泉谷駿介の学歴は?高校・大学時代の陸上成績も調査

泉谷駿介選手の学歴は、横浜市立山下小学校→横浜市立緑が丘中学校→武相高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部です。中学では補欠も経験しましたが、高校で八種競技の全国王者、大学で110mハードルの日本記録保持者へと大きく成長しました。

男子110mハードルのトップ選手として知られる泉谷駿介選手ですが、学生時代からハードル一筋だったわけではありません。サッカー、短距離、走高跳、三段跳、八種競技、走幅跳と幅広い競技を経験してきたことが、泉谷選手の経歴の大きな特徴です。

この記事では、小学校から大学までの学歴を在籍時期とともに整理し、中学時代の補欠経験、高校でのインターハイ八種競技優勝、順天堂大学時代の世界U20銅メダルや13秒06の日本新記録まで、学生時代の成長を時系列でたどります。

なお、2026年時点の最新記録も確認すると、泉谷選手は2026年6月26日に110mハードルで13秒00へ自己ベストを更新しています。現在の日本記録は、村竹ラシッド選手が2025年8月に樹立した12秒92です。泉谷選手の13秒04を「現在の日本記録」とする情報は古くなっているため注意したいところです。

泉谷駿介の学歴は?小学校から大学まで時系列で確認

泉谷駿介選手は2000年1月26日生まれ、神奈川県横浜市出身です。

神奈川県がパリ2024に向けて公表した選手紹介資料には、出身校として横浜市立山下小学校、横浜市立緑が丘中学校、武相高校、順天堂大学が掲載されています。

学歴と学生時代の主な実績を整理すると、次のようになります。

  • 小学校:横浜市立山下小学校
  • 中学校:横浜市立緑が丘中学校
  • 高校:武相高等学校(2015年4月ごろ~2018年3月)
  • 大学:順天堂大学スポーツ健康科学部(2018年4月~2022年3月)
  • 大学卒業後:住友電気工業株式会社に入社し、陸上競技部で競技を継続
  • 高校3年:インターハイ八種競技5916点で優勝、三段跳3位
  • 大学1年:U20世界選手権110mハードル銅メダル
  • 大学2年:日本選手権13秒36で当時の日本記録タイ
  • 大学4年:日本選手権13秒06の日本新記録、東京オリンピック出場

日本陸上競技連盟のプロフィールでも、「横浜緑が丘中→武相高→順天堂大学」という経歴が確認できます。

ここで興味深いのは、学校名だけではありません。

現在の泉谷選手を見ると、「子どもの頃から110mハードルだけを磨いてきた選手なのでは?」と思ってしまいますよね。

ところが実際には、中学校では短距離や四種競技、高校では走高跳、三段跳、八種競技、110mハードル、大学ではさらに走幅跳にも取り組んでいます。

私はこの「学生時代に一つの種目へ急いで絞らなかったこと」が、泉谷選手の学歴と競技歴を見るうえで一番の注目ポイントだと感じています。


泉谷駿介の小学校・中学校は?緑が丘中から陸上競技を開始

泉谷駿介選手の出身小学校は横浜市立山下小学校、中学校は横浜市立緑が丘中学校です。

小学校名については、神奈川県の公式資料に山下小学校と明記されています。出身地についても横浜市緑区とされています。

小学生の頃は、現在の専門種目である陸上競技ではなくサッカーを経験していました。

本格的に陸上を始めたのは緑が丘中学校です。日本陸上競技連盟による泉谷選手の紹介でも、緑が丘中学校から陸上を始め、中学3年時から四種競技に取り組んだ経歴が紹介されています。

今では世界トップクラスのハードラーですから、中学生の頃から全国大会で優勝していたように思ってしまいますよね。

しかし、泉谷選手は中学1、2年頃には短距離で補欠も経験しました。

中学3年になると四種競技にも取り組みます。

四種競技とは、中学生が複数種目の記録を得点化し、その合計で順位を競う混成競技です。単純な足の速さだけではなく、走る、跳ぶ、投げるという総合的な運動能力が求められます。

この時期の泉谷選手は、後のような全国トップ選手ではありませんでした。

だからこそ、私はこの中学時代がとても興味深いのです。

「中学生の時点で全国トップでなければ世界では戦えない」という単純な成長モデルには、泉谷選手は当てはまりません。

中学時代に一つの完成形を作るのではなく、自分にどんな種目が合うのかを探りながら身体能力の土台を広げていった。その積み重ねが、高校進学後の急成長へつながっていきます。


泉谷駿介の高校は武相高校!八種競技5916点でインターハイ優勝

泉谷駿介選手は中学校卒業後、神奈川県横浜市の武相高等学校へ進学しました。

高校時代は泉谷選手の競技人生における大きな転換期です。

2015年の高校入学後は走高跳を中心に取り組み、やがて三段跳、八種競技、110mハードルへと種目を広げていきます。

そして高校3年だった2017年、山形インターハイの八種競技で5916点を記録して全国優勝。さらに三段跳でも15m16で3位に入りました。

日本陸上競技連盟は5916点について、当時の高校歴代6位に相当する記録だったと紹介しています。

高校1年では走高跳から競技の幅を広げた

武相高校へ進学した泉谷選手は、当初から110mハードルを専門にしていたわけではありません。

高校1年では走高跳に力を入れ、1m94まで記録を伸ばしたとされています。

その後、三段跳などにも取り組み、冬季の混成競技を経験したことで八種競技へと可能性を広げていきました。

高校男子の八種競技は、100m、走幅跳、砲丸投、400m、110mハードル、やり投、走高跳、1500mという性質の異なる8種目で得点を競います。

短距離だけ速くても勝てませんし、跳躍だけ得意でも十分ではありません。

スプリント力、跳躍力、投てき力、持久力、ハードリング技術を2日間にわたって発揮する必要があります。

現在の泉谷選手を知ってから高校時代を振り返ると、この八種競技経験はとても象徴的ですよね。

後に110mハードルで世界の決勝へ進みながら、走幅跳でも世界レベルへ達する泉谷選手。その「万能型」の土台が高校時代に形づくられていったように見えます。

高校2年で初のインターハイを経験

高校2年だった2016年、泉谷選手は八種競技に本格的に取り組みました。

日本陸上競技連盟によると、この年の岡山インターハイが泉谷選手にとって初めての全国大会でした。さらにU18日本選手権では走高跳と走幅跳の両方で4位となり、全国大会で初入賞しています。

インターハイ八種競技では全国の頂点には届きませんでしたが、翌2017年には一気に全国王者へと成長します。

中学時代に補欠を経験していた選手が、高校2年で全国大会へ進み、そこからわずか1年で全国優勝。

この伸び方を見ると、「何歳で結果が出たか」だけでは選手の将来性を判断できないことがよく分かります。

高校3年で八種競技全国優勝、三段跳でも3位

2017年、高校3年となった泉谷選手は全国レベルで一気に存在感を高めました。

山形インターハイでは八種競技で5916点を記録して優勝し、さらに三段跳でも15m16で3位

複数種目を戦う八種競技で全国優勝したうえに、単独種目の三段跳でも表彰台へ上がったことになります。

ここは泉谷選手の高校時代を語るうえで、とても重要な部分です。

八種競技で高得点を出す選手には幅広い能力が必要ですが、三段跳で全国3位になるには、その中でも特に高い跳躍能力が求められます。

泉谷選手は「何でも平均以上にできる混成選手」というだけではなく、跳躍という明確な武器も持っていたのですね。

※画像はAIによるイメージ

高校3年にはシニア規格110mハードルで13秒93

そしてもう一つ、後の競技人生を決定づける記録が110mハードルで生まれます。

高校3年の2017年、泉谷選手はシニア規格の110mハードルで13秒93(追い風0.9m)を記録しました。

日本陸上競技連盟は、この記録を当時の高校歴代3位と紹介しています。

八種競技で全国優勝。

三段跳で全国3位。

そして一般と同じハードル規格でも13秒台。

高校3年の段階ですでに、「結局どの種目を専門にするのだろう」と注目されるほど選択肢の多い選手になっていたことが分かります。

ここで私は、泉谷選手の高校時代を「ハードラーとして覚醒した時期」とだけ表現するのは少しもったいないと感じます。

むしろ、走る・跳ぶ・ハードルを越えるという複数の能力が同時に全国レベルへ伸びた時期と考えるほうが、後の活躍まできれいにつながるのではないでしょうか。


泉谷駿介の大学は順天堂大学!1年で世界U20銅メダル

武相高校を2018年3月に卒業した泉谷駿介選手は、同年4月に順天堂大学スポーツ健康科学部へ進学しました。

大学では跳躍ブロックで競技を続け、三段跳などの跳躍種目と110mハードルを並行していきます。

日本陸上競技連盟も、泉谷選手が身体的な特性などを踏まえて順天堂大学の跳躍ブロックで競技を続けることになったと紹介しています。

つまり、大学入学の段階でも「110mハードル一本に完全転向した」という歩みではなかったのです。

ところが大学1年から、ハードルで世界レベルの結果が出始めます。

2018年7月、フィンランド・タンペレで行われたU20世界選手権男子110mジュニアハードルで13秒38を記録し、銅メダルを獲得しました。

さらに日本インカレの110mハードルでは1年生で優勝。

U20日本選手権では110mジュニアハードルで13秒19のU20日本新記録を樹立し、三段跳との2冠を達成しました。

高校では八種競技と三段跳で全国の頂点を争い、大学へ入ると110mハードルで世界U20の表彰台へ。

わずか数年の間に得意種目の重心が大きく動いていることが分かります。

それでも跳躍を捨てていないところが、泉谷選手らしいですよね。


順天堂大学2年から4年の成績は?13秒36から13秒06へ

大学2年以降、泉谷駿介選手は110mハードルで日本のトップへ駆け上がります。

大きな節目となったのが、2019年の日本選手権です。

大学2年の2019年に13秒36で日本記録タイ

2019年の日本選手権男子110mハードルで、泉谷選手は13秒36(向かい風0.6m)を記録しました。

当時の日本記録に並ぶタイムです。

高山峻野選手と同タイムでしたが着差によって2位。それでも世界選手権の出場権を獲得しました。

大学2年生にして、日本記録と同じタイムまで到達したわけです。

一方で、順風満帆だったわけではありません。

日本陸上競技連盟によると、ドーハ世界選手権を前に肉離れを負い、回復が間に合わなかったため現地で出場を断念しました。

ここは、以前の記事で曖昧な二次情報に頼るよりも、日本陸上競技連盟が整理した経歴を基に確認したい部分ですね。

初めて世界選手権の出場権をつかみながら実際には走れなかった経験は、結果だけを並べたプロフィールからは見えにくい学生時代の一面です。

大学3年の2020年はコロナ禍のシーズン

大学3年となった2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響によって国内外の競技会が大きく制限された年でした。

泉谷選手にとっても、通常とはまったく異なるシーズンとなりました。

それでも大学4年を迎える翌2021年には、110mハードルで一気に日本陸上界の歴史を動かします。

こうした経過を見ると、泉谷選手の大学時代は「毎年一直線に記録を伸ばした4年間」というより、世界大会欠場やコロナ禍も経験しながら、最終学年で大きな飛躍を遂げた4年間だったと整理するほうが正確でしょう。

大学4年の2021年に13秒06の日本新記録

2021年6月、第105回日本選手権男子110mハードル決勝。

大学4年の泉谷選手は13秒06(追い風1.2m)をマークして優勝しました。

当時の日本新記録です。日本陸上競技連盟も2021年シーズンについて、日本選手権で13秒06を記録して初優勝し、東京オリンピック代表になったと紹介しています。

高校3年だった2017年の13秒93から、わずか4年で13秒06。

単純計算では0秒87も記録を縮めています。

110mハードルのように13秒前後で争う種目で、これは非常に大きな変化です。

しかも高校時代には八種競技や三段跳を主戦場にしていた選手です。

大学入学時にも跳躍ブロックで競技を続けていたことを考えると、最初から「110mハードルの日本記録更新だけを目指して一直線」という競技人生ではなかったことが改めて分かります。


泉谷駿介は順天堂大学4年で東京オリンピックへ

日本選手権を13秒06で制した泉谷駿介選手は、順天堂大学4年だった2021年夏、東京オリンピック男子110mハードル日本代表として出場しました。

初めてのオリンピックでは予選を突破して準決勝へ進出。

日本陸上競技連盟によると、準決勝では決勝進出ラインに0秒03届かず、あと一歩でファイナル進出を逃しました。

大学生のうちに日本新記録を樹立し、オリンピックの準決勝まで進出したことになります。

2018年の大学入学からわずか4年間で、U20世代の世界大会銅メダリストからシニアのオリンピアンへ。

泉谷選手の大学時代は、110mハードル選手として一気に世界へ近づいた時期だったと言えるでしょう。

2022年3月に順天堂大学を卒業した後は住友電気工業に入社し、社会人アスリートとして競技を続けています。順天堂大学も泉谷選手を「スポーツ健康科学部2022年卒」と紹介しています。


泉谷駿介の学歴から分かる強さとは?多種目経験をどう見るか

泉谷駿介選手の学歴と学生時代を通して見ると、私は「遅咲き」という言葉だけでは少し足りないと感じます。

確かに中学校では補欠を経験し、全国トップ選手ではありませんでした。

しかし高校2年で全国大会を経験し、高校3年には八種競技で全国優勝。大学1年になると世界U20選手権110mハードルで銅メダルです。

その成長は、ある時突然才能が開花したというより、種目を増やしながら自分の得意な動きを見つけ、その一つ一つを高いレベルへ引き上げていった過程に見えます。

日本陸上競技連盟による経歴をたどっても、中学の四種競技、高校の八種競技・跳躍、順天堂大学の跳躍ブロックという流れが確認できます。

そして、この学生時代の特徴は社会人になった後にも表れています。

泉谷選手は2023年のブダペスト世界選手権110mハードルで、日本選手として同種目初となる決勝進出を果たし、5位に入賞しました。

一方で2025年3月には世界室内選手権の走幅跳にも出場し、8m21で4位に入っています。

この実績を見ると、高校・大学で取り組んだ跳躍種目は「ハードルを専門に決めるまでの昔の寄り道」とは言い切れません。

世界トップクラスのハードラーになった後も、跳躍能力そのものが国際大会で通用する武器として残っているからです。

もちろん、「八種競技を経験したから110mハードルが速くなった」と単純な因果関係まで断定することはできません。

けれども、ハードルでは高速で走りながら踏み切り位置を合わせ、空中姿勢を整え、着地後すぐ加速することが求められます。

走高跳、三段跳、走幅跳、混成競技を経験してきた泉谷選手が、身体の使い方に関して非常に幅広い経験を持っていることは確かでしょう。

私には、泉谷選手の学生時代は「専門種目がなかなか決まらなかった時間」ではなく、世界で勝負するための武器を何種類も育てていた時間のように映ります。

そして2026年、その110mハードルはさらに進化しました。

6月26日にクロアチア・ザグレブで行われたハンジェコビッチ記念で、泉谷選手は13秒00(追い風1.2m)をマーク。2023年に出した13秒04を0秒04更新する自己ベストとなりました。

ここで記録について整理しておきましょう。

泉谷選手の13秒04は2023年の日本選手権で樹立された当時の日本新記録でしたが、その後、村竹ラシッド選手が2023年に13秒04へ並び、2025年8月には12秒92の日本新記録を樹立しました。

日本陸上競技連盟も、12秒92を「日本人初の12秒台」として発表しています。

したがって2026年8月現在は、

泉谷駿介選手の自己ベスト=13秒00、男子110mハードル日本記録=村竹ラシッド選手の12秒92

という整理になります。

学歴を調べる記事ではありますが、高校3年の13秒93、大学4年の13秒06、そして現在の13秒00を並べると、学生時代が現在の泉谷選手へどうつながっているのかがとても分かりやすいですよね。

中学時代に補欠だった少年が、高校で混成競技の全国王者となり、大学で日本新記録を樹立してオリンピックへ進み、その後さらに自己記録を13秒00まで縮めた。

ただ「遅咲きだった」というより、成長の段階ごとに新しい能力を獲得してきた選手と表現するほうが、泉谷選手には似合う気がします。


まとめ

泉谷駿介選手の学歴は、横浜市立山下小学校→横浜市立緑が丘中学校→武相高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部です。神奈川県の公式資料でも、これらの出身校が確認できます。

中学校で陸上競技を始め、3年生では四種競技に取り組みました。

武相高校では走高跳、三段跳、八種競技、110mハードルへと競技の幅を広げ、高校3年の2017年には八種競技5916点でインターハイ優勝。三段跳でも15m16で3位となり、シニア規格の110mハードルでも13秒93を記録しました。

2018年に順天堂大学スポーツ健康科学部へ進学すると、大学1年でU20世界選手権110mハードル銅メダル。

大学2年の2019年には13秒36の当時日本記録タイをマークし、大学4年の2021年には13秒06の日本新記録で日本選手権を制覇。そのまま東京オリンピックに出場し、準決勝まで進みました。

2022年3月の大学卒業後は住友電工で競技を続け、2023年には13秒04まで日本記録を更新しました。

ただし、ここは最新情報への更新が必要です。

2026年6月26日、泉谷選手はクロアチアで13秒00を記録して自己ベストを更新しました。現在の日本記録は泉谷選手の13秒04ではなく、村竹ラシッド選手が2025年8月にマークした12秒92です。

泉谷選手の学生時代を振り返ると、走高跳、三段跳、八種競技、走幅跳といった経験は、110mハードルへたどり着くまでの単なる寄り道ではなかったように思えます。

一つの種目に自分を閉じ込めず、走る・跳ぶ・越える能力を幅広く伸ばしてきたこと。

それこそが泉谷駿介選手の学歴と競技歴から見えてくる、大きな特徴ではないでしょうか。

これから110mハードルを見る際には、タイムだけでなく、ハードルへ入る踏み切り、空中での姿勢、着地後の加速にも注目してみたいですね。

八種競技や跳躍種目を経験してきた学生時代を知ると、泉谷選手の走りがまた少し違って見えてくるかもしれません。


よくある質問

泉谷駿介の小学校はどこですか?

泉谷駿介選手の出身小学校は横浜市立山下小学校です。

神奈川県が公開したパリ2024関連の選手紹介資料に、山下小学校、緑が丘中学校、武相高校、順天堂大学という出身校が記載されています。

泉谷駿介の高校はどこですか?

出身高校は武相高等学校です。

高校3年だった2017年には山形インターハイ八種競技で5916点を記録して優勝し、三段跳でも15m16で3位。さらにシニア規格の110mハードルで13秒93をマークしました。

泉谷駿介の大学はどこですか?

順天堂大学スポーツ健康科学部です。2018年に入学し、2022年に卒業しています。

大学1年でU20世界選手権110mハードル銅メダル、大学4年の2021年には13秒06の日本新記録で日本選手権を制し、東京オリンピック日本代表となりました。

春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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