日下尚の高校・大学はどこ?学生時代の学歴を詳しく解説

高松北高校から日本体育大学へ進みレスリングに打ち込んだ日下尚選手を表すイメージ レスリング

日下尚選手は高松市立前田小学校、高松北中学校・高校を経て、日本体育大学を2023年春に卒業しました。

高校時代の敗戦を機に始めた自主練習、大学で進めた77kg級への適応が、2024年パリ五輪金メダルの土台の一つになったと考えられます。

日下尚の小学校・中学校・高校・大学はどこ?

日下尚選手の学歴は、高松市立前田小学校、香川県立高松北中学校、香川県立高松北高等学校、日本体育大学です。

2000年11月28日に香川県高松市で生まれ、高校卒業まで地元で競技を続けました。その後、2019年4月に日本体育大学へ進学し、2023年春に卒業しています。

学校と学生時代の主な出来事を整理すると、次の通りです。

学校・時期 学校名 入学・卒業時期 主な出来事
小学校 高松市立前田小学校 公表資料で年月未確認 高松レスリングクラブで競技を継続
中学校 香川県立高松北中学校 公表資料で年月未確認 レスリングと並行して相撲も経験
高校 香川県立高松北高等学校 2019年3月卒業とみられる 2018年全国高校生グレコローマン選手権71kg級優勝、全日本選手権3位
大学 日本体育大学 2019年4月入学・2023年春卒業 全日本学生選手権77kg級2連覇、2022年U23世界選手権3位
大学卒業後 三恵海運所属 2023年から 2023年世界選手権3位、2024年パリ五輪金メダル

ホリプロの公式プロフィールには、学歴として「香川県立高松北高―日本体育大」と掲載されています。

日本体育大学のパリ2024特設ページでも日下選手は卒業生として紹介され、2021年と2022年の全日本学生選手権77kg級優勝などが記録されています。

一方、日本体育大学で在籍していた学部・学科は、本人や大学が明示した公表情報を確認できません。インターネット上には複数の記述がありますが、根拠が明らかでない情報を断定するのは避けるべきでしょう。

また、日下選手は大学進学後にレスリングを始めた選手ではありません。3歳で高松レスリングクラブに入り、小学校、中学校、高校、大学と競技を続けてきました。

ただし、幼少期から全国大会で優勝を重ねた早熟型の選手でもなかったと伝えられています。学校名だけでなく、それぞれの年代でどのように成長したのかを知ると、日下選手の学歴が持つ意味まで見えてきます。


日下尚の小学校・中学校は?相撲経験が独自の強さへ

日下尚選手の出身小学校は高松市立前田小学校、出身中学校は香川県立高松北中学校です。

四国新聞が掲載した日下選手の略歴でも、前田小学校から高松北中学校、高松北高校へ進んだ経歴が紹介されています。高校卒業まで、地元・香川県高松市で成長したのですね。

日下選手は3歳の頃に高松レスリングクラブへ入り、竹下敬さんらの指導を受けながら競技の基礎を身につけました。

幼少期から日下選手を見てきた竹下さんの証言として、試合中に泣きそうな表情でセコンドを見たり、負けた後に涙を流したりした時期があったことも報じられています。

パリ五輪で見せた堂々とした試合ぶりを思い浮かべると、少し意外に感じますよね。

怖さや悔しさを感じなかったのではなく、そうした感情を抱えながら競技を続けたことが大切なのでしょう。筆者としては、この「負けてもマットへ戻る姿勢」が、後の粘り強さにつながった可能性があると感じます。

小中学生で経験した相撲とは?

日下選手は小中学生の頃、レスリングと並行して相撲にも取り組みました。

相撲を始めた正確な時期や大会ごとの成績は、公表資料だけでは詳しく確認できません。ただし、本人が相撲の技術をレスリングに生かしていることは、パリ五輪前後の複数の報道で紹介されています。

代表的なのが、相撲の「おっつけ」と「ハズ押し」です。

おっつけは、自分の腕を相手の腕に当て、脇を締めながら上体を起こしたり姿勢を崩したりする技術です。ハズ押しは、手を相手の脇付近に当てて押し上げ、前方へ圧力をかけます。

日下選手が専門とするグレコローマンスタイルでは、相手の脚を直接攻撃できません。腰から上の組み手で有利な体勢を作るため、脇の使い方や上半身への圧力が重要です。

もちろん、相撲の押し方をそのままレスリングへ持ち込めるわけではありません。日下選手は相撲で覚えた感覚を、グレコローマンのルールに合う形へ応用したとみられます。

小中学校時代に全国的な注目を集めていなかったとしても、この時期は決して空白ではありません。後に「相撲レスラー」と呼ばれる独自の競技スタイルが、地元で過ごした少年時代から少しずつ育っていたのでしょう。


日下尚の出身高校は香川県立高松北高校

日下尚選手の出身高校は、香川県立高松北高等学校です。

ホリプロの公式プロフィールには「香川県立高松北高」、四国新聞の記事にも「高松北高出」と記されています。香川県立高松北中学校から同系列の高校へ進み、レスリング部で競技を続けました。

高校時代の大きな転機となったのは、優勝した大会ではなく、期待に応えられなかった一度の敗戦でした。

高校2年の愛媛国体で初戦敗退

日下選手は高校2年生だった2017年、愛媛県で開催された第72回国民体育大会「愛顔つなぐえひめ国体」に出場しました。

第1シードとして臨みながら初戦で敗退したと、竹下敬さんへの取材を基にした四国新聞の記事などで伝えられています。

上位進出を期待されていた中での初戦敗退は、本人にとって相当に悔しい結果だったのでしょう。香川県へ戻った日下選手は髪を五厘刈りにし、その後は神社で朝の自主練習を始めたと報じられています。

通常練習が終わった後にも、マットの端でスクワットを重ねるようになりました。こうした自主練習は一時的な反省で終わらず、高校卒業まで継続したとされています。

ただし、確認できる資料には練習の頻度や回数まで明示されていないため、「一日も休まず続けた」などと広げて断定することはできません。

大切なのは、髪を短くした行為そのものではなく、その後の練習を継続した点です。悔しさを抱くだけで終わらせず、自分に足りないものを埋める行動へ変えたことに、日下選手らしさが表れています。

高校3年で全国大会優勝と全日本選手権3位

高校2年時の敗戦後、日下選手は全国上位へと成長しました。

高校3年生だった2018年には、全国高校生グレコローマン選手権71kg級で優勝。同年12月の全日本選手権でも、大学生や社会人を含むシニアの大会で3位に入りました。

一部の紹介記事では高校3年時に「全国2冠」とされていますが、確認できた資料だけでは、もう一つの優勝大会名と階級を明確に特定できません。そのため、この記事では裏づけを確認できる全国高校生グレコローマン選手権優勝を中心に紹介します。

高校時代に確認できる主な国際・全国大会成績は、次の通りです。

  • 2017年:JOCジュニアオリンピックカップ・カデット76kg級優勝
  • 2017年:全国高校生グレコローマン選手権74kg級2位
  • 2017年:世界カデット選手権76kg級5位
  • 2018年:JOCジュニアオリンピックカップ・ジュニアの部2位
  • 2018年:アジア・ジュニア選手権3位
  • 2018年:全国高校生グレコローマン選手権71kg級優勝
  • 2018年:全日本選手権3位

71kg級、74kg級、76kg級と複数の階級が登場するのは、年代区分や大会によって当時の階級設定が異なっていたためです。すべてを同一階級の戦績として扱わず、大会名と階級を組み合わせて確認する必要があります。

※画像はAIによるイメージ

高松北高校の西山凌代監督も、目標を持って努力を続ければオリンピックを目指せることを、日下選手が後輩へ示したという趣旨の評価をしています。

2017年の初戦敗退から、2018年の全国大会優勝と全日本選手権3位へ。この結果の変化からは、高校時代に日下選手が「負けた後の行動」を大きく変えたことがうかがえます。


日下尚の大学は日本体育大学|学年別の主な戦績

日下尚選手の出身大学は、日本体育大学、通称「日体大」です。

2019年4月に入学し、2023年春に卒業しました。日本体育大学のパリ2024特設ページやレスリング部の発信でも、卒業生として紹介されています。

日体大を志望した背景には、2016年リオデジャネイロ五輪男子グレコローマンスタイル59kg級銀メダリスト、太田忍さんへの憧れがあったと伝えられています。

高校までは香川県内で競技を続けてきましたが、日体大には全国各地から強豪選手が集まります。卒業生を含む大人数で練習することもあったと報じられ、日下選手にとって競技環境は大きく変わりました。

進学先を選ぶことは、学校名を選ぶだけではありません。毎日どのような相手と組み、どの水準を基準にするかを選ぶことでもあります。

高校で全国上位に進んだ日下選手が、さらに厳しい環境へ踏み込んだ点からは、国内で満足せず世界を目指そうとする意思が感じられます。

松本慎吾監督の指導を受けて77kg級へ

日本体育大学で日下選手を指導したのが、オリンピック出場経験を持つ松本慎吾監督です。

日下選手は松本監督と繰り返しスパーリングを行い、組み手や体の使い方を学びました。本人は、オリンピック選手になれば監督に勝てると思っていたものの、今も勝てないという趣旨の発言をしています。

大学入学当初は体の線が細く、正面からの組み合いで押される場面があったことも伝えられています。その後、日下選手はトレーニングを重ね、五輪階級の77kg級を主戦場とするようになりました。

ただし、「大学で体を鍛えたから五輪金メダルを獲得できた」と単純に因果関係を決めつけることはできません。

戦績の推移からは、72kg級での経験を踏まえながら、77kg級の選手と組み合える体、技術、試合運びを時間をかけて整えていったと考えられます。

筋量や出力を高める一方で、持久力や動きの速さを保たなければなりません。日体大で過ごした4年間は、相撲経験から生まれた組み手を、国際的な77kg級でも生かすための準備期間だったのではないでしょうか。

日本体育大学時代の戦績

日下選手は大学1年時に72kg級で国内シニア大会を制しました。その後、五輪階級の77kg級へ移ると、優勝だけでなく2位や3位も経験しています。

大学1年・2019年

  • 全日本選抜選手権72kg級優勝
  • 全日本学生選手権72kg級3位
  • U23世界選手権72kg級5位
  • 全日本選手権72kg級優勝

大学2年・2020年

  • アジア選手権72kg級5位

大学3年・2021年

  • 全日本選抜選手権77kg級2位
  • 全日本大学グレコローマン選手権77kg級優勝
  • 全日本学生選手権77kg級優勝
  • 全日本選手権77kg級2位

大学4年・2022年

  • 全日本選抜選手権77kg級3位
  • 全日本学生選手権77kg級優勝
  • U23世界選手権77kg級3位
  • 全日本選手権77kg級2位

2019年には72kg級で全日本選抜選手権と全日本選手権を制した一方、U23世界選手権は5位でした。2020年のアジア選手権も5位となっています。

この結果だけを根拠に、海外選手へ対応できなかったと断定することはできません。ただ、国内優勝後も国際大会で課題と向き合う期間が続いたことは、戦績から読み取れます。

77kg級へ移行した2021年以降も、全日本選手権では2位が続きました。しかし、全日本学生選手権では2021年と2022年に連覇し、2022年のU23世界選手権では銅メダルを獲得しています。

筆者としては、階級変更後の2位や3位を単純な後退とは捉えていません。より体格の大きな相手と戦うために、体と技術のバランスを組み直した助走期間だったと考えると、その後の成長が理解しやすくなります。


学生時代はパリ五輪金メダルへどう生きた?

日下尚選手は日本体育大学卒業後、2023年に三恵海運所属となりました。

同年の全日本選抜選手権77kg級で優勝し、世界選手権では銅メダルを獲得。2024年パリ五輪代表に内定しました。

世界選手権準決勝では、キルギスのアクジョル・マフムドフ選手に5対7で敗れています。しかし、2024年4月のアジア選手権決勝ではマフムドフ選手を破り、優勝しました。

そしてパリ現地時間2024年8月7日、男子グレコローマンスタイル77kg級決勝で、カザフスタンのデメウ・ジャドラエフ選手と対戦。5対2で勝利し、初出場のオリンピックで金メダルを獲得しました。

前日の60kg級では文田健一郎選手も優勝しています。日本男子が五輪グレコローマンスタイルで1大会に2個の金メダルを獲得したのは、1964年東京五輪以来60年ぶりでした。

高松市は、日下選手の優勝を香川県出身者による五輪個人種目初の金メダルと発表しています。母校や地元レスリング界にとっても、非常に大きな成果となりました。

学校ごとに身につけた強さが一つになった

私見では、日下選手の学歴をたどるうえで重要なのは、学校の知名度ではなく、年代ごとに異なる課題へ向き合った過程です。

小中学生では、レスリングに加えて相撲を経験しました。高校では愛媛国体の敗戦後に自主練習を始め、競技へ継続的に取り組む習慣を身につけたとみられます。

大学では松本慎吾監督らの指導を受け、72kg級から77kg級へ主戦場を移しました。国際大会5位や国内大会2位を経験しながら、五輪階級で戦う力を整えていったのでしょう。

パリ五輪で見せた前進圧力や脇の使い方には、相撲の「おっつけ」や「ハズ押し」と共通する部分があります。ただし、金メダルの理由を相撲経験や高校時代のスクワットだけに求めるのは適切ではありません。

相撲で学んだ感覚、高校での自主練習、日体大で磨いた組み手、77kg級への適応、国際大会での経験。それぞれが土台の一つとなり、最終的に日下選手独自のレスリングへ結びついたと考えるのが自然です。

また、大学卒業後も日体大を練習拠点とし、松本監督らとの練習を続けました。卒業によって環境を切り替えるのではなく、自分が成長できる場所を継続して選んだ判断も見逃せません。

日下選手の座右の銘として知られているのが、西郷隆盛の漢詩に由来する「耐雪梅花麗」です。厳しい冬を耐えた梅は美しい花を咲かせる、という意味で紹介されます。

高校2年時の初戦敗退、大学時代の国際大会5位、77kg級で続いた国内2位。日下選手は苦しい結果を精神論だけで片づけず、自主練習や体づくり、組み手の改善へつなげました。

私はそこに、日下選手の学生時代を知る本当の価値があると感じます。パリ五輪の金メダルは突然生まれた成果ではなく、各年代で見つけた課題を一つずつ修正してきた先にあったのでしょう。

まとめ

日下尚選手は、高松市立前田小学校、香川県立高松北中学校、香川県立高松北高等学校を経て、2019年4月に日本体育大学へ進学し、2023年春に卒業しました。

高校2年生だった2017年の愛媛国体では、第1シードながら初戦敗退。この敗戦を機に朝の自主練習などを始め、高校卒業まで継続したと報じられています。

高校3年時の2018年には、全国高校生グレコローマン選手権71kg級で優勝し、全日本選手権でも3位に入りました。

日本体育大学では松本慎吾監督の指導を受け、72kg級から五輪階級の77kg級へ移行。全日本学生選手権77kg級2連覇や、2022年U23世界選手権同級3位などの成績を残しています。

小中学生で経験した相撲、高校で続けた自主練習、大学での77kg級への適応は、それぞれパリ五輪金メダルを支えた土台の一つと考えられます。

日下選手の学歴は、学校名を並べただけの経歴ではありません。敗戦や環境の変化に合わせ、自分の強さを作り直してきた成長の記録なのです。


よくある質問

日下尚選手の出身高校はどこですか?

香川県立高松北高等学校です。高校3年生だった2018年には全国高校生グレコローマン選手権71kg級で優勝し、全日本選手権でも3位に入りました。

日下尚選手の出身大学と卒業年は?

日本体育大学へ2019年4月に入学し、2023年春に卒業しました。在籍した学部・学科は、本人や大学が明示した公表情報を確認できません。

日下尚選手の小学校と中学校はどこですか?

小学校は高松市立前田小学校、中学校は香川県立高松北中学校です。3歳から高松レスリングクラブで競技を続け、小中学生の頃には相撲も経験しました。

日下尚選手は高校時代から全国トップだったのですか?

高校2年時の愛媛国体では、第1シードながら初戦で敗れたと報じられています。その後に自主練習を続け、高校3年時には全国高校生グレコローマン選手権優勝と全日本選手権3位を記録しました。

筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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