鏡優翔の出身高校はどこ?地元や学生時代を調査

鏡優翔選手の出身高校は、東京都板橋区の私立・帝京高等学校です。

JOCエリートアカデミーで競技力を磨きながら、インターハイ3連覇やシニアの全日本選手権優勝など、高校生の枠を超える成績を残しました。

鏡優翔の出身高校はどこ?帝京高等学校で確認

鏡優翔選手の出身高校は、東京都板橋区にある私立の帝京高等学校です。

帝京高校は公式サイトで、2024年パリオリンピックの女子レスリング76kg級で金メダルを獲得した鏡優翔選手を「本校の卒業生」として紹介しています。

日本オリンピック委員会(JOC)が公開した2018年ブエノスアイレスユースオリンピックの選手プロフィールにも、当時17歳だった鏡選手の在学校として「私立帝京高等学校2年」と記載されています。

さらに、鏡選手のゆかりの地である宇都宮市の選手紹介でも、出身校は帝京高等学校とされています。

つまり、帝京高校の公式情報だけでなく、JOCと自治体の公表資料からも確認できる経歴なのですね。

帝京高校の所在地と在学期間

帝京高等学校は東京都板橋区にある私立高校です。

鏡選手は2018年のJOC資料で高校2年と確認でき、2020年4月には東洋大学へ進学しています。

通常の学年進行に当てはめると、2017年度に帝京高校へ入学し、2019年度まで在学したと考えられます

卒業時期は2020年3月と推定できますが、今回確認できた公表資料には入学日や卒業日まで明記されていません。そのため、正確には「2017年度から2019年度に在学していたとみられる」と表現するのが適切でしょう。

冒頭から少し慎重な言い方になりましたが、確認できたことと推定を分けてお伝えするのも、選手の経歴を正しく知るためには大切ですよね。

帝京高校では何科・何コースだった?

鏡優翔選手が帝京高校で所属していた学科やコースは、公表資料から確認できませんでした。

高校時代の詳しい時間割、学校行事への参加状況、校内での普段の様子についても、本人や学校による具体的な説明は限られています。

したがって、「スポーツ選手向けの特定コースだった」などと推測で断定することはできません。

公表資料から確実に分かるのは、帝京高校に在籍しながら、競技ではJOCエリートアカデミーに所属して国内外の大会へ出場していたことです。


鏡優翔はなぜ帝京高校へ進学した?

鏡優翔選手本人が帝京高校を選んだ理由は、今回確認できた公表資料では明らかにされていません。

そのため、「JOCエリートアカデミーに入ったから帝京高校を選んだ」とまでは断定できない点に注意が必要です。

確認できる事実は、鏡選手が中学3年だった2016年に栃木県宇都宮市から上京してJOCエリートアカデミーへ入り、北区立稲付中学校を経て帝京高校へ進んだことです。

2018年ブエノスアイレスユースオリンピックのJOC公式プロフィールでは、所属が「JOCエリートアカデミー/帝京高校」と記されています。

この表記から、学籍は帝京高校、競技活動の拠点はJOCエリートアカデミーという二つの環境を持っていたことが分かります。

高校の部活動だけで完結しない競技環境

JOCエリートアカデミーは、将来の国際大会での活躍が期待される若い選手を、競技面や生活面から支える育成事業です。

鏡選手は高校へ入る前からこの環境に身を置き、世界を目指す競技生活を始めていました。

高校在学中も国内大会だけでなく、世界カデット選手権、ユースオリンピック、アジア選手権、世界ジュニア選手権、U-23世界選手権などへ出場しています。

これらの大会歴から、高校で学ぶ一方、国際大会を見据えた練習や遠征にも取り組んでいたことがうかがえます。

ただし、授業と練習をどのような時間配分で両立していたのか、帝京高校が競技活動を具体的にどう支援していたのかまでは、今回の資料から断定できません。

筆者として注目したいのは、鏡選手の高校生活を「帝京高校のレスリング部員」という一つの肩書だけでは説明できない点です。

学校とJOCエリートアカデミーという二つの場所が、それぞれ学業と競技を支える環境になっていたと捉えると、高校時代の歩みが分かりやすくなります。

中学3年で宇都宮市から上京

鏡優翔選手は2001年9月14日に山形県山形市で生まれ、小学校入学時に栃木県宇都宮市へ移りました。

宇都宮市立雀宮南小学校に通い、競技経験のある父親と兄の影響を受けて、地元の下野サンダーキッズでレスリングを始めています。

小学校卒業後は宇都宮市立雀宮中学校へ進みましたが、中学3年で上京。北区立稲付中学校へ転校し、JOCエリートアカデミーの選手として新しい競技生活を始めました。

帝京高校へ進んだ時点では、すでに東京での生活と高度な競技環境を経験していたことになります。

本人が当時どのような気持ちだったのかは、公表された発言がない限り想像で補うべきではありません。

それでも、中学生のうちに親元を離れ、その後も高校生活と世界レベルの競技を並行した事実からは、早い時期に大きな環境変化を経験していたことが分かります。


鏡優翔の高校時代の戦績は?時系列で整理

鏡優翔選手は帝京高校在学中、国内の高校大会、年代別の国際大会、年齢制限のないシニア大会で結果を残しました。

主な戦績を一つの表にまとめると、次のようになります。

年・学年 大会 区分・階級 結果
2017年・高校1年 世界カデット選手権 カデット70kg級 優勝
2017年・高校1年 全国高校総体(インターハイ) 高校女子 優勝
2018年・高校2年 アジア・カデット選手権 カデット73kg級 優勝
2018年・高校2年 世界カデット選手権 カデット73kg級 優勝
2018年・高校2年 全国高校総体(インターハイ) 74kg級 優勝
2018年・高校2年 ブエノスアイレスユースオリンピック 73kg級 3位
2018年・高校2年 天皇杯全日本選手権 シニア72kg級 優勝
2019年・高校3年 アジア選手権 シニア72kg級 優勝
2019年・高校3年 明治杯全日本選抜選手権 シニア76kg級 2位
2019年・高校3年 全国高校総体(インターハイ) 74kg級 優勝・3連覇
2019年・高校3年 世界ジュニア選手権 ジュニア72kg級 優勝
2019年・高校3年 U-23世界選手権 76kg級 2位

2017年のインターハイについては、今回参照した情報だけでは階級表記を確定できないため、無理に補っていません。

また、表の階級が70kg、72kg、73kg、74kg、76kgと分かれているのは誤記ではありません。

高校大会、カデットやジュニアといった年代別大会、シニア大会では、設定される階級が異なるためです。

この違いを押さえておくと、鏡選手が同じ条件の大会で勝ち続けただけではなく、年齢区分や体重区分を変えながら実績を積んだことが見えてきます。

高校1年で世界カデットとインターハイを制覇

2017年、高校1年だった鏡優翔選手は、世界カデット選手権70kg級で優勝しました。

国内のインターハイでも頂点に立ち、高校進学直後から日本と世界の両方で結果を残しています。

JOCの2018年発表資料では、鏡選手は2017年と2018年の世界カデット選手権を連覇した選手として紹介されました。

高校1年から世界一になったと聞くと、幼い頃から負け知らずだったように感じるかもしれません。しかし、中学時代には全国大会で2位や3位も経験しています。

小学生時代の全国優勝、中学年代での敗戦、そして高校での世界カデット制覇という流れを見ると、結果が一直線に伸びたわけではないことが分かります。

筆者としては、この積み重ねがあるからこそ、高校1年での世界一を単なる早熟という言葉だけで片づけられないと感じます。

高校2年で世界カデット連覇とユース五輪銅メダル

2018年には、アジア・カデット選手権73kg級、世界カデット選手権73kg級、インターハイ74kg級で優勝しました。

世界カデット選手権とインターハイは、いずれも前年に続く2連覇です。

同年10月のブエノスアイレスユースオリンピックでは、女子フリースタイル73kg級で銅メダルを獲得しました。

JOCのプロフィールによると、当時の鏡選手は17歳で、身長167cm、体重72kg。日本選手団の旗手も務めています。

旗手に選ばれた詳しい理由は、確認できた資料だけでは分かりません。

それでも、国際総合大会で日本選手団を先導する役割を担い、競技でも表彰台に上がったことは、高校2年時の重要な経験だったといえるでしょう。

高校2年でシニアの全日本選手権を優勝

高校時代の大きな転換点となったのが、2018年12月の天皇杯全日本レスリング選手権大会です。

鏡選手は年齢制限のないシニア女子72kg級に出場し、大学生や社会人も参加する国内大会で優勝しました。

年代別の世界大会で勝つ力と、成人選手を含むシニア大会で勝つ力は、同じ意味ではありません。

シニアの全日本選手権優勝によって、鏡選手は同年代の有力選手という段階を越え、日本代表を争う競技水準に達していることを結果で示しました。

これは大会区分と結果から確認できる評価です。一方、試合で具体的にどの技術が優れていたのかについては、映像や本人、指導者の詳細な説明がなければ断定できません。

個人的には、インターハイの連覇以上に、このシニア全日本選手権優勝が高校時代の最初の大きな転換点だったと考えています。

高校3年でシニアのアジア王者に

2019年4月、鏡優翔選手は中国・西安で開催されたシニアのアジア選手権に出場し、女子72kg級で優勝しました。

これはカデットやジュニアの大会ではなく、年齢制限のないシニア・アジア選手権です。

当時17歳の高校3年生が、成人選手を含むアジアの大会を制したことになります。

72kg級はオリンピックで実施されない非五輪階級ですが、シニア大会としての価値が変わるわけではありません。

前年の全日本選手権72kg級優勝に続いてアジアでも勝ったことで、国内で示した力を国際舞台でも結果につなげたと評価できます。

インターハイ3連覇と世界ジュニア優勝

2019年、鏡優翔選手はインターハイ74kg級で優勝し、高校1年から続く3連覇を達成しました。

3年間すべてで頂点に立つには、自身の成長だけでなく、対戦相手の成長や研究にも向き合い続ける必要があります。

ただし、各試合で相手がどのような対策をしたのかは、公表された具体的な証言がない限り断定できません。

確認できるのは、条件が変化する高校3年間にわたって優勝を続けたという結果です。

さらに2019年8月には、エストニアのタリンで行われた世界ジュニア選手権の女子72kg級でも優勝しました。

「ジュニア」という名称から高校生だけの大会と思われることがありますが、国際レスリングにおける年代別カテゴリーの一つです。

鏡選手は2019年に、国内の高校大会、シニアのアジア選手権、年代別の世界大会という性格の異なる三つの舞台で優勝しました。

高校3年時の充実ぶりは、優勝数だけでなく、異なるカテゴリーで結果を残した点に表れています。


72kg級から76kg級への挑戦は何を意味した?

鏡優翔選手は高校3年の2019年、72kg級でアジア選手権と世界ジュニア選手権を制する一方、76kg級の大会にも出場しました。

女子レスリングでは国際大会に存在するすべての階級が、オリンピックで実施されるわけではありません。

72kg級は非五輪階級で、女子最重量のオリンピック階級は76kg級です。

このため、高校時代に76kg級へ出場した事実は、後のオリンピック階級とのつながりを考えるうえで見逃せません。

ただし、本人や指導者が「パリ五輪を見据えて階級を変えた」と説明した資料が示されているわけではありません。

したがって、76kg級への出場が将来の五輪を意識した選択だったと断定するのではなく、結果として五輪階級での経験を高校時代から積んでいたと整理するのが正確です。

皆川博恵との2試合は1勝1敗

2019年6月の明治杯全日本選抜選手権で、鏡優翔選手はシニア女子76kg級に出場しました。

予選リーグでは、世界選手権で複数回表彰台に立っていた皆川博恵選手に3-1で勝利しています。

両選手は決勝でも対戦しましたが、今度は皆川選手が3-1で勝ち、鏡選手は2位となりました。

以前の記事では「皆川選手に対策されて敗れた」と説明していましたが、相手本人や指導者の証言がなければ、対策の有無は確認できません。

事実としていえるのは、同じ大会の予選リーグと決勝で対戦し、同じ3-1というスコアで勝敗が逆転したことです。

一度の勝敗だけで両者の力関係を決められないところに、レスリングの難しさが表れています。

高校3年の鏡選手が、すでにシニア76kg級の日本代表争いに加わっていたことを示す大会でもありました。

U-23世界選手権76kg級で準優勝

2019年10月、ハンガリーのブダペストで開催されたU-23世界選手権では、女子76kg級で銀メダルを獲得しました。

23歳以下を対象とする国際大会に高校3年生で出場し、準優勝したことになります。

同年の世界ジュニア選手権では72kg級優勝、U-23世界選手権では76kg級2位でした。

この二つを並べると、鏡選手が年齢区分と階級の両方で、より上の条件に挑んでいたことが分かります。

筆者としては、高校時代を「数多くの優勝を重ねた3年間」とだけ表現するのは十分ではないと考えます。

72kg級では世界とアジアの頂点に立ちながら、76kg級では皆川選手やU-23世代の選手と競い、優勝に届かない大会も経験したからです。

勝てるカテゴリーにとどまらず、異なる条件の試合へ進んだことに、この3年間の競技的な厚みがあります。


帝京高校時代はパリ五輪金メダルへどうつながった?

帝京高校時代の鏡優翔選手は、年代別の世界王者から、シニア重量級で日本代表を争う選手へと立場を変えていきました。

高校卒業後は2020年4月に東洋大学へ進学し、2020年と2021年の全日本選手権76kg級を連覇しています。

2022年世界選手権では銅メダル、2023年世界選手権76kg級では金メダルを獲得しました。

日本女子選手が世界選手権の最重量級を制したのは、2003年の浜口京子さん以来20年ぶりでした。

そして2024年パリオリンピックの女子フリースタイル76kg級決勝で、アメリカのケネディ・ブレーズ選手を3-1で破り、金メダルを獲得しています。

帝京高校も大会後、卒業生である鏡選手の快挙を紹介し、高校時代のインターハイ3連覇に触れました。

高校時代の本当の転換点はどこだった?

筆者としては、高校時代の転換点は二つあったと考えています。

一つ目は、高校2年だった2018年の全日本選手権72kg級優勝です。大学生や社会人を含むシニア大会で日本一となり、年代別の有力選手から日本代表候補へ進んだことを結果で示しました。

二つ目は、高校3年だった2019年の76kg級への出場です。

全日本選抜選手権では皆川博恵選手と1勝1敗、U-23世界選手権では準優勝となり、76kg級でも国内外の上位と競える位置にいることを示しました。

一方で、当時の試合から具体的にどの技術課題を得たのか、本人が敗戦をどのように受け止めたのかは、公表された根拠がなければ断定できません。

確認できる大会結果に限れば、高校時代に72kg級で勝利を重ね、76kg級で勝利と敗戦の両方を経験したことが、その後の競技歴へつながったと見ることができます。

帝京高校だけでなく複数の環境が支えた成長

鏡優翔選手の歩みは、出生地、高校所在地、競技を始めた地域がすべて同じではありません。

山形県山形市で生まれ、栃木県宇都宮市でレスリングを始め、中学3年で東京都へ移りました。

北区立稲付中学校を経て帝京高校へ進み、高校在学中はJOCエリートアカデミーの選手として世界大会にも出場しています。

この経歴は、山形で生まれ、宇都宮で競技の基礎を築き、東京の帝京高校時代にシニアの国際舞台へ進んだ歩みと表現できるでしょう。

鏡選手の成長を帝京高校だけの成果と捉えるのも、JOCエリートアカデミーだけの成果と捉えるのも正確ではありません。

家族、地元クラブ、中学校、JOCエリートアカデミー、帝京高校という複数の環境が重なり、卒業後の東洋大学、世界選手権、パリオリンピックへ道が続きました。

学校名だけでなく、高校時代にどの年代区分と階級で戦ったのかまで見ると、鏡優翔選手が世界の頂点へ向かった過程が、ぐっと立体的に見えてきますよね。


まとめ

鏡優翔選手の出身高校は、東京都板橋区にある私立の帝京高等学校です。

JOC資料では2018年に帝京高校2年と記載され、2020年4月には東洋大学へ進学しているため、2017年度から2019年度まで在学したとみられます。

高校時代はJOCエリートアカデミーに所属し、インターハイ3連覇、世界カデット選手権2連覇、全日本選手権72kg級優勝、シニア・アジア選手権72kg級優勝、世界ジュニア選手権72kg級優勝などを達成しました。

さらに、高校3年ではオリンピック階級の76kg級にも出場し、全日本選抜選手権とU-23世界選手権で2位となっています。

76kg級へ挑んだ意図そのものは公表資料だけでは断定できませんが、高校時代から五輪階級でシニアやU-23世代の有力選手と競っていたことは確認できます。

帝京高校で過ごした時期は、鏡選手が高校年代の王者から、シニア重量級で世界を目指す選手へ進んだ大切な3年間だったと考えられます。


よくある質問

鏡優翔の出身高校はどこですか?

鏡優翔選手の出身高校は、東京都板橋区にある私立の帝京高等学校です。帝京高校、JOC、宇都宮市の公表資料から確認できます。

鏡優翔は帝京高校にいつ在学していましたか?

JOC資料で2018年に高校2年、2020年4月に東洋大学へ進学したことが確認できます。そのため、帝京高校には2017年度から2019年度まで在学したとみられます。

鏡優翔の高校時代で重要な成績は何ですか?

インターハイ3連覇や世界カデット選手権2連覇に加え、高校2年でシニアの全日本選手権72kg級、高校3年でシニア・アジア選手権72kg級を制したことが重要です。76kg級でも全日本選抜選手権とU-23世界選手権で2位となりました。

執筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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