北口榛花は小学生時代にバドミントンで全国へ!競技歴の原点を紹介

北口榛花選手は小学6年時、北海道代表としてバドミントンの全国団体優勝を経験しました。

個人戦の全国女王だったわけではありませんが、同学年の山口茜選手とも小学生時代に一度対戦しています。

北口榛花のバドミントン全国優勝とは?

北口榛花選手が経験した全国優勝は、2009年の第18回全国小学生バドミントン選手権大会における都道府県対抗女子団体戦です。

小学6年生だった北口選手は北海道代表の一員として出場し、仲間とともに団体日本一に輝きました。

まず、公開されている大会記録や日本陸上競技連盟の選手紹介から確認できる内容を整理します。

項目 確認できる内容
優勝した時期 2009年、小学6年時
大会 第18回全国小学生バドミントン選手権大会
優勝区分 都道府県対抗女子団体戦
代表 北海道代表
個人全国優勝 確認されていない
所属歴 東光小バドミントン少年団
主な確認資料 大会公式記録、日本陸上競技連盟の選手紹介、本人のテレビ番組での説明

大切なのは、「団体戦で全国優勝した」という点です。

北口選手一人が女子シングルスを勝ち抜いて日本一になったのではなく、北海道選抜の一員として全国の代表チームと戦い、優勝をつかみました。

団体戦は、シングルスやダブルスに出場する選手たちの結果を合わせてチームの勝敗を決めます。個人戦とは優勝の仕組みが異なるため、「バドミントンの個人全国女王だった」と紹介するのは正確ではありません。

しかし、団体優勝だから個人の価値が小さいということではありません。

北海道代表に選ばれ、全国大会のコートで自分の役割を担ったこと自体が、当時から北口選手が高い競技力を持っていた証しだと考えられます。

北口選手は北海道旭川市で育ち、北海道教育大学附属旭川小学校へ通いました。バドミントンを始めたのは小学1年生で、地元の東光小バドミントン少年団に所属して競技を続けています。

この競技歴が広く知られるきっかけの一つとなったのが、2025年1月2日に放送されたカンテレ・フジテレビ系『さんまのまんま40周年も笑顔のまんまSP』です。

番組に出演した北口選手は、明石家さんまさんとの会話の中で、やり投を始める前に水泳とバドミントンへ取り組んでいたことを説明しました。

そして、バドミントンでは団体戦で全国優勝したと本人の言葉で振り返っています。

2024年パリオリンピック女子やり投の金メダリストが、子どもの頃には別競技でも全国の頂点に立っていたのですから、驚いた方も多かったのではないでしょうか。

ただし、私はこの経歴を単に「何をしても勝てる天才だった」とまとめるべきではないと感じます。

団体戦では、自分の試合に集中すると同時に、仲間を信じて結果を待たなければなりません。小学生で北海道代表となり、その独特の緊張感を経験したことにも、北口選手の競技人生を知るうえで大きな意味があります。


若葉カップではどんな試合をした?

北口榛花選手は北海道選抜として全国優勝する前にも、東光小バドミントン少年団の選手として全国大会のコートに立っていました。

その一つが、2009年7月31日から8月3日まで京都府長岡京市の西山公園体育館で開催された「第25回若葉カップ全国小学生バドミントン大会」です。

若葉カップは、都道府県選抜ではなくクラブチーム単位で争う団体大会です。

同大会の公式記録には、東光小バドミントン少年団に所属する6年生選手として「北口榛花」の名前が掲載されています。

北口選手は予選リーグのシングルスに出場し、確認できる試合では次の結果を残しました。

  • 鳥取県・箕蚊屋ジュニア戦:21対5、21対6で勝利
  • 京都府・舞鶴ジュニア戦:21対9、21対7で勝利

いずれもストレート勝ちです。

スコアだけで当時のプレー内容や相手との実力差をすべて判断することはできません。それでも、全国大会のシングルスで実際に勝利していたことは、北口選手がチームに選ばれただけの選手ではなかったことを示しています。

同年12月の第18回全国小学生バドミントン選手権大会では、北海道代表としてシングルスとダブルスの記録に北口選手の名前が確認できます。

つまり、北口選手はクラブチームの全国大会と都道府県代表の全国大会という、性格の異なる舞台を経験していたことになります。

一方、公開記録から個々の勝利を拾うときには注意も必要です。

団体戦は、北口選手の試合結果だけで優勝が決まったわけではありません。北海道代表が優勝へ至った価値は、出場した選手と仲間たち全員の成果として捉えるのが適切です。

北口選手について正確に表現するなら、次のようになります。

北口榛花選手は小学生時代、全国大会のシングルスで勝利した実績を持ち、小学6年時には北海道代表の一員として都道府県対抗女子団体戦で全国優勝した選手です。

「個人戦の全国優勝ではない」という訂正だけを強調すると、今度は本人が全国大会で果たした役割まで小さく見えてしまいます。

優勝区分を正しく伝えながら、全国の舞台でシングルスとダブルスを担った事実も一緒に見ることが、公平な評価につながると私は考えます。


山口茜とはいつ対戦した?

北口榛花選手は小学生時代、後にバドミントン女子シングルスの世界トップ選手となる山口茜選手と一度だけ対戦しています。

この事実は、2025年1月2日放送の『さんまのまんま40周年も笑顔のまんまSP』で北口選手本人が明かしました。

北口選手は1998年3月16日生まれ、山口選手は1997年6月6日生まれです。生まれた年は異なりますが、二人は同じ1997年度生まれの同級生に当たります。

番組で明石家さんまさんから、バドミントンの道へ進もうとは思わなかったのかと尋ねられた北口選手は、山口選手と一度対戦した経験を紹介しました。

北口選手の説明によると、結果はまったく歯が立たないほどの完敗。当時から山口選手は、同世代の選手たちにとって「スーパースター」と感じられるような存在だったそうです。

全国団体優勝を経験した北口選手から見ても、山口選手の強さは別格だったことが伝わります。

ただし、現時点で公開されている番組内容だけでは、次の詳細までは分かりません。

  • 対戦した大会の正式名称
  • 対戦した年月日
  • 個人戦だったのか、団体戦内の試合だったのか
  • 当時の得点とゲームカウント

過去の大会記録には両選手の名前が確認できますが、名前が同じ大会資料にあることだけで、その試合を「本人が話した一度の対戦」と断定することはできません。

したがって、確実にいえるのは、北口選手と山口選手は小学生時代に一度対戦し、北口選手本人によれば山口選手の完勝だったという範囲です。

また、この敗戦を北口選手がバドミントンから離れた直接の原因とみなす根拠もありません。

北口選手は当時、バドミントンだけでなく競泳にも本格的に取り組んでいました。山口選手に敗れた直後にバドミントンをやめ、やり投へ転向したという時系列ではないのです。

後に山口選手はバドミントン、北口選手はやり投で世界の頂点へ到達しました。

小学生時代に同じコートへ立った二人が、それぞれ最も能力を発揮できる競技を見つけ、日本を代表する選手へ成長したことは、とても興味深い巡り合わせです。

私は、北口選手がこの対戦を過度に飾らず、相手の強さを率直に認めて話していた点も印象に残りました。

負けた事実を受け入れることと、自分の可能性まで否定することは同じではありません。山口選手との一戦は、勝敗以上に、二人の異なる競技人生を映す貴重なエピソードなのでしょう。


水泳とバドミントンはやり投にどう生きた?

北口榛花選手は3歳から水泳、小学1年生からバドミントンを始め、中学生まで二つの競技を並行していました。

日本陸上競技連盟が公開する北口選手の紹介では、バドミントンで小学6年時に全国大会の団体優勝を経験し、競泳でも中学生時代に全国大会へ出場した経歴が示されています。

やり投を始めたのは小学生時代ではありません。

北口選手が北海道旭川東高等学校へ進学した2013年、陸上部顧問だった松橋昌巳さんに誘われたことが転機となりました。

中学時代に北口選手と同じバドミントン部で、高校では陸上部のマネージャーを務めていた1学年上の先輩が、松橋さんへ北口選手の存在を伝えたとされています。

北口選手は当初、水泳を続けることを条件に陸上部へ入りました。高校入学と同時に、それまでの競技をすべて捨ててやり投一本へ絞ったわけではありません。

日本陸上競技連盟の選手紹介によると、競技開始から約3か月でインターハイに出場。最初の全国高校総体は予選敗退でしたが、同年秋の日本ユース選手権では49m31を記録して3位に入りました。

その後、高校2年時の2014年に全国高校総体を52m16で制し、2015年には56m63で連覇。高校から始めたやり投で急速に力を伸ばしていきます。

では、水泳とバドミントンの経験は、やり投へどのように生かされたのでしょうか。

競技動作を見ると、いくつかの共通点と大きな相違点があります。

バドミントンのオーバーヘッドストロークは、シャトルへ向けて腕だけを振るのではありません。脚で位置を調整し、体幹や肩の回転を使いながら、最後に腕とラケットを加速させます。

やり投も、助走で得た速度を脚、骨盤、体幹、肩、肘、手へ順番に伝え、やりを前方へ送り出す種目です。

どちらも全身の動きを連係させる点では似ていますが、同じ動作ではありません。

バドミントンは相手の返球に応じて短時間で打点を変える一方、やり投では長い助走からクロスステップへ入り、決められた区域内で投射姿勢をつくります。使用する道具の重さや目的、力を伝える方向も異なります。

そのため、「バドミントンのスマッシュが上手なら、そのままやり投でも成功する」とはいえません。

ただ、幼い頃から頭上で道具を振り、視覚情報に合わせて全身を動かしてきた経験は、新しい投てき動作を学ぶ際の一つの土台になった可能性があります。

競泳についても同様です。

水泳では肩周辺を大きく動かしながら、体幹を保って水を捉えます。北口選手の肩甲骨周辺の柔軟性や広い可動域について、水泳経験との関係が競技紹介や取材記事で説明されてきました。

一方、可動域が広ければ、それだけで安全かつ遠くへ投げられるわけではありません。

やり投では、動く範囲の広さに加え、高速動作の中で肩や体幹を安定させ、適切なタイミングで力を伝える能力が必要です。柔軟性と安定性の両方を専門練習で整えなければ、投てき技術にはなりません。

ここを分けて考えることが大切です。

幼少期の水泳とバドミントンが北口選手の身体能力を育てた可能性はありますが、それだけで五輪金メダルまでの因果関係を説明することはできません。

高校で松橋さんから専門的な指導を受けたこと、日本大学以降も技術を磨いたこと、海外へ練習拠点を移したこと、国際大会で経験を積んだことなど、数多くの要素が重なっています。

幼少期の二競技は完成された「やり投の技術」ではなく、後に専門技術を身につけるための身体感覚や学習経験だったと見るのが自然でしょう。


北口榛花の競技歴から見える本当の強み

北口榛花選手の小学生時代から見える強みは、早くから一つの競技だけへ特化していたことではありません。

異なる競技で身につけた感覚を、新しい種目の中で学び直せたことにこそ、大きな価値があると私は考えています。

バドミントンでは北海道代表として団体全国優勝を経験する一方、山口茜選手には完敗しました。

水泳でも全国大会に出場しましたが、最終的に世界の頂点へ到達した競技は、高校から始めたやり投でした。

この歩みは、幼い頃の勝敗だけで将来の適性が決まるわけではないことを示しています。

小学生で全国優勝しても、その競技を生涯の専門種目にするとは限りません。反対に、高校から始めた競技でも、適切な指導と本人の努力によって世界へ進む可能性があります。

北口選手は2023年9月8日、ベルギーのブリュッセルで67m38を投げ、日本記録を樹立しました。

2024年8月10日のパリオリンピック女子やり投決勝では、1投目に65m80を記録。この投てきが最後まで首位を守り、日本女子として初めて五輪陸上のフィールド種目で金メダルを獲得しました。

ただし、この1投を小学生時代のバドミントン団体優勝へ直接結びつけることはできません。

バドミントン、水泳、高校での種目転向、指導者との出会い、大学以降の専門練習、海外での挑戦。その一つひとつが、長い時間をかけて現在の北口選手を形づくったのでしょう。

スポーツを観戦していると、どうしても華やかな優勝や記録ばかりに目が向きます。

けれども北口選手の競技歴を丁寧にたどると、山口選手に歯が立たなかった試合も、最初のインターハイで予選を通過できなかった経験も、その後の成長と切り離せないものに見えてきます。

何でも最初からできたから強いのではなく、勝利と敗戦、異なる競技で得た感覚を次の学びへ持っていける。それが北口選手の本当の強さではないかしら。


まとめ

北口榛花選手は小学1年生からバドミントンを始め、東光小バドミントン少年団で競技に取り組みました。

2009年の第25回若葉カップ全国小学生バドミントン大会では、6年生のシングルス選手として全国大会に出場。確認できる予選リーグでは、箕蚊屋ジュニアと舞鶴ジュニアの選手にストレート勝ちしています。

同年の第18回全国小学生バドミントン選手権大会では、北海道代表の一員として都道府県対抗女子団体戦で全国優勝しました。これは個人シングルスの全国制覇ではなく、北海道選抜による団体優勝です。

同学年の山口茜選手とも小学生時代に一度対戦し、北口選手本人によれば結果は完敗でした。ただし、対戦した大会名やスコアなどは公開情報から特定できません。

北口選手は水泳も中学生まで続け、やり投を始めたのは2013年に旭川東高校へ進学してからでした。

小学生時代の経験が五輪金メダルへ直接つながったと断定することはできませんが、複数の競技で培った身体感覚を、専門的なやり投の技術へ学び直していったことは、北口選手の成長を理解する重要な視点です。


よくある質問

北口榛花選手はバドミントンの個人戦で全国優勝しましたか?

いいえ。確認されている全国優勝は、小学6年時に北海道代表として出場した都道府県対抗女子団体戦です。個人シングルスの全国優勝ではありません。

北口榛花選手と山口茜選手は対戦したことがありますか?

はい。北口選手は2025年1月2日放送の『さんまのまんま40周年も笑顔のまんまSP』で、小学生時代に山口選手と一度対戦して完敗したと明かしました。大会名やスコアは公表内容から特定できません。

北口榛花選手はいつからやり投を始めましたか?

2013年に北海道旭川東高等学校へ進学してからです。陸上部顧問だった松橋昌巳さんに誘われ、競技開始から約3か月でインターハイへ出場しました。

執筆:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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