2026年8月時点で鏡優翔選手は引退しておらず、2028年ロサンゼルス五輪での連覇を目標に現役を続けています。
パリ五輪後に引退を考えたことは本人が明かしていますが、理由の詳細までは公表されていません。その後は2025年12月に実戦復帰し、2026年5月には国内選考を勝ち抜いて世界選手権と愛知・名古屋アジア大会の代表権を獲得しました。
鏡優翔は引退していない!2026年8月時点の結論は?
鏡優翔選手は、2026年8月時点で現役のレスリング選手です。引退を発表した事実はなく、女子フリースタイル76キロ級で国際大会への出場を目指しています。
現在の進退を判断するうえで、特に重要なのは次の3点です。
- 本人の目標:2025年4月13日、2028年ロサンゼルス五輪での連覇を目標にすると表明
- 公式戦への復帰:2025年12月19日、全日本選手権でパリ五輪以来1年4か月ぶりに実戦復帰
- 代表選考の結果:2026年5月23日、全日本選抜選手権と代表決定プレーオフに勝利
このように、本人の意思、公式戦出場、代表選考という三つの材料が、いずれも現役続行を示しています。
鏡選手は2001年9月14日生まれ、山形県山形市出身。サントリーに所属し、女子レスリングで最も重い76キロ級を主戦場としています。
2023年の世界選手権で優勝し、2024年8月11日のパリ五輪決勝では米国のケネディ・アレクシス・ブレイズ選手を3-1で破りました。日本女子として初めて五輪の最重量級を制した、歴史的な金メダリストです。
五輪後に試合から離れ、メディアやイベントに登場する機会が増えたため、「鏡優翔は引退したの?」と気になった方もいらっしゃるでしょう。
けれども、試合の間隔やテレビ出演の多さだけでは、選手の進退を正確に判断できません。本人が何を目標に掲げ、どの大会に出場し、代表選考でどのような結果を残したかを見ることが大切です。
この三つの観点で確認すると、鏡選手は競技生活を終えたのではなく、次の五輪周期へ踏み出していることが分かります。
鏡優翔が引退を考えた理由は明らかになっている?
鏡優翔選手がパリ五輪後に引退を考えたのは事実です。ただし、引退を検討した具体的な理由について、本人が細部まで説明したことは確認できません。
日本オリンピック委員会が共同通信の記事として掲載した2025年4月13日付の報道によると、鏡選手は東京武道館で開かれたジュニア・クイーンズカップの会場で、パリ五輪後に現役引退も考えたことを明かしました。
その後、徐々に再挑戦する意思を固め、2028年ロサンゼルス五輪を競技人生の集大成と位置づけました。苦しいことを乗り越えた先にある喜びを求めて挑戦する、という趣旨の決意も伝えられています。
ここで、確認できる事実と推察を分けておきましょう。
本人の発言から確認できるのは、「パリ五輪後に引退を考えたこと」と「再挑戦を決断したこと」です。なぜ引退が頭に浮かんだのか、その理由を一つひとつ具体的に挙げたわけではありません。
一方、筆者としては、日本女子初となる五輪最重量級制覇を成し遂げたことで、一度立ち止まり、次の目標を考える時間が必要だった可能性はあるとみています。ただし、これは実績や五輪周期を踏まえた私の考察であり、本人が明言した理由ではありません。
大きな目標を達成した選手が、その直後から迷いなく次の4年間へ向かえるとは限りませんよね。心身の疲労を整え、「もう一度あの厳しい舞台を目指したいのか」と自分に問い直す時間も、長い競技人生の一部だと思います。
鏡選手はパリ五輪後、競技から一時的に距離を置き、メディア出演やイベントなどにも活動の幅を広げました。THE ANSWERの2025年12月20日付記事では、休養期間中の活動について、レスリングの普及も意識していたことが伝えられています。
つまり、試合に出ていなかった期間も、レスリングとのつながりを断っていたわけではありません。
進退が明確になったのは2025年4月です。鏡選手は自身のSNSでも競技人生の「第2章」を始めるという表現を使い、ロサンゼルス五輪を目指す意思を示しました。
私は、引退を考えた過程を隠さずに明かした点にも、鏡選手らしい誠実さを感じます。周囲の期待に押されて続けるのではなく、一度迷ったうえで、改めて自分の意思でレスリングを選び直したのでしょう。
2025年12月の復帰戦で松雪泰葉に敗れた原因は?
鏡優翔選手は2025年12月19日、東京・駒沢体育館で行われた全日本選手権女子76キロ級決勝で、ジェイテクトの松雪泰葉選手に2-4で敗れました。
パリ五輪以来、1年4か月ぶりとなる実戦でした。結果は準優勝でしたが、決勝までの内容を見ると、競技力を失ったというより、新しい戦い方への移行途中だったことがうかがえます。
鏡選手は準決勝で、前回優勝者の山本和佳選手と対戦。13-4という多くのポイントが動く試合を制して、決勝へ進みました。
パリ五輪までの鏡選手は、堅い守備を土台に接戦を勝ち切る強さが印象的でした。復帰後は、五輪王者として研究されることも見据え、より積極的に得点を取りにいくレスリングへ変えようとしていました。
ところが松雪選手との決勝では、鏡選手が2-1とリードして迎えた残り1秒でバックを取られ、2点を失います。判定に対するチャレンジが認められなかったことによる失点も加わり、最終スコアは2-4となりました。
THE ANSWERの2025年12月20日付記事によると、鏡選手は試合後、出すべき技は分かっていた一方、相手のカウンターを意識して攻撃をためらったと振り返っています。
残り時間を見て逃げ切ろうとする考えが一瞬浮かんだことも、本人が挙げた反省点でした。
レスリングでは、相手の背後へ回ってコントロールするテークダウンが認められると2点が入ります。したがって1点のリードは、安全圏とはいえません。
さらに、守る側が前への圧力を弱めれば、追う側は組み手を作り、脚や背後を狙う機会を得やすくなります。鏡選手の場合は、残り時間を消費する意識が攻撃の継続を鈍らせ、松雪選手に最後の仕掛けを許したことが勝敗を分けました。
この敗戦を「長期休養で弱くなった」と片づけるのは適切ではないでしょう。準決勝では13点を挙げており、攻撃する力自体は示していたからです。
課題は、先行したあとも新しい攻撃型の方針を貫けるかどうかでした。勝利が目の前に迫った場面で、得点を奪う意識よりも失点を避ける意識が強くなってしまったのですね。
一方、鏡選手の気持ちは、この敗戦によって引退へ傾いたわけではありません。
スポーツ報知などが伝えた大会後の取材では、年内も練習している母校・東洋大学へ行く意向を示し、すでに気持ちが燃えているという趣旨の言葉を残しました。
その発言が一時的な強がりではなかったことは、約5か月後の再戦で証明されます。

2026年5月の復活優勝で何が変わった?
鏡優翔選手は2026年5月23日、東京・駒沢体育館で行われた明治杯全日本選抜レスリング選手権の女子76キロ級で優勝しました。
決勝の相手は、前年12月に敗れた松雪泰葉選手です。鏡選手は6-2で雪辱を果たしました。
この大会は、2026年世界選手権と愛知・名古屋アジア大会の代表選考を兼ねていました。
全日本選手権では松雪選手、全日本選抜選手権では鏡選手が優勝したため、日本レスリング協会の代表選考に基づき、両者による代表決定プレーオフが実施されました。
プレーオフは全日本選抜の決勝から約1時間後に行われ、鏡選手が3-2で勝利。二つの国際大会に出場する代表権を獲得しています。
松雪選手との3試合を並べると、鏡選手の変化がよく分かります。
試合 結果 試合内容の要点
2025年12月・全日本選手権決勝 鏡2-4松雪 鏡選手が先行したものの、残り1秒で逆転を許した
2026年5月・全日本選抜決勝 鏡6-2松雪 鏡選手が攻撃を続け、4点差で優勝した
2026年5月・代表決定プレーオフ 鏡3-2松雪 2-2に追いつかれたあと、自ら決勝点を奪った
東洋大学スポーツ新聞編集部の試合報道によると、プレーオフでは開始約1分30秒、鏡選手が松雪選手の体勢の崩れを捉えました。脚を持ち上げて場外へ押し出し、先取点を挙げています。
第2ピリオドでは相手のパッシブによって鏡選手に得点が入りましたが、その後にタックルを返されて2-2に追いつかれました。
ここで守りに閉じなかったことが、この試合の最大のポイントです。
鏡選手は攻撃を続け、残り約1分で再びタックルから松雪選手を場外へ押し出しました。この1点が決勝点となり、3-2で代表の座をつかんだのです。
復帰戦では、リードした終盤に攻撃を止め、残り1秒で逆転されました。それに対してプレーオフでは、同点にされたあとも自分から仕掛けて勝ち越しています。
鏡選手も大会後、2試合を通して攻撃をやめず、得点されることを恐れない姿勢を徹底できたという趣旨の説明をしています。
復帰戦で言葉にした課題を、同じ相手との代表決定戦で実際の行動に変えた。私はここに、スコア以上の価値があると感じました。
女子76キロ級の国内代表争いは、決して楽なものではありません。松雪選手は全日本選手権王者であり、山本和佳選手も鏡選手が休養している間に国内外の試合を経験しています。
パリ五輪金メダリストであっても、次の日本代表が自動的に保証されるわけではありません。国内大会を勝ち抜き、優勝者が分かれればプレーオフも制さなければならないのです。
その厳しい選考で鏡選手は、同じ日に松雪選手と2度対戦して連勝しました。これは「現役を続けたい」という意思表明にとどまらず、世界大会へ戻る競技力を結果によって示した勝利でした。
起業や大学院進学は鏡優翔の引退準備なの?
鏡優翔選手の起業と大学院進学について、引退準備だと判断できる事実はありません。本人は競技と学業、会社経営を並行して続ける意思を示しています。
鏡選手は24歳の誕生日を迎えた2025年9月14日、株式会社KAWAIIを設立し、代表取締役に就任しました。
同社が公表している事業内容には、高齢者が生き生きと挑戦できる環境づくり、子どもの成長を支えるスポーツ・教育活動、アスリートや地域、ファンが世代を超えてつながる場の創出などがあります。
また、鏡選手は2026年4月、東洋大学大学院社会福祉学研究科への入学を自身のSNSで報告しました。
2024年に東洋大学社会学部を卒業したあとは、同大学大学院総合情報学研究科に在籍。2026年から研究分野を社会福祉へ移し、「学生」「選手」「社長」という三つの立場で努力する意思を示しています。
重要なのは、この時系列です。
社会福祉学研究科へ入学したのが2026年4月。その翌月には全日本選抜選手権で優勝し、代表決定プレーオフも制しました。
したがって、少なくとも現時点では、学業や会社経営を始めたためにレスリングから退くのではありません。三つの活動を並行させながら、国内代表の座を獲得したことになります。
もちろん、学業、経営、トップレベルの競技を両立するのは簡単ではないでしょう。代表合宿や海外遠征が増えれば、練習や研究、会社運営の時間配分はさらに難しくなります。
この両立が今後の競技成績へどのような影響を与えるかは、まだ断定できません。
一方で、現役中から将来につながる学びや社会活動に取り組むことは、ただちに引退を意味しません。競技で培った経験を社会へ還元しながら、自分の視野も広げていくという、現代的なアスリートの生き方と考えられます。
鏡選手の進退を見るときは、肩書の数ではなく、本人が掲げる目標、公式戦への出場、代表選考の結果を基準にするのが適切です。この三つは、いずれも現役続行を示しています。
鏡優翔はロサンゼルス五輪で連覇できる?
鏡優翔選手が目標に掲げるのは、2028年ロサンゼルス五輪での連覇です。ただし、2026年8月時点でロサンゼルス五輪代表に決まったわけではありません。
今後も国内の代表争いを勝ち抜き、世界の76キロ級で結果を積み重ねる必要があります。
最初の注目点は、鏡選手が取り組む攻撃型のレスリングが、海外の強豪にも通用するかどうかです。
パリ五輪までの鏡選手は、強い守備を土台に接戦をものにする力を示してきました。しかし五輪王者になれば、海外選手から徹底的に研究される立場になります。
そこで攻撃の選択肢を増やし、自分から試合を動かそうとしているのでしょう。
2025年12月の全日本選手権では、準決勝の13-4という大量得点に新しいスタイルの可能性が表れました。その一方、決勝では相手のカウンターを警戒し、最後に攻撃を止めたことが逆転負けにつながっています。
2026年5月のプレーオフでは、追いつかれてからも攻撃を続け、自ら決勝点を取りました。大きな前進ですが、国内の数試合だけで新しいスタイルが完成したと判断するのは早いでしょう。
世界選手権やアジア大会では、体格や組み手、タックルの入り方が異なる海外選手と対戦します。攻撃の回数を増やしながら、仕掛けを返された際の失点をどこまで抑えられるかが、次の確認点になりそうです。
もう一つの焦点は、国内競争です。
松雪選手との直近3試合は2-4、6-2、3-2であり、鏡選手が常に一方的に勝てる関係ではありません。山本選手を含め、国内のライバルたちもロサンゼルス五輪を目指して強化を続けるでしょう。
パリ五輪王者であることと、次の五輪代表になれることは別の話です。まず国内代表の座を守れるかどうかが、連覇へ向けた最初の関門となります。
私見では、2026年5月の勝利で最も評価したいのは、筋力や試合勘の回復だけではありません。
前年の敗因となった「終盤に攻撃を止める心理」を、同じ松雪選手との代表決定戦で乗り越えた点です。
一度の敗戦から具体的な課題を見つけ、再戦で異なる行動を選べたことは、長い五輪周期を戦ううえで心強い材料ではないでしょうか。
もちろん、進退は本人の心身や競技環境によって変わる可能性があります。第三者が「2028年まで必ず続ける」と断定することはできません。
それでも、2026年8月までに公表された本人の目標と大会結果を総合すれば、鏡選手は引退へ向かっているのではなく、世界選手権、愛知・名古屋アジア大会、そしてロサンゼルス五輪を見据えて競技を続けていると判断できます。
鏡優翔の引退説と現在地まとめ
鏡優翔選手はパリ五輪後に引退を考えましたが、理由の詳細までは明らかにしていません。その後、自分の意思で再挑戦を決め、2028年ロサンゼルス五輪での連覇を目標に掲げました。
2025年12月の復帰戦では松雪泰葉選手に2-4で敗れたものの、2026年5月の再戦では6-2で勝利。代表決定プレーオフも3-2で制し、世界選手権と愛知・名古屋アジア大会の代表権を獲得しています。
2026年8月時点の結論は、鏡優翔選手は引退しておらず、ロサンゼルス五輪連覇への道を進んでいる、ということです。
よくある質問
鏡優翔選手はすでに引退したのですか?
いいえ、引退していません。2026年5月には全日本選抜選手権と代表決定プレーオフに勝ち、国際大会の代表権を獲得しています。
鏡優翔選手が引退を考えた理由は何ですか?
パリ五輪後に引退を考えたことは本人が明かしていますが、詳しい理由までは公表していません。大目標達成後の心理などは推察にとどまるため、本人の発言とは分けて考える必要があります。
鏡優翔選手はロサンゼルス五輪を目指していますか?
はい。2028年ロサンゼルス五輪での連覇を目標にしています。ただし五輪代表は未決定で、今後も国内外の選考を勝ち抜く必要があります。
筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)


コメント