柏レイソル垣田裕暉とは?プロフィール・プレースタイル・活躍を紹介

柏レイソルの黄色いユニフォームを着て相手ゴールへ走り込む長身フォワード サッカー

柏レイソルの垣田裕暉選手は、187センチの高さ、前線での献身的な守備、味方を生かすポストプレーを兼ね備えた日本代表経験者です。

鹿島アントラーズの育成組織からプロ入りし、ツエーゲン金沢、徳島ヴォルティス、サガン鳥栖で経験を重ねた後、2024年7月4日に柏レイソルへ完全移籍しました。

柏レイソル垣田裕暉のプロフィールと経歴

垣田裕暉選手は、1997年7月14日生まれ、群馬県出身のプロサッカー選手です。

柏レイソルでは背番号18をつけ、主にセンターフォワードとしてプレーしています。2026年8月1日時点で29歳です。

項目 内容
名前 垣田 裕暉
読み方 かきた ゆうき
英字表記 Yuki KAKITA
生年月日 1997年7月14日
年齢 29歳(2026年8月1日時点)
出身地 群馬県
身長・体重 187センチ・78キロ
血液型 A型
ポジション フォワード
利き足 右足
背番号 18
所属 柏レイソル
主な代表歴 U-17日本代表、U-19日本代表、日本代表

187センチという数字を見ると、ゴール前でクロスを待つ大型フォワードを想像する方も多いかもしれません。

しかし、垣田裕暉選手は高さだけに頼る選手ではなく、相手DFを背負ってボールを収める動き、最終ラインの裏を狙う走り、前線からの守備まで幅広く担います。

群馬県板倉町から鹿島アントラーズの育成組織へ

垣田裕暉選手は群馬県邑楽郡板倉町で育ち、小学生年代では板倉SCジュニアでプレーしました。

その後、鹿島アントラーズジュニアユースへ加入し、中学校年代から親元を離れて鹿島の育成環境へ飛び込んでいます。

中学校は鹿嶋市立鹿島中学校、高校は鹿島学園高校に在籍。高校年代では鹿島アントラーズユースでプレーしました。

ユース時代には、2014年のJユースカップ、2015年の高円宮杯U-18プレミアリーグEASTなどで優勝を経験しています。

2015年10月には、町田浩樹選手、平戸太貴選手、田中稔也選手とともに、翌2016年の鹿島アントラーズトップチーム昇格が発表されました。

若くして地元を離れ、競争の厳しい育成組織で過ごした経験は、複数のクラブや戦術へ適応してきた現在の粘り強さにもつながっているように感じます。


垣田裕暉は鹿島・金沢・徳島・鳥栖で何を積み上げた?

垣田裕暉選手のキャリアは、早くから華やかな数字を残したというより、出場機会を求めながら一段ずつ実力を磨いてきた歩みです。

鹿島アントラーズでプロ入りした後、ツエーゲン金沢、徳島ヴォルティス、サガン鳥栖への期限付き移籍を経験し、2023年に鹿島へ復帰しました。

2016年に鹿島アントラーズでプロデビュー

垣田裕暉選手は2016年、鹿島アントラーズのトップチームへ昇格しました。

公式戦初出場は、2016年5月25日に行われたナビスコカップ・グループステージのジュビロ磐田戦です。

Jリーグ初出場は、同年7月13日の名古屋グランパス戦でした。

ただし、プロ1年目のJ1リーグ出場は3試合にとどまっています。当時の鹿島には実績のある攻撃陣がそろっており、若手フォワードが継続的に出場するのは簡単ではありませんでした。

そこで選んだのが、期限付き移籍によって実戦経験を増やす道です。

ツエーゲン金沢で3年間105試合に出場

2017年から2019年までは、J2のツエーゲン金沢でプレーしました。

2017年8月11日のモンテディオ山形戦でJリーグ初得点を記録し、同年10月29日のレノファ山口FC戦では終盤にヘディングで決勝点を挙げています。

年度 リーグ出場 得点
2017年 32試合 3得点
2018年 38試合 9得点
2019年 35試合 8得点
合計 105試合 20得点

3年間で105試合に出場した事実は、垣田裕暉選手の土台を考えるうえで欠かせません。

相手DFとの激しい競り合い、連戦を乗り切る体力、ゴール前での駆け引きなどは、練習だけで完全に身につくものではないですよね。

得点数も3得点から9得点、8得点へと伸びており、試合経験を重ねながら得点に関わる力を高めていったことが分かります。

徳島ヴォルティスで自己最多17得点

2020年には徳島ヴォルティスへ期限付き移籍しました。

このシーズンはJ2リーグ全42試合に出場し、自己最多となる17得点を記録。チーム内最多得点者となり、徳島のJ2優勝とJ1昇格に貢献しました。

42試合すべてに出場しながら17得点を挙げたことには、大きな意味があります。

特定の短期間だけ好調だったのではなく、長いシーズンを通じて前線の役割を担い続けた結果だからです。

翌2021年はJ1リーグ36試合で8得点を記録しました。

カテゴリーがJ2からJ1へ上がっても得点を残したことで、高さだけでなく、速い試合展開や強度の高い守備にも対応できることを示しています。

※画像はAIによるイメージ

サガン鳥栖を経て6年ぶりに鹿島へ復帰

2022年はサガン鳥栖へ期限付き移籍し、J1リーグ28試合で6得点を挙げました。

同年12月25日、鹿島アントラーズへの復帰が発表されます。期限付き移籍で鹿島を離れてから、6年ぶりの復帰でした。

2023年はJ1リーグ29試合に出場し、4得点を記録しています。

4月23日のアルビレックス新潟戦では、相手DFを背負ってボールを収め、反転して左足でゴールを決めました。

この得点には、垣田裕暉選手の特徴がよく表れています。

相手の圧力に耐えてボールを守る強さ、ゴール方向へ向き直る技術、最後までシュートへ持ち込む推進力が一連の動きに詰まっていました。

一方、2024年前半の鹿島では、J1リーグの出場が4試合にとどまります。

その後、シーズン途中に長く所属した鹿島を離れ、柏レイソルで新たなキャリアを始める決断をしました。


垣田裕暉は2024年7月に柏レイソルへ完全移籍

垣田裕暉選手の柏レイソル加入が発表されたのは、2024年7月4日です。

移籍形態は期限付きではなく、鹿島アントラーズからの完全移籍でした。

加入に際しては、柏レイソルの力になれるよう全力で戦うという趣旨のコメントを発表しています。

本人やクラブから、移籍を決断した詳しい理由までは明かされていません。

2024年前半の鹿島ではリーグ戦4試合の出場だったため、より多くピッチに立てる環境を求めた可能性は考えられますが、これは公表された事実ではなく、成績から読み取れる一つの見方です。

完全移籍だった点を踏まえると、垣田裕暉選手にとって柏加入は一時的な出場機会の確保ではなく、キャリアの軸足を移す大きな決断だったといえるでしょう。

2024年後半は13試合1得点

柏加入後の2024年は、J1リーグ13試合に出場して1得点を記録しました。

鹿島での4試合を含めると、同年のリーグ戦出場は17試合です。

シーズン途中に加入したセンターフォワードは、味方のパスのタイミングやサイドからクロスが入る位置、自分がボールを収めた後に誰が追い越すのかを短期間で理解しなければなりません。

2024年後半は、試合へ出ながら柏の攻撃へ適応していく期間でもあったと考えられます。

2025年はJ1全38試合に出場

柏で2年目を迎えた2025年は、J1リーグ全38試合に出場して6得点を記録しました。

カップ戦では8試合5得点、天皇杯では1試合に出場し、公式戦全体では47試合11得点となっています。

リーグ戦全試合出場は、単に大きな故障がなかったというだけではありません。

先発か途中出場かにかかわらず、試合展開に応じた役割を任され、年間を通して監督の構想に入り続けたことを示す数字です。

柏レイソルは2025年のJ1リーグを2位で終えました。

垣田裕暉選手自身も、加入初年度のリーグ戦1得点から6得点へ伸ばし、公式戦では2桁得点を記録しています。

この変化からは、チームの戦い方や周囲の選手との連係を理解し、自分の強みを発揮できる場面が増えたことがうかがえます。

2026年は大会区分別の数字に注意

2026年の明治安田J1百年構想リーグでは、EASTグループ14試合に出場し、595分間のプレーで2得点を記録しました。

さらに、2026年5月30日に行われたプレーオフラウンド第1戦の京都サンガF.C.戦でも得点し、柏は6対2で勝利しています。

2026年8月1日時点の大会記録は、次のように区分して見る必要があります。

  • EASTグループ:14試合2得点
  • プレーオフラウンド:2試合1得点
  • 大会合計:16試合3得点

大会区分を示さずに「16試合3得点」とだけ書くと、EASTグループの公式記録と食い違っているように見えてしまいます。

成績を確認する際には、どの大会やステージを集計している数字なのかまで見ることが大切ですね。


垣田裕暉のプレースタイルは高さと献身性が特徴

垣田裕暉選手は、空中戦だけを武器にするセンターフォワードではありません。

相手DFを背負うポストプレー、背後への走り、前線からの守備を組み合わせ、チーム全体を前進させることに価値のある選手です。

ポストプレーで味方が攻め上がる時間をつくる

ポストプレーとは、前線で相手DFを背負いながらボールを受け、味方へつないで攻撃の起点になるプレーです。

垣田裕暉選手は187センチの体格を生かし、後方から送られた長いボールへ競り合ったり、足元へ入ったパスを守りながら味方へ落としたりします。

相手に押し込まれている時間帯でも、前線の選手が一度ボールを収めれば、中盤やサイドの選手が前へ出る時間を確保できます。

派手なドリブル突破とは異なりますが、攻撃を落ち着かせるための数秒をつくる大切な仕事です。

柏が後方から細かなパスをつなげない場合にも、垣田裕暉選手を目標に長いボールを送ることで、相手の守備ラインを一気に越える選択肢が生まれます。

足元で受ける動きと背後への走りを使い分ける

大型フォワードがゴール前に立ち続けるだけなら、相手DFは空中戦への対応に集中できます。

ところが垣田裕暉選手は、手前へ下がってボールを受ける動きと、最終ラインの裏へ走る動きを使い分けます。

相手DFが前へ出れば背後のスペースが空き、下がれば手前でボールを受けやすくなります。

この二つの選択肢を相手に意識させることで、柏の中盤やサイドの選手が使える空間も広がります。

筆者としては、身長だけでは説明できない動きの幅こそ、垣田裕暉選手が複数のクラブで起用されてきた理由の一つだと考えています。

前線から相手のパスコースを制限する

現代サッカーでは、フォワードも守備の第一歩を担います。

垣田裕暉選手は相手センターバックやゴールキーパーへ近づき、自由にパスを出させないよう圧力をかけます。

前線からの守備は、ただ相手を追い回すだけでは成立しません。

味方と連動しながら一方のパスコースを消し、相手がボールを運ぶ方向を限定する必要があります。

こうした仕事は得点やアシストとして記録されにくいものの、チーム全体が高い位置でボールを奪うための合図になります。

※画像はAIによるイメージ

細谷真大とは異なる役割を担える

柏レイソルには、スピードと背後への飛び出しを持ち味とする細谷真大選手もいます。

細谷真大選手が素早く相手DFの裏へ抜け、自らゴールへ向かう力を持つのに対し、垣田裕暉選手は高さと体の強さを使って前線の基準点になれます。

垣田裕暉選手が相手センターバックと競り合い、こぼれたボールの先を細谷真大選手が狙う形も考えられます。

同じフォワードでも得意な仕事が完全には重ならないため、試合の流れや対戦相手に応じて攻撃方法を変えられる点は、柏にとって大きな利点です。


垣田裕暉の主なリーグ成績

垣田裕暉選手は、J1とJ2の両カテゴリーで多くの実戦経験を積んできました。

2025年シーズン終了時点のリーグ通算成績は、J1が151試合25得点、J2が147試合37得点です。

年度 所属クラブ 大会 出場 得点
2016年 鹿島アントラーズ J1 3 0
2017年 ツエーゲン金沢 J2 32 3
2018年 ツエーゲン金沢 J2 38 9
2019年 ツエーゲン金沢 J2 35 8
2020年 徳島ヴォルティス J2 42 17
2021年 徳島ヴォルティス J1 36 8
2022年 サガン鳥栖 J1 28 6
2023年 鹿島アントラーズ J1 29 4
2024年 鹿島アントラーズ J1 4 0
2024年 柏レイソル J1 13 1
2025年 柏レイソル J1 38 6
2026年 柏レイソル J1百年構想リーグEAST 14 2
2026年 柏レイソル プレーオフラウンド 2 1

自己最多得点は、徳島ヴォルティスでプレーした2020年の17得点です。

ただし、垣田裕暉選手のキャリアは得点数だけで評価すると、大切な部分を見落としてしまいます。

金沢で3年間105試合、徳島で2年間78試合に出場し、柏では2025年のリーグ戦全38試合へ出場しました。

監督やクラブが変われば、フォワードに求められる仕事も変わります。

クロスのターゲット、長いボールの受け手、背後へ走る選手、守備の先頭など、異なる役割へ対応してきた経験は、垣田裕暉選手の大きな財産です。


垣田裕暉は2025年に日本代表デビュー

垣田裕暉選手は、U-17日本代表とU-19日本代表を経験した後、2025年7月に日本代表へ初選出されました。

国際Aマッチ初出場は、2025年7月8日に韓国で行われた東アジアE-1サッカー選手権のホンコン・チャイナ戦です。

日本は6対1で勝利し、垣田裕暉選手は後半から出場しました。

同試合は、ジャーメイン良選手が日本代表デビュー戦で4得点を記録した試合でもあります。

垣田裕暉選手は7月15日の韓国戦にも途中出場し、日本は1対0で勝利。大会優勝を決めました。

2025年終了時点の国際Aマッチ成績は、2試合出場0得点です。

20代後半でのA代表初選出は、年代別代表から順調に昇格した一直線の歩みではありませんでした。

鹿島で出場機会をつかめず、J2の金沢や徳島を含む複数のクラブで試合経験を重ね、28歳で初めて国際Aマッチのピッチへ立っています。

年代別代表へ選ばれた選手が、全員そのままA代表へ進めるわけではありません。

環境が変わっても必要な役割を学び続け、柏でリーグ戦全試合出場を果たした先に日本代表があったことは、垣田裕暉選手のキャリアを象徴する出来事だと感じます。


垣田裕暉が柏レイソルで評価を高めるための3つの焦点

ここからは、これまでの成績や役割を踏まえた筆者の考察です。

今後の焦点は、前線の起点としての働きを続けながら、得点へ直接つながるプレーをどれだけ増やせるかにあります。

リーグ戦で得点を安定させられるか

2025年の垣田裕暉選手は、リーグ戦38試合で6得点、カップ戦8試合で5得点を記録しました。

カップ戦で高い割合の得点を残しているため、ゴール前で結果を出す力がないわけではありません。

今後は、その得点感覚をリーグ戦でも安定して発揮できるかが問われます。

特に注目したいのは、クロスが入る直前の動きです。

空中戦は身長だけで決まるものではなく、相手DFより先に動くこと、一度相手の視界から外れること、ニアサイドとファーサイドを使い分けることで、シュートへ持ち込める確率が変わります。

柏のサイド攻撃と垣田裕暉選手の動きがさらに合えば、得点機会を増やせると考えられます。

得点以外の戦術的価値を維持できるか

垣田裕暉選手の価値は、得点数だけでは測れません。

後方からの長いボールを収められる選手がいることで、柏は細かなパス回しだけに頼らず、相手の守備を一気に越える攻撃を選べます。

また、垣田裕暉選手が相手センターバックを引きつければ、その周囲に味方が入り込む空間が生まれます。

自分でシュートを打つだけではなく、味方が前を向いてプレーするための状況をつくれることも、センターフォワードの重要な役割です。

筆者としては、垣田裕暉選手が試合へ出続けている理由を考える際、得点数と同じくらい、チームの攻撃を前進させる仕事を見る必要があると思います。

日本代表へ再び選ばれる可能性

日本代表へ再選出されるためには、クラブで継続して出場し、得点という分かりやすい結果を残すことが重要です。

一方、国際試合では相手の守備強度が高く、細かなパスだけでは前進できない展開もあります。

そのような試合で、前線へ送られたボールを競り、味方が押し上げる時間をつくれる大型フォワードは貴重です。

垣田裕暉選手は2025年にA代表デビューを果たしましたが、代表で継続的な立場を得たわけではありません。

今後を左右するのは、「献身的に働ける選手」という評価に、どれだけ「得点で試合を動かせる選手」という評価を加えられるかでしょう。

金沢や徳島で多くの試合に出場し、鹿島復帰を経て柏へ完全移籍した歩みからも、環境へ適応しながら力を伸ばしてきた選手であることが分かります。

ポストプレーの判断やゴール前での駆け引きは、経験を重ねることでさらに磨ける部分です。

柏で安定した出場を続けながら得点数を伸ばせれば、クラブの攻撃を支えるだけでなく、日本代表の選択肢として再び注目される可能性もあるでしょう。


まとめ

柏レイソルの垣田裕暉選手は、1997年7月14日生まれ、群馬県出身のフォワードです。

鹿島アントラーズの育成組織から2016年にプロ入りし、ツエーゲン金沢、徳島ヴォルティス、サガン鳥栖への期限付き移籍を経て、2024年7月4日に柏へ完全移籍しました。

2020年の徳島ではJ2リーグ全42試合で17得点を挙げ、2025年の柏ではJ1全38試合に出場。さらに同年7月、東アジアE-1サッカー選手権で日本代表デビューを果たしています。

187センチの高さだけでなく、ポストプレー、背後への走り、前線からの守備で味方を支えられる点が垣田裕暉選手の特徴です。

今後はチームを助ける献身性を維持しながら、リーグ戦で得点を積み重ねられるかが、柏での評価と日本代表再選出を左右するポイントになりそうです。


よくある質問

垣田裕暉はいつ柏レイソルへ加入した?

2024年7月4日に、鹿島アントラーズから柏レイソルへの完全移籍が発表されました。柏での背番号は18です。

垣田裕暉の自己最多得点は何点?

リーグ戦の自己最多は、徳島ヴォルティスに所属した2020年の17得点です。同年はJ2全42試合に出場し、チームの優勝とJ1昇格に貢献しました。

垣田裕暉の日本代表成績は?

2025年7月の東アジアE-1サッカー選手権でA代表デビューし、ホンコン・チャイナ戦と韓国戦の2試合に出場しました。2025年終了時点では2試合0得点です。


参考資料

本記事のプロフィール、移籍日、背番号、加入時コメントは、柏レイソル公式の選手プロフィールおよび2024年7月4日付の完全移籍加入発表を参照しました。

リーグ戦の出場数、得点数、プロ初出場日、2026年の大会区分別成績は、Jリーグ公式データサイトの選手記録および試合記録を参照しました。

日本代表の選出歴、国際Aマッチ初出場日、対戦相手、試合結果は、日本サッカー協会が公開する東アジアE-1サッカー選手権2025の招集選手情報および公式試合記録を参照しました。

春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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