村竹ラシッドの学歴まとめ!中学・高校・大学はどこ?

村竹ラシッド選手の学歴は、松戸市立相模台小学校、松戸市立第一中学校、千葉県立松戸国際高等学校、順天堂大学です。学生時代にハードル選手として段階的に成長しました。

2002年2月6日生まれ、千葉県松戸市出身の村竹ラシッド選手。日本陸上競技連盟によると、2025年8月16日に男子110メートルハードルで12秒92を記録し、日本人で初めて13秒の壁を破りました。

そんな村竹選手の学生時代を調べてみると、幼い頃から全国大会を勝ち続けてきたというより、小学校で陸上を始め、中学校でハードルに出会い、高校で全国トップへ、大学で日本代表へと一段ずつ成長してきたことが分かります。

特に興味深いのは、中学卒業時には高校で陸上を続けるつもりがなかったことです。

この記事では、松戸市、日本陸上競技連盟、順天堂大学などが公表している情報を中心に、村竹ラシッド選手の小学校・中学校・高校・大学と、学生時代の主な競技成績を時系列で整理します。

村竹ラシッドの学歴は?小学校・中学・高校・大学を一覧で確認

村竹ラシッド選手は、松戸市立相模台小学校→松戸市立第一中学校→千葉県立松戸国際高等学校→順天堂大学という進路を歩んでいます。

松戸市が公開している村竹選手のプロフィールでも、この4校が卒業校として明記されています。松戸市公式サイト+1

学校 在籍時期の目安 学生時代の主な出来事
松戸市立相模台小学校 2008年4月~2014年3月ごろ 小学5年生で陸上を始める
松戸市立第一中学校 2014年4月~2017年3月ごろ ハードル競技に取り組み始める
千葉県立松戸国際高等学校 2017年4月~2020年3月ごろ 高2でインターハイ8位、高3で全国3冠
順天堂大学 2020年4月~2024年3月 世界選手権代表、日本インカレ3度優勝、13秒04

※小・中・高校の在籍時期は、生年月日と通常の進学時期から整理した目安です。順天堂大学については、同大学がスポーツ健康科学部を2024年に卒業したことを公表しています。順天堂 GOOD HEALTH JOURNAL

学歴と競技歴を重ねてみると、村竹選手の成長には分かりやすい節目があります。

小学校=陸上との出会い、中学校=ハードルとの出会い、高校=全国トップへの飛躍、大学=日本代表への成長という流れです。

現在の日本記録保持者という肩書だけを見ると、子どもの頃から110メートルハードル一筋だったように思えますよね。

しかし、実際の学生生活には「陸上を続けないつもりだった」という時期もありました。

この進路の迷いこそ、村竹ラシッド選手の学歴をたどるうえで見逃せないポイントです。


村竹ラシッドの小学校・中学校は?松戸でハードル競技に出会う

村竹ラシッド選手の出身小学校は松戸市立相模台小学校、出身中学校は松戸市立第一中学校です。

松戸市の公式プロフィールでも両校の卒業が確認されており、日本陸上競技連盟も、相模台小学校5年生のときに陸上を始め、松戸第一中学校でハードル競技に取り組むようになったと紹介しています。松戸市公式サイト+1

相模台小学校5年生で陸上を始めた

村竹選手が陸上競技を始めたのは、小学5年生の頃でした。

後年の松戸市関連のトークイベントでは、小学校時代から陸上に取り組み、中学生になってハードルへ進んだ経緯が紹介されています。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES

つまり、幼児期から専門的なハードル指導を受けていた選手ではありません。

小学5年生という比較的身近なタイミングで陸上と出会い、そこから競技生活が始まったのですね。

私はこの点に、村竹選手の歩みの親しみやすさを感じます。

今では12秒台を持つ世界トップクラスのハードラーですが、その出発点は地元・松戸の小学校でした。

松戸市立第一中学校でハードル競技へ

松戸市立第一中学校へ進むと、村竹選手はハードル競技に取り組むようになります。

日本陸連も、村竹選手の競技歴を「松戸第一中学でハードルに取り組んでいくようになる」と紹介しています。日本アートフォーラム

現在の専門種目につながる原点が、この中学校時代だったわけですね。

ただし、ここで大切なのは、中学卒業時点で将来の日本代表を明確に目指していたわけではなかったということです。

2025年に地元・松戸で行われたトークイベントで、村竹選手は松戸第一中学校時代のトレーニングが厳しく、高校では陸上を続ける考えがなかったと振り返っています。

当時は体が小さく、自分の体格が陸上競技に向いていないとも感じていたそうです。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES

この事実を知ると、後の活躍の見え方が少し変わってきませんか。

「中学生の頃から将来を約束されたハードラー」ではなく、本人自身も競技を続けるかどうか迷いながら高校進学を迎えていたのです。

私には、ここが村竹選手の学生時代を理解する最初の大きな転機に見えます。


村竹ラシッドの高校は松戸国際高校!進学理由と全国3冠までの成績

村竹ラシッド選手の出身高校は、千葉県立松戸国際高等学校です。

高校の公式サイトでも、村竹選手が同校第45期の卒業生であることが紹介されています。千葉県学校教育情報ネットワーク

注目したいのは、松戸国際高校を選んだ理由です。

村竹選手は地元でのトークイベントで、自宅から通える距離だったことと、国際教養科に学びたいカリキュラムがあったことを進学理由として説明しています。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES

つまり、高校選びの中心に最初から「陸上の強豪校へ進む」という考えがあったわけではありません。

学びたい内容と通学環境を考えて学校を選んでいたのです。

高校では陸上を続けないつもりだった

さらに意外なのが、高校入学時点では陸上競技を続ける予定がなかったことです。

村竹選手は後年、高校の先輩から熱心に誘われたことで陸上部へ入り、競技を続けることになったと振り返っています。朝日れすかPLUS+1

現在までの競技人生を振り返れば、これは非常に大きな分岐点だったと言えるでしょう。

中学校でハードルを始めたものの、一度は競技から離れようと考えた。

それでも高校で人との縁によって競技を続け、その後、一気に全国トップへ駆け上がっていきます。

私は、村竹選手の学歴で最も印象深いのはこの部分です。

競技実績だけを見れば順風満帆に見えますが、学校選択そのものは競技中心ではなく、競技継続も周囲との出会いによって決まったのです。

高校2年の三重インターハイで8位

松戸国際高校で陸上を続けた村竹選手は、高校2年だった2018年度に初めて全国大会へ進みました。

日本陸上競技連盟によると、三重インターハイで8位入賞。これが村竹選手にとって初の全国大会でした。日本アートフォーラム

その後、2019年2月の日本室内陸上大阪大会では、U18男子60メートルハードルで優勝。

これが全国大会での初タイトルとなりました。日本アートフォーラム

高校2年で全国8位、そのシーズンの終盤には全国優勝。

「高校入学時には陸上を続けないつもりだった」という選手が、わずか2年ほどで全国タイトルを獲得するところまで伸びていたことになります。

高校3年の2019年に13秒台へ突入

高校3年だった2019年には、さらに大きな飛躍を遂げます。

6月のインターハイ南関東大会で13秒91(向かい風0.1メートル)を記録。日本陸連によると、当時の高校歴代3位タイで、自身初の13秒台でした。日本アートフォーラム

そして同年、

  • インターハイ
  • 国民体育大会
  • U20日本選手権

を制して、高校3冠を達成しました。日本アートフォーラム

「全国大会に初出場して8位」だった高校2年から、翌年には全国主要タイトルを3つ獲得する選手へ。

この成績の変化を見るだけでも、高校時代が村竹選手にとって大きな飛躍期だったことが分かります。

※画像はAIによるイメージ

高校生活の最後となる2020年2月の日本室内陸上大阪大会では、U20男子60メートルハードルで予選7秒63、決勝7秒61を記録。

日本陸連は、いずれも当時のU20室内日本新記録だったと紹介しています。日本アートフォーラム

ここで大切なのは、「なぜ記録が伸びたのか」を外部から決めつけないことだと思います。

本人は高校時代について、体格やハードルの高さなど環境の変化への適応に苦戦した時期があったと振り返っています。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES

その一方で、具体的にどの技術変更が記録向上へ直結したのかまでは、この発言だけでは分かりません。

確実に言えるのは、高校入学時の迷いを経ながら、3年間で全国8位から全国3冠へと競技成績を大きく伸ばしたということです。


村竹ラシッドの大学は順天堂大学!世界選手権代表と13秒04まで成長

村竹ラシッド選手は松戸国際高校卒業後、2020年に順天堂大学へ進学し、スポーツ健康科学部を2024年に卒業しました。

順天堂大学によると、在学中は日本インカレ男子110メートルハードルで3度優勝。大学4年時には13秒04を記録し、日本学生記録を更新しています。順天堂 GOOD HEALTH JOURNAL+1

高校時代が「高校世代の全国トップへ進んだ時期」なら、大学時代は日本代表として世界大会へ進むまでの時期だったと言えます。

大学1年で日本インカレ優勝

2020年に順天堂大学へ進学した村竹選手は、新型コロナウイルスの影響で競技活動に大きな制限がある中、大学生活をスタートしました。

それでも競技会再開後に自己記録を更新し、日本インカレでは1年生ながら優勝。

その後の日本選手権では13秒61までタイムを縮めています。日本アートフォーラム

高校3冠を達成して大学へ進んだとはいえ、大学・一般カテゴリーでは高校時代とは相手も競争環境も変わります。

その中で1年目から日本インカレを制したことは、村竹選手が大学でも早い段階から全国上位に位置していたことを示しています。

大学2年で13秒28、日本学生新記録

大学2年だった2021年、日本選手権の予選で大きな記録が出ます。

村竹選手は13秒28(追い風0.5メートル)をマーク。当時の日本学生新記録を樹立し、東京オリンピックの参加標準記録13秒32も突破しました。日本アートフォーラム

しかし、その日本選手権決勝では不正スタートによって失格。

参加標準記録を突破しながら、東京オリンピック代表入りには届きませんでした。日本アートフォーラム+1

数字だけを見ると「13秒28を出した成功のシーズン」ですが、本人にとっては大きな悔しさが残る大会だったことが分かります。

翌2022年のインタビューでは、この前年の経験を意識しながら日本選手権へ臨んでいたことも語っています。月陸Online|月刊陸上競技

学生時代を振り返ると、村竹選手は記録を更新するだけでなく、結果が伴わない経験も重ねながら次へ進んでいたのですね。

大学3年の2022年に初の世界選手権代表

2022年には、織田記念、セイコーゴールデングランプリとシニア主要大会で勝利。

日本選手権では予選で13秒27の自己新、決勝では向かい風1.2メートルの条件で13秒31を記録して2位となり、オレゴン世界選手権の日本代表に選ばれました。日本アートフォーラム

順天堂大学も、村竹選手が大学3年次の2022年に世界選手権へ日本代表として出場したことを紹介しています。順天堂大学

高校3年で全国高校世代のトップとなり、その約3年後にはシニアの日本代表。

学歴に沿って見ると、大学進学後に競技の舞台が国内学生大会から世界へ広がっていったことがよく分かります。

大学4年で13秒04、日本記録に並ぶ

大学4年だった2023年は、順調なことばかりではありませんでした。

3月に13秒25を記録した後、肉離れによって日本選手権や世界選手権への出場を断念。

その後7月末に復帰すると、13秒18を記録しました。日本アートフォーラム

そして9月の日本インカレ。

村竹選手は13秒04(向かい風0.9メートル)で優勝し、当時、大学の先輩・泉谷駿介選手が持っていた日本記録に並びました。

同時に、日本学生記録も更新しています。順天堂大学+1

高校3年で13秒91だった選手が、大学4年で13秒04。

単純比較には大会条件やカテゴリーの違いがあるものの、学生生活の終盤には日本記録と並ぶところまで到達したのです。

順天堂大学では副主将も務めた

大学時代の村竹選手を語るうえでは、個人記録以外にも注目したいところがあります。

順天堂大学陸上競技部で副主将を務めていたことです。

大学によると、2023年9月の日本インカレでは自身の競技だけでなく、声がかれるほど仲間を応援するなど、チームの総合優勝にも貢献しました。順天堂大学

陸上競技は個人種目という印象が強いですが、大学陸上ではチームとして総合得点を競う大会もあります。

高校入学時には先輩から誘われて陸上を続けた村竹選手が、大学では副主将としてチームを支える立場になった。

私はこの変化にも、記録だけでは見えない学生時代の成長を感じます。


村竹ラシッドの学歴から見える3つの転機とは?

村竹ラシッド選手の学歴を時系列で追っていくと、単に「有名校を渡り歩いたトップ選手」という説明では収まらないことが分かります。

筆者として特に重要だと感じる転機は、高校選択、競技継続、大学での日本代表化の3つです。

1つ目は「陸上だけで高校を選ばなかったこと」

村竹選手は松戸国際高校を、自宅から通える距離と国際教養科のカリキュラムを理由に選んでいます。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES

ここには、競技成績だけを基準に進学先を決めなかった学生時代の姿が見えます。

結果を知っている私たちは「将来の日本記録保持者なのだから、高校時代から陸上最優先だったはず」と考えがちです。

しかし実際には、学びたいことや日々の通いやすさも含めて学校を選んでいました。

この事実は、村竹選手の進路を考えるうえで意外に重要ではないでしょうか。

2つ目は「先輩との出会いで競技を続けたこと」

中学時代の厳しい練習や体格への不安から、高校では陸上を続けないつもりだった村竹選手。

ところが、松戸国際高校の先輩から熱心に誘われ、陸上部へ入りました。朝日れすかPLUS+1

その後の競技人生を振り返れば、大きな転機だったと言えるでしょう。

スポーツでは才能や練習環境ばかりに目が向きますが、「続けるか、やめるか」という時期に誰と出会ったのかも、その後を左右します。

村竹選手の場合、高校で競技を続けるきっかけを作ったのは、人とのつながりでした。

3つ目は「順天堂大学で世界への道が開いたこと」

高校3冠で順天堂大学へ進んだ村竹選手は、大学1年で日本インカレ優勝、大学2年で13秒28、大学3年で世界選手権代表、大学4年で13秒04とステージを上げました。日本アートフォーラム+1

この推移を見ると、順天堂大学時代は単なる学生競技の延長ではありません。

高校世代のトップ選手から、世界大会へ出場する日本代表選手へ変わった4年間だったと評価できます。

また、大学では副主将としてチームを支える役割も経験しました。

競技成績と学生生活の両方を見れば、順天堂大学で過ごした4年間は村竹選手のキャリアの土台を大きく固めた時期だったと言えそうです。


順天堂大学卒業後はJALへ!学生時代の成長は12秒92へ

村竹ラシッド選手は順天堂大学卒業後、2024年4月から日本航空株式会社(JAL)に所属しています。

松戸市のプロフィールにも、2024年4月からJAL所属と記載されています。順天堂大学は在学中の2023年にJALへの内定を発表していました。松戸市公式サイト+1

学歴記事ですので社会人以降は簡潔に触れますが、学生時代の成長がその後どうつながったのかを見るうえで重要な結果があります。

2024年のパリオリンピック男子110メートルハードルでは、日本勢として初めて決勝へ進出し、5位入賞を果たしました。日本アートフォーラム+1

さらに2025年8月16日のAthlete Night Games in FUKUIでは、12秒92(追い風0.6メートル)を記録。

日本陸上競技連盟は、この記録を日本人初の12秒台となる日本新記録として発表しています。2026年6月の日本選手権関連資料でも、男子110メートルハードルの日本記録は村竹選手の12秒92とされています。日本アートフォーラム+1

2025年の東京世界陸上でも決勝に進み、パリオリンピックに続いて5位に入りました。順天堂大学も卒業後の実績として、パリ五輪と東京世界陸上での5位入賞、12秒92の日本記録を紹介しています。順天堂 GOOD HEALTH JOURNAL

小学校で陸上を始め、中学校でハードルへ。

高校では競技をやめようと考えながらも先輩の誘いで続け、全国3冠。

大学では世界選手権代表となり、日本記録に並ぶ13秒04。

そして社会人になって12秒92。

こうして学校ごとに区切って見ると、現在の日本記録は突然生まれたものではなく、学生時代の各段階で競技レベルを上げてきた先にある記録だと分かります。

もちろん、記録向上の具体的な技術的要因を外部から断定することはできません。

ただ、全国初出場、高校3冠、日本代表、日本記録タイと、学校生活の節目ごとに明確な成績の変化があったことは確かです。

私はそこに、村竹ラシッド選手らしい成長の仕方が表れているように感じます。


まとめ|村竹ラシッドは相模台小・松戸一中・松戸国際高校・順天堂大学出身

村竹ラシッド選手の学歴は、松戸市立相模台小学校、松戸市立第一中学校、千葉県立松戸国際高等学校、順天堂大学です。松戸市も4校を卒業校として公表しています。松戸市公式サイト

小学5年生で陸上を始め、松戸第一中学校でハードル競技へ。

高校進学時には陸上を続けない考えもありましたが、松戸国際高校の先輩から誘われて競技を継続しました。高校を選んだ理由には、自宅から通えることや国際教養科のカリキュラムへの関心もありました。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES

高校2年で三重インターハイ8位、高校3年の2019年にはインターハイ・国体・U20日本選手権の3冠を達成。

順天堂大学では日本インカレを3度制し、2022年には世界選手権代表、2023年には13秒04の日本記録タイ・日本学生記録をマークしました。日本アートフォーラム+1

学歴をたどって感じるのは、村竹選手が最初から完成された「陸上エリート」だったわけではないということです。

学びたい高校を選び、競技継続を迷い、人との出会いをきっかけに走り続け、高校で全国トップへ。そして大学で日本代表へ進みました。

進学するたびに新しい舞台へ踏み出し、そこで結果を積み重ねてきたことが、村竹ラシッド選手の学生時代の大きな特徴なのではないでしょうか。

2026年時点で男子110メートルハードルの日本記録は12秒92。

その記録の背景には、松戸の小学校から順天堂大学まで、一段ずつ積み上げてきた長い学生生活がありました。


よくある質問

村竹ラシッドの出身中学校はどこですか?

村竹ラシッド選手の出身中学校は松戸市立第一中学校です。

相模台小学校5年生で陸上を始め、松戸第一中学校でハードル競技に取り組むようになりました。松戸市公式サイト+1

村竹ラシッドの高校はどこですか?

出身高校は千葉県立松戸国際高等学校です。

自宅から通えることや国際教養科で学びたい内容があったことから同校へ進学しました。高校3年の2019年にはインターハイ・国体・U20日本選手権の全国3冠を達成しています。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES+1

村竹ラシッドの大学はどこですか?

村竹ラシッド選手は順天堂大学スポーツ健康科学部を2024年に卒業しています。

在学中は日本インカレ男子110メートルハードルで3度優勝し、2022年に世界選手権へ出場。大学4年の2023年には13秒04を記録し、当時の日本記録に並ぶとともに日本学生記録を更新しました。順天堂 GOOD HEALTH JOURNAL+1

春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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