鏡優翔選手は2025年4月に本格練習を再開し、同年12月に公式戦へ復帰、2026年5月の優勝とプレーオフ勝利で日本代表に内定しました。
復帰戦では残り約1.6秒で逆転負けしましたが、約5か月後に同じ松雪泰葉選手へ一日2勝。現在は愛知・名古屋アジア大会と世界選手権、その先の2028年ロサンゼルス五輪を見据えています。
鏡優翔はいつ復帰した?練習再開から本格復活まで
鏡優翔選手の公式戦復帰は、2025年12月の天皇杯全日本レスリング選手権大会です。
ただし、鏡選手の復帰は一つの日付だけでなく、次の三段階に分けると現在地がよく分かります。
- 2025年4月:本格的なレスリング練習を再開
- 2025年12月:天皇杯全日本選手権で約1年4か月ぶりに実戦復帰
- 2026年5月23日:明治杯全日本選抜優勝とプレーオフ勝利で本格復活
鏡選手は2024年8月、パリ五輪の女子76キロ級で金メダルを獲得しました。五輪後はすぐに試合中心の生活へ戻らず、メディア出演や競技の普及活動にも力を注いでいます。
2025年12月10日付のデイリースポーツが報じたオンライン取材では、同年4月から本格的な練習を再開し、筋肉量や心肺機能については五輪前と同程度まで戻ったという趣旨の説明をしていました。
それでも、体力の数値が戻ることと、勝敗のかかった試合で6分間を戦い切ることは同じではありません。
相手との距離、技を出すタイミング、残り時間を踏まえた判断は、実戦の緊張感の中でしか取り戻しにくい部分です。その違いが、約1年4か月ぶりとなった復帰大会で浮き彫りになりました。
復帰大会では決勝までどのように勝ち進んだ?
2025年12月18日、東京・駒沢体育館で行われた女子76キロ級の1回戦で、鏡選手は中野咲羅選手と対戦しました。
結果は10―0。試合時間3分27秒でテクニカルスペリオリティ勝ちを収め、復帰初戦を突破しています。
テクニカルスペリオリティとは、大きな点差がついた時点で試合を終了するルールです。女子レスリングでは10点差が基準となるため、鏡選手は相手に得点を許さず、試合時間を残して勝ち切ったことになります。
準決勝の相手は、前年の全日本王者であり、2025年世界選手権代表の山本和佳選手でした。
ここでは両者が得点を奪い合い、鏡選手が13―4で勝利。無失点で抑える従来型の勝ち方とは異なり、自身も4点を失いながら13点を取り返す攻撃的な試合を見せました。
鏡選手はこの試合内容について、自分が目指していた試合ができたという手応えを口にしています。
パリ五輪までの鏡選手は、守備力を生かし、必要な得点を確保して競り勝つ強さが際立っていました。一方、復帰後は攻撃の比重を増やし、大きな得点を取り合っても勝てるスタイルを模索していたのです。
1回戦の10―0と準決勝の13―4からは、体力や得点能力が大きく落ちていたとは考えにくいでしょう。
それでも決勝で敗れたことから、復帰時点の課題は「技を出せるか」だけではなく、接戦の終盤で新しい攻撃型のスタイルをどこまで貫けるかにあったと読み取れます。
復帰戦の決勝で松雪泰葉に敗れた理由とは?
鏡優翔選手は2025年12月19日、天皇杯全日本選手権女子76キロ級決勝で松雪泰葉選手に2―4で敗れました。
松雪選手は2019年以来、6年ぶり2度目の全日本優勝。パリ五輪金メダリストを破って国内の頂点に立ちました。
試合終了間際までの得点は2―1で、鏡選手がリードしていました。しかし、残り約1.6秒の攻防で松雪選手に背後を取られ、2点を失います。
鏡選手側は判定に対してチャレンジを申請しました。チャレンジとは、映像による再確認を求める制度ですが、主張が認められなかった場合は相手に1点が加算されます。
このため、最終スコアは2―4となりました。
単に「2―2の状態から2点を取られた」のではなく、2―1から逆転の2点を許し、チャレンジ失敗の1点が加わったというのが正確な得点の流れです。
ラスト1.6秒に何が起きた?
試合終盤、鏡選手は「がぶり」と呼ばれる体勢で松雪選手を上から制していました。
がぶりとは、相手の頭や腕を上から抱え込み、動きを抑えながら背後へ回る機会などを狙う攻防です。鏡選手は一方的に逃げていたのではなく、得点につながる可能性のある形に入っていました。
松雪選手は後日のインタビューで、横へずれながら体勢を抜き、もつれたところで背後を取ったと説明しています。
鏡選手にとって難しかったのは、残り時間がほとんどない状況で「攻め続けるのか」「安全に終わらせるのか」を瞬時に決める必要があったことです。
鏡選手自身も試合後、やるべきことは分かっていたものの、相手のカウンターを考えて技を出し切れなかったことや、逃げ切る考えが一瞬浮かんだことを明かしています。
この本人の説明から判断すると、敗因を単純な体力不足や長期休養だけに求めるのは適切ではありません。
攻撃的なスタイルへ変わろうとする意識と、リードを守って勝ち切る従来の判断が、最終盤で交差した試合だったと考えられます。
身体の仕上がりにも課題があった?
鏡選手は大会後、写真を見て身体が絞り切れていないと感じたことや、以前とは違って76キロまで体重を落とす必要があったことも振り返っています。
ただし、身体の仕上がりが残り1.6秒の失点へ直接つながったと断定することはできません。
体重調整や身体づくりが動きの軽さに影響することは競技一般として考えられますが、今回の決勝について本人が具体的に挙げたのは、相手の反撃を意識しすぎたことと、終盤の迷いです。
筆者として印象に残ったのは、鏡選手が敗戦をブランクや周囲の活動のせいにしなかった点でした。
技をためらったこと、身体を十分に作り切れなかったことなど、自分で修正できる課題として受け止めています。この振り返りが、約5か月後の再戦に向けた出発点になったのでしょう。
全日本選抜で松雪泰葉に一日2勝した経緯
鏡優翔選手は2026年5月23日、東京・駒沢体育館で行われた明治杯全日本選抜レスリング選手権大会の女子76キロ級で、3年ぶりの優勝を果たしました。
1回戦はテクニカルスペリオリティ勝ち。準決勝では、前年12月の全日本選手権で13―4と勝利していた山本和佳選手に、今回は2―1で競り勝っています。
同じ山本選手を相手にしても、復帰大会のような激しい点の取り合いにはなりませんでした。
この違いは、鏡選手が大量得点の展開だけでなく、得点の少ない接戦にも対応して決勝へ進んだことを示しています。新しい攻撃性を求めながら、従来の堅実な試合運びも失っていなかった点は重要です。
決勝では、復帰戦で敗れた松雪選手と約5か月ぶりに再戦。鏡選手が6―2で勝ち、前年12月の結果を反転させました。
しかし、この時点ではアジア大会と世界選手権の代表権は確定していません。
代表選考では、2025年12月の天皇杯全日本選手権と2026年5月の明治杯全日本選抜で同じ選手が優勝すれば、その選手が代表権を獲得する仕組みでした。
今回は天皇杯を松雪選手、明治杯を鏡選手が制したため、両大会の優勝者による代表決定プレーオフが必要になったのです。

決勝6―2とプレーオフ3―2の違いは?
プレーオフは明治杯決勝から約2時間後に行われ、鏡選手が3―2で勝利しました。
同じ日に同じ相手と二度戦い、決勝では4点差、プレーオフでは1点差という異なる展開で勝ち切ったことになります。
公表されている記録や記事だけでは、全得点が生まれた技と時間を正確に再現できません。そのため、「特定の技術を変えたから勝てた」とまでは断定できないでしょう。
それでも、二つのスコアから読み取れることはあります。
最初の6―2では、前年12月の決勝よりも得点を増やしました。鏡選手が相手のカウンターを恐れて動けなかった復帰戦から、得点を奪う試合へ切り替えたことが結果に表れています。
一方の3―2は、得点差が広がらない緊張した試合でした。
同じ相手と短時間で再戦すれば、最初の試合で成功した攻撃や危険な場面を双方が把握しています。松雪選手がどのような修正を加えたかは公表情報から断定できませんが、鏡選手は僅差でもリードを保ち、代表権のかかった試合を終わらせました。
決勝の6―2は「得点を増やす力」、プレーオフの3―2は「接戦を締める力」が表れた結果と整理できます。
復帰戦で目指した攻撃型のレスリングと、パリ五輪までに培った守備や試合管理。その両方を一日の中で使えたことが、代表内定以上に大きな収穫だったのではないかしら。
鏡選手は明治杯後、前年の敗戦から誰よりも練習し、練習時間以外にもレスリングについて考えてきたという趣旨の思いを語っています。
日本レスリング協会は2026年6月10日の理事会で代表内定を承認。鏡選手は選考条件を満たしただけでなく、協会の承認を経てアジア大会と世界選手権の代表に正式内定しました。
鏡優翔の現在と2026年の国際大会日程
2026年8月30日現在、鏡優翔選手は「いつ復帰するのか」を待たれている状態ではありません。
すでに復帰戦、全日本選抜、代表決定プレーオフを終え、次の主要国際大会へ向けて準備する段階に入っています。
代表に内定している大会は次の二つです。
- 第20回アジア競技大会:2026年9月30日~10月3日、愛知県名古屋市
- 2026年世界レスリング選手権:2026年10月24日~11月1日、カザフスタン・アスタナ
アジア大会のレスリング競技は、名古屋市の稲永スポーツセンターで実施される予定です。
鏡選手にとっては、パリ五輪後初めて日本代表として臨む主要国際大会となります。国内で取り戻した積極性と接戦での判断力を、組み手や間合いの異なる海外選手にも発揮できるかが注目点です。
世界選手権はアジア大会から約3週間後に開幕します。
二つの大会で結果を残すには、アジア大会へ向けて状態を高めるだけでなく、試合後の疲労を抜き、短期間で再び調整する必要があります。この連戦は技術だけでなく、五輪連覇へ向けた年間設計を試す機会にもなるでしょう。
大会日程や出場選手は、負傷や主催者側の事情によって変更される場合があります。観戦前には日本レスリング協会や大会主催者の最新発表を確認してください。
2028年ロサンゼルス五輪へ何が試される?
鏡優翔選手が長期的に目指しているのは、2028年ロサンゼルス五輪での連覇です。
ただし、2026年5月に国内代表を勝ち取ったからといって、五輪連覇を予想できる段階ではありません。まずは2026年秋の国際大会で、現在のスタイルが世界の76キロ級でどこまで通用するかを見る必要があります。
鏡選手は2023年世界選手権を制し、2024年パリ五輪でも金メダルを獲得しました。
パリ五輪決勝では米国のケネディ・ブレーズ選手を相手に、相手の勢いを受け止めながら得点を重ねて勝利しています。低い姿勢から機会を見逃さずに仕掛ける速さと、重量級の相手にも崩されにくい守備が世界一を支えました。
しかし、一度五輪を制した選手は、次の五輪周期では以前より詳しく研究されます。
鏡選手自身も、守備を生かして少ない得点で勝つだけではなく、攻撃の割合を増やしたいと考えていました。復帰大会の山本和佳戦で見せた13―4は、その方向性を象徴する試合です。
一方、松雪選手との決勝では、攻撃型へ変わる途中に生じた迷いが最終盤の逆転へつながりました。
2026年明治杯では、山本選手との2―1、松雪選手との6―2、プレーオフの3―2という三つの異なる展開を勝ち抜いています。大量点だけに偏らず、僅差でも勝つという幅を示したことが、復帰戦からの最も具体的な変化でしょう。
筆者としては、今後の焦点は「攻撃か守備か」の二者択一ではないと考えます。
先に得点を取った後も攻めるべき場面、相手の反撃を受けずに時間を進める場面、追う展開でリスクを取る場面を見極め、相手によって割合を変えられるかが重要です。
パリ五輪までの鏡選手の強みを捨てる必要はありません。堅い守備と低い姿勢を土台に、研究された形とは別の攻撃を増やすことができれば、対戦相手にとってはさらに準備しにくい選手になります。
また、2025年12月の敗戦で身体の仕上がりを課題として認識した以上、76キロ級で力を保ちながら、動きやすい状態を作る過程も検証されるでしょう。
体重調整が個々の得点にどう影響したかは断定できません。それでも、本人が身体づくりを改善点として挙げた事実は、技術と同じように復帰後の重要なテーマです。
私は、鏡選手の復帰を評価するうえで、五輪王者という肩書よりも、国内選考へ一から挑み直した過程に注目したいと思います。
復帰大会では1回戦を10―0、準決勝を13―4で勝ちながら、決勝の最後に敗れました。そこで復帰そのものを成功として終わらせず、敗因を整理し、約5か月後に同じ相手へ二度勝ったのです。
本格復活とは、無敗で戻ってくることだけではありません。
試合で判明した弱点を認め、次の重要な勝負で異なる結果を出すことも、立派な復活の形ではないでしょうか。
アジア大会と世界選手権では、国内では得られない体格、組み手、試合速度の違いに直面するはずです。そこで勝つことはもちろん、どの形で得点でき、どの展開に課題が残るのかを確認することが、ロサンゼルス五輪への具体的な一歩になります。
まとめ
鏡優翔選手は2025年4月に本格練習を再開し、同年12月の天皇杯全日本選手権で約1年4か月ぶりに実戦復帰しました。
復帰大会では中野咲羅選手に10―0、山本和佳選手に13―4で勝利。決勝では松雪泰葉選手を2―1でリードしながら、残り約1.6秒で逆転され、チャレンジ失敗の1点を含む2―4で敗れました。
2026年5月23日の明治杯全日本選抜では、準決勝を2―1で突破し、決勝で松雪選手に6―2で勝利。約2時間後の代表決定プレーオフも3―2で制しました。
日本レスリング協会は6月10日の理事会で、鏡選手のアジア大会および世界選手権代表内定を承認しています。
したがって、復帰時期への答えは2025年12月です。一方、敗れた相手への一日2勝と代表内定まで含めた「本格復活」は、2026年5月と整理できます。
次に確かめたいのは、国内で示した得点力と接戦への対応力が、海外の強豪にも通用するかどうかです。2026年秋の二つの国際大会が、ロサンゼルス五輪への現在地を測る重要な舞台となります。
よくある質問
鏡優翔選手の復帰戦はいつでしたか?
2025年12月18日に始まった天皇杯全日本レスリング選手権大会です。パリ五輪後、約1年4か月ぶりの実戦となりました。
復帰戦の決勝はなぜ2―4になったのですか?
鏡選手は2―1でリードしていましたが、残り約1.6秒で松雪泰葉選手に背後を取られて2点を失いました。その判定へのチャレンジが認められず、松雪選手へさらに1点が加わったため、最終スコアは2―4となりました。
鏡優翔選手は現在、日本代表ですか?
2026年5月の明治杯全日本選抜と代表決定プレーオフを勝ち抜き、アジア大会と世界選手権の代表に内定しています。6月10日の日本レスリング協会理事会で承認されました。
春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)


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