100mを10秒00で走り、高校記録を更新していました。
その記録によって高校最後のシーズンへ大きな期待が集まっていたからこそ、春の主要大会を見送る決断は簡単ではなかったはずです。
しかし、17歳の選手にとって一大会の結果以上に大切なのは、その先も競技を続けられる身体です。筆者としては、無理にスタートラインへ立たなかったことにも、競技者としての強さが表れていると感じます。
日本選手権を欠場した理由は再発リスクへの配慮
清水空跳選手は、2026年6月12日から14日まで開催された第110回日本選手権の男子100mにエントリーしていました。
愛知・名古屋2026アジア競技大会の代表選考会を兼ねた重要な大会で、清水選手は予選5組の2レーンを走る予定でした。しかし、前日の6月11日に自身のSNSで欠場を発表しています。
本人の説明によると、左脚ハムストリングスは回復し、かなり走れるところまで戻っていました。それでも、回復途中で高速レースに出場すると再発する可能性が高いと判断したそうです。
つまり、日本選手権の欠場は「まったく走れなかったから」ではありません。ある程度は走れるものの、試合の最高速度へ安全に対応できる段階ではないと考えたためでした。
この違いは、清水選手の復帰状況を理解するうえで重要です。
ハムストリングス負傷後の競技復帰について、2023年にBritish Journal of Sports Medicineへ掲載された国際コンセンサスは、選手、競技の要求、損傷した筋肉、負傷の種類や程度に応じてリハビリを個別化することを推奨しています。
同論文では、安全にスプリントへ戻るための単一の共通基準について、専門家の合意が得られなかったことも示されています。つまり、「受傷から何週間たったから復帰できる」と一律に決められるものではないのですね。
横浜市スポーツ医科学センターが公表したハムストリングス肉離れの資料でも、損傷部位や競技によって復帰時期や再受傷の特徴が異なり、段階的な復帰が必要だとされています。
これらは清水選手個人の診断や治療方針を示す資料ではありません。ただ、回復日数だけで出場可否を決めず、高速走への反応を見ながら判断したことには、スポーツ医学の一般的な考え方と重なる部分があります。
清水選手は欠場発表の際、「どん底からはい上がる姿を楽しみにしていてください!」と前向きな言葉も発信しました。
大舞台を諦めたのではなく、復帰計画を守るために一度立ち止まったのでしょう。目の前の代表選考より再発を避けることを優先した点に、長い競技生活を見据えた意思がうかがえます。
清水空跳の100m復帰戦はいつ?布勢スプリントで10秒28
清水空跳選手が個人100mへ復帰したのは、2026年7月5日の布勢スプリントです。
その前段階として、6月中旬の北信越高校総体では学校のリレー種目に出場しました。4×100mリレー決勝でアンカーを務め、4×400mリレーでは準決勝と決勝を走っています。
個人100mへいきなり戻らず、リレーを通じて実戦を経験したことが復帰過程の第一歩でした。
そして7月5日、鳥取市のヤマタスポーツパーク陸上競技場で行われた布勢スプリントに出場。個人100mを走るのは、2025年10月18日のU18大会予選以来、260日ぶりでした。
予選では第9レーンを走り、追い風1.2メートルの条件で10秒28を記録しました。6組3着、全体6位となり、上位8人によるA決勝へ進んでいます。
自己ベストの10秒00とは0秒28の差があります。それでも、春から怪我が続いた選手が復帰初戦で10秒2台を記録し、決勝へ進んだことには大きな意味があるでしょう。
少なくともこの予選では、100m一本を高い水準で走り切る力が戻っていることを結果で示しました。
一方、復帰過程は一本のタイムだけでは測れません。清水選手の経過は、次のように分けると見えやすくなります。
- 第1段階:リレー種目で実戦へ戻る
- 第2段階:個人100mを一本走り切る
- 第3段階:同日に予選と決勝を走る
- 第4段階:遠征を伴う大会で複数種目に対応する
清水選手は第1、第2段階を進みましたが、第3段階の決勝で左太もも裏に異変が出ました。一本を走れる状態と、短い間隔で高強度のレースを重ねられる状態は、分けて見る必要があります。
この評価軸は医学的な診断ではなく、2026年の実戦経過を競技日程の負荷から整理した筆者の見方です。ただ「出場したから完全復帰」と判断するより、現在地を丁寧に捉えられるのではないでしょうか。

布勢スプリント決勝の異変は肉離れの再発だった?
布勢スプリント決勝で生じた異変は、肉離れの再発と確定していません。
決勝前には急に雨脚が強まり、競技が約30分間中断されました。再開後、清水選手は勢いよくスタートしたものの、左太もも裏に異変を感じて減速しています。
記録は追い風0.3メートルで11秒52、順位は8位でした。
THE ANSWERが2026年7月5日に掲載したレース後の記事によると、清水選手は以前に肉離れした箇所に、筋肉が収縮するような感覚があったと説明しました。予選を走ったあとから、左太もも裏に違和感があったとも伝えられています。
ただし、本人は肉離れである可能性は低いのではないかという感触も示し、早い時期に戻れるのではないかとの見通しを話していました。
これはレース直後の本人による説明で、医療機関が公表した正式な診断ではありません。そのため、「布勢スプリントで肉離れが再発した」と記事側が断定することはできません。
約30分の中断や雨についても、それだけを原因と決め付けるのは早計です。
予定外の中断が身体の状態を保つうえで難しい条件だった可能性はあります。しかし、清水選手は予選後からすでに違和感を覚えていたため、複数の条件を分けて考える必要があります。
この日の状況として確認できるのは、次の点です。
- 左脚ハムストリングスの肉離れから復帰する途中だった
- 個人100mへの出場は260日ぶりだった
- 予選を10秒28で走ったあとに違和感があった
- 決勝は同日2本目の100mだった
- 決勝前に強い雨による約30分の中断があった
どの要素が異変へどの程度影響したのかは公表されていません。
私は、予選の10秒28だけを見て「完全復活」と評価することも、決勝の減速だけを見て「復帰失敗」と評価することも適切ではないと考えます。
一本を走り切れるところまでは戻ったものの、同日に高強度のレースを重ねる段階では身体の反応を慎重に見なければならなかった――。このように捉えるのが、公表情報に最も忠実ではないでしょうか。
U20世界選手権を欠場した理由と完全復帰の見通し
清水空跳選手は、2026年8月5日から9日まで米国オレゴン州ユージンで開催された第21回U20世界選手権の日本代表に選ばれていました。
予定種目は男子100mと4×100mリレーです。7月末の日本代表結団式では、身体に不安な部分があることを認めながら、戦える状態へ整えて勝負したいという意欲を語っていました。
ところが大会前日の8月4日、日本陸上競技連盟が清水選手の欠場を発表します。
月陸Onlineの同日付記事によれば、米国到着後にあらためてコンディションを確認し、選手の安全と今後の競技生活を最優先にした結果、日本代表チームとして欠場を決定したということです。
清水選手の欠場に伴い、4×100mリレー代表だった篠崎博翔選手が男子100mへ出場することになりました。
ここでも、具体的な診断名や新しい負傷箇所は公表されていません。5月の肉離れが再発したのか、7月の違和感が続いていたのか、それとも別の理由だったのかは、発表内容だけでは判断できない状態です。
布勢スプリント直後には早期復帰への見通しが語られましたが、約1か月後の世界大会には出場できませんでした。したがって、7月の異変を「軽かったから、すでに解決した」と扱うこともできません。
2026年9月時点で明確にいえるのは、次の二つです。
- 個人100mへの実戦復帰日は2026年7月5日
- 不安なく大会を戦える意味での完全復帰日は未公表
U20世界選手権は同年代の世界トップと競える貴重な舞台です。それでも現地入り後の状態確認を経て欠場を選んだ点からは、期待や悔しさだけで出場を押し切らなかった慎重さが伝わります。
清水空跳の復帰過程をどう見る?今後への考察
筆者としては、今後の清水空跳選手を見るうえで、復帰戦のタイムだけを判断材料にしないことが大切だと考えます。
2026年は、リレーへの出場、個人100m予選の完走、同日決勝への進出、海外大会への移動というように、求められる負荷が段階的に大きくなりました。その途中で身体がどう反応したかまで含めて見る必要があります。
国際的なハムストリングス負傷のコンセンサスでも、競技復帰は選手や種目、負傷の特徴に応じて個別に判断すべきだとされています。カレンダー上の日数だけではなく、その競技で必要な動きをどこまで安全に行えるかが重要なのです。
清水選手の場合、100m一本を10秒28で走れたことは確かな前進でした。一方で、同日2本目の決勝では左太もも裏に異変が出て、約1か月後のU20世界選手権も欠場しています。
今後の復帰を見守る際は、次の三つが一つの目安になるでしょう。
まず、高い速度で一本を走ったあとも患部に問題が出ないこと。次に、予選と決勝のような複数レースへ対応できること。そして、移動や調整を伴う大会期間を通じて状態を保てることです。
もちろん、これらは清水選手の医療的な復帰基準ではありません。診断内容やチームの評価は公表されていないため、競技日程から考えた筆者の観察軸です。
清水選手の自己ベスト10秒00は、高校生として極めて高い水準の記録です。それだけに、復帰直後から再び10秒00や9秒台を求める声が集まりやすいかもしれません。
しかし、自己ベストとの差だけで回復を評価すると、260日ぶりの100mを10秒28で走った一歩の価値を見落としてしまいますよね。
個人的には、布勢スプリント決勝で異変を感じたあとに減速したこと、U20世界選手権で出場を強行しなかったことを前向きに受け止めています。どちらも目先の順位より、その後の競技生活を守ることにつながる判断だったと考えられるからです。
高校3年の世界大会を欠場した悔しさは、外から簡単に推し量れるものではありません。それでも、17歳の今だからこそ、完全復帰を急がず一段ずつ負荷へ適応していく意味は大きいのではないでしょうか。
速く走れることだけでなく、速く走った翌日にも状態を保てること。清水選手の本当の復帰は、その安定性が戻った先にあるのだと思います。
まとめ|100m復帰は7月5日、完全復帰日は未公表
清水空跳選手は2026年4月に右膝裏の違和感でシーズン初戦と織田記念国際を見送り、5月には左脚ハムストリングスを肉離れしました。
再発リスクを考えて日本選手権を欠場したあと、北信越高校総体のリレーを経て、7月5日の布勢スプリントで260日ぶりに個人100mへ復帰。予選は10秒28でしたが、決勝では左太もも裏に異変を感じて減速しました。
この異変は肉離れの再発と確定していません。その後に代表入りしたU20世界選手権も、米国到着後の状態確認を踏まえ、安全と今後の競技生活を優先して欠場しています。
したがって、100m復帰日は2026年7月5日、完全復帰日は2026年9月時点で未公表というのが現在の答えです。
一つの記録だけで回復を急いで評価せず、清水選手が安心して複数のレースを戦える日を温かく待ちたいですね。
よくある質問
清水空跳選手はいつ怪我をしましたか?
2026年4月に右膝裏の違和感を公表し、5月には左脚ハムストリングスを肉離れしました。両者は公表時の表現が異なるため、本記事では同じ怪我と断定していません。
清水空跳選手はいつ100mへ復帰しましたか?
2026年7月5日の布勢スプリントです。260日ぶりの個人100mとなった予選で、追い風1.2メートルのなか10秒28を記録しました。
布勢スプリントで肉離れが再発したのですか?
再発とは確定していません。決勝で左太もも裏に異変が出ましたが、医療機関による正式な診断名は公表されていません。
U20世界選手権を欠場した理由は何ですか?
米国到着後にコンディションを確認し、選手の安全と今後の競技生活を優先して欠場が決まりました。具体的な負傷名や患部は発表されていません。
主な確認資料
- 月陸Online、2026年4月28日公開の織田記念国際欠場に関する記事
- 清水空跳選手本人のSNS、2026年6月11日の日本選手権欠場発表
- 月陸Online、2026年6月11日公開の日本選手権欠場に関する記事
- 布勢スプリント公式競技結果、2026年7月5日
- THE ANSWER、2026年7月5日公開の布勢スプリント後の取材記事
- 日本陸上競技連盟、清水空跳選手のプロフィールおよびU20日本代表関連発表
- 月陸Online、2026年8月4日公開のU20世界選手権欠場に関する記事
- British Journal of Sports Medicine、2023年掲載「London International Consensus and Delphi study on hamstring injuries part 3」
- 横浜市スポーツ医科学センター「ハムストリングス肉離れ再発予防についての検討」
※公表された診断表現、記録、出場状況を2026年9月12日時点で確認しました。本人の症状に関する医学的判断は、本人および所属先、日本陸上競技連盟が公表した範囲に限って記載しています。
執筆:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)


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