三浦龍司選手の出身大学は順天堂大学で、1年時の2020年箱根駅伝予選会では1時間01分41秒を記録し、全体5位・日本人トップに入りました。
男子3000m障害で東京2020オリンピック7位、パリ2024オリンピック8位と、2大会連続で世界の8位以内に入った三浦龍司選手。
その競技人生をたどるうえで欠かせないのが、2020年から2024年まで過ごした順天堂大学時代です。順天堂大学は三浦選手を2024年卒業として紹介しており、卒業後はSUBARUで競技を続けています。
なかでも大学1年だった2020年10月17日の第97回箱根駅伝予選会は、「3000m障害の選手」という枠だけでは語れない三浦選手の走力を示した一戦でした。
この記事では、三浦龍司選手がなぜ順天堂大学を選んだのか、箱根駅伝予選会で何が起きたのか、箱根本大会ではどんな成績だったのかを整理しながら、順天堂大学での4年間が世界への挑戦にどうつながったのかを考えていきます。
三浦龍司の出身大学はどこ?順天堂大学を2024年に卒業
三浦龍司選手の出身大学は順天堂大学です。京都・洛南高校から2020年に順天堂大学スポーツ健康科学部へ進学し、2024年3月に卒業しました。
卒業後はSUBARU陸上競技部に加入。順天堂大学も2024年3月30日付の記事で、三浦選手がSUBARUに内定し、卒業後も競技を継続すると発表しています。
順天堂大学と聞くと、まず箱根駅伝を思い浮かべる方も多いでしょう。
ところが三浦選手の進学理由を調べてみると、単純に「箱根駅伝を走りたかったから強豪校を選んだ」という話ではありません。
むしろ、三浦選手の視線は高校生の頃から3000m障害でさらに上を目指すことに向けられていました。
順天堂大学を選んだ理由は塩尻和也の存在
三浦龍司選手が順天堂大学を選んだ大きな理由の一つが、同じ3000m障害を専門としていた塩尻和也選手の存在です。
順天堂大学のGOOD HEALTH JOURNALが2021年6月16日に公開したインタビュー「そして世界の舞台へ 順大の環境で成長を続ける日本長距離界の新星・三浦龍司」で、三浦選手本人が進学理由を説明しています。
塩尻選手は順天堂大学在学中、3000m障害で2016年リオデジャネイロオリンピックに出場した選手です。
三浦選手は、自分も大学で3000m障害を続けて活躍したいという思いがあり、塩尻選手が結果を残した練習環境で成長したいと考えて順天堂大学を選んだと語っています。
2021年12月に順天堂大学が掲載した橋本大輝選手との鼎談でも、進学のきっかけを尋ねられた三浦選手は、尊敬する塩尻和也選手の存在を挙げています。
ここは、三浦選手の大学時代を見るうえで大切なポイントだと私は思います。
「箱根駅伝のために順天堂へ行き、その中で3000m障害も続けた」のではなく、「3000m障害で成長できる環境を求めた結果、箱根駅伝にも本気で挑戦できる順天堂を選んだ」と見るほうが、本人の言葉に近いからです。
しかも順天堂大学には陸上競技場だけでなく、クロスカントリーコースもあります。
三浦選手自身、同じ2021年のインタビューで、クロスカントリーでは選手のタフさが試され、そこで養われる粘り強さはロードにもつながる大切な要素だという考えを示しています。
専門種目だけを切り離して磨くのではなく、トラック、クロスカントリー、ロード、駅伝を行き来しながら総合的な走力を高める。
順天堂大学の環境は、そんな三浦選手の競技スタイルと相性がよかったのでしょうね。
三浦龍司は2020年箱根駅伝予選会で日本人トップ
三浦龍司選手が大学長距離界に強烈な印象を残したのが、大学1年だった2020年10月17日の第97回箱根駅伝予選会です。
ハーフマラソン21.0975kmを1時間01分41秒で走り、全体5位。上位4人が留学生選手だったため、日本人選手ではトップとなりました。
日本陸上競技連盟も2020年11月の記事で、三浦選手が同年10月の箱根駅伝予選会で1時間01分41秒を記録したことを紹介し、その記録を当時のU20日本最高記録として扱っています。
まだ順天堂大学へ入学して半年ほどの1年生でした。
中央大学の吉居大和選手も同じ予選会で1時間01分47秒を記録していますが、日本陸連はこのタイムをU20日本歴代2位タイとして紹介しています。つまり、その6秒前を走った三浦選手が新たなU20日本最高記録を打ち立てたわけですね。
3000m障害で高校時代から注目されていた選手が、大学へ入っていきなりハーフマラソンでも日本人トップ。
この結果だけでも、三浦選手が単に障害物を越える技術に秀でていたのではなく、長い距離を高速で押していける持久力まで備えていたことが分かります。
2020年の箱根駅伝予選会は特殊な条件だった
ただし、1時間01分41秒という数字を見るときには、2020年大会特有の事情も押さえておきたいところです。
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、例年とは異なる形で開催された大会だったからです。
そのため、異なる年の箱根駅伝予選会とタイムだけを並べて「歴代で誰より速い」と単純比較するのは慎重であるべきでしょう。
私はむしろ、記録そのもの以上に、同じ条件で走った選手たちの中で三浦選手が全体5位、日本人トップだったことに注目したいと思います。
数字にはコースや気象条件が影響しますが、同じ日に同じ場所を走った選手との順位なら、その大会での強さをかなり素直に見ることができますものね。
さらに、順天堂大学は三浦選手一人だけが好走していたわけではありません。
当時の公式資料では、野村優作選手が1時間01分51秒、石井一希選手が1時間02分09秒というハーフマラソンの記録を持っていたことも確認できます。
三浦選手という大きな才能が目立つ一方、その周囲にも高いレベルで競い合える選手がいた。
こうしたチーム内の競争環境も、順天堂大学で三浦選手が伸びた背景の一つとして見逃せないように感じます。
箱根予選会だけではない!全日本大学駅伝でも1区区間賞
2020年秋の三浦龍司選手が興味深いのは、箱根駅伝予選会の快走が一度きりではなかったことです。
箱根予選会から約2週間後の2020年11月1日に行われた第52回全日本大学駅伝では、大学駅伝デビューとなる1区に出場しました。
そして1区で区間賞を獲得。
全日本大学駅伝の大会公式サイトでも、第52回大会を振り返る中で、順天堂大学1年の三浦龍司選手が1区区間賞を獲得したことが記録されています。
これはとても面白い結果ですよね。
箱根駅伝予選会では21.0975kmを粘り、日本人トップ。
その約2週間後には、より短い大学駅伝の1区でスピードを発揮して区間賞。
長く押し続ける力と、駅伝で勝負するスピードの両方を大学1年の秋から見せていたことになります。
さらに三浦選手は、2020年7月のホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会で専門の3000m障害を8分19秒37で走っています。
日本陸連は同年11月、三浦選手について、この8分19秒37が当時の日本歴代2位で、日本記録まで0秒44に迫る記録だったと紹介しています。
つまり2020年の三浦選手は、
- 3000m障害で日本トップクラスの記録
- 箱根駅伝予選会のハーフで日本人トップ
- 全日本大学駅伝1区で区間賞
という異なる舞台で、大学1年生とは思えない結果を続けていたことになります。
私はここに、三浦選手を理解するうえで重要なヒントがあると思っています。
三浦選手の強さは「3000m障害をうまく走る技術」だけではありません。
土台に高い走力があり、そのうえに障害処理やペース変化への対応、ラストスパートといった3000m障害特有の能力が組み合わさっている。
だからこそ、障害物のないロードや駅伝でも大学トップレベルの結果を残せたのでしょう。

三浦龍司は箱根駅伝本大会で何位だった?
三浦龍司選手は、順天堂大学在学中に箱根駅伝本大会へ4年連続で出場しました。
一方で、箱根駅伝では4年間を通じて区間賞を獲得していません。
この点は、2020年箱根駅伝予選会の「日本人トップ」という鮮烈な結果を知っている方ほど、少し意外に感じるかもしれません。
4年間の出場成績を整理すると、次のようになります。
大会 学年 区間 区間順位 タイム
第97回 1年 1区 10位 1時間03分31秒
第98回 2年 2区 11位 1時間07分44秒
第99回 3年 2区 12位 1時間08分11秒
第100回 4年 1区 10位 1時間01分38秒
特に押さえておきたいのは、4年時の第100回箱根駅伝にも出場していることです。
三浦選手は大学最後の箱根でも1区を任され、4年間すべて箱根路を走りました。
大学2、3年時には「花の2区」と呼ばれるエース区間を担当しています。
2区は23.1kmと長いうえ、各大学の主力が集まり、終盤には権太坂を含むアップダウンも待っています。
三浦選手は第98回大会で1時間07分44秒の区間11位、第99回大会で1時間08分11秒の区間12位。
世界で戦う3000m障害選手でも、箱根2区では簡単に区間上位へ入れない。
私は、この事実そのものが陸上競技の専門性をよく表していると思うのです。
なぜ世界レベルの三浦龍司でも箱根では区間賞がなかった?
三浦龍司選手の箱根駅伝成績を見ると、「世界で戦えるほど速いのに、なぜ箱根では区間賞を取れなかったの?」と不思議に感じる方もいるでしょう。
結論からいえば、3000m障害と箱根駅伝では、同じ長距離種目でも求められる能力の配分がかなり異なるからと考えるのが自然です。
3000m障害では、高い巡航速度に加え、障害物や水濠を越える技術、着地後すぐに走りのリズムを戻す能力、急激なペース変化への対応、そして終盤のスピードが求められます。
一方、箱根2区のような23km級のロードでは、1時間以上にわたって高い出力を保ち続ける巡航力や、坂を含むコースで消耗を抑える能力の比重が大きくなります。
もちろん両者には共通する持久力があります。
しかし、トップレベルになるほど「長距離が速い」という一言ではくくれない細かな適性の違いが順位に表れるのでしょう。
そして三浦選手自身も、順天堂大学でロードとトラックの両方に取り組む意味を感じていました。
2024年4月に順天堂大学のGOOD HEALTH JOURNALが掲載したインタビューでは、三浦選手と塩尻和也選手、長門俊介監督が、順天堂大学時代の経験や国際大会への挑戦について振り返っています。
ここから私が感じるのは、三浦選手にとって箱根駅伝は「専門外だから仕方なく走る大会」ではなかったということです。
駅伝やロードにも本気で取り組みながら、そこで培った持久力や粘りを、自分の主戦場である3000m障害へ持ち帰っていた。
だからこそ、箱根で区間賞がなかったことと、3000m障害で世界トップクラスになったことは矛盾しないのだと思います。
むしろ箱根だけを見ていれば分からない三浦選手の専門性が、その対比によってよく見えてくるのです。
順天堂大学での4年間は世界への土台になった?
ここからは、確認できる事実を踏まえた筆者の考察です。
私は、三浦龍司選手の順天堂大学時代を象徴する出来事として、2020年箱根駅伝予選会の1時間01分41秒はかなり重要だと考えています。
もちろん、「ハーフマラソンを速く走れたから、後にオリンピックで入賞できた」と単純な因果関係を示すことはできません。
しかし大学1年の時点でハーフマラソンを日本人トップで走れる持久力を備え、それと並行して3000m障害では日本記録に迫るスピードを持っていたことは確かです。
その翌年、三浦選手は東京2020オリンピック男子3000m障害に出場。
予選では8分09秒92の日本記録をマークし、決勝では8分16秒90で7位に入りました。日本選手として同種目オリンピック史上初の入賞でした。
さらに順天堂大学卒業後のパリ2024でも8位入賞。
パリの決勝は8分11秒72で、東京に続く2大会連続入賞を果たしています。
大学1年で箱根駅伝予選会の日本人トップ。
大学2年でオリンピック7位。
そして大学卒業直後のパリでも8位。
こうして時系列で並べると、順天堂大学時代は三浦選手が突然世界的な選手になった4年間というより、高校時代から持っていたスピードに、ロードや駅伝で鍛えた持久力とレース対応力を積み重ねていった期間だったように見えてきます。
個人的には、三浦選手の大学時代から私たちが受け取れる一番興味深いメッセージは、「箱根駅伝だけで学生長距離選手の価値を決めることはできない」ということだと思っています。
箱根駅伝は間違いなく日本の大学陸上を代表する大舞台です。
そこで区間賞を取ることには大きな価値がありますし、箱根を最大目標に4年間を懸ける選手たちの姿にも胸を打たれますよね。
ただ、学生長距離選手には1500m、5000m、10000m、3000m障害、ロード、駅伝など、それぞれ違う適性があります。
三浦選手は箱根本大会では4年間で区間賞ゼロでした。
それでも3000m障害では大学在学中にオリンピック7位となり、卒業後もパリで8位。
この事実ほど、一つのレースだけで選手の能力を決めつけてはいけないと教えてくれる例はなかなかないのではないでしょうか。
順天堂大学を選んだときから、三浦選手の目線の先には塩尻和也選手のように専門種目で世界へ挑む道がありました。
その一方で、駅伝から距離を置くのではなく、箱根駅伝予選会、全日本大学駅伝、箱根駅伝本大会にも挑戦する。
私には、その両立こそが三浦龍司というランナーの大学4年間を最もよく表しているように思えます。
三浦龍司の出身大学と箱根駅伝予選会を振り返る
三浦龍司選手の出身大学は順天堂大学です。
京都・洛南高校から2020年に順天堂大学スポーツ健康科学部へ進み、2024年に卒業。卒業後はSUBARUに所属しています。
進学を決めた大きな理由の一つは、順天堂大学在学中に3000m障害でリオデジャネイロオリンピックへ出場した塩尻和也選手の存在でした。
三浦選手本人が2021年6月16日公開の順天堂大学GOOD HEALTH JOURNALで、塩尻選手が結果を残した環境で自分も成長したいと考えたことを明かしています。
そして大学1年の2020年10月17日、第97回箱根駅伝予選会では1時間01分41秒、全体5位・日本人トップ。
このタイムは当時のU20日本最高記録となりました。
その直後には全日本大学駅伝1区で区間賞を獲得し、専門の3000m障害でも8分19秒37を記録。大学1年の時点ですでに、ロード、駅伝、3000m障害という異なる舞台で高い能力を示していました。
一方、箱根駅伝本大会には4年連続で出場したものの区間賞はありません。
しかし、それを「箱根では弱かった」と単純化するのは三浦選手の実像から離れてしまうでしょう。
23km級のロードで要求される長時間の巡航力と、3000m障害で必要になる高速走、障害処理、ペース変化、終盤の切り替えは同じではありません。
箱根駅伝にも本気で挑みながら、自分が最も力を発揮できる3000m障害では世界の舞台を目指す。
振り返ってみると、それこそが三浦龍司選手の順天堂大学での4年間だったのではないでしょうか。
2020年秋に記録したハーフマラソン1時間01分41秒は、その後の東京オリンピック7位、パリオリンピック8位という歩みを知った今だからこそ、単なる「箱根予選会の好記録」以上に興味深く見えてきますよね。
よくある質問
三浦龍司の出身大学はどこですか?
三浦龍司選手の出身大学は順天堂大学です。スポーツ健康科学部に2020年に進学し、2024年に卒業しました。卒業後はSUBARU陸上競技部で競技を続けています。
三浦龍司が順天堂大学を選んだ理由は何ですか?
大きな理由の一つは、順天堂大学在学中に3000m障害でリオデジャネイロオリンピックへ出場した塩尻和也選手の存在です。三浦選手本人が、塩尻選手が結果を残した環境で成長したいと考えて順天堂大学を選んだと説明しています。
三浦龍司は2020年の箱根駅伝予選会で何位でしたか?
第97回箱根駅伝予選会で全体5位・日本人トップでした。タイムはハーフマラソン1時間01分41秒で、当時のU20日本最高記録となりました。
三浦龍司は箱根駅伝で区間賞を取ったことがありますか?
順天堂大学時代の箱根駅伝本大会では区間賞を獲得していません。ただし4年連続で出場し、1区を2回、エース区間の2区を2回走っています。
箱根での区間順位だけではなく、大学在学中に東京2020オリンピック3000m障害で7位に入ったことまで含めて見ると、三浦選手が箱根と専門種目の両方に挑戦した学生ランナーだったことがよく分かります。
春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)


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