杉山慎の大学・学歴は?出身校と学生時代を詳しく紹介

大阪大学で物性物理を学び北海道大学大学院で氷河研究に進んだ杉山慎教授 科学者

杉山慎さんは大阪大学で物性物理を学び、北海道大学大学院で氷河研究により博士号を取得した研究者です。

企業での研究やザンビアでの教師経験を挟み、山登りをきっかけに雪氷学へ転身しました。出身大学、博士論文、進路変更の経緯を、2026年9月1日までに確認できた資料に基づいて整理します。

杉山慎の大学・学歴は?出身校と学位を一覧で確認

杉山慎さんの出身大学は大阪大学基礎工学部、最終学歴は北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了です。

researchmapの本人登録情報と、北海道大学学術成果コレクション「HUSCAP」の博士論文情報を照合すると、大学以降の学歴は次のようになります。

在籍期間 学校・研究科 公表されている分野・課程 卒業・修了、学位 主な根拠資料
1987年4月~1991年3月 大阪大学基礎工学部 物性物理工学科 1991年3月卒業 researchmap
1991年4月~1993年3月 大阪大学大学院基礎工学研究科 物性物理工学科、修士課程 1993年3月修了 researchmap
2000年4月~2003年3月 北海道大学大学院地球環境科学研究科 博士課程 2003年3月修了、博士(地球環境科学) researchmap、HUSCAP

杉山慎さんは1969年3月に愛知県で生まれ、1987年4月に大阪大学基礎工学部へ進学しました。1991年3月に卒業し、同年4月から大阪大学大学院基礎工学研究科の修士課程で学んでいます。

修士課程を修了したのは1993年3月です。その後は企業研究員と青年海外協力隊員を経験し、2000年4月に北海道大学大学院の博士課程へ進みました。

北海道大学のHUSCAPには、博士論文の発行日が2003年3月25日、授与された学位が博士(地球環境科学)と登録されています。

ここで表記上の注意点があります。

researchmapでは、大阪大学大学院で学んだ分野が「基礎工学研究科・物性物理工学科」と登録されています。しかし、現在の大学院組織では一般に「専攻」という呼称も使われるため、当時の正式名称を確認せずに「物性物理工学専攻」と書き換えるのは適切ではありません。

本記事では、本人が登録したresearchmapの表記をそのまま尊重しています。当時の学位記や大阪大学の公式な組織沿革で名称を確認できていない部分については、推測を加えていません。

また、杉山慎さんの出身高校、中学校、小学校は、今回調べた北海道大学の研究者紹介、researchmap、J-GLOBAL、著書の略歴、MBS・TBS系『情熱大陸』の公式プロフィールでは確認できませんでした。

したがって、現時点で根拠をもって紹介できる学歴は大阪大学以降です。出身高校を特定する非公式な情報を見かけても、本人や所属機関による裏付けがなければ慎重に受け止めたいですね。


杉山慎は大阪大学で何を学んだ?

杉山慎さんは大阪大学で、原子や結晶を含む物質の性質を物理学的に探究する物性物理を学びました。

北海道大学GX教育推進機構が2026年6月18日に公開した講義レポート「GX特論Ⅰ 第2回|杉山 慎 教授『氷河・氷床のいま』」でも、杉山慎さんは物性物理学の出身だと紹介されています。

物性物理とは、物質の構造や性質、温度や圧力を受けたときの変化などを調べる分野です。

現在の研究対象である氷河も、一見すると動かない巨大な氷の塊に見えますが、実際には自らの重さで変形し、底の岩盤との境界を滑りながら移動しています。

その速度や変形、温度、水圧などを測定し、動く仕組みを物理法則から説明するには、物性物理で培った考え方が役立ちます。

北海道大学の2026年の講義レポートは、杉山慎さんが物質の変化を細かく測る「ミクロの視点」を、巨大な氷河や氷床という「マクロの世界」へ応用したと解説しています。

この説明は、杉山慎さんの学歴を理解するうえで大切です。大学時代の専門を捨てて無関係な分野に移ったのではなく、測定対象を人工材料から自然界の氷へ広げたと考えると、歩みの一貫性が見えてきます。

大阪大学大学院を修了した杉山慎さんは、1993年4月に信越化学工業へ入社しました。J-GLOBALの研究者情報では、1997年8月まで精密機能材料研究所の研究員を務めたとされています。

MBS『情熱大陸』が2026年9月6日放送予定回に先立って公開した公式プロフィールでは、ガラスや半導体部品を用いた先端デバイス開発に従事したと説明されています。

一方、研究者インタビューサイト「こんな研究をして世界を変えよう」の「杉山慎先生」では、杉山慎さん本人が当時の仕事を光ファイバーの研究開発だったと振り返っています。

資料によって表現の範囲は異なりますが、内容は矛盾していません。光通信に用いるデバイスを含む先端材料の研究開発に携わっていた、と理解するのが自然でしょう。

企業での仕事は、単なる氷河研究前の経歴ではありません。精密な測定や装置を扱い、数値から物質の変化を読み取った経験は、後の野外観測にもつながる技術的な土台になったと考えられます。


杉山慎が氷河研究へ転じた理由は?山登りが転機に

杉山慎さんが氷河研究を志した直接のきっかけは、信越化学工業に勤務していた時期に熱中した山登りでした。

「こんな研究をして世界を変えよう」の本人インタビューによると、自然に恵まれた場所で暮らしたことで山登りが好きになり、毎週末のように山へ通っていたそうです。

山で過ごすうちに、自然の中でできる仕事はないだろうかと考えるようになりました。

当時は光ファイバーの研究開発に携わっていたため、その知識を生かせる可能性のある対象として氷に着目し、氷河研究を選んだと説明しています。

つまり、「山が好きだから」という気持ちだけで進路を決めたわけではありません。

好きになった自然環境と、それまで学んだ物性物理や企業研究の経験が交わる分野として、氷河研究を見つけたことが転身の核心なのですね。

杉山慎さんは、一つずつ山へ登った達成感が、努力を積み重ねれば目標に近づけるという自信にもなったと振り返っています。

氷河研究では、観測機器を現地まで運び、気象条件を見ながら氷上を移動し、測器を設置してデータを集めます。登山そのものが研究になったわけではありませんが、野外での体力や判断力、地道に目的地を目指す姿勢との相性はよかったのでしょう。

ただし、信越化学工業を退職した後、すぐに北海道大学大学院へ進んだわけではありません。

J-GLOBALによると、杉山慎さんは1997年9月から1999年12月まで青年海外協力隊員としてザンビア共和国へ赴き、現地の高等学校で理数科教師を務めました。

北海道大学GX教育推進機構の2026年6月の講義レポートでも、光ファイバー開発の後にザンビアで教員を経験し、地球科学へ転身した経歴が紹介されています。

※画像はAIによるイメージ

ザンビアで勤務した学校名や、青年海外協力隊への参加を決めた詳しい理由は、今回確認した公開資料からは分かりません。

また、ザンビアでの経験が氷河研究に直接役立ったと本人が明言した資料も確認できませんでした。そのため、「海外経験が後の国際共同研究を成功させた」と事実のように断定するのは避けるべきでしょう。

それでも、企業研究所、海外の教育現場、大学院という異なる環境を経験した事実からは、杉山慎さんが研究テーマだけでなく、自分の働く場所や社会との関わり方も模索していたことがうかがえます。

1993年の修士課程修了から2000年の博士課程進学までの約7年間は、学歴上の空白ではありません。新しい研究分野へ進むための問題意識と経験を育てた期間だったと私は感じます。


北海道大学大学院で書いた博士論文とは?

杉山慎さんは2000年4月に北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程へ進み、氷河底面の状態と流動速度の関係を研究しました。

北海道大学学術成果コレクション「HUSCAP」には、2003年の博士論文が次の題目で登録されています。

Short-term flow variations under the control of basal conditions in a temperate valley glacier

これは公式な日本語題目ではありません。筆者による大意では、「温暖な谷氷河における、底面条件に支配された短期的な流動変化」となります。

「温暖な氷河」とは、周囲の気温が高いという単純な意味ではなく、氷の大部分が圧力融点に近く、融け水を含み得る氷河を指します。

博士論文で扱われたのは、スイス・アルプスのウンタアール氷河です。資料によってはラウテラール氷河と表記されますが、これはドイツ語名「Unteraargletscher」の訳し方に関係する表記の違いです。

北海道大学低温科学研究所の2002年年報には、2001年夏にスイス・アルプスのウンタアール氷河で杉山慎さんらが観測を行ったことが記録されています。

その観測では、氷河の水平流動速度、表面高度、鉛直方向のひずみ速度に顕著な日変動が確認されました。

氷河は内部の氷がゆっくり変形するだけでなく、底に流れ込む融け水や水圧、岩盤との接触状態によって滑る速度が変わります。しかし、氷河底面は厚い氷に覆われているため、地上から直接見ることが難しい場所です。

そこで、表面の動きや高度の変化を細かく測り、見えない底面で何が起きているのかを検討することが研究の重要な課題になります。

博士論文の題目から分かるのは、杉山慎さんが「氷河はどのくらい動くのか」だけでなく、なぜ短い時間の中でも速度が変わるのか、その変化を底面条件から説明しようとしたことです。

ただし、HUSCAPの公開メタデータと北海道大学低温科学研究所の年報だけから、博士論文が当時の学界でどの仮説を覆したのか、どの程度一般化できる成果だったのかまで断定することはできません。

本記事では、確認できた論文題目、観測地、観測された日変動という範囲を超えて、研究成果を大きく評価しすぎないようにしています。

それでも、現在まで続く杉山慎さんの研究との接続は明確です。

北海道大学低温科学研究所の研究者紹介によると、杉山慎さんは現在、野外観測、人工衛星データの解析、数値実験を組み合わせ、世界各地の氷河・氷床変動とその仕組みを研究しています。

大学院時代に選んだ「見えない氷河底面と流動の関係」という問いが、その後の研究の出発点になったと捉えられますね。


博士課程修了後の経歴に資料の食い違いはある?

博士課程修了直後の経歴については、公開資料の記載が一致していないため、現時点では両方の記録を分けて紹介する必要があります。

J-GLOBALには、杉山慎さんが2003年4月から2005年9月までスイス連邦工科大学チューリッヒ校の研究員を務めたと登録されています。

一方、MBS『情熱大陸』の2026年9月6日放送予定回の公式プロフィールには、「北海道大学でのポスドクを経て、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)へ留学」とあります。

この二つの説明には違いがあります。

J-GLOBALの職歴どおりなら、2003年3月の博士課程修了後、翌4月からETHの研究員になったことになります。対して番組プロフィールは、ETHへ移る前に北海道大学でポスドクを経験したと読めます。

しかし、番組公式プロフィールにはポスドクの在籍期間が書かれていません。また、J-GLOBALに登録された2003年4月のETH着任時期と両立するのかも、公開情報だけでは判断できませんでした。

したがって、「資料によって説明の細かさが違うだけ」と処理することはできません。経歴上の順序または期間に関する差異として、追加確認が必要です。

本記事では、年月が明記されたJ-GLOBALの記録を職歴表記の基準としつつ、『情熱大陸』には北大ポスドクを挟んだとの説明があることを併記します。どちらかを推測で誤りと決めつけることもしません。

なお、『情熱大陸』の杉山慎さん出演回は、2026年9月1日の確認時点では同年9月6日午後11時10分から放送予定です。

公式ページにはすでに「放送分」と表示される箇所もありますが、暦の上ではまだ放送日前です。本記事では番組を視聴したかのようには書かず、公開済みの予告文とプロフィールだけを参照しています。

現在の役職については、北海道大学北極域研究センターの公式組織ページで、杉山慎さんがセンター長を務めていることを確認できます。

ただし、今回確認した同センターの現行ページには就任年月が明記されていませんでした。そのため、元記事にあった「2025年4月就任」という年月は、裏付けが取れるまで本文から外しています。

役職そのものは北海道大学公式ページで確認できますが、就任時期まで同じ確度で語れるわけではないということですね。


杉山慎の学歴から見える転身の特徴を考察

ここからは、公開された学歴、職歴、博士論文、本人インタビューを踏まえた筆者の考察です。

杉山慎さんの歩みで特徴的なのは、専門分野を一度捨ててやり直したのではなく、物性物理の測定技術と考え方を、氷河という新しい対象へ持ち込んだことだと私は考えます。

大阪大学では物質の性質を学び、企業では光通信に関わる先端デバイスの研究開発に携わりました。その後、山登りを通じて自然の中で働くことを望み、自分の知識が生かせる氷の研究を選んでいます。

この順序には、「好きなこと」と「できること」を安易に同一視しない慎重さがあります。

山が好きだから山岳ガイドを目指すのではなく、物理学や光ファイバー研究の経験を生かせる氷河研究に進んだ点が印象的です。関心だけでなく、それまで蓄えた専門性との接点を探したのですね。

さらに注目したいのは、博士課程で選んだテーマです。

氷河底面は簡単には見えません。その見えない場所の状態を、表面の速度や高度などの測定値から読み解く研究には、精密な観測と物理的な分析の両方が求められます。

これは、物性物理と企業研究を経験した杉山慎さんらしい研究テーマだったと考えられます。

北海道大学GX教育推進機構が、杉山慎さんの研究を「ミクロとマクロの融合」と表現したことにも納得できます。原子や結晶を扱ってきた視点が、氷河や氷床という桁違いに大きな対象へ広がったからです。

また、修士課程修了から博士課程進学まで約7年空いている点も、単なる遠回りとは言えません。

信越化学工業で研究開発を経験し、ザンビアの高等学校で理数科を教え、30代に入る時期に博士課程へ進みました。一直線の進学では得られない現場経験を持って、大学へ戻ったことになります。

もちろん、社会人から大学院へ戻る進路が誰にでも適しているわけではありません。生活費、家族、将来の雇用など、現実的な負担もあるでしょう。

それでも杉山慎さんの学歴は、過去の専門が新しい関心と結びつけば、異分野への転身でも大きな強みになり得ることを示しています。

学校名だけを見ると、大阪大学から北海道大学へ進んだ経歴です。しかし、その間に何を経験し、博士課程でどんな問いを選んだのかまで見ると、杉山慎さんという研究者の輪郭がより鮮明になりますね。


杉山慎の学歴情報を確認した資料

本記事は、2026年9月1日時点で確認できた次の資料を照合して作成しました。

  • researchmap「杉山 慎(Shin Sugiyama)マイポータル」:大阪大学と北海道大学大学院の在籍期間、学歴
  • JST「J-GLOBAL 杉山慎 研究者情報」:信越化学工業、青年海外協力隊、ETHを含む職歴
  • 北海道大学学術成果コレクションHUSCAP:博士論文の題目、著者、発行年、学位情報
  • 北海道大学低温科学研究所「Annual Report 2002」:ウンタアール氷河での観測と流動の日変動
  • 北海道大学GX教育推進機構、2026年6月18日公開「GX特論Ⅰ 第2回|杉山 慎 教授『氷河・氷床のいま』」:物性物理、光ファイバー開発、ザンビアでの教員経験
  • 「こんな研究をして世界を変えよう」掲載「杉山慎先生」:山登りと氷河研究への転身についての本人説明
  • 北海道大学北極域研究センター公式「組織」ページ:現在のセンター長職
  • MBS『情熱大陸』2026年9月6日放送予定回の公式ページ:企業での業務、北大ポスドク、ETH、現在の役職に関する番組側のプロフィール

重要な経歴については、資料名を該当箇所の近くに示しました。

一方で、資料同士の記載が一致しない博士課程修了後の経歴は、無理に一つへまとめていません。確認できた事実と未確認部分を区別することが、研究者の歩みを正確に伝えるうえで大切だと考えています。


まとめ

杉山慎さんの大学・学歴と研究への転身は、次のように整理できます。

  • 1987年4月に大阪大学基礎工学部へ入学
  • 1991年3月に卒業し、1993年3月に大阪大学大学院修士課程を修了
  • 信越化学工業で先端デバイスや光ファイバーの研究開発に従事
  • 山登りをきっかけに、物性物理を生かせる氷河研究を志す
  • 1997年9月から1999年12月までザンビアで理数科教師を務める
  • 2000年4月に北海道大学大学院博士課程へ進学
  • 2003年3月25日付の博士論文により博士(地球環境科学)を取得

博士論文では、スイス・アルプスのウンタアール氷河を対象に、底面条件と短期的な流動変化の関係を研究しました。

杉山慎さんの学歴は、物性物理、企業研究、登山、海外での教育、氷河研究という異なる経験が、ばらばらではなく一つの研究テーマへ結びついた歩みです。

過去の専門を手放すのではなく、新しい対象へ応用したことこそ、杉山慎さんの転身を理解する最大のポイントではないでしょうか。


よくある質問

杉山慎さんの出身大学はどこですか?

大阪大学です。1987年4月から1991年3月まで、基礎工学部物性物理工学科で学びました。

杉山慎さんの最終学歴は何ですか?

北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了です。2003年3月25日付で博士(地球環境科学)の学位を取得しています。

杉山慎さんの博士論文はどのような内容ですか?

スイス・アルプスのウンタアール氷河を対象に、氷河底面の条件が短期的な流動変化にどう関わるのかを研究した論文です。

英語題目は「Short-term flow variations under the control of basal conditions in a temperate valley glacier」です。本文中の日本語題は公式訳ではなく、筆者による大意です。

杉山慎さんの出身高校はどこですか?

出身高校は公表資料から確認できません。

北海道大学の研究者情報、researchmap、J-GLOBAL、著書の略歴、『情熱大陸』公式プロフィールにも学校名が見当たらないため、現時点では特定できないとするのが適切です。

執筆:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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