柏レイソル原田亘とは?プロフィールやプレースタイルを徹底紹介

柏レイソルの黄色いユニフォームを着た背番号42の選手が右後方からボールを運ぶスタジアムの場面 Jリーグ

柏レイソルの原田亘選手は、JFLからJ3、J1へ段階的に成長し、3バック右で攻守をつなぐ背番号42のディフェンダーです。

2025年にサガン鳥栖から柏レイソルへ完全移籍すると、J1リーグ32試合2得点を記録。柏のリーグ2位に貢献し、2025年の明治安田J1リーグ優秀選手賞に選ばれました。

この記事では、2026年7月31日更新のJリーグ公式プロフィールと、柏レイソルが公表した加入発表、選手登録情報、公式戦記録を基準に、原田亘選手の経歴、年度別成績、3バック右でのプレースタイルを整理します。

柏レイソルの原田亘とは?基本プロフィール

原田亘選手は、1996年7月22日生まれ、兵庫県出身のプロサッカー選手です。2026年7月22日に30歳を迎え、柏レイソルでは背番号42を着用しています。

登録ポジションはディフェンダー。右サイドバックと3バック右の両方をこなし、守備だけでなく、後方からのパスやボールの持ち運びにも関われる選手です。

項目 内容
名前 原田亘(はらだ・わたる)
英字表記 Wataru HARADA
生年月日 1996年7月22日
年齢 30歳(2026年8月時点)
出身地 兵庫県
身長・体重 178cm・77kg
ポジション ディフェンダー
利き足 右足
背番号 42
所属 柏レイソル
柏加入 2025年
Jリーグ初出場 2020年6月27日
Jリーグ初得点 2020年10月7日
主な受賞歴 2025年明治安田J1リーグ優秀選手賞

身長と体重については、公表された時期によって数字が異なります。

柏レイソルが2024年12月27日に発表した移籍加入時のプロフィールは178cm・73kg、2025年2月1日更新のトップチーム登録選手一覧は178cm・75kgでした。

その後、柏レイソルが2026年1月5日に公表したトップチーム体制と、同年7月4日に発表した2026/27シーズンの登録選手一覧では、178cm・77kgとなっています。

Jリーグ公式プロフィールも2026年7月31日の更新時点で178cm・77kgと記載しているため、現在のプロフィールを紹介する場合は、この数字を基準にするのが適切でしょう。

体重の違いは、誤記と決めつけるのではなく、登録時期の更新による変化として捉える必要があります。

178cmという身長は、J1で中央を守るセンターバックとしては大柄ではありません。

ただし、原田選手が主に任される3バック右は、高さだけで勝負する位置ではなく、サイドへの対応力、素早い方向転換、味方との距離調整、ボールを前進させる技術が求められます。

そのため、原田選手を見るときは身長だけで評価するのではなく、広い範囲を動ける機動力と、攻守を切り替える判断に注目したいですね。


原田亘の経歴は?星稜高校からJFL、J3、J1へ

原田亘選手は、霞ケ丘学園SC、ヴィッセル神戸U-15、星稜高校、日本体育大学を経て、FC今治で社会人カテゴリーの公式戦に出場しました。

その後はFC今治、サガン鳥栖、柏レイソルと所属クラブを変えながら、JFL、J3、J1へ一段ずつ舞台を上げています。

霞ケ丘学園SCからヴィッセル神戸U-15へ

原田選手の育成年代の所属歴は、霞ケ丘学園SCから始まります。

中学生年代では、Jリーグクラブの育成組織であるヴィッセル神戸U-15に所属しました。

Jクラブのアカデミーでは、個人技だけでなく、周囲の選手との距離、守備の立ち位置、攻撃へ移るタイミングなど、試合全体を見ながら判断する力が求められます。

現在の原田選手が、ボールを持ったときの技術だけでなく、味方との関係を保ちながらプレーできる背景には、育成年代から積み重ねてきた経験もあると考えられます。

ただし、本人が育成年代の経験について詳しく語った公式コメントは限られています。現在のプレースタイルと結びつける場合も、確認できる所属歴と、実際の試合で見られる特徴を分けて考えることが大切です。

星稜高校で全国高校サッカー選手権優勝

高校は石川県の星稜高校へ進学しました。

星稜高校は全国高校サッカー選手権の常連校で、原田選手が3年生だった2014年度には、第93回全国高等学校サッカー選手権大会で初優勝を果たしています。

決勝の相手は前橋育英高校でした。試合は延長戦にもつれ込み、星稜高校が4対2で勝利しています。

星稜高校は前年の第92回大会で準優勝していたため、2大会連続で決勝へ進み、前年の悔しさを晴らす形で頂点に立ちました。

高校年代で全国大会の優勝を経験したことは、原田選手の経歴を紹介するうえで外せない実績です。

一方で、プロ入り後の原田選手を特徴づけているのは、高校時代の肩書だけではありません。大学を経てJFLから出発し、出場実績を積みながら上のカテゴリーへ進んだ点に、この選手ならではの歩みがあります。

日本体育大学を経てFC今治へ

星稜高校卒業後は、日本体育大学へ進学しました。

大学サッカーで4年間プレーした後、2019年に当時JFL所属だったFC今治でリーグ戦30試合に出場し、4得点を記録しています。

柏レイソルが2024年12月27日に公表した加入発表の経歴欄では、「日本体育大-’20FC今治-’22サガン鳥栖」と表記されています。

しかし、同じ加入発表内に掲載された年度別成績表では、原田選手のFC今治での2019年JFL出場が「30試合4得点」と明記されています。

つまり、公式発表の経歴欄にある「’20FC今治」は、Jリーグの登録経歴として簡略化された表記とみられますが、2019年にFC今治の選手としてJFL公式戦へ出場していた事実は、同じ公式資料の成績表で確認できます。

この記事では混乱を避けるため、FC今治での公式戦出場開始は2019年、Jリーグ初出場はクラブがJ3へ参入した2020年と整理します。

FC今治は2019年のJFLでJ3昇格条件を満たし、2020年からJリーグへ参入しました。

原田選手にとっては、クラブとともにカテゴリーを上げ、自分自身もJリーガーとしての一歩を踏み出したことになります。

※画像はAIによるイメージ

原田亘の年度別成績は?FC今治・鳥栖・柏での記録

原田亘選手は、2019年のJFLから2025年のJ1まで、リーグ戦で通算205試合に出場し、16得点を記録しています。

この合計は、柏レイソルが2024年12月27日の加入発表で公表した2019年から2024年までの成績に、2025年のJ1リーグ32試合2得点を加えたものです。

年度 所属 カテゴリー リーグ出場 得点
2019 FC今治 JFL 30 4
2020 FC今治 J3 28 3
2021 FC今治 J3 25 3
2022 サガン鳥栖 J1 27 0
2023 サガン鳥栖 J1 29 1
2024 サガン鳥栖 J1 32 3
2025 柏レイソル J1 32 2
合計

203 16

表を合計すると、2019年から2025年までのリーグ戦出場は203試合です。

以前の記事にあった「200試合を超える」という表現だけでは集計基準が分かりにくいため、ここではJFL30試合、J3通算53試合、J1通算120試合を合算した203試合と明示します。

カップ戦や天皇杯は含めていません。

FC今治でJFLからJ3へ

2019年はJFLで30試合4得点を記録しました。

2020年にFC今治がJ3へ参入すると、原田選手は背番号42を着用。J3リーグ28試合3得点を残しています。

Jリーグ初出場は2020年6月27日のJ3第1節、FC岐阜戦でした。

Jリーグ初得点もFC岐阜戦で、同年10月7日に行われた第20節で記録しています。この2つの日付は、2026年7月31日更新のJリーグ公式プロフィールにも掲載されています。

2021年もJ3で25試合3得点を記録しました。

FC今治での2年間のJ3成績は、合計53試合6得点です。ディフェンダーとして継続的に試合へ出ながら、得点にも関わっていたことが分かります。

JFLからJ3へカテゴリーが上がっても大きく出場数を落とさなかった点は、その後のJ1移籍につながる重要な実績でしょう。

サガン鳥栖でJ1に定着

原田選手は2022年、FC今治からサガン鳥栖へ完全移籍しました。

J1初挑戦のシーズンながら、リーグ戦27試合に出場。ルヴァンカップ5試合、天皇杯3試合にも出場しています。

2023年はJ1リーグ29試合1得点、2024年は32試合3得点を記録しました。

鳥栖でのJ1リーグ通算成績は、88試合4得点です。

J3から移籍した直後だけ一時的に出場したのではなく、3シーズンにわたって27試合以上へ出場した点に注目したいですね。

原田選手は鳥栖で、右サイドバックと3バック右の両方を経験しました。

タッチライン沿いを上下するだけでなく、最終ラインの外側からパスを出し、必要に応じてボールを持って前進する役割を担ったことが、柏での起用にもつながったと考えられます。

柏レイソル加入初年度に32試合2得点

柏レイソルは2024年12月27日、原田選手がサガン鳥栖から完全移籍で加入すると発表しました。

原田選手は加入コメントで、柏に関わる人々へあいさつし、「わたる」と呼んでほしいと伝えています。

2025年はJ1リーグ32試合に出場し、2得点を記録しました。

そのうちの1得点は、2025年5月31日に行われた第19節ヴィッセル神戸戦で生まれています。

右サイドで久保藤次郎選手からパスを受けると、原田選手は右のハーフスペースへ進入し、右足でシュートを決めました。

ハーフスペースとは、ピッチ中央とタッチラインの間にある縦長の区域です。

3バック右の選手がこの場所まで上がると、相手は前方のウイングだけでなく、後ろから進入してくる選手にも対応しなければなりません。

この得点は、原田選手の攻撃参加が単なる外側からのクロスだけではなく、内側の空間へ入り込む動きも含んでいることを示す場面でした。


柏レイソル原田亘のプレースタイルは?3バック右で攻守をつなぐ

原田亘選手のプレースタイルは、広い守備範囲と前進力を生かし、3バック右から攻撃の起点になれることが特徴です。

対人守備だけを専門とするセンターバックでも、縦への突破だけを狙うサイドバックでもありません。

守備、ビルドアップ、攻撃参加を連続して行えることが、柏レイソルでの大きな役割になっています。

守備時は中央と右サイドの間を管理する

3バック右は、守備時に難しい判断を求められるポジションです。

相手のウイングがタッチライン側へ開いた場合は、中央の位置を離れて外側まで対応しなければなりません。

しかし、早く外へ出すぎると、中央のセンターバックとの間に相手が入り込める空間が生まれます。

反対に中央へ残りすぎれば、相手のサイドアタッカーに前を向かれてしまいます。

原田選手には、相手へ寄せることと、最終ラインの間隔を保つことの両立が求められているのです。

柏の基本的な並びでは、中央の古賀太陽選手、左側の杉岡大暉選手らと最終ラインを形成する場面が見られました。

原田選手が右へ出たときは中央の選手が横へスライドし、前方の選手も戻りながら空いた場所を埋めます。

スライドとは、相手やボールの位置に合わせて、守備陣が全体で横方向へ移動することです。

原田選手一人の速さだけで守るのではなく、誰が相手へ出て、誰がその背後を埋めるのかという連係が重要になります。

ボール保持時は最終ラインから前へ運ぶ

柏レイソルは2025年、リカルド・ロドリゲス監督のもとで、後方から丁寧にボールを動かす攻撃に取り組みました。

相手が中央のパスコースを閉じた場合、3バックの外側にいる選手が前へボールを運ぶことで、相手の守備位置を動かせます。

原田選手が右側から持ち上がると、相手のウイングや中盤の選手は、原田選手へ寄せるのか、前方の久保藤次郎選手を警戒するのかを選ばなければなりません。

相手が原田選手へ出れば前方へのパスコースが生まれ、前の選手を警戒して下がれば、原田選手自身がさらに運べます。

これは、ドリブルで何人も抜くこととは異なる前進方法です。

相手が守りにくい位置へボールを運び、味方が前向きで受けられる状況をつくることに意味があります。

原田選手のプレーを観戦するときは、パスが成功したかだけでなく、そのパスによって受け手が前を向けたかにも注目すると、役割が見えやすくなりますよ。

右ウイングとの距離で攻撃を組み立てる

柏の右サイドでは、原田選手と久保藤次郎選手が同じ縦のレーンへ並び続けるのではなく、一方が外へ開き、もう一方が内側へ入る形が見られました。

さらに中盤の小泉佳穂選手らが近い距離へ移動すると、3人で三角形をつくりながらパスを交換できます。

原田選手が外側へ広がれば、久保選手は内側でボールを受けやすくなります。

反対に久保選手がタッチライン側へ張れば、原田選手は神戸戦の得点場面のように、内側のハーフスペースへ進入できます。

この位置交換により、相手は誰を受け渡すのか判断しなければなりません。

原田選手の攻撃面を「クロスを上げるディフェンダー」とだけ説明すると、この関係性が抜け落ちてしまいます。

柏での原田選手は、右サイドの味方と距離を変えながら、相手の守備基準をずらす役割を担っているのです。

ボールを失った直後の切り替えも重要

原田選手が高い位置まで上がる攻撃には、ボールを失ったときの危険もあります。

右側の最終ラインが空いたままになれば、相手のカウンターを受ける可能性が高まります。

そのため、攻撃参加した後は素早く戻るだけでなく、ボールを失う前から相手の位置を確認し、危険なパスコースを予測することが必要です。

前へ出る積極性と、後方の安全管理は表裏一体なのですよね。

原田選手のプレースタイルを理解するには、ボールを持った場面だけでなく、味方が攻撃している間にどこへ立っているかを見ることが大切です。

右サイドへ幅を取っているのか、中央へ絞ってカウンターに備えているのか。それぞれの立ち位置には、次に起こりそうなプレーへの準備が表れます。

※画像はAIによるイメージ

原田亘はなぜ2025年J1優秀選手賞に選ばれた?

原田亘選手は、柏レイソル加入初年度の2025年にJ1リーグ32試合2得点を記録し、年間表彰の明治安田J1リーグ優秀選手賞に選ばれました。

Jリーグは個々の受賞者について詳細な選考理由を公表していないため、特定のプレーや数字が決め手だったと断定することはできません。

それでも、柏の最終成績と原田選手の出場実績を合わせると、評価された背景を具体的に考えることができます。

柏レイソルは勝点75でJ1リーグ2位

柏レイソルは2025年のJ1リーグを、38試合21勝12分5敗、勝点75の2位で終えました。

総得点は60、失点は34、得失点差はプラス26。優勝した鹿島アントラーズの勝点76に、わずか1差まで迫っています。

以前の記事では、最終節前の数字と最終成績が混在していました。

正確には、2025年12月6日の最終節終了後、鹿島が勝点76で優勝し、柏は勝点75で2位です。

柏はリーグ戦最後の5試合をすべて勝利しましたが、鹿島も最終節で勝ったため、逆転優勝には届きませんでした。

それでも、前年までの順位や新監督就任初年度だったことを考えれば、優勝を最後まで争ったシーズンの主力であった意味は大きいでしょう。

原田選手個人の32試合という出場数は、全38試合の約84%に当たります。

先発数や出場時間については、この記事で確認できた公式資料に一貫した一覧がなかったため、推測で補わず、リーグ出場数と得点数を評価の基準にしています。

新しい戦術へ適応したことが大きい

原田選手は2025年に加入したばかりでしたが、柏がボールを保持する際の3バック右を任されました。

新しいクラブへ移ると、味方の特徴、守備の約束事、パスを出すタイミングを一から理解しなければなりません。

特に3バック右は、中央を守るだけでなく、前方の選手との連係や、相手のプレスを外す役割まで担います。

そこで32試合に出場したことは、リカルド・ロドリゲス監督の戦術に適応し、継続的に起用された事実として評価できます。

また、原田選手は守備に専念するだけでなく、神戸戦のようにハーフスペースへ進入して得点する場面もつくりました。

リーグ戦2得点は攻撃選手のように多い数字ではありませんが、最終ラインから攻撃へ人数を加えられることを示しています。

「推進力型」だけではない右サイドの守備者

右サイドのディフェンダーには、縦へ高速で駆け上がる推進力型、対人守備を得意とする守備型、パスと立ち位置で攻撃を組み立てる保持型など、さまざまな特徴があります。

もちろん、実際の選手を一つの型だけに分けることはできません。

そのうえで原田選手は、圧倒的なスピードだけで相手を抜く選手というより、保持型と機動力型の要素を併せ持つディフェンダーと見ると分かりやすいでしょう。

自分でボールを運べますが、目的は個人突破そのものではありません。

相手を引きつけて味方へのパスコースをつくり、右サイドの選手が前向きでプレーできる状態を生み出します。

同じ右サイドを主戦場とする選手でも、スピードや一対一を前面に出すタイプとは、チーム内で求められる働きが異なります。

原田選手が優秀選手賞に選ばれた背景には、得点やアシストだけでなく、柏の攻撃を後方から成立させる役割と、シーズンを通した安定した出場があったと筆者は考えます。


2026年の原田亘は?大会区分と退場処分を短く整理

2026年の原田亘選手について確認するときは、「明治安田J1百年構想リーグ」と「2026/27明治安田J1リーグ」を分ける必要があります。

Jリーグはシーズンを秋春制へ移行するため、2026年2月から移行期の大会として明治安田J1百年構想リーグを開催しました。

この大会は2025年のJ1リーグとは別であり、2026年秋に始まる2026/27明治安田J1リーグとも別に記録されます。

柏レイソルが2026年7月4日に発表した2026/27シーズンの登録選手一覧では、原田選手は引き続き背番号42、身長178cm、体重77kgで登録されています。

Jリーグ公式プロフィールは2026年7月31日更新時点で、2026/27明治安田J1リーグの出場数を0試合と表示しています。

これは記事の基準日である2026年8月1日時点でリーグ戦開幕前だからであり、原田選手が2026年を通して試合に出ていないという意味ではありません。

百年構想リーグには別大会として出場記録があります。

なお、原田選手は2026年2月15日の百年構想リーグ第2節、東京ヴェルディ戦で退場処分を受けました。

試合は三協フロンテア柏スタジアムで行われ、柏が1対2で敗れています。

この出来事は現在の経歴を確認するうえで必要な補足ですが、原田選手の人物像やプレースタイル全体を、一度の反則だけで評価するべきではありません。

守備者には素早い寄せが求められる一方、相手選手の安全を守りながらプレーする責任もあります。

今後は積極性を失わず、足を出すタイミングや身体の向きをさらに調整できるかが注目点になるでしょう。


柏レイソルで原田亘に期待される役割を考察

ここからは、公式記録と2025年の起用法を踏まえた筆者の考察です。

原田亘選手に期待される第一の役割は、3バック右から柏の攻撃を安定して始めることだと考えます。

相手が前線から強くプレスをかけてきた場合、中央だけでパスを回そうとすると、ボールを奪われる危険が高まります。

そこで原田選手が外側へ開いてパスを受ければ、柏はピッチを広く使えます。

相手が外へ移動した瞬間には、中央や右のハーフスペースに新しいパスコースが生まれるでしょう。

原田選手自身が目立つラストパスを出さなくても、相手を一人動かすことで攻撃の入口をつくれます。

第二の役割は、右ウイングを前向きにプレーさせることです。

原田選手が後方で相手を引きつけてから縦パスを入れれば、前方の選手は相手ゴールへ向かった状態でボールを受けやすくなります。

反対に、前方の選手が相手を引きつけた場合は、原田選手が内側へ進入する選択肢もあります。

2025年の神戸戦で見せた得点は、この後方からの進入が得点へ結びついた例でした。

右サイドの選手同士が固定された場所に立つのではなく、相手を見ながら外側と内側を入れ替えることが、柏の攻撃に変化を与えます。

第三の役割は、攻撃の速度を選ぶことです。

前方に大きなスペースがあれば、原田選手がボールを持って一気に前進する価値があります。

一方、味方の配置が整っていない場面で無理に縦へ進めば、ボールを失った後に守備人数が足りなくなるかもしれません。

そのような状況では、中央の選手へ戻して攻撃を組み直す判断も必要です。

私は、30歳を迎えた原田選手がさらに評価を高める鍵は、この「進む」と「待つ」の選択にあると考えています。

若い頃と同じように何度も長い距離を走るだけではなく、相手の動きを先に読み、必要な瞬間に前へ出ることが重要になるからです。

第四の役割は、右サイドの守備を一人で解決しようとしないことです。

相手の突破へ激しく対応する姿勢は必要ですが、無理にボールを奪いに行けば、かわされたときに中央まで危険が広がります。

前方の選手と相手を挟み込むのか、中央の味方が動く時間をつくるのか、タッチライン側へ誘導するのか。

複数の守り方を使い分けることができれば、積極性を保ちながら反則や退場の危険を減らせるでしょう。

原田選手は2019年のJFLから2025年のJ1まで、リーグ戦203試合を経験しました。

JFL、J3、J1という異なるカテゴリーに加え、FC今治、サガン鳥栖、柏レイソルという戦い方の異なるクラブでプレーしています。

この経験の幅は、試合中に相手の配置が変わったときや、柏が守り方を修正するときに役立つはずです。

原田選手の魅力は、短い得点映像だけでは伝わりにくいかもしれません。

けれども、右後方からどのタイミングで前へ出るのか、味方がボールを失いそうなときにどこへ戻るのかを追うと、チームの形を支える仕事が見えてきます。

観戦するときは、原田選手がボールに触れた回数だけではなく、前方の選手との距離にも注目してみてください。

近づいてパス交換へ加わるのか、あえて離れて相手の守備を広げるのか。その選択から、3バック右で起用される理由を感じられるのではないでしょうか。


まとめ

柏レイソルの原田亘選手は、1996年7月22日生まれ、兵庫県出身のディフェンダーです。

霞ケ丘学園SC、ヴィッセル神戸U-15、星稜高校、日本体育大学を経て、2019年にFC今治でJFL30試合4得点を記録しました。

FC今治では2020年からJ3を戦い、2022年にサガン鳥栖へ完全移籍。鳥栖でJ1通算88試合4得点を残した後、2025年に柏レイソルへ加入しています。

柏加入初年度はJ1リーグ32試合2得点。チームは38試合で勝点75を獲得し、優勝した鹿島アントラーズと勝点1差の2位となりました。

原田選手自身も2025年明治安田J1リーグ優秀選手賞に選ばれています。

プレースタイルの特徴は、3バック右で中央とサイドの守備をつなぎ、後方からのパスや持ち運びで攻撃を前進させられることです。

右ウイングとの位置交換やハーフスペースへの進入も、柏の攻撃に変化を加えています。

JFLからJ3、J1へと一段ずつ進み、30歳で2026/27シーズンを迎える原田選手。積み重ねた経験を、柏レイソルの攻守へどのように還元していくのか、これからも温かく見守りたいですね。


よくある質問

柏レイソルの原田亘選手の背番号は何番ですか?

原田亘選手の背番号は42番です。

FC今治がJ3へ参入した2020年から42番を着用し、サガン鳥栖、柏レイソルでも同じ番号を背負っています。柏が2026年7月4日に発表した2026/27シーズンの登録選手一覧でも42番です。

原田亘選手の主なポジションはどこですか?

登録ポジションはディフェンダーで、主に右サイドバックと3バック右を務めます。

柏レイソルでは、中央と右サイドの守備、後方からのパス、ボールの持ち運び、前方の選手との連係を担っています。

原田亘選手はいつ柏レイソルへ加入しましたか?

柏レイソルは2024年12月27日、原田亘選手がサガン鳥栖から完全移籍で加入すると発表しました。

実際に柏の選手としてJ1リーグを戦い始めたのは2025年で、加入初年度に32試合2得点を記録しています。

原田亘選手の2025年の受賞歴は?

2025年明治安田J1リーグ優秀選手賞に選ばれました。

柏レイソルが勝点75でJ1リーグ2位となったシーズンに、3バック右を中心に32試合へ出場した実績が評価の背景にあったと考えられます。

春野滋

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