稲垣来泉『ちむどんどん』で暢子の幼少期役!演技と役どころを解説

1964年の沖縄やんばるの自然を背景に食べ物と新しい世界へ好奇心を向ける少女のイメージ 若手俳優

稲垣来泉さんは『ちむどんどん』第1〜2週で比嘉暢子の幼少期を演じ、食への好奇心、家族への思い、外の世界へ向かう心というヒロインの原点を形にしました。

2022年4月11日から始まる第1週では青柳和彦との出会いや初めての西洋料理、第2週では父・賢三との別れと家族離散の危機までを担当。黒島結菜さん演じる成長後の暢子へ、どんな「人物像のたすき」を渡したのでしょうか。

稲垣来泉は『ちむどんどん』で何役?第1〜2週の暢子を担当

稲垣来泉さんが演じたのは、主人公・比嘉暢子の幼少期です。

NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』は、2022年4月11日に放送を開始した朝ドラ第106作。沖縄の本土復帰から50年となる2022年に、沖縄料理に夢をかけるヒロインと家族の歩みを描きました。

成長後の暢子を演じたのは、沖縄県出身の黒島結菜さんです。

物語の出発点は1964年、まだアメリカ統治下にあった沖縄本島北部・やんばる地域。小学生の暢子は、父・賢三、母・優子、兄・賢秀、姉・良子、妹・歌子と暮らしています。

幼い暢子は走ることが得意で、何よりおいしいものが大好き。

この設定だけを見ると「料理人になるヒロインだから食いしん坊なのね」と思ってしまいそうですが、第1〜2週を順番に見ると、もう少し深い人物設計が見えてきます。

暢子にとって「食」は、単なる好物ではありません。

知らない世界への入口であり、父から教わる大切な価値観であり、家族と囲む食卓の記憶でもありました。

その意味で稲垣来泉さんが担ったのは、単に「黒島結菜さんの子ども時代を演じる」ことではありません。

なぜ大人の暢子が料理に心を動かされ、沖縄と家族を大切にするのか。その理由を視聴者に先に体験させる役だったと私は考えています。

第1週と第2週では何が違う?

幼少期編を振り返るときは、第1週と第2週を分けて考えると分かりやすくなります。

  • 第1週「シークワーサーの少女」:2022年4月11日〜15日。和彦との出会い、沖縄そば、初めての西洋料理などを通して暢子の「食」と「外の世界」への好奇心を描く
  • 第2週「別れの沖縄そば」:2022年4月18日〜22日。父・賢三の死、生活苦、東京の親戚に預けられる話などを通して暢子の「家族への思い」を描く

この二つを混ぜてしまうと、幼少期編で何が段階的に描かれたのかが見えにくくなります。

第1週でまず「この子は何に心が動くのか」を見せ、第2週で「この子は何を失いたくないのか」を見せる。

私はこの二段構えこそ、稲垣来泉さんの暢子を理解する大切なポイントだと思います。


『ちむどんどん』第1週で稲垣来泉は何を演じた?

第1週「シークワーサーの少女」で中心になるのは、暢子が東京から来た青柳和彦と出会い、食を通して未知の世界に胸を躍らせていく姿です。

舞台は1964年のやんばる。

東京から青柳史彦と息子・和彦がやって来ます。和彦を演じたのは田中奏生さん、父・史彦を演じたのは戸次重幸さんでした。

暢子にとって和彦は、身近にはいなかった「東京から来た人」。

ところが暢子が強く興味を示したのは、都会的な服装などではなく、東京にはどんなおいしいものがあるのかということでした。

ここが、いかにも暢子らしいんですよね。

第1〜2回は「東京のおいしいもの」への好奇心

第1〜2回では、小学生の暢子がおいしいものを何より楽しみにする少女であることが早くも示されます。

東京から来た和彦に対しても、東京のおいしい食べ物について知りたくて仕方がありません。

一方の和彦は、やんばるでの暮らしになじめず、楽しそうではありませんでした。

暢子はそんな和彦に遠慮して距離を置くのではなく、むしろ積極的に近づいていきます。

稲垣来泉さんの暢子から感じられるのは、知らない相手や知らない文化を怖がるより、「知りたい」が先に立つ少女の勢いです。

これは後に沖縄を離れ、東京という未知の土地へ飛び込んでいく暢子を考えると、とても重要な性格でしょう。

食への好奇心と人への好奇心が、最初から別々ではないんですね。

第3回では和彦と山へ!行動力も暢子らしさ

第3回では、暢子と和彦が山へ出かけ、思わぬアクシデントに遭います。

それまでやんばるでの生活を楽しめずにいた和彦も、暢子との出来事をきっかけに少しずつ心を開いていきます。

ここで見えてくるのは、暢子が「食べるのが好きな女の子」だけではないことです。

興味を持ったら近づく。

思ったことを行動に移す。

相手がよそ者だからと壁を作らない。

稲垣来泉さんは、暢子の明るさをただ元気いっぱいに見せるだけでなく、人との距離を縮めるエネルギーとして表現しているように私は受け取りました。

後に故郷を出るヒロインの幼少期として見ると、この行動力は「料理への興味」と同じくらい大切な伏線に見えます。

第4回の沖縄そばは「作る喜び」が見える場面

第4回では、暢子の誘いをきっかけに青柳父子が比嘉家の食卓を囲みます。

暢子たちは沖縄そばを振る舞うことになり、父・賢三から助言を受けながら料理に向き合います。

それまでの暢子は「食べたい」「おいしいものを知りたい」という、食べ手としての好奇心が目立っていました。

ところがここでは、自分たちが作ったものを誰かに食べてもらう喜びが加わります。

和彦にそばを褒められた暢子が喜ぶ流れは、料理人になる未来を知っている視聴者には印象深いところです。

私は、この場面では稲垣来泉さんの表情の変化に注目したくなります。

おいしいものを自分が食べて喜ぶときと、自分が関わって作ったものを相手がおいしいと言ってくれたときでは、喜びの向きが違うからです。

料理人は、自分がおいしいと感じるだけでなく、その味を誰かへ渡す仕事でもあります。

第4回では、その小さな芽がすでに見えていたと考えられるのではないでしょうか。

さらに食卓では、飼っていた豚・アババを食べることをめぐり、子どもたちが命をいただくことについて父から教えられます。

ここでも食は単なる「おいしいもの」としてだけ扱われません。

命をいただくこと、感謝して食べることまで含めて、父から子へ価値観が手渡されています。

この経験を暢子の後の人生と重ねて見ると、食と家族の記憶が最初から結びついていたことが分かります。

第5回の西洋料理で「ちむどんどん」が形になる

第1週で最も分かりやすく暢子の未来へつながるのが、第5回です。

青柳史彦の招待で、比嘉家はそれまで行ったことのないようなレストランで食事をします。

そこには、暢子にとって初めて見る西洋料理が並びました。

暢子は食べたものをノートに記録し、料理だけでなく、働く料理人の姿にも目を向けます。

つまり「おいしい!」と喜んで終わるのではありません。

何を食べたのかを覚えたい、もっと知りたいという探究心まで動き始めるのです。

和彦から東京にはたくさんのレストランがあると聞いた暢子は、東京への憧れも膨らませます。

第1回では東京は「和彦が来た場所」にすぎなかったのに、第5回になると「まだ知らないおいしいものがある場所」へと変わっている。

この変化は大きいですよね。

稲垣来泉さんが見せる暢子の魅力も、第1週の5日間で「元気な少女」から「未知の味と世界へ心を動かす少女」へ具体化していきます。

そして第5回の終盤、楽しい時間から一転して父・賢三が倒れます。

ここから物語は第2週の大きな喪失へ向かいます。


第2週で暢子はどう変わる?父・賢三との別れと家族の危機

第2週「別れの沖縄そば」では、第1週の明るい暢子から一転し、稲垣来泉さんは父を失った悲しみと家族から離れるかもしれない葛藤を演じます。

第1週の終盤でサトウキビ畑の作業中に倒れた父・賢三。

第2週に入ると、賢三はそのまま帰らぬ人となります。

父を演じたのは大森南朋さん、母・優子を演じたのは仲間由紀恵さんです。

比嘉家には母と四人の子どもが残されます。

生活は急速に厳しくなり、優子は働きに出ますが、借金や生活費などの問題が一家に重くのしかかります。

第1週では、父と一緒に沖縄そばを作り、家族みんなで食卓を囲んでいました。

その直後に父がいなくなる。

この落差があるからこそ、稲垣来泉さんには「食への喜び」だけでなく、子どもが大切な人を突然失ったときの感情まで求められました。

東京へ行くと申し出た暢子の作り笑顔

第2週後半では、さらに厳しい選択が比嘉家に迫ります。

東京にいる賢三の親戚から、四人の子どものうち一人を預かってもよいという申し出が届きます。

母・優子の負担を減らすにはありがたい話ですが、それは同時に、四兄妹の誰かが家族と離れるということでもあります。

そこで暢子は、自分が東京へ行くと申し出ます。

注目したいのは、単純に「東京へ行けてうれしい」という場面ではないことです。

第1週の暢子は確かに東京へ憧れていました。

ところが第2週の東京行きには、家族の生活を助けるため自分が離れるという重い意味が加わっています。

第1週では、東京は「おいしいものがたくさんある未知の世界」。

第2週では、「大好きな家族と別れて暮らすかもしれない場所」。

同じ「東京」が、わずか二週間で憧れと別離という二つの意味を持つようになるのです。

私はここに、幼少期編ならではの巧みな対比を感じます。

稲垣来泉さんにとっても、無邪気に東京へ胸を躍らせる暢子と、家族を思って東京行きを引き受けようとする暢子では、同じ少女でも演技の温度がまったく違います。

第2週では、家族の前で気丈に振る舞おうとする表情と、その奥にある寂しさが重なることで、暢子の家族思いの部分が際立っていました。

バスを降りて兄妹のもとへ戻る場面が示したもの

やがて暢子は、東京へ戻る青柳史彦・和彦親子と一緒にやんばるを離れることになります。

しかし出発の日、賢秀、良子、歌子が暢子を乗せたバスを追いかけます。

暢子は結局、家族のもとへ戻りました。

この場面まで見ると、第1〜2週で暢子という人物の二つの方向性がはっきりします。

一つは、外の世界を見たいという好奇心。

もう一つは、家族と故郷を大切にする気持ちです。

どちらか一方ではありません。

外へ向かう力と、故郷へ引き戻されるほど強い家族への愛情が同時にある。

成長後の暢子が沖縄から東京へ向かうことを考えると、この二つの感情が子ども時代にすでに描かれていた点は見逃せないと思います。

※画像はAIによるイメージ

稲垣来泉の演技は何が印象的?「食・家族・外の世界」の3軸

稲垣来泉さんの『ちむどんどん』での演技を振り返るなら、食への反応、家族を前にした感情、外の世界への好奇心という3本の軸で見ると特徴が分かりやすくなります。

まず「食」です。

第1週では、東京のおいしいものについて知りたがる姿、沖縄そばを作る場面、初めて西洋料理に触れるレストランの場面と、食に関する出来事が段階的に置かれています。

特に第5回では、初めての料理に心を奪われるだけでなく、食べたものをノートに残す行動まで見せました。

ここで暢子の食への関心は、「食いしん坊」という性格説明から「もっと知りたい」という探究心へ変わっています。

私は稲垣来泉さんの演技について、単に「おいしそうに食べるのが上手」という評価だけでは足りないと思います。

食べ物を前にすると視線や表情が生き生きし、その反応によって「この子は本当に食の世界に心を動かされる人なんだ」と視聴者に伝えることが、幼少期役の大切な仕事だからです。

二つ目は「家族」。

第1週の比嘉家の食卓では安心した少女としてそこにいますが、第2週になると父との別れ、生活苦、東京行きの選択へと状況が急変します。

楽しいときの暢子だけでなく、悲しいとき、家族を心配するとき、そして自分が離れることで家族を助けようとするときまで演じる。

この感情の幅があったからこそ、暢子の「家族が大切」という性格が説明だけで終わらなかったのではないでしょうか。

三つ目は「外の世界」です。

和彦との出会いによって東京を知り、レストランで未知の西洋料理を知る。

知らないものに出会った暢子は、身構えるより目を輝かせます。

私はこの反応が、黒島結菜さんの成長後の暢子につながる大切な「たすき」だったと感じます。

故郷を愛していることと、故郷の外へ出たいことは矛盾しません。

稲垣来泉さんの幼少期編では、その二つが早くも同居していました。


稲垣来泉から黒島結菜へ何が受け継がれた?

稲垣来泉さんから黒島結菜さんへ受け継がれたのは、「食への好奇心」「沖縄と家族への愛情」「未知の世界へ進む行動力」の3点だと私は考えます。

朝ドラでは、一人の主人公を子役と成人役の複数の俳優が演じることがあります。

そこで大切になるのは、外見だけではありません。

「この人なら、あの子がこう成長したのだろう」と視聴者が感じられる性格の連続性です。

暢子の場合、その連続性が非常に分かりやすい。

幼いころから食べることが好きだった。

知らない料理に目を輝かせた。

東京のおいしいものを知りたがった。

家族との食卓を大切にした。

その積み重ねがあるから、成長した暢子が料理の世界へ進んでも「突然、料理人になりたくなった人」には見えません。

少女時代から伸びていた線の先に料理がある、と理解できるわけです。

幼少期役は「夢」より「夢を持つ理由」を演じた

ここからは一視聴者としての私見ですが、稲垣来泉さんの役割を最も短く表すなら、「夢を演じた」のではなく「夢を持つ理由を演じた」のだと思います。

幼い暢子は、最初から料理人という職業を明確な目標にしているわけではありません。

まずあるのは「おいしい」「知りたい」「作ってみたい」「食べてもらえてうれしい」という小さな心の動きです。

その積み重ねが、後に職業としての料理へつながっていく。

子どものころの夢って、案外こういうものではないかしら。

「将来はこれになる」と決めた瞬間より、夢中になっていたことを振り返ったときに「あそこが始まりだったのね」と分かることがありますよね。

第1週の西洋料理や沖縄そばは、まさにそんな「後から意味が育つ記憶」だったように思います。

食・沖縄・家族は別々のテーマではない

もう一つ私が面白いと感じるのは、『ちむどんどん』では「食」「沖縄」「家族」が別々に配置されていないことです。

沖縄そばを作るときには父がいる。

食卓には兄妹がいる。

西洋料理との出会いには東京から来た和彦がいる。

つまり食をたどるだけでも、自然に家族と故郷と外の世界へつながっていくんです。

そして第2週で父を失ったことで、食卓の記憶はさらに大きな意味を持つようになります。

これは私の作品解釈ですが、暢子にとって料理とは「職業」になる以前から、人と人、故郷と外の世界、現在と記憶を結び付けるものとして置かれていたように見えます。

だからこそ、幼少期を単なる「大人の暢子が登場するまでの前置き」として飛ばしてしまうのは、少しもったいないんですよね。

朝ドラの子役は「駅伝の第1走者」

私は朝ドラの幼少期役を、駅伝の第1走者のように感じることがあります。

ゴールまで走る俳優とは違っても、最初の走者が人物像という「たすき」をきちんと渡さなければ、一人の人生としての連続性は弱くなってしまいます。

稲垣来泉さんが黒島結菜さんへ渡したたすきには、「食いしん坊」という一言だけでは収まらないものがありました。

未知の味に心が躍ること。

知らない人にも近づいていくこと。

家族のためなら自分が離れようとすること。

それでも、本当は家族と一緒にいたいこと。

そして沖縄の外にも世界があると知ったこと。

第1〜2週の暢子には、後の長い人生を支える材料が小さく折り畳まれていたように思います。


稲垣来泉『ちむどんどん』幼少期役を振り返ると?

稲垣来泉さんは『ちむどんどん』で、黒島結菜さんが演じる主人公・比嘉暢子の幼少期を第1〜2週にわたって担当しました。

第1週「シークワーサーの少女」では、1964年の沖縄・やんばるを舞台に、青柳和彦との出会い、沖縄そば作り、初めての西洋料理などを通して食と外の世界への好奇心が描かれます。

一方、第2週「別れの沖縄そば」では、父・賢三との別れによって生活が一変。

東京の親戚に子どもの一人を預ける話が持ち上がり、暢子は家族のために自分が東京へ行こうとします。

この二週間を続けて見ることで、幼い暢子の人物像がはっきりします。

第1週は「何に心が動く子なのか」、第2週は「何を大切にしている子なのか」を描いた時間だったと私は受け止めています。

食べることが大好きで、未知の味に目を輝かせる。

知らない世界にも臆せず近づいていく。

そして何より家族が大切。

この三つがそろったからこそ、黒島結菜さん演じる成長後の暢子が沖縄から東京へ向かい、料理の道へ進む人生にも一本の線が通ります。

稲垣来泉さんの暢子を見るときは、食べる場面だけでなく、「食への反応」「家族を見つめるときの感情」「和彦や東京への好奇心」を比べてみると面白いですよ。

料理人としての暢子が生まれるずっと前に、料理人になれる心はもう育ち始めていた。

私はそこに、『ちむどんどん』幼少期編の大きな意味があったのではないかと考えています。


よくある質問

稲垣来泉は『ちむどんどん』で何役だった?

稲垣来泉さんは、主人公・比嘉暢子の幼少期役を演じました。

第1〜2週を中心に登場し、食べることが大好きで好奇心旺盛な少女時代から、父・賢三との別れや家族離散の危機までを演じています。成長後の暢子役は黒島結菜さんです。

『ちむどんどん』第1週と第2週では何が起きた?

第1週「シークワーサーの少女」では、東京から来た青柳和彦との出会いや沖縄そば、初めての西洋料理を通して、暢子の食と外の世界への好奇心が描かれました。

第2週「別れの沖縄そば」では父・賢三が亡くなり、生活苦に直面した比嘉家に、子どもの一人を東京の親戚が預かるという話が持ち上がります。暢子は自分が東京へ行くと申し出ますが、最終的には家族のもとへ戻ります。

稲垣来泉の暢子役はなぜ重要?

幼少期には、後の料理人・暢子につながる食への好奇心、家族と沖縄への愛情、外の世界へ進もうとする行動力がまとめて描かれているからです。

稲垣来泉さんから黒島結菜さんへの交代は単なる年齢の変化ではなく、「なぜ暢子が料理を愛し、故郷を胸に東京へ進んでいくのか」をつなぐ役割を果たしたと考えられます。

稲垣来泉さんの幼少期編を改めて振り返ると、『ちむどんどん』は料理人を目指す女性の物語が始まる前に、「おいしいものをもっと知りたい」と目を輝かせた一人の少女を丁寧に描いていました。第1週の好奇心と第2週の家族への思い、その両方を抱えた暢子だからこそ、成長後の人生へ自然にたすきが渡ったのではないでしょうか。

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