清岡幸大郎選手は高知県高知市出身で、幼児期からレスリングを始め、2024年パリ五輪男子フリースタイル65kg級で金メダルを獲得しました。
高知南高校、日本体育大学を経て、2026年9月現在は株式会社カクシンライフに所属。愛知・名古屋アジア大会と世界選手権に向け、2028年ロサンゼルス五輪連覇への歩みを進めています。
清岡幸大郎の出身地・年齢・2026年現在の所属先は?
清岡幸大郎(きよおか・こうたろう)選手の出身地は、高知県高知市です。
2001年4月12日生まれで、2026年9月時点では25歳。レスリング男子フリースタイル65kg級を主戦場としています。
日本レスリング協会の2025年度選手紹介には、所属先として「株式会社カクシンライフ」と記載されています。
まずは、出身地や学歴、所属先などの基本情報を整理しておきましょう。
項目 内容
名前 清岡幸大郎(きよおか・こうたろう)
生年月日 2001年4月12日
年齢 25歳(2026年9月時点)
出身地 高知県高知市
出身高校 高知南高校
出身大学 日本体育大学
競技 レスリング
スタイル・階級 男子フリースタイル65kg級
パリ五輪時の所属 三恵海運株式会社
2026年現在の所属 株式会社カクシンライフ
主な実績 2024年パリ五輪金、2025年世界選手権銀
今後の主な目標 2028年ロサンゼルス五輪連覇
高知市は2024年8月13日の発表で、清岡選手が高知市出身であり、パリ五輪男子フリースタイル65kg級で金メダルを獲得したことを紹介しました。
高知県ゆかりの選手による五輪金メダルは、実に92年ぶりでした。
さらに女子57kg級では、幼い頃から同じクラブで練習してきた櫻井つぐみ選手も優勝。高知で育った2人が同じ五輪で頂点に立つ、忘れがたい大会になったのです。
競技人口や施設の規模だけを見れば、大都市の方が有利に思えるかもしれません。
しかし、清岡選手と櫻井選手の歩みは、信頼できる指導者と競い合える仲間、家族や地域の支えがそろえば、地方のクラブからでも世界へ届くことを教えてくれます。
大学卒業後の2024年春、清岡選手は三恵海運株式会社へ入社。同社所属選手としてパリ五輪に出場しました。
その後、2025年3月からカクシングループに所属し、現在はグループ企業の株式会社カクシンライフに在籍しています。
所属変更について清岡選手は、五輪連覇を目指すだけでなく、スポーツ振興にも力を入れたいという考えを示しました。
競技成績を追うだけでなく、自分が受けてきた応援を次の世代へ返そうとしているところにも、金メダリストになった後の責任感が表れていますね。
レスリングを始めたきっかけと高知レスリングクラブでの原点
清岡幸大郎選手がレスリングを始めたのは、母親とつながりのあった指導者から誘われ、高知レスリングクラブへ入ったことがきっかけです。
開始年齢については、一次情報の中でも表現に違いがあります。
日本レスリング協会の選手紹介では、本人が「3歳の頃」に恩師から誘われたと回答。一方、高知県内のスポーツ情報サイトに掲載された本人のメッセージでは「4歳からレスリングを始めた」と語っています。
高知レスリングクラブは2004年に設立され、2001年4月生まれの清岡選手は1期生として参加しました。
そのため、この記事では資料間の違いを隠さず、3~4歳頃の幼児期にレスリングを始めたと整理します。「3歳」「4歳」のどちらか一方だけを断定するより、本人発言の違いを示す方が正確でしょう。
クラブを立ち上げたのは、櫻井つぐみ選手の父で指導者の櫻井優史さんです。
清岡選手と櫻井選手は1期生として同じマットに立ち、幼い頃から切磋琢磨してきました。およそ20年後、2人はパリ五輪でそろって金メダルを獲得しています。
この結果は、単に同じ県から偶然2人の王者が誕生したという話ではありません。
基礎を教える指導者が長く選手を見守り、身近な仲間同士で高い目標を共有できたことが、2人の成長を支えたと考えられます。
高知県では2025年6月、「櫻井つぐみ・清岡幸大郎杯ジュニアレスリング大会」も開催されました。
2人が夢を育てた土地に、今度は2人の名前を冠した子どもたちの大会が生まれたのです。
私はここに、金メダルのもう一つの価値を感じます。
表彰台の記録だけで終わらず、「自分もあの選手のようになりたい」と思える身近な目標が地域に残るからです。清岡選手の経歴は、すでに次世代の競技人生ともつながり始めています。
清岡幸大郎の学歴とパリ五輪代表までの経歴は?
清岡幸大郎選手は高知南高校から日本体育大学へ進学し、57kg級、60kg級、61kg級を経て、五輪実施階級の65kg級で国内の頂点へ上り詰めました。
高校時代の2019年には、国民体育大会の少年男子フリースタイル60kg級で優勝しています。
日本体育大学へ進んだ後は、2021年の全日本選抜選手権61kg級で2位。2022年から65kg級を主戦場とし、全日本学生選手権と国民体育大会成年の部を制しました。
公式の選手紹介や日本体育大学の掲載情報で確認できる主な成績は、次の通りです。
年 大会・階級 成績
2019年 国民体育大会・少年FS60kg級 優勝
2021年 全日本選抜選手権・FS61kg級 2位
2022年 全日本選抜選手権・FS65kg級 3位
2022年 全日本学生選手権・FS65kg級 優勝
2022年 国民体育大会・成年FS65kg級 優勝
2022年 全日本選手権・FS65kg級 3位
2023年 ダン・コロフ-ニコラ・ペトロフ国際大会・FS65kg級 優勝
2023年 全日本学生選手権・FS65kg級 優勝
2023年 全日本大学選手権・FS65kg級 優勝
2023年 U23世界選手権日本代表選考会・FS65kg級 優勝
2023年 U23世界選手権・FS65kg級 9位
2023年 全日本選手権・FS65kg級 優勝
2024年 パリ五輪アジア予選・FS65kg級 五輪出場枠獲得
2024年 パリ五輪・FS65kg級 金メダル
2025年 世界選手権・FS65kg級 銀メダル
2025年 全日本選手権・FS65kg級 優勝
2026年 全日本選抜選手権・FS65kg級 優勝
65kg級への移行は、表の数字以上に大きな挑戦だったはずです。
階級が上がれば相手の体格や力も増し、以前は決まっていた組み手やタックルを止められる場面が多くなります。一方、無理な減量を避けながら、本来の運動量を発揮しやすくなる利点もあります。
清岡選手は65kg級でも持ち味の速さを失わず、2022年と2023年の全日本学生選手権を連覇しました。
2023年にはブルガリアで行われたダン・コロフ-ニコラ・ペトロフ国際大会でも優勝。シニアの海外大会で、世界を相手に戦える手応えを得た重要な結果です。
同年のU23世界選手権は9位でした。
国内の学生大会で勝てても、海外では組み手の強さ、間合い、攻撃を受けた後の切り返しが異なります。9位という結果は悔しかったでしょうが、世界基準との差を実戦で知る機会にもなったと考えられます。
パリ五輪代表はどのように決まった?
代表選考の大きな転機は、2023年12月の全日本選手権でした。
男子フリースタイル65kg級では、日本が同年の世界選手権でパリ五輪出場枠を獲得できていませんでした。そのため、全日本選手権の優勝者が2024年のアジア予選へ向かう重要な選考となりました。
清岡選手は、東京五輪金メダリストの乙黒拓斗選手を準決勝で破って決勝へ進出。そのまま大会を制し、アジア予選への出場権をつかみました。
この試合について、清岡選手自身も日本レスリング協会の選手紹介で、最も思い出に残っている試合として2023年の天皇杯を挙げています。
2024年4月19日、キルギス・ビシュケクで行われたパリ五輪アジア予選では、各階級の決勝進出者が五輪出場枠を獲得する方式でした。
清岡選手は準決勝を突破し、日本の65kg級出場枠を確保。全日本選手権の優勝者としてアジア予選へ出場し、自ら出場枠を獲得したため、パリ五輪代表に決まりました。
つまり、「アジア予選後にもう一度国内決定戦が行われた」という流れではありません。
2023年全日本選手権優勝、2024年アジア予選で出場枠獲得、パリ五輪代表決定という時系列です。
一度は五輪への道が厳しくなりながら、国内王者を破り、海外予選も勝ち抜いて扉を開きました。
順調に用意された道を歩いたのではなく、限られた機会を自分の勝利でつないだ経歴だからこそ、清岡選手の勝負強さがよく分かります。

パリ五輪金メダルまでの全試合と亡き父への思い
清岡幸大郎選手は2024年8月11日、パリ五輪男子フリースタイル65kg級決勝で、イランのラフマン・アムザドハリリ選手を10対3で破りました。
初出場の五輪で、世界の頂点に立ったのです。
パリ五輪での4試合は、次のような結果でした。
試合 対戦相手 国・地域 結果
1回戦 マキシム・サクルタン選手 モルドバ 10対0
準々決勝 セバスティアン・リベラ選手 プエルトリコ 8対6
準決勝 トゥルガ・トゥムルオチル選手 モンゴル 5対1
決勝 ラフマン・アムザドハリリ選手 イラン 10対3
1回戦は10対0のテクニカルスペリオリティーで快勝しました。
準々決勝は8対6という接戦でしたが、最後まで競り負けずに準決勝へ。準決勝では先に1点を失ったものの、後半に得点を重ねて5対1で逆転しました。
決勝のアムザドハリリ選手は、2022年世界選手権王者です。
清岡選手は場外へ押し出されて最初の1点を失いましたが、第1ピリオド終盤に相手の背後を取って2点を獲得。そこからローリングを4回続け、一気に10対1まで差を広げました。
第2ピリオドに2点を返されたものの、最終スコアは10対3。日本男子フリースタイル65kg級では、東京五輪の乙黒選手に続く金メダルとなりました。
確認できる試合経過から言えるのは、背後を取った一度の好機を、大量得点へ結びつけたということです。
一方、「なぜローリングが4回決まったのか」「相手のどの対策が不足していたのか」といった専門的評価は、映像や指導者の詳細な解説なしに断定できません。
筆者としては、清岡選手の持ち味である攻撃の連続性が最も分かりやすく表れた場面だと受け止めています。
金メダルを亡き父と一緒に見た「一番高い景色」
清岡選手の金メダルには、2022年に48歳で亡くなった父・義雅さんへの思いも込められていました。
JOCが2024年10月8日に公開したインタビューによると、清岡選手は、父が存命中に海外や五輪で戦う姿を見せられなかったことを心残りとして語っています。
その一方で、父はずっとそばにいる存在だと感じており、パリの表彰台から見た最高の景色も一緒に見ることができた、という趣旨の思いを明かしました。
帰国後には父の墓前へ金メダルを報告しています。
競技者の経歴は、大会名と順位だけでも整理できます。しかし、その数字の裏側には、家族へ成長した姿を見せたいという切実な願いがありました。
私は、清岡選手が大舞台の重圧を自分だけで抱えるのではなく、亡き父や高知で応援する人々と一緒に戦う力へ変えたことに、胸を打たれます。
金メダルは清岡選手自身が積み上げた努力の結果です。
同時に、幼い頃から支えてくれた家族や指導者へ届けた、長い年月をかけた恩返しでもあったのでしょう。
五輪後の成績と2026年アジア大会・世界選手権への挑戦
清岡幸大郎選手は五輪後も65kg級で競技を続け、2025年世界選手権で銀メダルを獲得しました。
2025年6月22日の全日本選抜選手権で優勝し、代表決定プレーオフでも田南部魁星選手に勝利。自身初となるシニア世界選手権代表の座をつかみました。
世界選手権は2025年9月、クロアチア・ザグレブで開催されました。
清岡選手は決勝へ進み、パリ五輪決勝と同じアムザドハリリ選手と再戦。しかし、今回は0対10で敗れ、銀メダルとなりました。
パリ五輪では清岡選手が10対3、世界選手権ではアムザドハリリ選手が10対0。同じ組み合わせでも、結果は大きく逆転しています。
ここで、「相手が五輪のローリングだけを徹底的に研究した」と確認済みの事実のように断定することはできません。
ただし、世界のトップ選手は過去の対戦映像を参考に準備するのが一般的です。試合結果からは、パリと同じ展開へ持ち込めず、清岡選手が主導権を握る前に点差を広げられたことがうかがえます。
清岡選手自身は世界選手権後、結果への悔しさを示すとともに、ロサンゼルス五輪へ向けてさらに力を入れていく考えを語りました。
敗因の細部を本人が具体的に説明した一次資料は限られるため、「第2、第3の得点パターンが足りなかった」と断定するのではなく、今後の試合でどのような変化を見せるかを確かめる必要があります。
ドイツのリーグ戦で実戦経験を強化
世界選手権後、清岡選手は約1か月にわたってドイツのレスリングリーグへ参戦しました。
所属先の遠征報告では、目的として次の点が示されています。
- 世界レベルでの実戦経験を増やすこと
- 海外特有の戦い方を学ぶこと
- 精神面を鍛えること
- 異なる環境への適応力を身につけること
- 2025年全日本選手権と2028年ロサンゼルス五輪へ備えること
五輪王者になると、国内外の相手から追われ、研究される立場になります。
慣れた環境だけで練習するのではなく、海外リーグへ入り、異なる体格や組み手、試合会場の雰囲気を経験したことは、対応力を広げる挑戦だったと考えられます。
帰国後、清岡選手は2025年12月の全日本選手権で優勝しました。
さらに2026年5月23日の明治杯全日本選抜選手権では、決勝で田南部選手を3対0で破って優勝。大会は2026年世界選手権と愛知・名古屋アジア大会の代表選考会として行われ、清岡選手は両大会の代表となりました。
3対0という結果について、「試合管理能力が向上した」と一試合だけで決めつけることはできません。
ただ、相手に得点を許さず国内選考を勝ち切ったことは確認できます。五輪決勝のような大量得点とは異なる形でも、必要な勝利を手にした点は見逃せません。
兄妹で愛知・名古屋アジア大会へ
2026年の愛知・名古屋アジア大会では、清岡選手が男子フリースタイル65kg級、妹の清岡もえ選手が女子53kg級の日本代表に選ばれました。
2人が同じアジア大会へ出場するのは初めてです。
2026年8月19日に行われた日本選手団の結団式で、幸大郎選手は、アジア大会をロサンゼルス五輪へ向けたよい助走にしたいという趣旨の抱負を語りました。
競技日程は、幸大郎選手が2026年10月2日、もえ選手が10月3日の予定です。
高知レスリングクラブの壮行会では、兄妹で優勝してレスリング界に名前を刻みたいという力強い目標も口にしました。
高知から始まった清岡家の物語が、今度は兄妹そろって臨む国際大会へ続いていくのですね。
清岡幸大郎の経歴から見える強さと今後の注目点
ここからは、公開されている経歴と試合結果に基づく筆者の見方です。
私は、清岡幸大郎選手の強さを支えているのは、一度つかんだ機会を次の得点へつなげる連続性と、環境を変えて学び続ける姿勢だと考えています。
パリ五輪決勝では、背後を取った後に動きを止めず、4回のローリングへつなぎました。
五輪後には所属先を変更し、初出場の世界選手権を経験。決勝で大敗した後も、ドイツのリーグ戦へ入り、海外での実戦を増やしています。
高知レスリングクラブという変わらない原点を持ちながら、学びの場所は高校、大学、国際大会、海外リーグへと広がりました。
これは、過去の成功だけに頼らず、自分を新しい環境へ置き続けてきた経歴です。
パリ五輪の10対3と、2025年世界選手権の0対10を並べれば、「力関係が逆転したのでは」と感じる方もいるでしょう。
しかし、トップレベルの一試合は、組み合わせ、序盤の攻防、得点後の展開によって大きく動きます。二つのスコアだけで、どちらが常に上だと決めることはできません。
むしろ、同じ相手との二試合が正反対の結果になったことは、65kg級の世界一争いが対策と再対策を繰り返す段階にあることを示しているのではないでしょうか。
2028年ロサンゼルス五輪で連覇するには、パリの戦い方をそのまま再現するだけでは難しいはずです。
得意の背後取りや寝技を磨きながら、先に点を取られた場合や攻撃の入口を止められた場合に、どう流れを変えるのか。今後は結果だけでなく、得点に至るまでの組み立てにも注目したいところです。
また、清岡選手の経歴を語るうえで、高知とのつながりは欠かせません。
世界を目指した場所も、亡き父へ金メダルを持ち帰った場所も、次世代の大会が生まれた場所も高知です。
2026年8月の壮行会で、高知で培ったものや自分の根を忘れずに戦うという趣旨の言葉を語ったことからも、故郷が単なるプロフィール上の出身地ではないと分かります。
個人的には、清岡選手の魅力は、攻め続けるレスリングだけではないと感じています。
一度遠のいた五輪への道を国内選考からつなぎ直し、五輪後の敗戦からも海外へ学びに出る。思い通りにならない局面で立ち止まらず、次の行動へ移れることこそ、長い競技人生を支える強さではないでしょうか。
2026年のアジア大会と世界選手権は、ロサンゼルス五輪へ向かう途中の重要な確認地点です。
勝敗はもちろん、パリ五輪王者として研究される状況で、どのような攻撃と対応を見せるのか。清岡選手の「現在地」が表れる大会になりそうです。
まとめ
清岡幸大郎選手の出身地・学歴・経歴を、2026年9月時点の情報まで整理しました。
- 出身地は高知県高知市
- 2001年4月12日生まれで、2026年9月時点では25歳
- 3~4歳頃、高知レスリングクラブで競技を開始
- 高知南高校から日本体育大学へ進学
- 2023年全日本選手権優勝、2024年アジア予選突破を経てパリ五輪代表入り
- 2024年パリ五輪決勝でアムザドハリリ選手を10対3で破り金メダル
- 2025年3月からカクシングループに所属し、現在は株式会社カクシンライフ所属
- 2025年世界選手権銀、2025年全日本選手権優勝、2026年全日本選抜優勝
- 2026年10月2日に愛知・名古屋アジア大会へ出場予定
- 最大の目標は2028年ロサンゼルス五輪での連覇
高知の小さなクラブから始まった歩みは、パリ五輪の頂点へ届きました。
それでも、清岡選手の経歴は金メダルで完結していません。亡き父や故郷への思いを胸に、世界選手権での敗戦や海外リーグでの経験も力へ変えながら、次の五輪へ向かっています。
兄妹で挑む2026年アジア大会を含め、これからどのような進化を見せてくれるのか、温かく見守りたいですね。
主な参照資料
この記事は、2026年9月2日までに確認できた次の一次情報・公式情報を中心に構成しました。
- 日本レスリング協会「清岡幸大郎 KIYOOKA KOUTARO」選手紹介
- 日本レスリング協会「2026年明治杯全日本選抜レスリング選手権大会」男子フリースタイル65kg級公式記録
- 日本オリンピック委員会「清岡 幸大郎」アスリート紹介
- 日本オリンピック委員会「亡き父に捧げる金メダル(レスリング・清岡幸大郎)」2024年10月8日
- 日本体育大学「レスリング 清岡 幸大郎|PARIS2024大会」
- 高知市「清岡幸大郎選手のパリ2024オリンピック金メダル獲得」に関する発表、2024年8月13日
- 株式会社カクシングループ「清岡幸大郎選手応援ページ」
- 株式会社カクシングループ「明治杯全日本選抜レスリング選手権で優勝」2026年5月25日
- 足立区「第20回アジア競技大会パブリックビューイング」案内
- 高知さんさんテレビ「ロスに向けいい助走に」2026年8月19日
- テレビ高知「清岡幸大郎、連覇でアジア・世界選手権代表に」2026年5月25日
大会予定や所属情報は変更される場合があります。最新情報は、日本レスリング協会、大会組織委員会、所属企業の発表をご確認ください。
よくある質問
清岡幸大郎選手の出身地と出身校は?
出身地は高知県高知市です。高知南高校を卒業後、日本体育大学へ進学しました。
清岡幸大郎選手は何歳からレスリングを始めましたか?
日本レスリング協会の本人回答では3歳頃、別の本人メッセージでは4歳からとされています。資料間に違いがあるため、3~4歳頃の幼児期に始めたとするのが正確です。
清岡幸大郎選手の2026年現在の所属先と今後の予定は?
現在は株式会社カクシンライフに所属しています。2026年10月2日に愛知・名古屋アジア大会の男子フリースタイル65kg級へ出場予定で、その後は世界選手権、さらに2028年ロサンゼルス五輪での連覇を目指しています。
エンタメ&スポーツ愛好家ライター 春野滋

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