戸上隼輔選手は三重県津市出身の25歳で、身長170cm、国内の企業所属は井村屋グループです。
3歳で卓球を始め、橋南中学校から野田学園中学校へ転校。野田学園高校、明治大学を経て、全日本選手権2連覇や世界卓球男子ダブルス金メダルを成し遂げました。
戸上隼輔の出身地・年齢・身長などプロフィールは?
戸上隼輔選手の出身地は三重県津市です。2001年8月24日生まれで、2026年9月10日現在の年齢は25歳、身長は170cmと公表されています。
プロフィールを分かりやすく整理しました。
項目 公表されている内容
名前 戸上隼輔
読み方 とがみ しゅんすけ
英語表記 TOGAMI Shunsuke
生年月日 2001年8月24日
年齢 25歳(2026年9月10日現在)
出身地 三重県津市
身長 170cm
利き腕 右利き
戦型 右シェーク攻撃型
小学校 津市立修成小学校
入学した中学校 津市立橋南中学校
転校・卒業した中学校 野田学園中学校
高校 野田学園高等学校
大学 明治大学
企業所属 井村屋グループ
マネジメント HLBスポーツ
海外クラブ TTFリープヘル・オクセンハウゼンでプレーした実績あり
最高世界ランキング 男子シングルス14位(2024年6月18日付)
五輪出場 パリ2024オリンピック
主な実績 全日本男子シングルス2連覇、2025年世界卓球男子ダブルス優勝
戸上選手は、握手するような形でラケットを持つ「シェークハンド」の右利きです。
プロフィール上の身長は170cmですが、卓球では身長だけで優劣が決まるわけではありません。ボールへ入る速さ、打点、判断、足の運びなどが複雑に組み合わさって勝負が決まります。
戸上選手の特徴は、台に比較的近い位置でボールを捉え、相手の準備が整う前に次の攻撃を重ねることです。
相手が打ったボールの勢いを利用しながら素早く打ち返すため、ラリーの時間そのものを戸上選手の側から縮められます。これは、世界の強豪に自由な攻撃態勢をつくらせないという意味でも大切な武器なのですね。
なお、世界ランキングやリーグ登録、使用用具は変動します。本記事では、固定情報と更新される情報を分け、2026年9月10日までに確認できた公表内容を基準に整理しています。
戸上隼輔の出身地・三重県津市は卓球人生の原点
戸上隼輔選手は三重県津市で生まれ、3歳のころから卓球を始めました。
競技を始めるきっかけになったのは、先に卓球をしていた2人の兄です。幼い戸上選手にとって卓球は、特別な習い事というより、家族の暮らしの中に自然にあるものだったのでしょう。
父親の戸上義春さんも卓球経験者です。
全国高等学校体育連盟関係の大会記録などでは、義春さんは1982年のインターハイ男子ダブルスで、大瀬博文さんとのペアにより優勝した選手として確認できます。
全国大会の頂点を知る父親が身近にいたことは、技術だけでなく、試合への準備や勝負との向き合い方を学ぶうえでも大きかったと考えられます。
一方で、母親や2人の兄に関しては、氏名、詳しい戦績、現在の活動まで広く公式発表されているわけではありません。
「卓球一家」という言葉だけから情報を膨らませず、兄たちの影響で競技を始め、父親にはインターハイ優勝歴があるという確認可能な範囲で理解するのが適切でしょう。
戸上選手は津市立修成小学校に通いながら、地元の松生卓球道場などで腕を磨きました。
松生卓球道場は、戸上選手の出身クラブとして卓球専門メディアでも紹介されています。世界選手権の金メダリストとなった現在も、津市にある小さな卓球台の積み重ねが競技人生の出発点にあるのですね。
小学生時代から全国大会へ出場しましたが、最初から全国優勝を重ねていたわけではありません。
上位へ進みながらも頂点には届かない経験が続き、戸上選手はより高い競技環境を求めるようになります。この時期の敗戦は、後の県外転校を考える一つの背景になったとみられます。
津市は、戸上選手にとって出生地というだけではありません。
家族から卓球に出会い、地元の道場で基礎を学び、全国の壁を知った場所です。競技の楽しさと悔しさの両方を覚えたことが、その後の大きな決断につながったのでしょう。
さらに、大学卒業後の企業所属先である井村屋グループも、津市に本社を置く企業です。
地元で育った選手が、世界へ進んだ後に故郷の企業の名前を背負って戦う。このつながりは、「戸上隼輔の出身地」を知るうえで見逃せないポイントではないでしょうか。
戸上隼輔の学歴は?橋南中学校から野田学園、明治大学へ
戸上隼輔選手は、津市立橋南中学校へ入学した後、中学2年生で山口県の野田学園中学校へ転校しました。
その後は野田学園高等学校へ進み、2020年4月に明治大学へ入学。2024年3月に大学を卒業しています。
時期 学校・競技環境 主な出来事
小学生 津市立修成小学校 松生卓球道場などで競技の基礎を磨く
中学入学時 津市立橋南中学校 三重県津市で競技を継続
中学2年生以降 野田学園中学校 山口県の強豪校へ転校
高校時代 野田学園高等学校 インターハイや全日本ジュニアで優勝
2020年4月以降 明治大学 学生大会と日本代表活動を両立
2024年春以降 井村屋グループ 社会人選手として国内外で活動
元の記事のプロフィール表では「出身中学校」が野田学園中学校だけになっていましたが、正確には二つの学校を区別する必要があります。
入学したのは津市立橋南中学校、転校後に卒業したのが野田学園中学校です。この違いを明記しておけば、「津市の中学校に通っていなかったの?」という疑問も解消できますね。
野田学園は、全国大会で優勝や上位進出を重ねてきた卓球の強豪校です。
中学生の戸上選手は、より高いレベルで練習するため、家族のいる三重県を離れて山口県へ移りました。まだ幼さの残る年代で生活環境まで変えるのですから、卓球への覚悟が伝わってきます。
ただし、転校しただけで急に強くなったわけではないでしょう。
強豪校には競争相手が多く、練習の基準も高くなります。慣れない土地での生活に加え、思うような結果が出ない時期にも練習を続けたことが、高校時代の飛躍を支えたと考えられます。
戸上選手は2018年のインターハイ男子シングルスで優勝しました。
2001年8月生まれで、2020年4月に明治大学へ進学した時系列から見ると、2018年夏は高校2年生です。一部で見られる「高校1年生でインターハイ優勝」という説明は、学年との整合が取れません。
2019年には全日本卓球選手権大会のジュニア男子シングルスを制覇。同年のインターハイでも男子シングルスと男子ダブルスで優勝しました。
高校時代は国内大会だけでなく、海外のジュニア大会や一般選手を含む国際大会にも出場しています。
2017年のITTFジュニアサーキット・スウェーデンオープンでは、ジュニア男子シングルスと男子ダブルスで優勝。同年のITTFチャレンジ・ベルギーオープンでは、U21男子シングルスを制しました。
国内の同年代だけでなく、球質や戦い方の異なる海外選手と早い段階から対戦したことは、後の国際競争へつながる経験だったはずです。

2020年4月、戸上選手は明治大学へ進学しました。
明治大学卓球部は、水谷隼さん、丹羽孝希さん、森薗政崇さんら日本代表経験者も在籍してきた名門です。戸上選手は大学の大会と日本代表活動を両立しながら、シニアの世界で存在感を高めていきました。
2021年には全日本大学総合卓球選手権大会の男子シングルスで優勝。アジア卓球選手権では、宇田幸矢選手との男子ダブルス、早田ひな選手との混合ダブルスで金メダルを獲得しています。
同年の世界卓球選手権ヒューストン大会では、宇田選手との男子ダブルスで銅メダルに輝きました。
2022年の全日本卓球選手権大会では男子シングルスで初優勝し、宇田選手との男子ダブルスも制して2冠を達成。2023年には男子シングルスを再び制し、2連覇を果たしました。
戸上選手の学歴をたどると、学校名の一覧以上のものが見えてきます。
津市で競技の土台をつくり、野田学園で全国の頂点へ近づき、明治大学で日本代表としての力を伸ばしました。それぞれの学校が、異なる成長段階を支えた場所だったのですね。
戸上隼輔の現在の所属は井村屋?HLBや海外クラブとの違い
2026年9月10日現在、戸上隼輔選手の国内における企業所属は井村屋グループです。
2026年5月の世界卓球ロンドン大会や、同年9月のWTT大会に関する出場選手情報でも、戸上選手の所属は「井村屋グループ」と表記されています。
一方、HLBスポーツは競技チームではなく、マネジメントを担当する会社です。
また、ドイツのTTFリープヘル・オクセンハウゼンや過去のTリーグ各クラブは、リーグ戦へ出場するためのチームです。三つを同じ「所属先」として並べると分かりにくいため、役割を分けて考えましょう。
区分 団体・クラブ 2026年9月10日時点で確認できる位置づけ
企業所属 井村屋グループ 国内の所属先として大会情報にも記載
マネジメント HLBスポーツ 選手活動や契約面などを支援
海外クラブ TTFリープヘル・オクセンハウゼン 2025-26シーズンの登録・出場実績を確認
過去のTリーグ所属 T.T彩たま 2018-19シーズンから在籍
過去のTリーグ所属 琉球アスティーダ 2020-21シーズンから在籍
過去のTリーグ所属 木下マイスター東京 2023-24シーズンに在籍
戸上選手は2022-23シーズンに、ドイツ1部ブンデスリーガのTTFリープヘル・オクセンハウゼンでプレーしました。
2023-24シーズンは木下マイスター東京に在籍し、2024-25シーズンにオクセンハウゼンへ復帰。チームは2025年にドイツリーグと国内カップを制しています。
さらに、オクセンハウゼンが公表した2025-26シーズンの陣容には、戸上選手の名前が含まれていました。
ただし、2026-27シーズンの正式な選手登録については、2026年9月10日時点で確認できる公表情報だけでは契約期間を断定できません。そのため、本記事ではオクセンハウゼンを「2025-26シーズンまで確認できる海外クラブ」として整理しています。
「復帰後も現在まで所属している」と期間を曖昧に伸ばして書くより、公式に確認できるシーズンを示すほうが誤解を防げます。
海外リーグの登録状況は変わっても、2026年の国際大会で表示されている国内の企業所属は井村屋グループです。「現在の所属はどこ?」という疑問への最も端的な答えは、井村屋グループ所属となります。
井村屋グループは、戸上選手の故郷と同じ三重県津市に本社を置いています。
戸上選手は津市で卓球を始め、県外の強豪校や大学、海外リーグへ進みました。それでも現在の活動基盤には地元企業との結びつきがあります。
私は、この関係を単なるスポンサー契約として見るだけでは少しもったいないと感じます。
世界で得た経験や実績が「津市出身」というプロフィールとともに伝われば、地元の子どもたちにとっても、身近な場所から世界へ進めるという具体的なお手本になるからです。
戸上隼輔の戦型は?早い打点が世界で通用する理由
戸上隼輔選手は、前陣に近い位置から両ハンドで攻める右シェーク攻撃型です。
「前陣」とは、卓球台からあまり離れない位置のこと。戸上選手はボールが高く上がるまで待たず、比較的早い打点で捉えて相手へ返します。
この戦い方が有効な理由は、相手から時間を奪えることです。
世界の上位選手は、十分な姿勢でボールに入れば強烈な回転と速度を生み出します。そこで戸上選手は、相手が次の構えを完成させる前に、バックハンドやフォアハンドを連続して打ち込みます。
特にバックハンドで先に圧力をかけ、甘く返ってきた球をフォアハンドで決める展開は、戸上選手らしい攻撃の形です。
また、相手の強打に対して下がるのではなく、早いタイミングで打ち返すカウンターにも迫力があります。相手の球威を利用できれば、自分だけの力で強打するより短い動作で速い返球が可能です。
ただし、早い打点を選ぶ戦い方には難しさもあります。
ボールを見る時間が短いため、わずかな判断の遅れがミスにつながります。回転量の変化が大きいサービスや、速度を落としたブロック、守備範囲の広いカット型と対戦した際には、同じテンポで攻め続けるだけでは崩し切れない場合があります。
筆者として今後注目したいのは、速さをさらに上げることより、速い攻撃の中へ緩急をどう加えるかです。
強打を待っている相手に対してコースを突く、回転量を変える、あえて一本つなぐ。この選択肢が増えれば、研究された場面でも戸上選手の攻撃力を生かしやすくなると考えられます。
戸上選手は2024年6月18日付の世界ランキングで、自己最高となる男子シングルス14位を記録しました。
世界ランキングは毎週変動するため、「現在も14位」という意味ではありません。14位はあくまで確認できる自己最高順位であり、プロフィールへ掲載する際には達成年月もセットで記す必要があります。
主要実績を絞ると、次の通りです。
- 2018年:インターハイ男子シングルス優勝
- 2019年:全日本選手権ジュニア男子シングルス優勝
- 2019年:インターハイ男子シングルス、男子ダブルス優勝
- 2021年:世界卓球ヒューストン大会男子ダブルス銅メダル
- 2022年:全日本選手権男子シングルス、男子ダブルス優勝
- 2023年:全日本選手権男子シングルス2連覇
- 2024年:パリオリンピック男子シングルス、男子団体出場
- 2025年:世界卓球ドーハ大会男子ダブルス金メダル
- 2026年:世界卓球ロンドン大会男子団体銀メダル
2025年5月にカタールで開催された世界卓球ドーハ大会では、篠塚大登選手との男子ダブルスで金メダルを獲得しました。
日本勢が世界卓球の男子ダブルスを制したのは、1961年北京大会以来64年ぶりです。戸上選手は同大会の男子シングルスでもベスト8へ進みました。
パリ2024オリンピックでは、男子シングルスがベスト16、男子団体が4位でした。
五輪ではメダルへ届きませんでしたが、翌2025年に世界選手権の頂点へ立ち、2026年の世界卓球ロンドン大会でも日本男子の団体銀メダルに貢献しました。
ダブルスでは味方との連係、団体戦ではチーム全体の流れ、シングルスでは自分一人の判断が問われます。
異なる条件の種目で世界大会の実績を積み重ねていることが、戸上選手の大きな強みです。単に攻撃の勢いだけで勝つ選手ではなく、国際舞台で求められる役割の幅も広がっていると感じます。
戸上隼輔の経歴から考える今後の注目点
戸上隼輔選手の経歴で最も印象的なのは、三重県津市から世界へ活動の舞台を広げながら、結果を積み重ねてきたことです。
橋南中学校から野田学園中学校への転校、明治大学での日本代表活動、ドイツリーグへの参戦は、いずれも競技レベルを一段上げる節目になりました。
ただ、私は「厳しい環境を選んだから成功した」という一言だけでまとめるべきではないと思います。
環境を変えた後には、そこで自分の卓球を作り直す作業が必要です。戸上選手の場合、全国大会で勝てなかった少年期から、早い打点と両ハンド攻撃を世界で通用する武器へ磨き上げた過程こそが重要でしょう。
2028年のロサンゼルスオリンピックを迎える年、戸上選手は27歳になります。
体力と経験のバランスが期待される年代ですが、日本代表入りが約束されているわけではありません。国内には若手を含む有力選手がそろい、国際大会の成績や対戦内容が厳しく問われます。
世界の頂点を狙ううえでは、中国勢をはじめ、回転量の多い選手、守備力に優れた選手、長いラリーへ持ち込む選手への対応も欠かせません。
早い展開で押し切れないときに、サービス・レシーブの組み立てやコース、回転の変化で試合を作れるか。その部分が安定すれば、シングルスでも継続的に上位へ進む可能性が高まるのではないでしょうか。
一方で、2025年世界卓球男子ダブルスの金メダルは、最後まで勝ち切った確かな実績です。
64年間、日本男子が届かなかった種目の頂点へ篠塚選手と到達した経験は、技術面だけでなく、大舞台での心理的な支えにもなるでしょう。
津市で3歳から卓球を始めた少年が、全日本王者、オリンピック代表、世界王者へ成長しました。
これまで積み重ねた速さに、試合を落ち着かせる判断や緩急が加わったとき、戸上選手はさらに手ごわい存在になるのではないかしら。そんな期待を抱きながら、次の挑戦を温かく見守りたいですね。
まとめ
戸上隼輔選手は、三重県津市出身、2001年8月24日生まれの25歳です。身長は170cmで、早い打点から両ハンドで攻める右シェーク攻撃型として活躍しています。
津市立修成小学校を卒業し、津市立橋南中学校へ入学した後、中学2年生で山口県の野田学園中学校へ転校しました。野田学園高等学校を経て、2020年4月に明治大学へ進学しています。
2026年9月10日現在、国内の企業所属は井村屋グループで、HLBスポーツがマネジメントを担当しています。海外ではオクセンハウゼンの2025-26シーズンまでの登録・出場実績を確認できますが、2026-27シーズンの契約状況は新たな公式発表を確認する必要があります。
全日本選手権男子シングルス2連覇、パリ2024オリンピック出場を経て、2025年には篠塚大登選手とのペアで世界卓球男子ダブルスを制覇。2026年の世界卓球団体戦でも銀メダルを獲得しました。
戸上選手にとって三重県津市は、卓球を始めた原点であると同時に、現在の企業所属先へもつながる大切な故郷です。
家族や地元の道場に育てられた少年が、県外の強豪校、大学、海外リーグへ進み、世界の頂点に立ちました。その歩みを知ると、プロフィールに記された「三重県津市」という六文字が、いっそう温かく感じられますね。
よくある質問
戸上隼輔の出身地はどこですか?
戸上隼輔選手の出身地は三重県津市です。津市立修成小学校を卒業し、津市立橋南中学校へ入学した後、山口県の野田学園中学校へ転校しました。
戸上隼輔の年齢と身長は?
2001年8月24日生まれで、2026年9月10日現在は25歳です。身長は170cmと公表されています。
戸上隼輔の現在の所属先はどこですか?
2026年9月10日現在、国内の企業所属は井村屋グループで、マネジメントはHLBスポーツです。海外クラブについてはオクセンハウゼンの2025-26シーズンまでの登録実績を確認できます。
参照した主な公表資料
本記事は、2026年9月10日までに確認できた次の選手情報、公式発表、大会記録を基に、出身地、学歴、所属、主要実績を整理しています。
- 井村屋グループの所属選手情報および発表資料
- HLBスポーツの戸上隼輔選手プロフィール
- 日本卓球協会の選手情報および大会記録
- 国際卓球連盟・WTTの選手情報、世界ランキング履歴
- 全国高等学校体育連盟関係のインターハイ大会記録
- 野田学園および明治大学卓球部の公表情報
- パリ2024オリンピック公式競技記録
- 2025年世界卓球ドーハ大会公式競技記録
- 2026年世界卓球ロンドン大会の出場選手情報および競技記録
- Tリーグ各クラブの選手登録情報
- TTFリープヘル・オクセンハウゼンのシーズン別選手情報
世界ランキング、使用用具、海外リーグの選手登録は更新されます。閲覧時点の最新状況については、本人、所属企業、競技団体、各クラブが公表する情報も併せてご確認ください。
執筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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