泉谷駿介選手は、八種競技や跳躍種目で培った総合力を武器に、110mハードルで自己ベスト13秒00まで到達した世界トップ級のハードラーです。World Athletics+1
中学時代は短距離の補欠から始まり、高校では八種競技、大学では三段跳や走幅跳にも挑戦。2023年世界陸上では日本男子110mハードル史上初の決勝進出を果たし、5位に入賞しました。World Athletics+1
泉谷駿介の110mハードル経歴は?中学の補欠から世界5位へ
泉谷駿介選手は2000年1月26日生まれ、神奈川県出身。横浜市立緑が丘中学校、武相高校、順天堂大学を経て、現在は住友電工に所属しています。住友電工+1
今では世界大会の決勝を経験し、13秒00という世界トップクラスのタイムを持つ泉谷選手ですが、競技人生は決して「110mハードル一筋」ではありません。
むしろ、いろいろな種目を経験したからこそ現在のハードラー泉谷駿介が生まれた――。経歴をたどると、そんな成長の道筋が見えてきます。
中学校で陸上を始めた当初は短距離に取り組み、1、2年生では補欠。中学3年になると四種競技へ挑戦し、走高跳などにも取り組むようになりました。
110mハードルだけを幼いころから専門的に続けてきた選手ではなかったのですね。
この点は、泉谷選手の強さを考えるうえでとても重要だと私は感じます。
ハードルは「障害物を跳び越える競技」に見えますが、実際にはスプリント、リズム、踏み切り、空中姿勢、着地後の切り替えなど、さまざまな能力が要求されます。
泉谷選手が成長期から複数の動きを経験してきたことは、のちの110mハードルへつながる大きな土台になったのではないでしょうか。
武相高校では八種競技でインターハイ優勝
武相高校へ進むと、泉谷選手の競技の幅はさらに広がります。
高校では八種競技に本格的に取り組み、走る・跳ぶ・投げるという異なる能力を総合的に磨いていきました。
高校3年だった2017年のインターハイでは八種競技で全国優勝。さらに三段跳でも3位に入りました。日本陸連も、泉谷選手が武相高校時代に八種競技のインターハイチャンピオンだった経歴を紹介しています。日本アートフォーラム
八種競技とは、高校男子が複数のトラック・フィールド種目をこなし、その合計得点を競う競技です。
一つだけ突出していても勝つのは難しく、スピード、跳躍力、投てき力、持久力、そして連日の競技を乗り切る対応力まで求められます。
私はここに、現在の泉谷選手を読み解く最初のヒントがあると思っています。
110mハードルだけに特化する前に、「陸上選手として何でもできる身体」を作っていた。
これは、専門化が早いトップ選手とは少し違う泉谷選手ならではの成長ルートですよね。
そして高校時代には110mハードルでも頭角を現し始めます。
もともとは八種競技を構成する種目の一つだったハードルが、やがて世界を目指す主戦場へと変わっていくことになります。
順天堂大学で110mハードルが急成長!世界U20銅メダル
2018年に順天堂大学へ進学すると、泉谷駿介選手の110mハードルでの才能が一気に世界レベルへ近づいていきます。
ただし、大学へ入った時点でもハードル一本に絞っていたわけではありません。
三段跳や走幅跳にも継続して取り組みながら、110mハードルで急激に記録を伸ばしていきました。日本陸連も東京五輪前の記事で、泉谷選手が大学進学後も110mハードルだけでなく走幅跳、三段跳で活躍していたことを紹介しています。日本アートフォーラム
大きな転機となったのが2018年7月です。
フィンランド・タンペレで開催された世界U20選手権男子110mハードルで、泉谷選手は13秒38(追い風0.3m)を記録して銅メダルを獲得しました。日本アートフォーラム
大学1年生で、すでに世界大会の表彰台です。
まだ本人の競技の軸が一つに固まり切っていなかった時期に、ハードルでは同世代の世界トップ3へ入ったわけですから、その適性の高さがうかがえますよね。
翌2019年には日本選手権で2位となり、シニアの日本代表争いにも本格的に加わります。
その一方で、順調なことばかりではありませんでした。
2019年の日本学生選手権では4×100mリレー出場中に右太腿裏を痛め、ドーハ世界選手権の110mハードル代表に選ばれていたものの欠場。日本陸連も、右ハムストリングスの肉離れによって世界選手権を欠場した経緯を記録しています。日本アートフォーラム
世界への扉が開きかけたところで、大舞台を走れなかった悔しさ。
しかし結果的には、この故障を含めた経験も、その後に世界大会を何度も戦ううえでの土台になったのではないかしらと思います。
多種目に出場できる身体能力は大きな武器ですが、それだけ身体にかかる負荷も複雑になります。
泉谷選手のキャリアを見ると、「何でもできること」と「身体をどう管理するか」が常に隣り合わせだったことも分かります。
東京五輪・オレゴン世界陸上で世界との距離を縮める
泉谷駿介選手が日本男子110mハードルの歴史を大きく動かしたのが2021年です。
この年、室内60mハードルで7秒50を記録。現在もWorld Athleticsのプロフィールに自己ベストとして掲載されているタイムで、短い距離で一気に加速する能力の高さを示しました。World Athletics
さらに東京オリンピック代表選考を兼ねた日本選手権男子110mハードルでは13秒06をマークしました。
当時の日本記録で、日本男子として初めて13秒0台へ到達する歴史的なレースとなりました。
「13秒1台から13秒0台へ」。
数字だけを見ると0.1秒にも満たない違いですが、100分の1秒を削る世界で戦う短距離・ハードルでは、この壁を越える意味はとても大きいのです。
東京五輪では準決勝へ進出。
決勝進出には届きませんでしたが、初めて実際に出場した世界大会で準決勝を経験しました。
続く2022年のオレゴン世界選手権にも出場します。
日本陸連によると、この大会へは13秒21の資格記録を持って臨み、当時の自己ベストは13秒06。2019年ドーハ大会は故障で欠場していたため、世界選手権の舞台を実際に走るのはオレゴンが初めてでした。日本アートフォーラム
オレゴンでも準決勝へ進出。
東京五輪、オレゴン世界陸上と立て続けに世界の準決勝を経験したことで、「世界大会に出る選手」から「決勝を狙う選手」へと立場が変わっていった時期だったと考えられます。
そして、その壁をついに突破したのが翌2023年でした。
2023年世界陸上5位!日本男子110mH初のファイナリストに
2023年は、泉谷駿介選手の110mハードル経歴で最大級の転機となったシーズンです。
6月の日本選手権で13秒04を記録。当時の自己ベストを更新するとともに、日本男子110mハードルの頂点に立ちました。日本陸連もブダペスト世界選手権前の資料で、泉谷選手の自己ベストを13秒04と紹介しています。日本アートフォーラム
しかも、この13秒04は追い風に恵まれた記録ではありません。
日本陸連の分析によると、13秒04を出した際の風は向かい風0.9m。110mハードルではハードル間9.14mを基本的に3歩で進むため風の影響も受けやすく、向かい風の中での13秒04には高い価値があると評価されています。日本アートフォーラム
そして8月、ハンガリー・ブダペストで開催された世界陸上。
準決勝で泉谷選手は13秒16を記録して組1着。世界の強豪を相手に堂々と決勝進出を決めました。World Athletics
男子110mハードルで日本選手が世界選手権の決勝へ進むのは史上初。
ついに日本ハードル界の大きな壁を破ったのです。
決勝では13秒19で5位。World Athleticsの公式結果にも5位、13秒19と記録されています。World Athletics+1
私はこの5位という結果を、泉谷選手個人だけの出来事ではなかったと思っています。
それまで日本男子110mハードルは、世界大会で準決勝へ進むこと自体が大きな目標でした。
ところが泉谷選手が決勝へ進み、さらに5位に入ったことで、次の日本選手たちにとって「世界決勝」が現実的な目標へ変わりました。
記録を更新することと、「ここまで行ける」と実際に示すことは少し違います。
泉谷選手が2023年に果たした役割は、まさに後者だったのでしょう。
走幅跳8m21で世界室内4位!泉谷駿介はなぜハードルでも強い?
泉谷駿介選手の110mハードルでの強さを考えるとき、ハードル以外の競技歴を外すことはできません。
特に注目したいのが走幅跳です。
2025年3月23日、中国・南京で行われた世界室内選手権男子走幅跳決勝で、泉谷選手は自己ベストとなる8m21を記録し、世界4位に入りました。World Athleticsの公式結果にも4位、8m21と残されています。World Athletics+1
110mハードルの世界選手権5位に加え、走幅跳でも世界室内4位。
異なる2種目で世界大会の上位へ入るというのは、泉谷選手の身体能力の幅を端的に示す実績でしょう。
では、この多種目経験がなぜ110mハードルの強さにつながるのでしょうか。
私は、大きく3つの要素に分けて考えています。
- ハードル間を走り切る高いスプリント能力
- 走幅跳などで示す爆発的な踏み切りと身体操作能力
- 八種競技で培った多様な動きへの対応力
もちろん、「走幅跳が強いからハードルも強い」と単純に因果関係を断定することはできません。
しかし、日本陸連が2025年に紹介したデータは、とても興味深いものでした。
110mハードル13秒49以内と走幅跳8m20以上の両方を達成した選手は非常に限られ、さらに110mハードルを13秒19以内まで条件を厳しくすると、当時その両方を満たしていたのは泉谷選手だけだったとされています。日本アートフォーラム
これは、泉谷選手の「二刀流」が単なる余興ではないことを示しています。
ハードルでも世界レベル、走幅跳でも世界レベル。
二つの種目を本気で追えるだけの能力があるのです。
スピードだけでなく「減速を小さくする力」が重要
110mハードルには高さ1.067mのハードルが10台並びます。
大切なのは、単純に高く跳ぶことではありません。
むしろトップ選手ほど、ハードルを大きく跳び越えるのではなく、できるだけ重心の上下動を抑えながら素早く越え、着地直後から次の3歩へ移ります。
つまり競技の本質は、110mを障害物がある状態でどれだけ速く走れるかにあります。
泉谷選手が走幅跳で8m21を跳べることは、助走スピードを高め、それを踏み切りへ変換する能力の高さを示しています。
そこに八種競技で身につけた身体操作の幅が加わっている――。
筆者としては、これこそ泉谷選手のハードリングを支える独特の土台ではないかと考えています。
パリ五輪と東京世界陸上の苦戦を越え、13秒00へ
2023年世界陸上で5位へ入ったあとも、泉谷駿介選手の歩みは順風満帆ではありませんでした。
2024年パリオリンピックでは男子110mハードル準決勝へ進出したものの、決勝進出には届きませんでした。
日本陸連の東京2025世界陸上選手紹介でも、泉谷選手の主要成績として東京五輪準決勝、2022年世界選手権準決勝、2023年世界選手権5位、パリ五輪準決勝が記録されています。TBS+1
2025年には前述した世界室内選手権の走幅跳で8m21、4位という好成績を残します。
一方、9月の東京世界陸上110mハードルは苦しい大会となりました。
予選ではスタートで出遅れ、13秒52(向かい風0.6m)の組5着。各組4着以内の自動通過にも、タイムで拾われる枠にも入れず、いったんは予選敗退となりました。月陸Online|月刊陸上競技+1
ところが準決勝直前に棄権者が出たため、予選敗退者の中で次点だった泉谷選手が急きょ繰り上がりで準決勝へ進むことになります。
準決勝では序盤からハードルに足がかかり、転倒。公式記録はDNF(途中棄権)となりました。日本陸連も「繰り上げで準決勝を走ることになったが、序盤でハードルに足がかかって転倒」と伝えています。日本アートフォーラム
2023年の世界5位とは対照的な結果ですよね。
ただ、110mハードルという競技の怖さを考えると、これもキャリアの重要な一場面だったように思います。
スタートでわずかに出遅れれば第1ハードルへの入りが変わり、一台でバランスを崩せば次のハードルまで9.14mしかありません。
短い時間の中で立て直さなければならないため、小さな乱れが連鎖しやすい競技なのです。
そして、その東京世界陸上から翌2026年。
泉谷選手は再び記録を伸ばします。
World Athleticsのプロフィールによると、2026年5月24日の関西実業団では13秒13。さらに6月26日、クロアチア・ザグレブで行われたハンジェコビッチ記念で、ついに13秒00をマークしました。World Athletics+1
このレースで優勝したアメリカのジャマル・ブリット選手は12秒98。
泉谷選手は13秒00で2位に入り、従来の自己ベスト13秒04を0.04秒更新しました。World Athletics+1
12秒98と13秒00。
差はわずか0.02秒です。
13秒00という数字には、自己記録更新以上の意味があります。
110mハードルで長く意識されてきた「12秒台」が、泉谷選手にとって現実的に手の届く距離まで来たからです。
13秒00はどれほどすごい?12秒台が見える現在地
泉谷駿介選手の13秒00は、数字だけを見ると以前の13秒04から「0.04秒縮まっただけ」に感じるかもしれません。
ですが、このレベルでは0.04秒を削ることが非常に難しいのです。
World Athleticsの2026年シーズンリストでも、13秒00は世界トップ層に位置するタイムとして記録されています。World Athletics+1
しかも泉谷選手の場合、2021年に13秒06、2023年に13秒04、そして2026年に13秒00と、世界大会を何度も経験しながら少しずつ限界を更新しています。
ここが、とても興味深いところです。
若い時期に一気に記録を伸ばして終わったのではありません。
東京五輪を経験し、ブダペスト世界陸上で決勝へ進み、パリ五輪で準決勝敗退を味わい、東京世界陸上では転倒。
その成功も失敗も抱えた26歳のシーズンに、3年ぶりの自己ベストを出したのです。
私はここに、泉谷選手の競技者としての成熟を感じます。
身体能力だけで13秒00まで来たのではなく、大会の経験、故障との付き合い方、ハードルと跳躍を両立する試行錯誤まで含めて現在のタイムにつながっているのでしょう。
そしてもう一つ注目したいのが、日本男子110mハードル全体のレベルです。
2025年時点で泉谷選手と村竹ラシッド選手はともに13秒04を持ち、日本陸連は日本男子110mハードルを「世界のメダルに最も近い種目の一つ」と評価していました。日本アートフォーラム
泉谷選手が世界決勝への扉を開いたあと、日本勢の競争そのものがさらに高い水準へ進んでいます。
国内で勝つだけでも簡単ではない。
だからこそ、その競争が世界で戦うための大きな刺激になっているのではないでしょうか。
泉谷駿介の経歴から考える「本当の強さ」と今後
ここからは、これまでの記録と経歴を踏まえた筆者の考察です。
泉谷駿介選手の最大の特徴は、「110mハードラーとして完成してから世界へ行った選手」ではなく、多種目を続けながら世界的ハードラーへ育った選手であることだと私は考えています。
中学では短距離の補欠から四種競技へ。
高校では八種競技で全国優勝し、三段跳でも全国上位。
大学では三段跳、走幅跳を続けながら、110mハードルで世界U20銅メダルを獲得しました。日本アートフォーラム+1
その後も専門種目を一つに完全固定するのではなく、走幅跳で世界室内4位に入るところまで突き詰めています。
普通なら「ハードルで世界5位なら、もうハードルだけに集中してもよいのでは」と考えてしまいますよね。
けれど、泉谷選手の場合は少し違うのでしょう。
走ること、跳ぶこと、異なる技術へ挑むこと自体が、競技者としての泉谷駿介を形作っているように見えます。
もちろん、多種目への挑戦には難しさもあります。
2019年には右太腿裏の故障でドーハ世界選手権を欠場しました。トップレベルで複数種目を続ければ、試合数や練習負荷、コンディション調整はより複雑になります。日本アートフォーラム
だから「多種目をやれば強くなる」と単純に一般化することはできません。
ただ、泉谷選手に限っていえば、多種目で身につけてきた能力を削ぎ落として一つだけ残すのではなく、それぞれを高いレベルまで育てながらハードルへ生かしてきました。
そこが、とても独特なのです。
そして私は、泉谷選手のもう一つの強さは「うまくいかなかった大会の後にも更新できること」だと思います。
2019年は世界選手権を故障で欠場。
東京五輪と2022年世界陸上は準決勝。
2023年には世界5位まで進んだものの、2024年パリ五輪は再び準決勝で敗退し、2025年東京世界陸上では予選敗退から繰り上がった準決勝で転倒しました。日本アートフォーラム+1
普通なら、「2023年がピークだったのでは」と見られても不思議ではありません。
ところが2026年に13秒00です。
この流れを見ると、泉谷選手のキャリアは一直線に右肩上がりなのではなく、伸びる、つまずく、修正する、また伸びるという階段状の成長を続けていることが分かります。
スポーツを見ていると、自己ベストだけに目が行きがちですよね。
けれど、本当に世界で戦い続けるためには、「一度すごいタイムを出すこと」と「何年間も世界大会へ戻ってくること」は別の能力です。
泉谷選手は2021年に13秒06を出してから5年後の2026年にも自己ベストを更新しました。
この継続性は、13秒00という数字そのものと同じくらい評価したい部分だと私は感じています。
今後、どうしても期待したくなるのは12秒台です。
13秒00まで来た以上、「あと0.01秒」と考えたくなりますよね。
ただし110mハードルは、単純に自己ベストを0.01秒縮めればよい競技ではありません。
世界大会で結果を残すには、予選、準決勝、決勝とラウンドを重ねながら、スタートから10台目まで大きく崩れないレースをそろえる必要があります。
2023年ブダペストでは、それが世界5位という結果につながりました。
一方、2025年東京世界陸上では、スタートや序盤のわずかな乱れが大きな結果の違いにつながりました。
ですから今後のポイントは、私は次の二つだと見ています。
13秒00をさらに縮める絶対的なスピード。
そして、世界大会でその力を再現する安定性。
この二つが同時にかみ合ったとき、泉谷選手が再び世界選手権やオリンピックの決勝で上位を争う可能性は十分にあるでしょう。
中学時代の補欠だった少年が、世界5位になり、走幅跳でも世界4位となり、26歳で13秒00まで来た。
こうして経歴を一本につないでみると、泉谷選手の魅力は「天才だから何でも簡単にできた」という物語ではありません。
いくつもの種目を試し、故障し、世界大会で悔しい思いをし、それでも自分の幅を狭めずに成長してきたところにあるのではないでしょうか。
まとめ
泉谷駿介選手の110mハードル経歴を振り返ると、最初からハードルだけを専門にしてきた選手ではありません。
中学では短距離の補欠から四種競技へ進み、武相高校では八種競技でインターハイ優勝。順天堂大学では三段跳や走幅跳にも取り組みながら、2018年世界U20選手権110mハードルで13秒38を記録して銅メダルを獲得しました。日本アートフォーラム+1
2021年には13秒06まで伸ばして東京五輪準決勝へ進出し、2022年オレゴン世界陸上でも準決勝を経験。
2023年には13秒04をマークし、ブダペスト世界陸上で日本男子110mハードル史上初の決勝進出。決勝でも13秒19で5位に入りました。World Athletics+1
さらに2025年世界室内選手権では走幅跳8m21で4位。
110mハードルと走幅跳という性質の異なる2種目で世界大会上位へ入れる総合力は、泉谷選手ならではの特徴です。World Athletics
2025年東京世界陸上では苦しい結果となりましたが、その翌2026年6月26日のハンジェコビッチ記念で13秒00を記録し、3年ぶりに自己ベストを更新しました。優勝したジャマル・ブリット選手の12秒98とは0.02秒差でした。World Athletics+1
補欠から始まり、八種競技、三段跳、走幅跳を経て世界のファイナリストへ。
泉谷駿介選手の強さは、単なる「ハードル技術」だけではなく、走る力、跳ぶ力、多種目で培った身体操作、そして失敗した大会のあとにも立て直してきた経験が重なって生まれたものなのでしょう。
13秒00の次に待つ12秒台、そして再び世界大会の決勝へ――。
これから泉谷選手がどんな形で自身の限界を越えていくのか、私も楽しみに見守りたいと思います。
よくある質問
泉谷駿介の110mハードル自己ベストは何秒ですか?
自己ベストは13秒00です。
2026年6月26日、クロアチア・ザグレブで行われたハンジェコビッチ記念で記録しました。従来の自己ベスト13秒04を0.04秒更新しています。World Athletics+1
泉谷駿介は世界陸上で何位になりましたか?
2023年ブダペスト世界陸上男子110mハードルで、13秒19の5位に入りました。
日本男子として同種目で初めて世界選手権決勝へ進出した大会でもあります。World Athletics+1
泉谷駿介が110mハードルで強い理由は何ですか?
筆者としては、高いスプリント能力、世界レベルの跳躍力、八種競技など多種目で培った総合力が大きいと考えています。
走幅跳では2025年世界室内選手権で8m21を跳んで4位。高校時代には八種競技でも全国優勝しており、「走る・跳ぶ」を極めてきた幅広い競技歴が泉谷選手最大の特徴です。World Athletics+1
春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)


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