柏レイソル垣田裕暉の背番号は?変更歴や意味を紹介

黄色い背番号18のユニフォームを着てサッカーピッチへ向かう長身フォワードの後ろ姿 サッカー

柏レイソルの垣田裕暉選手は、2026年8月1日時点で背番号18を着用しています。歴代番号は37番、19番、10番、18番で、数字上の飛躍期は19番、代表初選出につながった転機は18番の時代です。

柏レイソル、Jリーグ、日本サッカー協会などの公式発表・記録を基に、着用年度、リーグ戦成績、番号ごとの意味を分かりやすく整理します。

柏レイソル・垣田裕暉の現在の背番号は18番

垣田裕暉選手の現在の背番号は18番です。

柏レイソルは2026年7月4日に発表した「2026/27シーズン トップチーム体制&背番号決定」で、垣田選手をFW、背番号18として登録しています。2026年1月に発表された同年のチーム体制でも18番でした。reysol.co.jp+1

この記事の情報確認日は、2026年8月1日です。

垣田選手は2024年7月4日、鹿島アントラーズから柏レイソルへ完全移籍しました。柏の公式加入発表では、身長187センチ、体重78キロのFWとして紹介され、加入時から18番を着用しています。reysol.co.jp+1

まず、背番号に関する結論を整理すると次の通りです。

  • 現在の背番号:18番
  • 歴代背番号:37番、19番、10番、18番
  • 最も長く着用した番号:19番
  • 19番でのリーグ戦成績:176試合43得点
  • 柏加入後のリーグ戦成績:2024年と2025年の合計51試合7得点
  • 日本代表歴:国際Aマッチ2試合

Jリーグ公式の選手ページでも、2026/27シーズンの所属は柏レイソル、背番号は18番、日本代表出場数は2試合と掲載されています。更新日は2026年7月31日です。Jリーグ公式サイト+1

背番号18を選んだ詳しい理由について、垣田選手本人や柏レイソルが公式に説明した発言は確認できません。

したがって、「本人が強く希望した」「特別な思い出のある番号だった」などと断定することはできません。

一方で、鹿島で出場機会が限られていた時期に柏へ移籍し、18番で継続的に出場した後、日本代表へ初選出された流れは事実です。

このキャリアの変化を踏まえると、18番は柏で新たな評価を築いた番号と位置付けることができます。


垣田裕暉の歴代背番号とリーグ戦成績一覧

垣田裕暉選手がプロ入り後に着用した背番号は、37番、19番、10番、18番の4種類です。

年度別に並べると、番号の変化だけでなく、鹿島から期限付き移籍先で経験を積み、再び鹿島へ戻った後に柏へ移ったキャリアの流れも見えてきます。

年度 所属クラブ 背番号 リーグ リーグ戦成績
2016年 鹿島アントラーズ 37 J1 3試合0得点
2017年 ツエーゲン金沢 19 J2 32試合3得点
2018年 ツエーゲン金沢 19 J2 38試合9得点
2019年 ツエーゲン金沢 10 J2 35試合8得点
2020年 徳島ヴォルティス 19 J2 42試合17得点
2021年 徳島ヴォルティス 19 J1 36試合8得点
2022年 サガン鳥栖 19 J1 28試合6得点
2023年 鹿島アントラーズ 37 J1 29試合4得点
2024年前半 鹿島アントラーズ 37 J1 4試合0得点
2024年7月以降 柏レイソル 18 J1 13試合1得点
2025年 柏レイソル 18 J1 38試合6得点
2026年 柏レイソル 18 百年構想リーグ 継続着用
2026/27年 柏レイソル 18 J1 0試合0得点※

※2026/27シーズンの成績は、Jリーグ公式が2026年7月31日に更新した時点の数字です。Jリーグ公式サイト

背番号の変遷だけを抜き出すと、次のようになります。

37番→19番→10番→19番→37番→18番

プロ入り時の37番から始まり、期限付き移籍先で19番と10番を着用。鹿島復帰時に37番へ戻り、柏への完全移籍を機に18番へ変わりました。

さらに、番号別のリーグ戦成績を比較すると、それぞれの時代の特徴がはっきりします。

背番号 主な所属クラブ 着用期間 リーグ戦出場 リーグ戦得点
37 鹿島アントラーズ 3シーズン相当 36試合 4得点
19 金沢、徳島、鳥栖 5シーズン 176試合 43得点
10 ツエーゲン金沢 1シーズン 35試合 8得点
18 柏レイソル 2024年7月以降 51試合※ 7得点※

※18番のリーグ戦成績は、通常のJ1リーグとして集計できる2024年と2025年の合計です。

1試合当たりの得点数を計算すると、37番は約0.11点、19番は約0.24点、10番は約0.23点、18番は2025年までで約0.14点となります。

数字だけで比較すれば、19番時代が最も高い得点ペースを残した期間です。

ただし、18番時代には日本代表初選出という大きな転機がありました。得点率では19番、キャリア上の到達点では18番という違いが見えてきます。

※画像はAIによるイメージ

背番号37は鹿島アントラーズで始まった原点の番号

垣田裕暉選手にとって37番は、鹿島アントラーズのトップチームでプロ生活を始めた番号です。

鹿島アントラーズジュニアユース、同ユースを経て、2016年にトップチームへ昇格しました。

同年5月25日のヤマザキナビスコカップ・ジュビロ磐田戦で公式戦デビュー。7月13日の名古屋グランパス戦でJ1リーグ初出場を果たしています。

2016年のリーグ戦出場は3試合でした。

当時の鹿島には実績のある選手がそろっており、10代のセンターフォワードが安定して出場時間を得るのは簡単ではありませんでした。

垣田選手は2017年、実戦経験を積むためにツエーゲン金沢へ育成型期限付き移籍します。

金沢、徳島ヴォルティス、サガン鳥栖で計6シーズンを過ごした後、2023年に鹿島へ復帰しました。

復帰時に再び選んだ番号も37番です。

2023年4月23日のアルビレックス新潟戦では、鹿島のトップチームにおけるJ1初得点を記録。同年はリーグ戦29試合4得点、天皇杯では1試合1得点を挙げました。

2016年の37番は、出場機会を求めて外へ踏み出す前の番号でした。

一方、2023年の37番は、期限付き移籍先で105得点機会や守備の経験を積んだ選手が、古巣へ戻って結果を求められた番号です。

同じ37番でも、最初に着けた時と復帰後では立場が異なります。

筆者は、37番を単なる若手時代の番号ではなく、鹿島で始まり、鹿島へ戻ったキャリアの両端を結ぶ番号と捉えています。

2024年の鹿島では、リーグ戦出場が前半戦の4試合にとどまりました。

そして7月、垣田選手は完全移籍という形で柏へ移ります。37番の時代はここで終わり、18番で新しい競争へ向かうことになりました。


背番号19は金沢・徳島・鳥栖で飛躍した番号

垣田裕暉選手が最も長く着用し、最も多くのリーグ戦得点を挙げた番号は19番です。

着用したのは、2017年と2018年のツエーゲン金沢、2020年と2021年の徳島ヴォルティス、2022年のサガン鳥栖。合計5シーズンになります。

19番でのリーグ戦通算成績は、176試合43得点です。

1試合平均は約0.24得点で、垣田選手が複数シーズン着用した番号の中では最も高い得点率となっています。

初めて19番を着けた2017年は、鹿島から金沢へ育成型期限付き移籍した年でした。

8月11日のモンテディオ山形戦でJリーグ初得点を記録し、シーズン成績は32試合3得点。翌2018年には38試合9得点へ数字を伸ばしました。

特に大きな飛躍を遂げたのが、徳島でプレーした2020年です。

J2リーグ全42試合に出場し、17得点を記録。徳島のJ2優勝とJ1昇格に貢献しました。

翌2021年はカテゴリーがJ1へ上がった中で、36試合8得点を挙げています。

J2の2020年とJ1の2021年を合わせると、徳島での2年間は78試合25得点。1試合平均は約0.32得点です。

垣田選手のリーグ戦キャリアを数字で見ると、この徳島時代が得点面で最も充実した期間だったと評価できます。

2022年にはサガン鳥栖へ期限付き移籍し、引き続き19番を着用しました。

鳥栖ではJ1リーグ28試合6得点。金沢で経験を積み、徳島で得点源となり、鳥栖でもJ1で出場を続けた流れになります。

19番の5シーズンを振り返ると、最初から完成されたストライカーだったわけではありません。

金沢で3得点から9得点へ伸ばし、徳島では17得点、J1昇格後も8得点、鳥栖でも6得点を残しました。

そのため、垣田選手の19番は「最も長く着けた番号」というだけでなく、試合経験と得点を積み重ねながら評価を高めた番号といえるでしょう。


金沢時代の背番号10は1年間だけの特別な番号

垣田裕暉選手は、2019年のツエーゲン金沢で背番号10を着用しました。

金沢へ加入した2017年と2018年は19番だったため、在籍3年目に10番へ変更されたことになります。

2017年は32試合3得点、2018年は38試合9得点でした。

2年間でリーグ戦70試合に出場した後、2019年には35試合8得点を記録しています。

サッカーの10番は、攻撃の中心を担う選手や、得点機会を生み出す選手が着用することの多い番号です。

ただし、クラブやチームによって意味は異なり、必ずしも司令塔型の選手だけが着ける番号ではありません。

垣田選手本人や金沢が、10番への変更理由を詳しく説明した公式発言は確認できません。

したがって、「エースとして認められた」「本人が希望した」と断定するのは避けるべきです。

確認できるのは、金沢で2年間19番を着け、70試合12得点という実績を積んだ後、3年目に10番を任されたという流れです。

筆者としては、番号の変更自体が、加入当初よりもチーム内で期待される役割が大きくなったことを示す材料の一つだと考えます。

ただし、10番での1試合平均得点は約0.23点で、19番時代の通算平均約0.24点とほぼ同じです。

つまり、10番への変更によって得点力が急激に伸びたというより、金沢で継続して試合に出ながら、一定の得点を残せるFWへ成長していた時期と見る方が正確でしょう。

※画像はAIによるイメージ

柏レイソルの18番で日本代表へ到達

垣田裕暉選手は、2024年7月4日に鹿島アントラーズから柏レイソルへ完全移籍し、18番を着用しました。

柏の加入発表で本人は、クラブの力になれるよう全力を尽くして戦うという趣旨の決意を述べています。一方、18番を選んだ理由には触れていません。reysol.co.jp

2024年は柏でJ1リーグ13試合1得点。

翌2025年にはリーグ戦全38試合に出場し、6得点を記録しました。Jリーグ公式の出場時間記録では、2025年のプレー時間は2246分です。Jリーグ公式サイト

2246分で6得点のため、リーグ戦では約374分に1得点の計算になります。

19番でプレーした徳島時代ほどの得点率ではありませんが、2025年は全38試合に出場しました。シーズンを通して起用された継続性は、柏で一定の役割を確保したことを示しています。

さらに2025年7月、垣田選手は東アジアE-1サッカー選手権2025決勝大会の日本代表に初選出されました。

日本サッカー協会の公式メンバー表では、柏レイソル所属の背番号19として代表チームに登録されています。クラブでは18番、代表では19番だった点には注意が必要です。JFA|公益財団法人日本サッカー協会+1

7月8日のホンコン・チャイナ代表戦で先発し、国際Aマッチデビュー。

日本サッカー協会の試合報告によると、垣田選手は前半に出場し、後半開始時に山田新選手と交代しました。日本は6対1で勝利し、この試合では垣田選手を含む10人が代表デビューを果たしています。JFA|公益財団法人日本サッカー協会+1

7月15日の韓国代表戦にも出場し、日本は1対0で勝利。大会を3戦全勝で終え、優勝しました。JFA|公益財団法人日本サッカー協会+1

Jリーグ公式では、垣田選手の日本代表出場数は2試合と記録されています。Jリーグ公式サイト

背番号ごとの実績を比較すると、19番は176試合43得点という数字を残した飛躍期です。

一方の18番は、2025年までのリーグ戦では51試合7得点ですが、クラブで継続的に出場し、A代表へ初めて到達した時期と重なります。

この違いから、19番は数字上の全盛期、18番はキャリアの評価が代表レベルまで広がった転機と整理できます。


柏レイソルで近年18番を着けた選手は?

柏レイソルの18番は、特定のポジションだけに固定されてきた番号ではありません。

近年では、2021年に攻撃的なポジションを務める瀬川祐輔選手、2022年にはゴールキーパーのキム・スンギュ選手が18番を着用しました。

2023年はトップチームの18番が空き番号となり、2024年7月から垣田選手が使用しています。

瀬川選手、キム・スンギュ選手、垣田選手ではポジションが異なるため、柏の18番を「ストライカーだけが受け継ぐ伝統的な番号」と説明することはできません。

また、垣田選手はシーズン開幕前ではなく、2024年7月に途中加入しました。

シーズン途中はすでに多くの番号が使われているため、空き番号や登録状況を踏まえて決められた可能性もあります。

ただし、具体的な決定過程は公表されていません。

重要なのは、加入前から18番に特別な伝統があったかどうかではなく、垣田選手がその番号で何を残したかです。

2025年にはリーグ戦全38試合に出場し、日本代表へ初選出されました。2026年と2026/27シーズンも、柏の公式登録で18番を継続しています。reysol.co.jp+1

筆者としては、柏の18番は垣田選手が受け継いだ伝統的エース番号というより、本人の出場と代表到達によって新しい印象が加わり始めた番号だと考えます。

番号の由来を推測するより、2024年夏以降の実績と結び付けて見る方が、垣田選手の18番を正確に理解できるでしょう。


垣田裕暉の背番号から分かるキャリアの変化

垣田裕暉選手の歴代背番号は、所属クラブの変化だけでなく、キャリアの段階を映しています。

37番を着けた2016年は、鹿島のトップチームに昇格した出発点でした。

19番では金沢、徳島、鳥栖を渡り歩き、リーグ戦176試合43得点を記録。特に徳島では、2020年に42試合17得点を挙げています。

10番は金沢で積み上げた実績を背景に、在籍3年目の1年間だけ着用しました。

そして18番では柏で出場機会を確保し、2025年に日本代表デビューを果たしています。

番号別の得点率では、19番時代が最も高い結果です。

しかし、キャリアの評価は得点数だけでは決まりません。所属カテゴリー、出場時間、チーム内で担った役割、代表選出なども含めて見る必要があります。

垣田選手の場合、19番時代は期限付き移籍先で結果を積み上げた期間でした。

18番時代は、完全移籍した柏で継続的に出場し、その評価が日本代表まで届いた期間です。

筆者は、この二つを単純に「どちらが上」と比べるより、19番で積んだ経験が18番での代表到達につながったと見るのが自然だと考えます。

期限付き移籍を繰り返した選手が、移籍先で出場と得点を重ね、古巣復帰を経て別のクラブへ完全移籍し、20代後半で初めてA代表に選ばれました。

背番号の変化を時系列で追うことで、結果が出るまで経験を積み続けた垣田選手の歩みが、より具体的に伝わってきます。


まとめ

柏レイソルの垣田裕暉選手は、2026年8月1日時点で背番号18を着用しています。

2024年7月4日に鹿島アントラーズから柏へ完全移籍し、加入時から18番です。柏が発表した2026年および2026/27シーズンのトップチーム登録でも、18番を継続しています。

歴代背番号は、鹿島の37番、金沢・徳島・鳥栖の19番、2019年の金沢で着けた10番、柏の18番です。

最も長く着用した19番では、リーグ戦176試合43得点を記録しました。特に2020年の徳島では42試合17得点を挙げ、J2優勝とJ1昇格に貢献しています。

37番は鹿島でプロ生活を始め、期限付き移籍を経て古巣へ戻った原点の番号です。

10番は金沢在籍3年目の2019年だけ着用し、35試合8得点を記録しました。

現在の18番について、本人が選択理由を説明した公式発言は確認できません。

それでも、18番で2025年のJ1リーグ全38試合に出場し、日本代表へ初選出されたことは大きな事実です。

数字上の飛躍期は19番、キャリア上の新たな到達点は18番。垣田裕暉選手の背番号は、所属先とともに変化しながら、その時々の成長を映してきたといえるでしょう。


よくある質問

柏レイソルで垣田裕暉の背番号は何番ですか?

背番号は18番です。2024年7月の柏レイソル加入時から着用し、2026年と2026/27シーズンの公式登録でも18番となっています。

垣田裕暉の歴代背番号は何番ですか?

鹿島アントラーズで37番、ツエーゲン金沢、徳島ヴォルティス、サガン鳥栖で19番を着用しました。2019年の金沢では10番、柏では18番です。

垣田裕暉が最も長く着けた背番号は何番ですか?

19番です。金沢で2シーズン、徳島で2シーズン、鳥栖で1シーズンの合計5シーズン着用し、リーグ戦176試合43得点を記録しました。

垣田裕暉はなぜ18番を選んだのですか?

本人や柏レイソルが選択理由を詳しく説明した公式発言は確認できません。そのため、本人の希望や特別な由来があったとは断定できません。

垣田裕暉は日本代表で何番を着けましたか?

東アジアE-1サッカー選手権2025では、クラブでの18番とは異なる19番で登録されました。国際Aマッチ出場数は2試合です。

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