志治群青の出身地と経歴まとめ!競技を始めたきっかけから現在まで

志治群青選手は愛知県海部郡蟹江町出身。4歳で競技を始め、13歳で2025年マイナビ日本オープン男子パーク初優勝を果たしました。

2025年日本選手権2位で愛知・名古屋アジア大会の出場権を獲得し、2026年には世界選手権で初めて予選を突破。地元の練習場から世界へ歩む経歴を、確認できた大会結果とともに紹介します。

志治群青の出身地とプロフィールは?

志治群青選手の出身地は、愛知県海部郡蟹江町です。名前は「しじ・ぐんじょう」と読み、2011年8月生まれ。男子パークを主戦場とするスケートボード選手です。

愛知県スポーツ局スポーツ振興課が運営する「あいスポ」の選手紹介や、競技統括団体ワールドスケートジャパンの大会結果から確認できるプロフィールをまとめました。

  • 名前:志治群青
  • 読み方:しじ・ぐんじょう
  • 生年月:2011年8月
  • 出身地:愛知県海部郡蟹江町
  • 競技:スケートボード
  • 種目:男子パーク
  • 競技開始:4歳
  • 得意技:ロデオ540などのエア・トリック
  • 主な練習拠点:蟹江町内の倉庫を改装した屋内練習場
  • 主な国内成績:2025年日本オープン優勝、2025年日本選手権2位
  • 国際大会:2026年世界選手権27位
  • 目標:2026年愛知・名古屋アジア競技大会、2028年ロサンゼルスオリンピック

蟹江町は名古屋市の西側に位置する町です。志治選手は、田園風景が広がる地元で日々の練習を重ねながら、関東や海外の大会へ活動範囲を広げてきました。

スケートボードには、街中の階段や手すりを模したコースで技を競う「ストリート」と、大小の曲面や深いくぼみを組み合わせたコースを滑る「パーク」があります。

志治選手が取り組むパークでは、曲面で得たスピードを利用して空中へ飛び出し、回転やボード操作を伴う技を連続させます。技の難しさだけでなく、高さ、スピード、完成度、コースの使い方なども重要です。

志治選手が得意とするのは、空中で見せるエア・トリック。2026年の世界選手権では、体を斜め方向へ回転させながら1回転半する「ロデオ540」を含むランを成功させています。

まだ中学生の年代でありながら、国内タイトル、代表選考、世界選手権という段階を一つずつ上っている選手です。地元で技を磨く日常と、世界大会へ挑む競技生活が同時に進んでいることが、志治選手の経歴を知るうえで大切なポイントでしょう。


志治群青の経歴は?4歳の競技開始から世界選手権まで

志治群青選手は4歳でスケートボードを始め、10歳で日本選手権4位、13歳で日本オープン優勝、14歳で日本選手権2位と成績を伸ばしてきました。

競技を始めた直接のきっかけについては、今回確認できた公開資料では詳しく明かされていません。家族や特定選手の影響だったとは断定せず、判明している歩みを時系列で見ていきましょう。

時期 年齢の目安 主な出来事
2015年ごろ 4歳 スケートボードを始める
2021年 10歳 日本選手権男子パーク4位
小学6年生 11~12歳 初めて海外大会に出場
2025年4月6日 13歳 第3回マイナビ日本オープン男子パーク優勝
2025年10月19日 14歳 第8回日本選手権男子パーク2位
2026年4月 14歳 世界選手権で初の予選突破、27位
2026年4月 14歳 第4回日本オープンで決勝進出
2026年9月予定 15歳 愛知・名古屋アジア競技大会に出場予定
2028年 16~17歳 ロサンゼルスオリンピックを目指す年代

2021年の日本選手権男子パークでは、10歳で4位に入りました。愛知県の「あいスポ」も、この結果を志治選手が注目される契機の一つとして紹介しています。

小学生の選手が年齢制限のない国内大会で上位に入ったことから、早い段階ですでに高い技術を身につけていたと分かります。ただし、若さだけで評価するのではなく、そこから成績を伸ばし続けた過程にも目を向けたいですね。

小学6年生になると、初めて海外大会を経験しました。公開されている選手紹介では大会名や順位まで確認できないものの、慣れた地元とは形の異なるコースを滑り、海外選手と同じ舞台に立った経験は、その後の競技生活を考えるうえで重要です。

2025年4月には、神奈川県藤沢市の鵠沼海浜公園スケートパークで開かれた第3回マイナビスケートボード日本OPENで初優勝。続く同年10月の日本選手権では2位に入りました。

2026年には世界選手権で自身初となる予選突破を達成しています。準々決勝は27位でしたが、国内大会の上位から世界大会の予選突破へ進んだ流れは、着実な成長を示しているのではないでしょうか。

私は、志治選手の経歴は「幼いころから天才だった」という一言では説明できないと感じます。4歳で始めた早さに加え、国内4位から初優勝まで練習を積み重ね、海外で通用する技へ磨いてきた時間こそが現在の土台なのでしょう。


13歳で初優勝した2025年マイナビ日本オープンの結果は?

志治群青選手は2025年4月6日、鵠沼海浜公園スケートパークで行われた男子パーク決勝で76.26点を記録し、初優勝しました。

大会の正式名称は「第3回マイナビスケートボード日本OPEN supported by Murasaki Sports」です。大会は4月5日と6日に開催され、男子パーク決勝は6日に行われました。

会場は、神奈川県藤沢市の鵠沼海浜公園スケートパーク。ワールドスケートジャパンの大会案内では「HUG-RIDE PARK」と表記されている施設です。

男子パークの最終順位は、次のようになりました。

順位 選手 当時の年齢 出身都道府県
1位 志治群青 13歳 愛知県
2位 櫻井壱世 16歳 宮崎県
3位 永原悠路 19歳 長野県

志治選手は予選を2位で通過。決勝では一人3本のランを滑り、その中の最高得点によって順位が決まりました。

1本目では、バリアル・バックサイド・ディザスター、ウェドル540、ロデオ540などをつなぎ、最後まで滑り切って62.44点を獲得します。

2本目は、終盤に組み込んだギャップ越えのバックサイド360エアでミスが出ました。それでも難度を落として安全にまとめるのではなく、最終3本目で同じ技へ再び挑みます。

そして3本目、2本目で失敗したバックサイド360エアを成功。ラン全体をまとめて76.26点を記録し、逆転で優勝を決めました。

この優勝を単に「13歳で日本一」と要約してしまうと、志治選手らしさが十分には伝わりません。

注目したいのは、2本目の失敗を受けて難しい技を外すのではなく、3本目でもう一度挑み、成功させたことです。決勝で技の選択を変えずに完成度を高めた点に、本人の勝負強さと修正力が表れています。

2位の櫻井壱世選手は、1本目に70.02点を記録。一時は首位に立っていました。志治選手は最終3本目でその得点を6.24点上回り、タイトルをつかんだことになります。

また、表彰台には志治選手より年上の選手が並びました。3位の永原悠路選手は、2021年の東京オリンピックに出場した実績を持つパーク選手です。

経験豊富な選手たちを抑えて優勝したことは、志治選手が将来を期待されるだけの存在ではなく、すでに国内大会で勝てる力を示したという意味を持ちます。

なお、この大会は「日本オープン」であり、「日本選手権」とは別の大会です。志治選手の2025年4月の実績は、正確にはマイナビ日本オープン男子パーク初優勝となります。


専属コーチを置かない志治群青の練習方法とは?

志治群青選手は11歳ごろから専属コーチを置かず、自分で技を考え、納得できるまで繰り返す方法で滑りを磨いてきました。

「あいスポ」の取材では、志治選手の練習拠点として、蟹江町の田園地帯にある大きな倉庫を改装した屋内施設が紹介されています。

施設には本格的なハーフパイプが設けられており、天候の影響を受けにくい環境です。両親が練習できる場所を整えたことが、日々の競技生活を支える大きな基盤になっています。

学校が終わってから練習場へ向かい、長い日には5~6時間滑ることもあるそうです。同じ技を納得できるまで試し、空中での姿勢や回転、着地を自分の感覚で調整してきました。

※画像はAIによるイメージ

「専属コーチがいない」と聞くと、すべてを一人だけで成し遂げたように受け取ってしまうかもしれません。しかし、本人が技を研究することと、家族や周囲から支援を受けることは両立します。

志治選手の場合、自分で考える練習方法と、家族が整えた練習環境が組み合わされています。どちらか一方だけでは、長時間の反復練習を続けるのは難しかったでしょう。

地元の施設で練習する一方、試合がない週末には関東方面へ出かけ、異なるパークで一日滑ることもあります。

同じハーフパイプで技の精度を高める練習と、形や深さの違うコースへ対応する練習では、得られるものが異なります。

  • 蟹江町の練習場:同じ技を繰り返し、精度を高める
  • 関東方面への遠征:異なる曲面や配置への対応力を磨く
  • 海外大会:初めてのコースと国際的な競争を経験する
  • 大会本番:限られたランの中で技を選択し、得点につなげる

この練習の積み重ねが最も分かりやすく表れたのが、2025年日本オープンの決勝だったと私は考えます。

2本目で失敗したバックサイド360エアを、3本目で成功させたからです。普段から失敗の原因を自分で探し、次の試技で修正する習慣がなければ、大会の最終ランで同じ技を決めるのは簡単ではありません。

志治選手本人は、反復練習そのものについて「あまり好きではない」という率直な思いも明かしています。その一方で、スケートボードにはずっと乗っていたいと語っています。

厳しい反復が好きなわけではなくても、滑ること自体への思いが続いている。その素直な感覚は、競技を長く続けるうえで大切な芯になっているのではないかしら、と感じました。

食生活にも本人なりの意識があります。「あいスポ」によると、ジュースやスナック菓子などをほとんど口にせず、誰かに強制されたのではなく、自分で競技のために選んでいるそうです。

専属コーチを置かずに技を研究するだけでなく、日常生活でも必要なことを自分で判断しているのですね。中学生らしい素顔を持ちながら、競技に関しては自立心の強い選手だと分かります。


2025年日本選手権2位でアジア大会出場権を獲得

志治群青選手は2025年10月19日の日本選手権男子パークで2位となり、2026年愛知・名古屋アジア競技大会の出場権を獲得しました。

以前の選手紹介では、アジア大会は志治選手が目標に掲げる大会として扱われていました。しかし、その後に実施された代表選考大会で結果を残し、状況が大きく進展しています。

第8回日本スケートボード選手権大会は、2025年10月に茨城県笠間市のムラサキパークかさまで開催されました。

男子パーク決勝の上位3人は、次のとおりです。

1. 永原依弦:89.66点
2. 志治群青
3. 猪又湊哉

ワールドスケートジャパンは、この日本選手権を愛知・名古屋アジア競技大会の代表選考大会と位置づけていました。国内統括団体の説明では、男女それぞれの1位と2位が出場権を獲得しています。

そのため、2026年8月19日時点では、志治選手は単にアジア大会を「目標としている選手」ではありません。2025年日本選手権2位によって出場権を得て、代表入りが伝えられている選手です。

愛知県の「あいスポ」も2026年6月の大会案内で、志治選手を「代表入りしている」選手として紹介しています。CBCテレビも2026年4月の特集で、アジア大会代表に内定していると報じました。

愛知・名古屋アジア競技大会は、2026年9月19日から10月4日まで開催される予定です。スケートボード競技の会場は愛知県国際展示場で、競技日程は9月24日から27日と案内されています。

蟹江町出身の志治選手にとって、地元・愛知県で開かれる国際総合大会です。日々支えてきた家族や地域の方々が見守りやすい場所で代表として滑ることは、競技成績とは別の意味でも特別でしょう。

もちろん、出場権の獲得がそのままメダルを約束するわけではありません。アジア各国・地域の選手を相手に、初めて滑るコースへ短時間で適応し、難度と成功率を両立させる必要があります。

それでも、2021年の日本選手権4位から4年後、代表選考大会で2位に入って地元開催のアジア大会へつないだ歩みには、一つの物語があります。

幼いころから応援してきたご家族にとっては、胸がいっぱいになる舞台でしょうね。志治選手自身にとっても、地元で積み重ねてきた時間を国際大会の滑りで表現する機会になりそうです。


2026年世界選手権で初の予選突破|経歴は国際舞台へ

志治群青選手は2026年のワールド・スケートボード・ツアー世界選手権で、自身初となる予選突破を果たし、男子パーク27位となりました。

大会はブラジル・サンパウロで開催されました。志治選手は準々決勝の1本目で、得意技のロデオ540を含むランを最後まで成功させています。

最終的には準々決勝27位で敗退し、上位進出には届きませんでした。それでも、世界選手権で初めて予選の壁を越えたことは、国内での成績を国際大会へつなげる一歩です。

志治選手が2025年日本オープンで示したのは、国内決勝で失敗を修正して優勝する力でした。2026年世界選手権では、国際大会の予選を突破し、準々決勝でランをまとめるところまで進みました。

この二つの結果を並べると、成長の方向が見えやすくなります。

国内大会で勝てる技術を持っていても、海外の会場ではコースの大きさや曲面の角度、練習時間、選手層が変わります。その環境で予選を通過したことは、異なるコースへの対応力が高まりつつある証しと考えられるでしょう。

2026年4月5日に栃木県宇都宮市で行われた第4回日本オープンでも、志治選手は予選で72.83点、準決勝で76.68点を記録し、決勝へ進みました。

2025年の初優勝だけで歩みが止まったわけではありません。日本選手権2位、アジア大会出場権、世界選手権初予選突破と、翌年へ結果をつないでいる点が現在の志治選手を評価するうえで重要です。

一方で、世界選手権27位という結果は、世界の上位との距離がまだ残っていることも示します。だからこそ、今後は一つの大技だけでなく、ラン全体をどこまで安定させられるかが注目されます。

若い選手の成長は、常に一直線ではありません。体格が変化すれば、回転の感覚や踏み切るタイミングも変わります。結果だけを急いで求めず、成長期の体を守りながら国際経験を重ねてほしいですね。


春野滋の考察|志治群青の強みは失敗を次の成功へ変える力

ここからは、公開されている経歴と大会結果を踏まえた私なりの考察です。

志治群青選手を紹介するとき、「4歳で開始」「専属コーチを置かない」「13歳で初優勝」という言葉は、とても印象に残ります。

ただ、私は志治選手の本当の強みは、始めた年齢の早さや独学という形式そのものではなく、失敗を観察し、次の試技で成功へ変える力にあると考えています。

2025年日本オープン決勝は、その力が結果として表れた大会でした。

1本目を62.44点でまとめた後、2本目はバックサイド360エアでミス。それでも最終3本目に再挑戦して成功し、76.26点まで得点を伸ばしました。

最終ランで難度を落とさず、失敗した技を決め切った事実は重いものです。普段の練習で何度も失敗と修正を繰り返してきたからこそ、本番でも気持ちを切り替えられたのではないでしょうか。

また、地元の練習環境と遠征を組み合わせている点も見逃せません。

蟹江町の屋内施設では、天候に左右されにくい環境で同じ技を繰り返せます。一方、関東や海外へ行けば、曲面の高さや配置が異なるコースに対応しなければなりません。

私はこの二つを、技を深く掘る練習と、技の使い方を広げる練習だと見ています。

同じ施設だけで滑っていると、慣れたコースでは強くても、初めての会場で感覚を合わせるのに苦労する場合があります。反対に、遠征だけでは、一つの難しい技を細部まで磨き込む時間を確保しにくいでしょう。

志治選手は地元で反復し、週末や大会で別のコースへ移動することで、精度と適応力の両方を育ててきたと考えられます。2026年世界選手権で初めて予選を突破できたことは、その積み重ねが国際舞台でも形になり始めた結果かもしれません。

一方、「専属コーチを置かない」という方法を美談にしすぎるべきではないとも思います。

成長期には身長、体重、筋力が変わり、これまで決まっていた技の感覚が変化することがあります。自分で考える力を大切にしながらも、必要に応じて映像分析、フィジカルトレーニング、けがの予防、栄養や休養について専門家の知見を取り入れることは有益でしょう。

誰にも教わらないことが強さなのではありません。本人が主体となり、自分に必要な助言を選べることが、本当の意味での自立ではないかしら。

学校生活との両立も、今後さらに大切になります。

志治選手は学校が好きで、先生や友人にも恵まれている一方、海外遠征によって登校できない日があることを悩みとして語っています。海外選手と会話するため、英語のスクーリングを受けたいという意向も示しました。

競技で世界を目指すだけでなく、現地で自分から意思疎通を図ろうとしている点に、私は志治選手の成長意欲を感じます。

パークのランは一人で滑りますが、競技生活まで一人で完結するわけではありません。家族、学校、競技団体、練習仲間など、多くの人に支えられて世界へ向かいます。

志治選手の経歴を「独学の天才」という短い言葉だけでまとめてしまうと、この周囲の支えも、本人が積み重ねた地道な努力も見えにくくなってしまいます。

4歳で始めたことは確かに早い歩みです。しかし、私がより大きな価値を感じるのは、10歳で日本選手権4位に入った後も練習を続け、13歳で初優勝し、14歳でアジア大会の出場権と世界選手権初予選突破をつかんだことです。

早く始めるだけでは、この経歴にはなりません。

うまくいかない技へ何度も向き合い、国内と海外の異なるコースを経験し、学校、生活との両立に悩みながらも、ボードに乗り続けたいと思ってきた。その積み重ねが志治群青選手らしさなのでしょう。

愛知・名古屋アジア大会では、地元代表という期待も背負います。ただ、15歳の選手に結果だけを求めすぎず、世界へ続く成長の一場面として見守りたいですね。

2025年日本オープンのように、失敗を次のランで修正できるか。世界選手権で見せたロデオ540を、ラン全体の得点へどう結びつけるか。そして、大きな地元大会で自分らしく滑れるか。

その一つひとつが、2028年ロサンゼルスオリンピックへ向かう大切な経験になると考えます。


まとめ

志治群青選手は、2011年8月生まれの愛知県海部郡蟹江町出身です。4歳でスケートボードを始め、男子パークの選手として成長してきました。

2021年には10歳で日本選手権4位。2025年4月6日の第3回マイナビ日本オープンでは、決勝3本目にバックサイド360エアを成功させ、76.26点で初優勝しました。

同年10月19日の日本選手権では2位に入り、2026年愛知・名古屋アジア競技大会の出場権を獲得。2026年の世界選手権では、ロデオ540を含むランを決め、初の予選突破と27位という結果を残しています。

成長を支えているのは、蟹江町の倉庫を改装した屋内練習場、自分で技を研究する姿勢、異なるコースを経験する関東・海外遠征です。

志治選手の魅力は、専属コーチを置かないこと自体ではなく、失敗の原因を考え、次のランで修正する力にあります。地元開催のアジア大会でどのような滑りを見をせるのか、温か温く応援したいですね。

##ですね よくある質問

志治群青の出身地はどこですか?

愛知県海部郡蟹江町です。町内にある倉庫を改装した屋内練習場を主な拠点としてきました。

志治群青は何歳で日本オープンに優勝しましたか?

13歳です。2025年4月6日の第3回マイナビ日本オープン男子パーク決勝で76.26点を記録し、初優勝しました。

志治群青は愛知・名古屋アジア大会に出場しますか?

2025年日本選手権男子パークで2位となり、2026年愛知・名古屋アジア競技大会の出場権を獲得しました。愛知県の大会案内や2026年4月の報道でも代表入りが伝えられています。

エンタメ&スポーツ愛好家ライター 春野滋

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