古賀ジェレミーの出身中学校・小学校はどこ?陸上を始めた学生時代を調査

中学校の陸上競技場で110mハードルに挑む若手男子選手 陸上競技

古賀ジェレミー選手の出身中学校は神奈川県横浜市の保土ケ谷中学校で、少なくとも中学2年だった2021年には陸上競技に取り組んでいました。出身小学校と、陸上を始めた正確な年齢については、信頼できる公開資料では確認できていません。

大会記録をたどると、中学2年で四種競技や110mハードルに出場し、中学3年では全日本中学校陸上競技選手権大会(全中)まで進んでいたことが分かります。現在の華やかな記録だけでは見えにくい、古賀選手の「競技の原点」を詳しく見ていきましょう。

古賀ジェレミーの出身中学校は保土ケ谷中、小学校はどこ?

古賀ジェレミー選手の出身中学校は、横浜市立保土ケ谷中学校です。

中学時代の公式大会記録には「古賀ジェレミー」「保土ケ谷」という所属表記が残っており、2021年の横浜市中学秋季陸上競技大会では、保土ケ谷中2年として男子110mハードルに出場しています。横浜市立保土ケ谷中学校の陸上部活動報告にも、同大会で男子2年110mハードル1位という実績が掲載されています。

まず、現在確認できる学校歴と陸上開始時期を整理すると、次のようになります。

  • 出身小学校:信頼できる公開資料では未確認
  • 出身中学校:横浜市立保土ケ谷中学校
  • 出身高校:東京高等学校
  • 大学:順天堂大学
  • 陸上を始めた正確な年齢:未確認
  • 確認できる最も早い競技歴:少なくとも中学2年だった2021年

ここで気になるのが、やはり「小学校はどこだったの?」という点ですよね。

今回確認した中学・高校以降の大会記録や競技関係の公開情報からは、古賀選手の出身小学校名までは確認できませんでした。

保土ケ谷中学校に進学しているからといって、周辺の小学校名を当てはめることはできません。中学校の学区や転居、私立小学校からの進学など、さまざまな可能性があるためです。

そのため、現時点では「出身小学校は公表・確認されていない」とするのが最も慎重で正確な答えでしょう。

若い選手について調べていると、検索結果にはいつの間にか推測が事実のように広がってしまうことがあります。

私はスポーツ選手の記事を書くときほど、「分からない情報を無理につなげない」ことが大切だと感じています。古賀選手の場合も、中学校については競技記録という確かな手掛かりがありますが、小学校については同じレベルの根拠がありません。

そしてもうひとつ大事なのは、中学2年より前の大会記録が今回確認できなかったことと、それ以前に陸上をしていなかったことは同じではないという点です。

小学生のころから走っていた可能性も、中学入学後に始めた可能性もあります。本人が競技を始めたきっかけを語った一次情報が確認できない以上、「○歳から陸上を始めた」と断定するのは避けるべきでしょう。


古賀ジェレミーはいつ陸上を始めた?中学2年には110mHで優勝

古賀ジェレミー選手が何歳から陸上競技を始めたのかは、現時点では特定できません

ただし公式記録から、遅くとも中学2年だった2021年には競技会へ出場していたことが分かっています。

2021年10月30日に行われた横浜市中学秋季陸上競技大会では、保土ケ谷中2年の古賀ジェレミー選手が男子2年110mハードルに出場し、15秒42で1位となっています。大会の決勝記録にも「古賀ジェレミー 2 保土ケ谷 15.42」と明記されています。

これは「中学時代にも陸上をやっていたらしい」という曖昧な話ではありません。

少なくとも中学2年の秋には、学校の陸上部員として大会に出場し、110mハードルで優勝するレベルまで競技に取り組んでいたことになります。

さらに中学2年時には、110mハードルだけでなく四種競技にも取り組んでいました。

当時の記録では、110mハードル15秒55、砲丸投8m31、走高跳1m55、400m1分02秒41をマークし、4種目合計1930点を記録しています。

四種競技とは、中学生の混成競技で、男子は110mハードル、砲丸投、走高跳、400mという性格の異なる4種目を行い、その合計得点を競います。

つまり、古賀選手の確認できる初期の競技歴は、現在のように110mハードル一本だけを走っていた姿ではありません

走る。

跳ぶ。

投げる。

そしてハードルを越える。

中学生の時点で複数の身体能力を必要とする競技に取り組んでいたことになります。

私は、ここが古賀ジェレミー選手の経歴を知るうえで、とても興味深いところだと思うのです。

現在は110mハードルのトップ選手として知られているため、「子どものころからハードルだけを専門的に磨いてきた選手なのかな」と想像したくなりますよね。

けれども記録をさかのぼると、少なくとも中学2年では混成競技にも挑戦していました。

もちろん、四種競技の経験が後のハードル技術を直接生んだ、とまでは言えません。

ただし、走高跳で求められる踏み切りや空中での身体操作、400mで必要になるスピード持久力など、異なる運動を経験する時期があったことは確認できます。

育成年代では、早くから一種目へ完全に絞る選手ばかりではありません。

古賀選手についても、中学時代に幅広い種目を経験しながら、次第に110mハードルという強みが際立っていったと読むほうが、確認できる競技記録には合っているように思います。


保土ケ谷中3年で全中出場!110mハードル14秒台へ

中学3年になった2022年、古賀ジェレミー選手は110mハードルでさらに記録を伸ばしました。

全日本中学校通信陸上競技大会のランキングでは、保土ケ谷中3年として14秒41(+1.8)を記録しています。

そして同年8月には、全国の中学生にとって大きな舞台となる全日本中学校陸上競技選手権大会、いわゆる「全中」にも出場しました。

男子110mハードル予選では14秒50

組2着となりましたが、次のラウンドへ進むことはできず、全国大会は予選で終える結果となりました。

ここで注目したいのは、「全中に出た」という事実だけではありません。

中学2年だった2021年秋には15秒42。

中学3年の2022年には14秒台。

1年ほどの間に記録を大きく縮め、全国大会まで進んでいるのです。

一方で、中学生のころから全国大会を圧倒していたわけでもありません。

この点は、現在の古賀選手しか知らない方には意外かもしれませんね。

今の活躍を見ると、つい「中学時代からずっと日本一だったのでは」と想像したくなります。

ところが実際には、全中には出場したものの予選敗退を経験している選手です。

私は、この記録こそ古賀ジェレミー選手の成長を考えるうえで大切だと思っています。

もちろん、全中へ出場できること自体がすでに高いレベルです。

それでも「中学時代ですでに完成された全国王者」ではなく、全国の舞台を経験したあと、高校でさらに何段階も競技力を伸ばした選手だったことが分かります。

また、古賀選手は中学3年時にも110mハードルだけに出場していたわけではありません。

横浜市内の記録会では、走高跳で1m70を記録した大会もありました。

中学2年の四種競技に続き、中学3年でも跳躍種目に取り組んでいたわけです。

※画像はAIによるイメージ

この中学時代の流れを簡単にまとめると、

中学2年:四種競技にも取り組み、110mハードルで15秒台

中学3年:110mハードルを14秒台へ伸ばし、全中出場

という成長になります。

中2から中3へ進む中で、さまざまな種目を経験していた選手から、全国大会に出場するハードラーへと輪郭がはっきりしてきた、と見ることができそうです。


東京高校で急成長!中学時代の経験はどうつながった?

保土ケ谷中学校を卒業した古賀ジェレミー選手は、陸上競技の強豪として知られる東京高等学校へ進学しました。

この記事の中心は小学校・中学校と陸上開始時期ですので、高校以降の成績は「中学時代からどう伸びたのか」を理解するために必要な範囲に絞って見てみましょう。

古賀選手は高校年代に110mハードルの記録を大きく伸ばします。

高校2年だった2024年には13秒台へ入り、高校3年の2025年6月には13秒45(+0.1)を記録。2025年の全国高等学校リモート陸上競技大会ランキングでも、男子110mハードルの古賀ジェレミー選手に13秒45が掲載されています。東京都高体連陸上競技専門部も、この13秒45を高校記録として紹介しています。

高校男子110mハードルでは、一般男子と同じハードル高106.7cmの規格が用いられます。

古賀選手は、その規格で13秒45まで記録を伸ばしたことになります。

中学3年の全中では14秒50。

そこから高校時代に13秒台へ入り、13秒45まで到達した。

こうして時系列で並べると、古賀選手の学生時代についてひとつ重要なことが見えてきます。

それは、「中学時代から圧倒的に完成していた選手」ではなく、「中学で全国大会を経験したあと、高校年代で大きく伸びた選手」だったということです。

これは単なる精神論ではなく、記録の変化そのものから読み取れます。

中学では四種競技や走高跳にも出場。

その後、110mハードルで全国大会を経験。

高校ではハードルの専門性が高まり、日本高校記録の水準まで成長した。

もちろん、所属チームでどのような練習を行い、どの技術がどれほど改善したのかは、詳細な本人・指導者の証言なしに断定できません。

ただ私は、記録だけを追っても「競技を絞り込みながら強みが大きく伸びていった過程」が見えるところに、古賀選手の学生時代ならではのおもしろさを感じます。

若い選手を見るとき、どうしても現在の強さから過去まで逆算してしまいがちです。

けれども古賀選手の場合、中学生の全国大会では悔しい予選敗退も経験しています。

その後に高校記録まで成長した経歴を知ると、「中学生の順位だけでその後の伸び方までは分からないのだな」と改めて感じますよね。


順天堂大学進学後の現在地は?中学時代から続く成長

東京高校を卒業した古賀ジェレミー選手は、2026年に順天堂大学へ進学しました。

日本陸連のダイヤモンドアスリート紹介でも、2026年時点で「順天堂大学(1年)」「110mハードル」と掲載されています。

大学進学後も一般男子と同じ106.7cmの110mハードルで競技を続け、2026年には13秒40まで自己記録を伸ばしています。

さらにU20カテゴリーでは、一般男子より低い99.0cm級のハードルを使用する110mハードルにも出場しています。

ここは数字が混同されやすいので、少しだけ説明しておきましょう。

一般男子110mハードルは106.7cm、U20男子は大会規格上99.0cm級のハードルを使用するため、両者のタイムはそのまま比較できません。

2026年8月に米国オレゴンで開催されたU20世界陸上競技選手権には、古賀ジェレミー選手も日本代表として出場。日本陸連の代表発表でも110mハードルの代表選手として選出されています。

準決勝では12秒95を記録し、World Athleticsの公式スタートリストにも12秒95が記録として掲載されました。

そして現地8月8日の決勝では、追い風+0.7mの条件で12秒97を記録して2位、銀メダルを獲得しています。World Athleticsの公式決勝結果でも12秒97の2位と確認できます。

ただし、この記事で私が強調したいのは世界選手権の結果そのものではありません。

大切なのは、中学時代とのつながりです。

保土ケ谷中2年のころには四種競技。

3年では全中110mハードル予選。

東京高校で日本高校記録。

そして順天堂大学へ進み、U20世界大会の表彰台へ。

現在地だけを切り取れば世界級の若手ハードラーですが、そのスタート地点を公式記録でたどると、いくつもの段階を踏んで成長してきたことが分かります。


古賀ジェレミーの小中学校時代から何が分かる?成長を考察

ここからは、確認できた競技記録を踏まえた私なりの考察です。

古賀ジェレミー選手の小中学校時代を調べて、私が最も印象に残ったのは、「いつ陸上を始めたか分からない」という空白も含めて、むしろ成長の過程がよく見える選手だということでした。

小学校名は確認できません。

陸上を始めた正確な年齢も分かりません。

一方で、中学2年になると突然記録が具体的になります。

四種競技1930点。

110mハードル15秒55。

横浜市中学秋季大会では15秒42で1位。

中学3年には14秒台へ入り、全中へ。

この流れを見る限り、少なくとも中学年代にはすでに競技者として着実に力をつけていたことが分かります。

そして、私がもうひとつ注目したいのが「四種競技から110mハードルへの比重の変化」です。

中学2年時の記録には、ハードルだけではなく砲丸投、走高跳、400mがあります。

中学3年でも走高跳の記録が残っています。

それが高校へ進むと、110mハードルでの記録向上が一気に目立つようになります。

育成の具体的な方針や本人の意識については証言がないため断定できませんが、競技記録の並びを見る限りでは、中学で幅広い運動能力を競う時期を経て、高校でハードラーとしての専門性が一段と高まったと見ることができます。

これは古賀選手を「昔からハードル一筋の天才」と単純化するよりも、ずっと実像に近いように私は思います。

また、全中での予選敗退も忘れてはいけません。

将来、世界大会で表彰台に立つ選手が、中学時代には全国大会の予選で敗れている。

この事実は、古賀選手の現在の価値を下げるものではなく、むしろ成長幅の大きさを伝えてくれます。

スポーツを見ていると、中学生や高校生の段階で「この選手は完成している」「この選手はまだ全国では勝てない」と評価したくなることがあります。

でも、古賀選手の記録を順番に追うと、育成年代では順位以上にその後どれだけ技術や身体能力を伸ばせるかが大切なのだと感じさせられます。

そして、出身小学校や陸上を始めたきっかけについては、まだ答えが残されています。

今後、本人のロングインタビューなどで「最初に陸上競技へ触れた時期」「なぜハードルを選んだのか」「小学生時代にどんなスポーツをしていたのか」が語られれば、古賀ジェレミー選手の競技人生の最初のピースがようやく埋まることになります。

それまでは推測せず、確認できる中学2年以降の記録から見守るのがよさそうです。


まとめ|古賀ジェレミーは保土ケ谷中出身、中2には陸上競技に取り組んでいた

古賀ジェレミー選手の出身中学校は、横浜市立保土ケ谷中学校です。

2021年10月の横浜市中学秋季陸上競技大会では、保土ケ谷中2年として男子110mハードルに出場し、15秒42で1位となっています。

また、中学2年時には四種競技にも出場しており、110mハードルだけでなく砲丸投、走高跳、400mにも取り組んでいました。

そのため、陸上を始めた正確な年齢は確認できないものの、少なくとも中学2年の時点では本格的に陸上競技へ取り組んでいたことが分かります。

一方、出身小学校名と、何歳で競技を始めたのかについては、信頼できる公開資料では確認できていません。

「中学2年から陸上を始めた」という意味ではありませんので、この点は区別しておきたいところです。

中学3年では110mハードルで14秒台へ入り、全中を経験。

その後、東京高校で13秒45の高校記録をマークし、順天堂大学へ進学しました。2026年8月にはU20世界陸上の110mハードルで12秒97を記録し、銀メダルを獲得しています。

ただ、現在の実績以上に今回注目したいのは、その原点です。

四種競技にも挑戦していた保土ケ谷中の少年が、少しずつハードルで記録を縮め、全国、そして世界へ進んでいった。

古賀ジェレミー選手の学生時代は、完成された天才がそのまま勝ち続けた物語ではありません。

公式記録を一つずつたどっていくと、競技経験を重ねながら自分の強みを磨き、大きく成長してきたハードラーの姿が見えてきます。


よくある質問

古賀ジェレミーの出身中学校はどこですか?

横浜市立保土ケ谷中学校です。

2021年の横浜市中学秋季陸上競技大会では、「古賀ジェレミー/2年/保土ケ谷」と記録され、男子2年110mハードルを15秒42で制しています。

古賀ジェレミーの出身小学校はどこですか?

現時点で確認できる信頼性の高い公開資料では、出身小学校名は確認できていません

保土ケ谷中学校への進学だけを根拠に周辺の小学校を推測することはできないため、学校名を断定するのは避けるのが適切です。

古賀ジェレミーはいつから陸上を始めましたか?

正確な開始年齢は確認できていません。

ただし、2021年には保土ケ谷中2年として110mハードルや四種競技に出場しているため、遅くとも中学2年時には陸上競技に取り組んでいたことが分かります。

春野滋(はるのしげ)/エンタメ&スポーツ愛好家ライター

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