塩貝健人の出身高校はどこ?頭いいと言われる理由も解説

國學院大學久我山高等学校を背景に教科書とサッカーボールを手にする若手サッカー選手 アスリートたち

塩貝健人選手の出身高校は國學院大學久我山高等学校で、高校時代の評定平均は5段階で4.9でした。

卒業後は慶應義塾大学法学部政治学科へ進学しています。「頭いい」と注目される理由は学歴だけでなく、強豪サッカー部で全国大会を目指しながら成績を維持した自己管理力にもありました。

塩貝健人の出身高校・評定平均・大学は?

塩貝健人選手の学歴について確認できる主な情報は、次の通りです。

項目 確認できる内容
出身高校 國學院大學久我山高等学校
所在地 東京都杉並区
高校在籍期間 2020年4月~2023年3月
高校時代の評定平均 5段階評価で4.9
高校での主な実績 第101回全国高校サッカー選手権大会出場
卒業後の進路 慶應義塾大学法学部政治学科
入試 法学部FIT入試
大学での主な実績 関東大学リーグ3部得点王、同大学の優勝に貢献
2024年8月以降 欧州移籍に伴い慶應義塾大学を休学

出身高校は國學院大學久我山高等学校、高校時代の評定平均は4.9、進学先は慶應義塾大学法学部政治学科というのが、検索されている疑問への結論です。

評定平均4.9については、2026年6月12日付の日刊ゲンダイの記事で、國學院大學久我山高校サッカー部の李済華監督が塩貝選手の高校時代を振り返る中で明かした数字です。

なお、慶應義塾大学法学部には、総合型選抜に位置づけられる「FIT入試」があります。塩貝選手についても、このFIT入試で法学部政治学科へ進学したと報じられています。

ただし、大学側が塩貝選手個人の選考内容や合格理由を公表しているわけではありません。「評定平均4.9だけで合格した」「高校選手権への出場だけで評価された」と断定することはできない点に注意が必要です。


塩貝健人の出身高校・國學院大學久我山とは?

塩貝健人選手は、東京都杉並区にある私立の國學院大學久我山高等学校を2023年3月に卒業しました。

同校は学業と部活動の両立を重視する学校として知られ、サッカー部も全国高校サッカー選手権大会への出場経験を持つ強豪です。第94回全国高校サッカー選手権大会では準優勝を果たしました。

塩貝選手は東京都で生まれ、小学生年代には月島ポーラベアやバディSC江東でプレー。その後は横浜FCジュニアユースへ進みました。

しかし、中学校卒業時には横浜FCユースへ昇格できませんでした。そこで次の成長の場として選んだのが、國學院大學久我山高校だったのです。

プロになる選手と聞くと、幼い頃から常に年代別チームの中心だったように想像してしまいますよね。ところが、塩貝選手の高校生活は、決して最初から華やかなものではありませんでした。

高校1年時はCチームから始まった

塩貝健人選手は、國學院大學久我山高校へ入学した当初、1年生の大半をCチームで過ごしました。

これは本人が2023年5月1日に公開された慶應義塾体育会ソッカー部のブログで振り返っている経験です。当時は監督から名前ではなく、着用していたビブスの番号で呼ばれるほど、十分に認識されていなかった時期もあったと明かしています。

中学時代には思うように試合へ出られず、横浜FCユースへの昇格も逃しました。さらに高校でもCチームからの出発ですから、悔しさが重なっていたことは想像に難くありません。

それでも塩貝選手は、自分が評価されない現実を周囲のせいにするのではなく、得点するために必要なドリブルやシュートを磨きました。

ここには、評定平均とは異なる種類の賢さが表れています。漠然と「もっと頑張る」と考えるのではなく、自分の武器を得点へ結びつけるために、何を改善すべきか具体化したからです。

スポーツでは、努力の量と同じくらい、努力の向きを合わせることが大切です。塩貝選手はCチームで過ごした時間を、現在地を知るための材料へ変えたのでしょう。

高校3年時には全国高校サッカー選手権へ出場

塩貝健人選手は高校で成長を続け、3年時には國學院大學久我山高校の攻撃を担う選手になりました。

第101回全国高校サッカー選手権大会の東京都予選では、準決勝で名門・帝京高校と対戦。塩貝選手はこの大一番で2得点を挙げ、チームの全国大会出場に大きく貢献しました。

高校選手権後には、全国の有力な高校生選手で構成される日本高校サッカー選抜にも選出されています。

高校1年時にはCチームにいた選手が、3年後には全国大会へ出場し、日本高校サッカー選抜に入ったのです。これは「最初から完成されていた逸材」というより、課題を一つずつ克服して評価を覆した成長例といえるでしょう。

本人も慶應義塾体育会ソッカー部のブログで、高校入学時の自分は日本高校サッカー選抜から非常に遠い位置にいたという趣旨の思いをつづっています。

高校年代では、早くからAチームへ入った選手がそのまま活躍するとは限りません。身体の成長時期やポジション、指導者が求める役割によって、評価の順番は大きく変わります。

塩貝選手の歩みは、所属カテゴリーがその時点の評価を示しても、将来の上限まで決めるものではないと教えてくれます。応援する側としても、Cチーム時代を知ると、全国大会の舞台へたどり着いた姿が一層まぶしく感じられますよね。


塩貝健人の評定平均4.9はどのように公表された?

塩貝健人選手の高校時代の評定平均は、5段階評価で4.9です。

情報源は2026年6月12日付の日刊ゲンダイの記事で、國學院大學久我山高校サッカー部の李済華監督が取材に応じる中で紹介されました。塩貝選手本人がSNSなどで自己申告した数字ではなく、高校時代を知る指導者から伝えられた情報です。

評定平均4.9は、ほとんどの科目で最高評価に近い成績を継続しなければ届きにくい数字です。

しかも塩貝選手は、全国高校サッカー選手権を目指すサッカー部で日々練習しながら、この成績を残しました。学業だけ、競技だけに時間を使えたわけではないところに、数字の重みがあります。

一方、同記事で李監督は、塩貝選手が成績上位だったことを認めながらも、部内で勉強面だけが特別に突出していたわけではないという趣旨の説明もしています。

これは評定平均4.9の価値を下げる話ではありません。むしろ、國學院大學久我山高校サッカー部には、競技と進学の両方へ高い意識を持つ選手が集まっていたことを示しています。

周囲にも勉強へ真剣に取り組む仲間がいる環境では、「サッカー部だから勉強は後回し」という言い訳は通用しにくくなります。その中で高水準の成績を維持した点に、塩貝選手の文武両道ぶりが表れているのでしょう。

約2時間の練習と空き時間の自己管理

2026年6月12日付の日刊ゲンダイでは、当時の國學院大學久我山高校サッカー部の練習方針も紹介されています。

練習時間は、約30分のウォーミングアップと、約1時間30分のグラウンド練習を合わせた約2時間。李済華監督は朝練や、チーム練習後の居残り練習を認めていなかったとされています。

カテゴリー別に練習時間を分け、トップチームの練習開始が午後5時30分になる日には、それまでの時間を勉強へ使うよう指導していたとも報じられました。

この方針は、単に練習量を減らすものではありません。決められた時間内で練習の質を高め、空いた時間を学業や休養へ振り分けることを選手自身に求める育成方法です。

「自由な時間があれば勉強できる」と思いがちですが、実際には、時間が空いていることと有効に使えることは別ですよね。スマートフォンを眺めているうちに夕方になってしまった、という経験は私にもあります。

塩貝選手は、この環境の中で学業成績と競技力の両方を伸ばしました。評定平均4.9は記憶力や試験への強さだけでなく、課題提出や日々の授業も含め、学校生活を継続的に管理した結果と考えられます。

高校サッカーでは、長時間練習によって競技へ集中させる育成方法もあれば、練習時間を限定して選手の自律性を育てる方法もあります。

國學院大學久我山高校での塩貝選手の成長を見ると、後者の環境が本人の性格に合っていたのでしょう。自分で使い方を決められる時間が、学業と自主的な課題解決の双方を支えたと私は見ています。


塩貝健人は慶應義塾大学法学部政治学科へ進学

塩貝健人選手は高校卒業後の2023年4月、慶應義塾大学法学部政治学科へ進学しました。

入試方式については、慶應義塾大学法学部の総合型選抜にあたるFIT入試で合格したと報じられています。

FIT入試では、一般選抜のように筆記試験の得点だけで判断するのではなく、出願書類などを通じて志願者を多面的に審査します。ただし、方式の詳細や募集要項は年度によって確認が必要です。

塩貝選手個人の審査内容は公表されていません。そのため、高校時代の評定平均4.9、サッカーでの実績、志望理由などのうち、何がどの程度評価されたのかは外部から確定できません。

確認できるのは、塩貝選手が高校で評定平均4.9を記録し、第101回全国高校サッカー選手権大会と日本高校サッカー選抜を経験した後、FIT入試で慶應義塾大学法学部政治学科へ進んだという事実です。

「慶應だから頭いい」という見方だけでは、少しもったいないように感じます。大学名よりも、その進路へ至るまで学業とサッカーを両立した過程に注目すると、塩貝選手の人物像が立体的に見えてきます。

大学1年生で背番号10と得点王

慶應義塾大学へ進学した塩貝健人選手は、体育会ソッカー部へ入部しました。慶應では伝統的に、サッカー部を「ソッカー部」と呼びます。

塩貝選手は1年生から背番号10を任され、2023年の関東大学サッカーリーグ3部で15得点を記録しました。

この15得点で得点王に輝き、慶應義塾大学の3部優勝にも貢献しています。高校1年時にCチームだった選手が、大学1年時には伝統あるチームの10番を背負ったのですから、成長の大きさに驚かされます。

本人は2023年5月1日のソッカー部ブログで、得点力だけでなく、守備やプレー中に力を抜いてしまう部分に課題があることも率直に記していました。

監督やコーチ、先輩から弱点を指摘してもらえる環境、1年生から関東リーグへ出場できる可能性、早慶サッカー定期戦の大舞台などに魅力を感じていたことも伝えています。

自分の長所を生かせる場所だけでなく、短所を指摘してもらえる場所を選んだ点が印象的です。褒められる環境より、修正を求められる環境を前向きに受け止められることも、競技者としての成長を速めたのではないでしょうか。


塩貝健人が「頭いい」といわれる本当の理由は?

塩貝健人選手が「頭いい」といわれる根拠は、評定平均4.9や慶應義塾大学への進学だけではありません。

確認できる経歴からは、次の4つの力が浮かび上がります。

  • 学業を継続する力:國學院大學久我山高校で評定平均4.9を記録した
  • 時間を管理する力:強豪サッカー部の活動と学校の勉強を両立した
  • 課題を分析する力:Cチーム時代に得点へ必要な技術を考えて磨いた
  • 成長環境を選ぶ力:弱点を指摘してもらえる慶應の環境を評価した

私は特に、塩貝選手の「悔しさの使い方」に注目しています。

本人はソッカー部のブログで、自分が非常に負けず嫌いであることを明かしました。友人とのスマートフォンゲームでも、負けると一人で練習し、改めて勝負を挑むほどだったそうです。

負けず嫌いという性格だけなら、珍しいものではありません。スポーツ選手には「負けたくない」と話す方がたくさんいます。

塩貝選手の特徴は、負けた感情を練習へ移し替えていることです。Cチームという評価に不満を抱くだけで終わらず、ドリブルやシュートを磨き、得点という分かりやすい結果で立場を変えました。

私はこれを、感情を具体的な行動へ翻訳する力だと考えています。

学業でもサッカーでも、「できなかった」という事実から次に必要な行動を選ぶ姿勢は共通しています。評定平均4.9とCチームから日本高校サッカー選抜までの成長は、別々の話に見えて、実は同じ自己管理の習慣から生まれたのかもしれません。

高校から大学、欧州へ進んだ歩みに見える特徴

塩貝健人選手は2024年1月25日、横浜F・マリノスへの加入内定とJFA・Jリーグ特別指定選手への認定が発表されました。

同年4月にはJ1リーグで初出場を果たし、初得点も記録しています。そして2024年8月28日、オランダ1部のNECナイメヘンへの加入が発表されました。

欧州移籍に伴い、慶應義塾大学を休学し、体育会ソッカー部を退部しています。大学を卒業したわけでも、退学したと発表されたわけでもありません。

大学を休学した詳しい意図や、今後復学する可能性について、本人から包括的な説明が出ているわけではないため、将来の計画まで推測で断定することはできません。

そのうえで筆者として注目したいのは、塩貝選手が高校、大学、Jリーグ、欧州と、異なる育成環境を短期間で経験している点です。

高校卒業後すぐにJクラブへ入る選手は、プロの競争へ早く身を置けます。一方、塩貝選手は大学で背番号10を背負い、関東大学リーグで得点を重ねた後、特別指定選手としてJ1を経験し、欧州へ進みました。

大学サッカーを長く経験してからプロ入りする一般的な経路とも、高校から直接プロになる経路とも異なります。大学で学びながら競技を続けつつ、訪れたプロと欧州の機会をつかんだ、圧縮されたキャリアなのです。

高校時代に限られた練習時間を生かしてきた塩貝選手にとって、大学の授業、ソッカー部、Jリーグを並行する時期は、自己管理力がより厳しく問われる環境だったはずです。

もちろん、評定平均の高さが、そのまま欧州での成功を保証するわけではありません。サッカーでは技術、身体能力、戦術理解、言語、生活への適応など、多くの要素が必要になります。

それでも、自分の現在地を受け止め、課題を整理し、必要な行動を続けてきた経験は、文化も指導法も異なる海外で支えになり得ると私は考えます。


まとめ

塩貝健人選手の出身高校は、東京都杉並区にある國學院大學久我山高等学校です。

高校1年時はCチームで過ごす時期が長かったものの、3年時には第101回全国高校サッカー選手権大会へ出場。東京都予選準決勝の帝京高校戦で2得点を挙げ、高校選手権後には日本高校サッカー選抜にも選ばれました。

高校時代の評定平均は5段階評価で4.9です。この数字は、2026年6月12日付の日刊ゲンダイで、当時の指導者である李済華監督が明かしたものとして紹介されています。

卒業後はFIT入試で慶應義塾大学法学部政治学科へ進学し、体育会ソッカー部では1年生から背番号10を担当。2023年の関東大学サッカーリーグ3部で15得点を挙げ、得点王とチームの優勝を経験しました。

塩貝選手が「頭いい」と注目される客観的な根拠は、評定平均4.9と慶應義塾大学への進学です。

ただ、より大切なのは、Cチームという現実から課題を見つけたこと、限られた時間の中で学業とサッカーを続けたこと、弱点を指摘してもらえる環境を選んだことでしょう。

華やかな学歴や所属先の裏側には、悔しさを次の行動へ変えてきた積み重ねがあります。塩貝健人選手の本当の賢さは、成績表の数字だけでなく、思うようにいかないときの立て直し方に表れているのではないでしょうか。


よくある質問

塩貝健人の出身高校はどこですか?

塩貝健人選手の出身高校は、東京都杉並区にある國學院大學久我山高等学校です。2023年3月に卒業しました。

塩貝健人の高校時代の評定平均はいくつですか?

5段階評価で4.9です。2026年6月12日付の日刊ゲンダイで、國學院大學久我山高校サッカー部の李済華監督が明かした数字として紹介されました。

塩貝健人は慶應義塾大学を卒業していますか?

卒業したとは確認されていません。2023年4月に慶應義塾大学法学部政治学科へ入学し、2024年8月にNECナイメヘンへ移籍する際、大学を休学して体育会ソッカー部を退部しました。

執筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

スポーツ観戦をきっかけに国内外の大会や選手の経歴を調べ、公式発表、本人の発信、学校・クラブ関係者の説明、報道の掲載日を照合しながら執筆しています。確認できない進学理由や本人の意図は推測で断定せず、事実と私見を分けてお伝えします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました