北口榛花のコーチ変更を解説!新体制と今後への影響は?

新コーチの助言を受けながらやり投げの新しいフォームを確認する北口榛花選手 アスリートたち

北口榛花選手はヤン・ゼレズニー氏へコーチを変更し、日本選手権を62m86で制して再出発への手応えをつかみました。

約7年間師事したディヴィッド・セケラック氏との契約終了は、不仲によるものとは公表されていません。新しい世界を知り、さらに成長するための前向きな決断です。

北口榛花のコーチ変更はいつ、どのように決まった?

北口榛花選手は2026年1月20日にセケラック氏との契約終了を発表し、約2カ月半のトライアルを経て、5月1日にゼレズニー氏への正式な師事を公表しました。

北口選手は2026年1月20日、自身のSNSで、長年指導を受けてきたチェコ人コーチのディヴィッド・セケラック氏との契約を終えたことを明らかにしました。

北口選手とセケラック氏の出会いは、北口選手が日本大学に在学していた頃までさかのぼります。

コーチ不在だった大学3年時の2018年度、やり投げのカンファレンスを通じてセケラック氏を知った北口選手は、チェコ西部の街ドマジュリツェへ単身で渡りました。そこで直接指導を願い出たことが、世界の頂点へ続く歩みの始まりだったのです。

契約終了を伝えた際、北口選手はセケラック氏だけでなく、家族やチームメート、ドマジュリツェの人々にも感謝を示しています。

見知らぬ土地で生活し、チェコ語を学びながら競技へ打ち込めたのは、周囲の支えがあったからでしょう。別れを発表する場面でも、その恩を丁寧に言葉にしたところに北口選手らしさを感じますよね。

一方、1月20日の時点では、男子やり投げの世界記録保持者であるヤン・ゼレズニー氏との契約はまだ決まっていませんでした。

北口選手側から発表されたのは、ゼレズニー氏と話し合いを始め、南アフリカでのキャンプを通じて、今後一緒に歩めるかを検討するという内容です。

北口選手のマネジメント会社による2026年2月20日の発表では、北口選手は2月14日から南アフリカへ渡航。約2カ月半にわたり、ゼレズニー氏のトレーニングキャンプへ参加しました。

北口選手は出発前、どこを変え、どこを残すのかを話し合いたいという考えを示しています。

これは今回のコーチ変更を理解するうえで、とても大切な言葉です。過去の投げ方を全面否定するのではなく、自分の長所を残しながら、新しい方法を取り入れられるかを確かめようとしていたのですね。

そして2026年5月1日、北口選手はSNSで、南アフリカでのキャンプを経てゼレズニー氏へ正式にコーチングを依頼したと発表しました。

変更までの流れは次の通りです。

日付・時期 北口榛花選手の動き
2026年1月20日 セケラック氏との契約終了とゼレズニー氏との協議開始を発表
2026年2月14日 南アフリカでの合宿を開始
2026年2月中旬~4月下旬 約2カ月半、ゼレズニー氏の指導を試験的に受ける
2026年5月1日 ゼレズニー氏への正式な師事を発表
2026年5月17日 セイコー・ゴールデングランプリで60m36、5位
2026年5月23日 ダイヤモンドリーグ厦門大会で60m08、7位
2026年6月12日 日本選手権で62m86を投げ、2年ぶり5度目の優勝
2026年6月28日 ダイヤモンドリーグ・パリ大会で63m01を記録

世界記録保持者から指導を受けられるからといって、すぐ契約したわけではありません。

練習内容だけでなく、技術の説明方法や競技に対する考え方、人間関係まで実際のキャンプで確かめたうえで決断しています。この慎重な手順からも、競技人生を左右する大きな選択だったことが分かります。


なぜセケラック氏からゼレズニー氏へ変更したの?

北口榛花選手が説明した理由は、不仲や対立ではありません。限りある競技人生で新たな世界を見て、さらに成長するための変更です。

セケラック氏との間に深刻なトラブルがあった、成績不振を理由に一方的に解任したといった事実は公表されていません。

北口選手は契約終了を発表した際、競技を続けるなかで、いろいろな世界を見てみたいという思いから一歩を踏み出したと説明しました。

すでに世界選手権とオリンピックを制した選手ですから、これまでの環境を続ける選択肢もあったはずです。

それでも北口選手は、成功した方法だけにとどまらず、新しい技術や考え方に触れる道を選びました。私は、結果が出ていないときの変更以上に、世界一になった環境から離れる決断には勇気が必要だったのではないかと感じます。

セケラック体制で残した主な実績を振り返ると、その重みがよく分かります。

  • 2019年に64m36の日本新記録を樹立
  • 2022年オレゴン世界選手権で銅メダル
  • 2023年ブダペスト世界選手権で金メダル
  • 2023年9月のダイヤモンドリーグ・ブリュッセル大会で67m38の日本記録
  • 2023年と2024年のダイヤモンドリーグファイナルを連覇
  • 2024年パリ五輪で金メダル

なかでも67m38を記録したブリュッセル大会では、最後の6投目に自己ベストを更新しました。

北口選手は2023年のブダペスト世界選手権でも最終6投目に66m73を投げ、逆転で金メダルを獲得しています。試合の終盤まで集中力を失わず、最後の一投で流れを変えられることは、北口選手を象徴する強みでしょう。

今回の変更は、セケラック氏との約7年間が失敗だったから行われたものではありません。

セケラック氏と築いた世界一の土台へ、ゼレズニー氏の技術とメンタリティーを加える試みと見るのが、本人の説明や経緯に合っています。

なお、かつて女子やり投げのアジア記録は67m98でしたが、2026年5月に中国の厳子怡選手が71m74を記録し、アジア記録を大幅に更新しました。

したがって、北口選手が現在目指す70mは、以前のようにアジア記録突破を意味する数字ではありません。それでも、自己ベスト67m38から2m62先にある大きな節目であり、世界最高水準へ戻るための挑戦的な目標であることに変わりはありません。

世界の勢力図が動いた今だからこそ、過去の成功を守るだけでなく、投てきそのものをもう一段進化させようとするコーチ変更には大きな意味があると私は考えます。


新コーチのヤン・ゼレズニー氏はどんな指導者?

ゼレズニー氏は男子やり投げで98m48の世界記録を持つ五輪3連覇者で、引退後はチェコのトップ選手も指導してきました。

ヤン・ゼレズニー氏は1966年6月16日生まれのチェコ出身です。

1996年5月25日にドイツ・イエナで記録した98m48は、2026年8月時点でも男子やり投げの世界記録として残っています。

オリンピックでは1992年バルセロナ、1996年アトランタ、2000年シドニーの3大会を連続で制しました。世界選手権でも3度優勝しており、一度の大記録だけでなく、長期間にわたって頂点を守った選手です。

引退後は後進の指導に携わり、世界陸連の競技資料では、東京五輪銀メダリストのヤクブ・バドレイヒ選手や、東京五輪銅メダリストのビテスラフ・ベセリー選手のコーチとしても確認できます。

つまりゼレズニー氏は、「自分が世界記録を投げた人」であるだけではありません。異なる特徴を持つ選手を国際大会の表彰台へ導いた経験も、新コーチを評価するうえで重要な材料です。

ただし、男子用のやりは800グラム、女子用は600グラムです。体格や筋力、助走の特徴も選手ごとに異なります。

ゼレズニー氏自身のフォームを北口選手へそのまま移せばよいわけではありません。名選手としての実績と、コーチとして他者に技術を伝える能力は分けて考える必要があります。

その点で注目したいのが、北口選手が約2カ月半のトライアルを設けたことです。

実績や知名度だけでコーチを決めず、自分の感覚に合う説明を受けられるか、残したい動きを理解してもらえるかを確認しました。この過程があったからこそ、5月1日の正式契約へ納得して進めたのでしょう。

北口選手は正式師事を発表した際、やり投げの技術だけでなく、ゼレズニー氏のメンタリティーも吸収したいという意欲を示しました。

五輪3連覇には、技術力だけでなく、長い競技人生を見通した調整や大舞台での精神的な安定も欠かせません。もともと勝負強い北口選手が、その強さを一時的なものではなく、長期にわたって再現するための考え方も学ぼうとしているのではないかしらと感じます。


右ひじ痛後のフォームは何が変わった?

ゼレズニー氏が2026年6月25日のインタビューで説明した修正点は、右ひじを下げる動作、腕の伸ばし方、肩の位置です。

北口選手は2025年6月に右ひじを痛め、同年9月の東京世界選手権では予選敗退となりました。

ただし、右ひじ痛がコーチ変更の直接的な理由だったとは、北口選手本人から公表されていません。故障後に新体制へ移ったことは事実ですが、二つを単純な原因と結果で結びつけるのは慎重であるべきでしょう。

※画像はAIによるイメージ

月陸Onlineが2026年6月25日に掲載した単独インタビューで、ゼレズニー氏は、右ひじを下げる動作を変えたこと、腕をしっかり伸ばす必要があることを説明しました。

さらに、肩の位置が特に重要であり、背中でやりを支えて力を伝えること、まずは安定性が鍵になるという技術的な見解も示しています。

これはゼレズニー氏本人による説明です。一方、こうした変更が右ひじの再発防止へ医学的にどの程度役立つのかは、公表された情報だけでは判断できません。

「故障しないフォームになった」と断定せず、現段階では投てき技術を組み直している途中と捉えるのが適切です。

ゼレズニー氏は、北口選手がジュニアだった頃の映像を見て、非常に速い腕の振りに感銘を受けたとも明かしました。そして、その速さこそ今取り戻す必要があるものだと説明しています。

ここから読み取れるのは、新体制が北口選手の投げ方をゼロから別物へ変えようとしているわけではないことです。

北口選手本来の速い腕の振りを残しながら、右ひじや肩の位置を調整し、動作の安定を目指していると筆者は見ています。ただし、これはゼレズニー氏の発言を基にした見立てであり、医学的・力学的な効果を筆者が断定するものではありません。

北口選手自身も南アフリカへ出発する前、「どこを変えてどこを残すか」を話し合う考えを示していました。

ゼレズニー氏がジュニア時代からの腕の速さに注目していることは、その希望と重なります。世界一になった長所を壊すのではなく、うまくいっていた動きを再発見する作業でもあるのでしょう。


コーチ変更後の成績は?厦門から日本選手権までの推移

新体制初戦は60m36、2戦目は60m08でしたが、3戦目の日本選手権では62m86へ伸ばして優勝しました。

北口選手の2026年初戦は、5月17日に東京・MUFGスタジアムで開催されたセイコー・ゴールデングランプリでした。

東京世界選手権以来、約8カ月ぶりの実戦で60m36を記録し、5位。優勝はバハマのリース・オタバー選手で、記録は61m57でした。

北口選手は競技後、改善できる部分が多い一方、これからが楽しみになる試合はできたという受け止めを示しています。

新しい投げ方に取り組む最初の試合で、すぐ自己ベストに近い数字を求めるのは現実的ではありません。まず実戦で投げ切り、課題を持ち帰れたことが最初の一歩だったのでしょう。

続く2戦目は、5月23日に中国・厦門で行われたダイヤモンドリーグ厦門大会です。

北口選手は60m08で7位でした。大会順序は、5月17日のセイコー・ゴールデングランプリが先で、5月23日の厦門大会がその次です。

そして6月12日、愛知・パロマ瑞穂スタジアムで行われた第110回日本陸上競技選手権大会の女子やり投げ決勝へ出場しました。

北口選手は5投目に62m86を記録。武本紗栄選手の61m74、上田百寧選手の61m03を上回り、2年ぶり5度目の優勝を果たしました。

この結果により、2026年9月に愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会の日本代表にも内定しています。

日本陸上競技連盟が6月12日に公開した優勝コメントで、北口選手は62m86について、本来なら大きく喜べる記録ではないという厳しい認識を示しました。

その一方、前年の故障による痛みが完全にない状態で、思うように投げられない時期を越え、勝負のかかった試合で記録を残せたことには安堵しています。

さらに北口選手は、新しいことへ多数取り組み、頭の中へ大量の新しい情報が入っている状態だと説明しました。考えすぎて投げられないことも多かったものの、日本選手権で少し状況を変えられたと受け止めています。

つまり、「新技術を意識したから2試合の記録が伸びなかった」というのは筆者が断定すべきことではありません。

ただし、本人が新しい情報を考えすぎて投げにくかったと説明しているため、フォーム変更を自然な動作へ落とし込む途中だったことはうかがえます。

日本選手権ではゼレズニー氏が会場におらず、北口選手は遠隔で指示を受けました。

試技の回転が速くなった4投目以降は連絡が間に合わない場面もありましたが、それまで繰り返し教わった内容を自分で確認しながら競技を続けています。

私は、5投目に自分の判断で62m86まで伸ばした点に、優勝記録とは別の価値を感じました。

新コーチの指示を待つだけでなく、自分の感覚と教わった内容を結びつけて試合を進めたからです。これが完全な技術習得を意味するわけではありませんが、自立して修正する第一歩にはなったのではないでしょうか。

なお、日本選手権後の6月28日に行われたダイヤモンドリーグ・パリ大会では63m01を記録しました。

したがって、2026年8月時点の新体制における最高記録は、日本選手権の62m86ではなくパリ大会の63m01です。日本選手権62m86は、国内タイトルとアジア大会代表内定をつかんだ重要な記録として位置づけるのが正確です。


ゼレズニー新体制は北口榛花に何をもたらす?

日本選手権優勝は前進ですが、北口選手自身は「復活」と呼ぶ基準を65m以上に置いています。新体制の評価は、まだ途中段階です。

北口選手は日本選手権後、日本陸連の優勝コメントで、自分が復活したと言うには65m以上を投げる必要があるという認識を示しました。

さらに、65mを一度だけではなく、試合のなかで安定して出せる力を身につけたいと語っています。

この本人の基準を尊重するなら、62m86の優勝を「完全復活」と表現するのは少し早いでしょう。

痛みのない状態で日本一になったことは確かな前進です。しかし、北口選手が見ているのは、国内で勝つことだけではなく、世界大会で優勝を争える65m以上を繰り返す状態なのですね。

月陸Onlineの6月25日のインタビューでは、ゼレズニー氏も、まずレベルの高い大会へ出て自信を取り戻し、技術を高めることが大切だと説明しています。

70mについては到達を保証せず、どこまで届くかは誰にも分からないとしながら、現実的な目標であり、可能性はあるという見方を示しました。

この慎重な表現にも、経験豊富な指導者らしさを感じます。

北口選手の自己ベスト67m38から70mまでは2m62あります。さらに、厳子怡選手が2026年5月に71m74を記録したことで、世界上位の水準は一段と高くなりました。

すぐ70mだけを追いかけるより、まず痛みなく試合を重ね、本人が復活の基準とする65mを安定して投げられるかが重要になるでしょう。

筆者として今後注目したいのは、次の点です。

  • 右ひじに痛みがない状態で試合を継続できるか
  • 肩や右ひじの位置を意識せず、自然に再現できるようになるか
  • ゼレズニー氏が評価する速い腕の振りを取り戻せるか
  • 65m以上を一度だけでなく複数試合で記録できるか
  • 愛知・名古屋アジア大会で勝負と記録を両立できるか

世界的な実績を持つコーチへ変更したからといって、成績が直線的に伸びるとは限りません。

フォームを調整する時期には、試合ごとに感覚や記録が揺れることも考えられます。実際、北口選手は日本選手権で62m86、パリ大会で63m01まで伸ばした一方、その後の大会では記録が上下しています。

だからこそ、一試合の数字だけで「変更は成功」「変更は失敗」と結論づけるべきではないと私は考えます。

見るべきなのは、痛みなく競技を続けられる期間、65m以上の再現性、そして大切な試合での勝負強さです。2026年は完成したフォームを披露する年というより、新しい方法を身体へなじませながら世界の上位へ戻る年なのでしょう。

セケラック氏との歩みは、北口選手を世界女王へ導いた大切な第一章でした。

ゼレズニー氏との新体制は、その成功を否定するものではありません。北口選手らしい速い腕の振りを見つめ直し、世界の水準がさらに上がった時代に対応するための第二章だと、私は受け止めています。


まとめ

北口榛花選手は2026年1月20日、約7年間師事したディヴィッド・セケラック氏との契約終了を発表しました。

変更理由として公表されたのは不仲ではなく、限りある競技人生で新しい世界を見て、さらに成長したいという思いです。

2月14日から南アフリカで約2カ月半のトライアルを行い、5月1日には、男子やり投げで98m48の世界記録を持つヤン・ゼレズニー氏への正式な師事を公表しました。

新体制初戦は5月17日のセイコー・ゴールデングランプリで60m36、2戦目は5月23日のダイヤモンドリーグ厦門大会で60m08でした。

6月12日の日本選手権では5投目に62m86を記録し、2年ぶり5度目の優勝。愛知・名古屋アジア大会代表に内定しました。

その後、6月28日のダイヤモンドリーグ・パリ大会で63m01を記録したため、2026年8月時点の新体制での最高記録は63m01です。

北口選手自身は、復活と呼ぶには65m以上が必要だと考えています。日本選手権優勝は完成の証明ではなく、痛みのない状態から世界水準へ戻るための大切な通過点といえるでしょう。


よくある質問

北口榛花選手とセケラック前コーチは不仲だったのですか?

不仲や深刻な対立があったとは公表されていません。北口選手はセケラック氏、その家族、チームメート、ドマジュリツェの人々へ感謝を示しています。

ゼレズニー氏への正式なコーチ変更はいつですか?

北口選手が正式な師事を発表したのは2026年5月1日です。2月14日から南アフリカで約2カ月半のトライアルを行った後に決定しました。

コーチ変更後の北口榛花選手の最高記録は何メートルですか?

2026年8月時点では、6月28日のダイヤモンドリーグ・パリ大会で記録した63m01です。日本選手権では62m86を投げ、2年ぶり5度目の優勝とアジア大会代表内定を決めました。

春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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