野中生萌選手の手首痛は、2016年と2021年に別々の経緯で伝えられ、同じけがの再発とは確認されていません。
2016年は5月ごろから手首に痛みを抱えながら、8月13日のW杯ミュンヘン大会で優勝。2021年は東京五輪直前に右ひざを負傷し、それをかばって登る中で右手首にも痛みが出ましたが、8月6日の女子複合で銀メダルを獲得しました。
野中生萌の手首に何があった?2016年と2021年を比較
野中生萌(のなか・みほう)選手の手首について、公開情報から確認できる主な出来事は二つあります。
一つは2016年5月ごろから続いていた手首痛、もう一つは2021年6月の右ひざ負傷後に生じた右手首痛です。
結論として、二つが同一の傷病だったことや、2021年の痛みが2016年の再発だったことを示す公式情報はありません。
違いを先に整理すると、次のようになります。
比較項目 2016年の手首痛 2021年の右手首痛
発生時期 2016年5月ごろ 2021年6月26日の右ひざ負傷後
痛みの部位 手首。左右は掲載内容から明確にできない 右手首
確認された経緯 痛みを抱え、松山市の施術院を訪れた 右ひざをかばって登る中で痛みが出た
診断名 公開された医学的診断は確認できない 公開された医学的診断は確認できない
その後の主な結果 2016年8月13日のW杯ミュンヘン大会で優勝 2021年8月6日の東京五輪女子複合で銀メダル
主な情報源 しまもと整体院の2016年9月5日付掲載記事 本人のInstagram、競技公式結果、2021年8月6日付の朝日新聞報道
情報上の注意点 施術者側が紹介した事例で、医療機関の診断記録ではない 右手首痛の正式な診断名や損傷程度は公表されていない
この比較で大切なのは、「手首が痛かった」という共通点だけで二つを結びつけないことです。
2016年は痛みが出た時期から重要大会まで数か月ありました。一方、2021年は右ひざの負傷から東京五輪予選まで約5週間しかなく、準備条件も大きく異なります。
また、2016年の事例が掲載されたしまもと整体院のページは「TFCC損傷」に関する施術例として分類されています。
TFCCとは、一般に手首の小指側にある靱帯や軟骨などから成る「三角線維軟骨複合体」のことです。しかし、ページの分類名だけを根拠に、野中選手が医学的検査によってTFCC損傷と確定診断されたと断定することはできません。
2016年の手首痛はいつから?W杯ミュンヘン優勝までの経緯
しまもと整体院が2016年9月5日に公開した記事によると、野中選手は同年5月ごろから手首に痛みを抱えていたとされています。
同院は、野中選手が自身のFacebookにも手首の痛みについて書いていたと説明しています。次回の東京での出張施術を待つとドイツでの大会に間に合わないため、愛媛県松山市まで施術を受けに行ったという経緯も掲載されました。
当時の野中選手は、世界のボルダリング大会で上位を争う若手選手でした。練習を完全に止めることも、海外大会の日程を簡単に変更することも難しい立場だったと考えられます。
同院の記事では、施術後に本人がセルフケアを続けた結果、痛みで登れなかった状態から練習を制限せずに行える状態になったと説明されています。
ただし、これは施術を担当した整体院側による掲載情報です。診断画像、医療機関での検査結果、正式な診断名、損傷の範囲などは示されていません。
そのため、「特定の施術で損傷が治った」「同じケアをすれば誰でも競技へ戻れる」と一般化することはできません。2016年の手首痛については、本人の許可を得て掲載された施術事例が主な情報源である、という限界を押さえておく必要があります。
その後、野中選手は2016年8月13日、ドイツで開催されたIFSCクライミング・ワールドカップのボルダリング・ミュンヘン大会に出場しました。
World Climbingが公開している公式結果では、野中選手は女子決勝で4課題中3課題を完登し、4課題すべてでゾーンを獲得して優勝しています。
2位は英国のショーナ・コクシー選手、3位は日本の野口啓代選手でした。野中選手にとっては、5月15日のナビムンバイ大会に続く2016年シーズン2勝目となります。
年間ランキングでも2位に入り、9月18日のIFSC世界選手権パリ大会では女子ボルダリングの銀メダルを獲得しました。
もちろん、公式結果から分かるのは競技成績であり、手首が各課題のどの動作に影響したかまでは分かりません。
それでも、5月ごろから伝えられていた痛みに対応しながら、8月のW杯最終戦へ競技状態を整えた経過は確認できます。
私はこの結果を、単に「痛みを我慢して勝った」と美談にするべきではないと感じます。
施術院側の説明に沿えば、遠方まで足を運んでケアを受け、その後も自分でコンディションを管理していました。一日の根性で乗り切ったというより、数か月にわたる準備の積み重ねがあったと見るほうが自然ですよね。
東京五輪前の右手首痛はなぜ起きた?
2021年の右手首痛は、6月26日にオーストリアで行われたW杯インスブルック大会で、野中選手が右ひざを負傷した後に伝えられました。
大会は6月23日から26日まで開催され、女子ボルダリングは24日に予選、26日に準決勝と決勝が行われています。
野中選手はボルダリング準決勝の第4課題に挑戦していた途中、右ひざに異変が生じました。準決勝では決勝進出圏に入りましたが、決勝を棄権し、公式結果は6位です。
本人は大会後のInstagramで、準決勝第4課題の途中にひざから音がしたことや、負傷したのが靱帯だったことを説明しました。
投稿では競技人生に影響するような深刻な状態ではないとの認識も示されていましたが、東京五輪開幕が目前だったため、調整への影響は小さくなかったと考えられます。
朝日新聞が東京五輪決勝当日の2021年8月6日に掲載した記事では、野中選手は右ひざをかばって登るうちに、右手首にも痛みが出るようになったと報じられています。
ここで分かるのは、右ひざの負傷後、かばいながら登っていた時期に右手首痛が生じたという時間的な経緯です。
「右ひざの損傷が右手首を医学的に直接傷めた」と診断されたわけではなく、具体的な損傷名も公表されていません。
スポーツクライミングでは、腕の力だけで体を引き上げるのではなく、足で壁やホールドを押し、腰の位置を調整しながら全身を運びます。
脚の使い方が変われば、手で体を支える時間や、ホールドへ力を加える方向が変化する可能性はあります。ただし、野中選手の右手首にどのような負荷がかかったかは、公表資料から医学的に判断できません。
しまもと整体院の掲載記事には後年の追記があり、東京五輪直前にも野中選手が手首の痛みを抱えて同院を訪れたことや、十分に安静を取れない状況だったことが記されています。
こちらも施術院側の説明です。施術の効果を東京五輪銀メダルの直接的な理由とすることはできず、野中選手本人の技術や準備、代表チーム、コーチ、医療・トレーナー関係者らの支援を含めて捉える必要があります。

野中生萌の右手首痛は東京五輪にどう影響した?
東京五輪スポーツクライミング女子複合の予選は、2021年8月4日に東京都江東区の青海アーバンスポーツパークで行われました。
当時の五輪複合は、スピード、ボルダリング、リードという性質の異なる3種目の順位を掛け合わせ、得点が小さい選手ほど上位になる方式でした。
野中選手は予選を総合3位で通過しました。競技後には右手首と右ひざをアイシングしていたことが報じられ、本人も痛みを抱えた競技が厳しいものだったと分かる発言をしています。
その一方、予選のスピード2本目では当時の自己ベストとなる7秒55を記録しました。
手首やひざの状態が万全でなかったとしても、すべての種目で同じ程度に競技力が落ちていたとは限らないことを示す結果です。
8月6日の決勝では、スピード3位、ボルダリング3位、リード5位。順位を掛けた総合ポイントは「3×3×5=45」となり、スロベニアのヤンヤ・ガンブレット選手に次ぐ銀メダルを獲得しました。
日本の野口啓代選手も銅メダルを獲得し、スポーツクライミングが初めて実施された五輪で、日本女子の2選手がそろって表彰台に立っています。
一般論として、クライミング中の手首痛には次のような影響が考えられます。
- 保持できる角度が限られる可能性:ホールドに応じて手首を曲げる、反らす、ひねる動きが難しくなる場合がある
- 重心や足位置を変える必要性:痛みの出る手の角度を避けるため、体の位置やムーブの選択が変わることがある
- ほかの部位への負担:手首で受けにくい力を指、前腕、肩などで補えば、別の部位の疲労が増える可能性がある
ただし、これは競技動作についての一般的な整理です。東京五輪のどの課題、どの一手に右手首痛が影響したのかは特定されていません。
決勝ボルダリングで完登できなかった課題を、外部から「手首のせい」と決めつけることもできません。課題の難度、ムーブの選択、試行数、残り時間など、結果を左右する要素は複数あります。
注目したいのは、負傷の程度を推測することより、スピード、ボルダリング、リードの3種目を最後まで戦い、大きく順位を崩さなかった事実です。
成績だけから本人の判断を断定することはできませんが、痛みのある状態で3種目を成立させるための調整や競技上の判断が、一定程度機能した可能性はうかがえます。
2016年と東京五輪前では何が違った?筆者の考察
筆者として最も注目している違いは、本番までに残された時間です。
2016年は、施術院の記事によれば5月ごろに痛みが出始め、8月13日のW杯ミュンヘン大会まで約3か月ありました。施術を受け、セルフケアを続けながら競技状態を整える時間があったことになります。
2021年は6月26日に右ひざを負傷し、東京五輪予選が行われた8月4日まで約5週間でした。
しかも、右ひざをかばう過程で右手首にも痛みが出たと報じられています。一つの部位を整えるだけでなく、複数部位の状態を見ながら五輪へ合わせなければならない難しさがありました。
私は、野中選手の強さを「痛みに耐えられたから」とだけ評価するのは適切ではないと考えています。
痛みの程度や具体的な対処は本人とサポート陣にしか分かりません。それでも、予選で自己ベストを記録し、決勝では3種目とも5位以内にまとめた公式結果からは、限られた状態の中で競技を組み立てた対応力が感じられます。
旧五輪複合方式では、苦手な一種目で順位が大きく下がると、掛け算によって総合ポイントが急増します。
例えば、決勝で一種目だけ10位になれば、それ以外の順位が良くても大きな不利になります。したがって、一つの種目だけに全力を集中するのではなく、3種目を通して崩れないことにも大きな価値がありました。
野中選手が実際にどのような力配分を考えていたかは、本人やコーチの発言がない限り断定できません。
それでも、スピード3位、ボルダリング3位、リード5位という結果には、複合選手として全種目をまとめる力がはっきり表れています。手首痛をめぐる出来事は、その総合力の背景に厳しい調整期間があったことを伝えているのでしょう。
一方、銀メダルを獲得した事実から「負傷は軽かった」と判断することもできません。
好成績と痛みの強さは別の問題です。一般のクライマーが同じように痛みを抱えたまま登ってよいという意味でもありません。
手首痛にはさまざまな原因があり、必要な検査や対応は症状によって異なります。痛みが続く場合や、ひねる、押す、体重をかけるといった動作で症状が出る場合は、状態に応じて競技を中止し、整形外科などへ相談することが大切です。
今後、野中選手の手首に関する新しい情報が出た場合も、過去の症状と安易に結びつけない姿勢が必要です。
映像や写真だけで負傷名を判断せず、本人、所属先、競技団体などから公表された情報と公式記録を優先して見守りたいですね。
まとめ
野中生萌選手の手首には、2016年5月ごろから伝えられた手首痛と、2021年の右ひざ負傷後に生じた右手首痛という二つの経緯があります。
2016年は松山市で施術を受け、セルフケアを続けたと施術院が説明し、8月13日のW杯ミュンヘン大会で優勝しました。ただし、情報源は施術院の掲載記事が中心で、正式な医学的診断名や左右の別は明らかではありません。
2021年は6月26日のW杯インスブルック大会で右ひざを負傷し、かばって登る中で右手首にも痛みが出たと朝日新聞が8月6日に報道。同日の東京五輪女子複合決勝では、総合45ポイントで銀メダルを獲得しました。
二つの手首痛が同じ傷病だったことや、東京五輪前の痛みが2016年の再発だったことは確認されていません。施術院の説明、本人発信、新聞報道、競技団体の公式結果を区別して読むことが、野中選手の歩みを正確に理解するポイントです。
よくある質問
野中生萌選手の手首はTFCC損傷だったのですか?
2016年の事例は、しまもと整体院の「TFCC損傷」に関するページで紹介されていますが、本文では主に手首の痛みとして説明されています。
医療機関による検査結果や確定診断は公表されていないため、TFCC損傷だったとは断定できません。2021年の右手首痛についても、TFCC損傷とする公式発表は確認されていません。
野中生萌選手が右ひざを負傷した大会はいつですか?
2021年6月23日から26日までオーストリアで開催された、IFSCクライミング・ワールドカップのインスブルック大会です。
野中選手は6月26日の女子ボルダリング準決勝で右ひざを負傷し、決勝を棄権。公式結果は6位でした。
野中生萌選手は手首を痛めたまま東京五輪に出場したのですか?
朝日新聞の2021年8月6日付記事では、右ひざをかばって登る中で右手首にも痛みが出たと報じられています。予選後には、右手首と右ひざを冷却していたことも伝えられました。
野中選手は8月4日の予選を総合3位で通過し、8月6日の決勝ではスピード3位、ボルダリング3位、リード5位。総合45ポイントで銀メダルを獲得しています。
筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)
スポーツクライミングを継続的に観戦し、選手の公式発信や競技団体の記録を優先して、確認できた事実と筆者の考察を分けながら執筆しています。


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