渡邉聡美選手は、2025年8月の成都ワールドゲームズ女子シングルスで日本人初の金メダルを獲得し、PSA世界ランキング自己最高6位に到達したプロスカッシュ選手です。
8歳で競技を始め、12歳でマレーシアへ単身留学。英国で学びながら世界ツアーを転戦し、日本人初の世界トップ20入りや世界選手権ベスト8など、日本スカッシュ界の歴史を塗り替えてきました。
渡邉選手が世界6位まで駆け上がった歩みは、次の3つの実績に凝縮されています。
- 2023年、日本人選手として初めてPSA世界ランキングトップ20入り
- 2025年、PSA世界選手権で日本人初のベスト8
- 2025年、成都ワールドゲームズ女子シングルスで日本人初の金メダル
この記事では、渡邉聡美選手の経歴や学歴、国内外で残した成績を、確認できる資料と大会記録に沿って整理します。
渡邉聡美の経歴・プロフィールとは?
渡邉聡美選手は、1999年1月15日生まれ、神奈川県横浜市出身のプロスカッシュ選手です。
JOCの選手プロフィール、本人公式サイト、プロフィール掲載元であるFirst Waveなどの情報を整理すると、基本情報は次のようになります。
項目 内容
名前 渡邉聡美(わたなべ・さとみ)
生年月日 1999年1月15日
出身地 神奈川県横浜市
身長・体重 170cm・59kg
利き手 右利き
出身高校 八洲学園大学国際高等学校
出身大学 University of Roehampton(ローハンプトン大学)
競技上の所属表記 Greetings
プロフィール掲載・活動支援 First Wave
日本ランキング 1位
PSA世界ランキング自己最高 6位
ここで注意したいのが、「Greetings」と「First Wave」は同じ意味の所属先として扱わないことです。
大会報告や日本スカッシュ協会の記事では、渡邉選手の所属が「Greetings」と記載されています。一方、First Waveは渡邉選手のプロフィールや活動情報を掲載している企業・支援窓口です。
したがって、競技上の所属はGreetings、身長や体重などのプロフィールを確認できる掲載元の一つがFirst Wave、と分けて理解するのが適切でしょう。
ランキングも大会結果によって変動します。First Waveのプロフィールには2025年10月時点の順位として7位、自己最高6位と記載された情報があり、Olympics.comが2026年7月12日に公開したインタビューでは、2025年に日本人初のトップ10入りを果たして自己最高6位へ到達した歩みが紹介されています。
そのため本記事では、固定された現在順位ではなく、変動しない実績として「PSA世界ランキング自己最高6位」と表記します。
8歳でスカッシュを始めたきっかけ
渡邉選手がスカッシュを始めたのは8歳のときです。
小学校から森村学園に通い、横浜市内の施設でラケットを握ったことが競技人生の出発点になりました。
スカッシュは、前後左右を壁で囲まれたコートで、小さなゴムボールを交互に打ち合う競技です。打ったボールは正面の壁だけでなく、左右や後方の壁にも跳ね返ります。
選手には、ボールの速さに反応する力だけでなく、反射後の軌道を読む判断力、相手の動きを予測する力、長いラリーを続ける持久力が求められます。
コート中央付近の「Tポジション」を確保できれば、次のボールへ移動しやすくなります。反対に中央から追い出されると、相手に主導権を握られやすくなるのですね。
渡邉選手の170cmという体格は、遠いボールへ届きやすいリーチの面で強みになります。ただし、体格だけで世界上位へ進めるほど単純な競技ではありません。
幼い頃から異なる球質や戦術に触れ、状況に応じた選択肢を増やしてきたことが、のちの成績につながったと考えられます。
12歳でマレーシアへ単身留学
渡邉選手の経歴における最初の大きな転機は、12歳で決断したマレーシアへのスカッシュ留学です。
2024年9月27日に公開されたスポルティーバの本人インタビューでは、短期間の練習参加を経て海外の環境に引かれ、本格的な留学へ進んだ経緯が紹介されています。
マレーシアは、長く世界ランキング1位に君臨したニコル・デービッドさんを輩出した、アジア有数のスカッシュ強豪国です。
体格やショットの速度、ラリーの組み立て方が異なる選手たちと日常的に練習できる環境は、日本国内だけでは得にくい経験だったでしょう。
12歳といえば、まだ中学生になる頃です。親元を離れ、言葉や食事、生活習慣の異なる国で競技に取り組むことは、決して小さな選択ではありませんよね。
もっとも、本人が語っていない心情を「寂しさに耐えた」「苦難を克服した」と物語のように断定することはできません。
確認できる重要な事実は、育成年代から世界水準の選手と練習し、その後も海外を拠点に競技を続けたことです。筆者としては、この早い環境選択が、世界の多様なプレースタイルへ対応する土台になったと見ています。
高校卒業後は英国ローハンプトン大学へ
高校卒業後、渡邉選手はスカッシュが盛んなイギリスへ渡り、ロンドンにあるローハンプトン大学へ進学しました。
マレーシアで競技の基礎と国際感覚を養ったとすれば、英国での生活は、PSAスカッシュツアーで世界上位を目指すための実戦的な段階だったといえるでしょう。
大学で学びながら練習を続け、2021年にはノッティンガム大学で開催された全英スカッシュ学生選手権に第2シードとして出場しました。
決勝では第1シードのルーシー・ビークロフト選手を3-0で破り、優勝しています。この結果は、日本スカッシュ協会が2021年12月13日付の大会報告で伝えました。
英国に滞在して練習しただけではなく、現地の学生トップ選手が集まる大会で、上位シードを倒して結果を残した点が大切です。
卒業後も英国を主な拠点とし、世界各地のPSA大会へ出場。2026年7月12日公開のOlympics.com「スカッシュ・渡邉聡美が語る LA28への挑戦」でも、海外で積み重ねてきた経験と、2028年ロサンゼルス五輪への思いが取り上げられています。
渡邉聡美の主な実績は?国内6度優勝から世界6位まで
渡邉聡美選手の実績を時系列で追うと、国内制覇、アジア大会のメダル、世界ツアー優勝、世界選手権8強と、段階を踏んで世界との差を縮めてきたことが分かります。
重複を避けながら全体像をつかめるよう、主な記録を年表にまとめました。
年 大会・記録 結果と位置づけ
2017~2022年 全日本スカッシュ選手権 5大会連続優勝
2018年 ジャカルタ・パレンバンアジア大会 女子個人5位、女子団体5位
2021年 全英スカッシュ学生選手権 決勝3-0で優勝
2022年 WSF女子世界団体選手権 出場6試合全勝、大会MVP
2023年 Women’s Kinetic Orange Ball 30K Challenger 優勝
2023年 第19回アジア競技大会・杭州 女子個人銅メダル
2023年4月 PSA世界ランキング 19位、日本人初のトップ20入り
2024年 Optasia Championships 優勝
2024年 全日本スカッシュ選手権 通算6回目の優勝
2024年 WSF女子世界団体選手権 日本女子史上最高の9位
2025年1月 Squash in the Land PSAシルバー大会優勝
2025年5月 PSA世界選手権 日本人初のベスト8
2025年6月 PSAツアーファイナルズ 日本人初出場、ベスト4
2025年 PSA世界ランキング 自己最高6位
2025年8月 成都ワールドゲームズ 女子シングルス金メダル
2018年のジャカルタ・パレンバンアジア大会について、JOCの大会記録では女子個人、女子団体ともに5位です。
渡邉選手がアジア大会で銅メダルを獲得したのは、2023年に中国・杭州で開催された第19回アジア競技大会の女子個人でした。
この大会は「杭州2022アジア競技大会」とも表記されますが、新型コロナウイルスの影響による延期で、実際の開催期間は2023年9月から10月です。
つまり、正確には「2022年大会として位置づけられ、2023年に開催された杭州大会で女子個人銅メダル」となります。大会名称と開催年が異なるため、経歴を確認するときには気をつけたいところですね。
全日本選手権5大会連続優勝
渡邉選手は2017年、18歳で全日本スカッシュ選手権を初めて制しました。
その後、2022年まで出場した5大会で連続優勝しています。大会が開催されなかった年を挟んでいるため、「5年間毎年優勝」ではなく「5大会連続優勝」と表すのが正確です。
2023年大会には出場せず、2024年に復帰すると再び頂点に立ち、優勝回数を通算6回へ伸ばしました。
国内で長く勝ち続ける選手は、対戦相手から試合映像や得意な展開を研究されます。それでも複数年にわたってタイトルを重ねた事実は、技術力に加え、追われる立場で結果を出す安定性を示しています。
世界団体選手権では6戦全勝でMVP
2022年のWSF女子世界団体選手権では、渡邉選手が出場した6試合すべてに勝利し、大会MVPに選ばれました。
日本スカッシュ協会が公表した大会報告では、当時世界ランキング33位、Greetings所属の渡邉選手が6戦無敗で日本代表をけん引したことが伝えられています。
スカッシュの団体戦も、試合そのものは一対一です。しかし、個人の勝敗が国の結果に直結するため、自分だけの大会とは違う重圧があります。
一試合の大勝ではなく、異なる相手との6試合をすべて勝ち切ったことに、このMVPの価値があります。世界上位へ進む前から、複数試合を通して力を発揮する安定感が表れていた記録といえるでしょう。
2024年の女子世界団体選手権では、日本代表が過去最高となる9位に入りました。
渡邉選手の世界ランキング上昇は、個人の名誉だけにとどまりません。世界ツアーで得た経験が代表チームへ持ち帰られ、日本女子全体の目標水準を引き上げる意味も持っています。
2025年の世界選手権ベスト8とPSA大会優勝は何がすごい?
2025年は、渡邉聡美選手が「世界大会に出場する日本人選手」から、「世界の上位ラウンドでタイトルを争う選手」へ進んだ一年でした。
その流れを決定づけたのが、1月のSquash in the Land優勝、5月のPSA世界選手権ベスト8、6月のPSAツアーファイナルズベスト4です。
Squash in the Landで上位シードを連破
2025年1月14日から19日まで、米国オハイオ州クリーブランドでPSAシルバー大会「Squash in the Land」が開催されました。
第5シードの渡邉選手は、大会期間中に第1、第2、第4シードを破り、当時の自身にとって最大規模となるPSAタイトルを獲得しました。
決勝の相手は、米国のアマンダ・ソビー選手です。渡邉選手は11-8、11-8、11-6の3-0、26分で勝利しました。
このスコアと試合時間は、PSA Squash Tourが2025年1月19日に掲載した大会決勝記事で確認できます。
具体的に数字を見ると、3ゲームの総得点は渡邉選手が33点、ソビー選手が22点です。第1、第2ゲームは3点差で競り合いながら先取し、第3ゲームでは5点差まで広げています。
デュースに入る前に3ゲームを取り切り、試合を長引かせなかった点も注目したいところです。決勝という緊張感のある舞台で、競った序盤をものにし、最後は点差を広げた試合運びがスコアに表れています。
一人の格上だけを倒した番狂わせではありません。第1、第2、第4シードを同じ大会で連破したことから、対策が偶然はまった一試合ではなく、対戦相手ごとに勝ち方を組み立てられた大会だったと評価できます。
これは試合結果とスコアから読み取った筆者の分析であり、本人やコーチが勝因として明言したものではありません。それでも、複数の上位選手を続けて倒した事実は、世界ランキング上昇を説明する有力な材料です。
世界6位のティネ・ヒリスを破って日本人初の8強
2025年5月9日から17日まで、米国シカゴでPSA世界選手権が開催されました。
当時世界ランキング11位だった渡邉選手は、ベスト8進出を懸けた試合で、ベルギーのティネ・ヒリス選手と対戦します。
ヒリス選手は当時世界6位。渡邉選手よりランキングが5つ上の相手でした。
渡邉選手は第1、第2ゲームを連取して主導権を握ります。第3ゲームを失ったものの、第4ゲームを取り返して3-1で勝利し、日本人選手として初めて世界選手権の準々決勝へ進みました。
ここに、渡邉選手の対応力を示す具体的な局面があります。
2ゲームを先取したあとに第3ゲームを落とすと、試合の流れが相手へ傾くことがあります。それでも第4ゲームで立て直して勝負を終えた結果からは、一度崩れた流れを修正する力がうかがえます。
もちろん、詳細なショット選択や配球の意図まで、結果だけで断定することはできません。ただ、「2ゲーム先取後に1ゲームを奪い返され、その次のゲームを取った」という経過は、試合中に踏みとどまった証拠として見ることができます。
準々決勝では、当時世界ランキング1位だったエジプトのヌーラン・ゴハー選手に敗れました。
世界選手権ベスト8は優勝を意味しません。それでも、世界6位の選手を直接破り、世界1位と準々決勝で対戦する位置まで進んだことに大きな意味があります。
組み合わせだけに恵まれて残った8強ではなく、格上との直接対決を制してつかんだ日本人初のベスト8なのです。
ツアーファイナルズ4強から自己最高6位へ
2025年6月には、シーズン上位選手が集うPSAスカッシュ・ツアーファイナルズへ日本人として初めて出場し、ベスト4に入りました。
その後、渡邉選手はPSA世界ランキングで自己最高6位に到達します。
世界ランキングは、一つの大会だけを見て決まる勲章ではありません。対象大会で獲得したランキングポイントの積み重ねにより変動します。
2025年の渡邉選手は、PSAシルバー大会優勝、世界選手権ベスト8、ツアーファイナルズベスト4と、性格の異なる大会で上位へ進みました。
つまり世界6位は、一度の大金星によって急浮上した順位というより、世界上位を相手に繰り返し結果を残したことの証明なのですね。

2025年ワールドゲームズ金メダルの決勝相手とスコアは?
渡邉聡美選手は2025年8月、中国・成都で開催されたワールドゲームズのスカッシュ女子シングルスで金メダルを獲得しました。
決勝の相手はフランスのマリー・ステファン選手です。渡邉選手が11-8、11-8、11-7の3-0、試合時間28分で勝利しました。
日本ワールドゲームズ協会の「2025年 成都大会」競技記録、日本スカッシュ協会の大会報告、World Squashの決勝記事、Olympics.comの選手紹介では、渡邉選手の金メダルが日本のスカッシュ選手としてワールドゲームズ初優勝であることが伝えられています。
準々決勝ではエジプト選手を3-0で下してベスト4へ進出。準決勝ではスペインのマルタ・ドミンゲス選手に3-0で勝ち、決勝でも1ゲームを失うことなく頂点に立ちました。
決勝の総得点は渡邉選手が33点、ステファン選手が23点です。第1、第2ゲームを同じ11-8で取り、第3ゲームは11-7と、最後に点差を一つ広げました。
決勝では3ゲームすべてで相手を7点または8点に抑え、デュースも許していません。大会終盤の準決勝と決勝を連続してストレートで勝ち切った事実から、重要な場面で試合を長期化させず、主導権を渡さなかったことが分かります。
ワールドゲームズは、五輪で実施されていない競技や種目を中心に、世界各国の選手が集う国際総合競技大会です。
ただし、世界選手権やPSA最高峰大会とは出場資格や選手構成が同一ではありません。「ワールドゲームズ金メダル=その時点で世界ランキング1位」と置き換えるのは適切ではないでしょう。
それでも、国を代表して出場する総合競技大会で優勝し、日本スカッシュ史上初の金メダルを持ち帰った価値は変わりません。
とりわけスカッシュは、2028年ロサンゼルス五輪で初めて実施される予定です。国際総合大会の独特な雰囲気のなかで勝ち切った経験は、通常のPSAツアーとは違う形で五輪への準備につながると考えられます。
渡邉聡美が世界6位まで上昇できた理由を考察
筆者としては、渡邉聡美選手の飛躍を「12歳から海外にいたから」という一言だけで説明するべきではないと考えています。
海外へ移れば、自動的に世界ランキングが上がるわけではありません。環境から何を学び、実戦でどのように結果へ変えたかが大切です。
経歴と試合結果を重ねて見ると、世界6位へ至った背景には三つの積み重ねが浮かびます。
育成年代から多様な相手に触れた
一つ目は、技術や戦術が完成する前の12歳から、マレーシアで異なるプレースタイルに触れたことです。
スカッシュでは、ショットの速度だけでなく、ボールを打つタイミング、壁の使い方、Tポジションの確保、ラリーの長さに選手ごとの違いがあります。
早い時期から異なる特徴の選手と練習すれば、一つの勝ち方に頼らず、目の前の相手に応じて答えを探す経験を重ねられます。
その後、英国を拠点にPSAツアーを転戦したことで、育成年代に得た対応経験を、世界上位との公式戦で磨き続けられたのでしょう。
これは本人が直接語った勝因ではなく、海外経歴と大会結果から導いた筆者の見方です。しかし、第1、第2、第4シードを同一大会で破った2025年のSquash in the Landは、多様な相手への対応力を示す具体的な結果といえます。
格上への勝利を単発で終わらせなかった
二つ目は、世界上位選手への勝利を、一度きりの番狂わせで終わらせなかったことです。
渡邉選手は2024年のOptasia Championshipsで、当時世界4位のネレ・ヒリス選手を破って優勝しました。
2025年にはSquash in the Landで上位シードを連破し、世界選手権では当時世界6位のティネ・ヒリス選手を3-1で破っています。
異なる時期、異なる大会、異なる対戦相手に勝っている以上、一人の相手との相性だけでは説明できません。
2023年4月に日本人初の世界トップ20入りを果たしてから、2025年にトップ10へ入り、自己最高6位へ進みました。この推移を見ると、突然の急成長というより、格上との差を一段ずつ縮めてきた結果と考えるほうが自然です。
ストレート勝ちと立て直しの両方を示した
三つ目は、2025年の重要大会で、異なる勝ち方を示したことです。
成都ワールドゲームズの準決勝と決勝では、いずれも3-0で勝利しました。決勝では11-8、11-8、11-7と、ゲームを追うごとに相手との点差を広げています。
一方、世界選手権のティネ・ヒリス戦では、2ゲームを先取したあとに第3ゲームを失いながら、第4ゲームを取り返して3-1で勝ちました。
前者は相手に流れを渡さず押し切った試合、後者は流れが揺れたあとに立て直した試合です。
細かな戦術は映像や本人の説明なしに断定できませんが、結果として「一気に勝つ力」と「試合中に持ち直す力」の両方が表れています。筆者としては、この勝ち方の幅こそ、2025年の飛躍を理解する重要な手がかりだと感じます。
世界1位との敗戦も現在地を示している
世界6位へ進んでも、頂点との差がなくなったわけではありません。
2025年世界選手権の準々決勝では、当時世界1位のヌーラン・ゴハー選手に敗れました。
ただ、世界トップと大会後半で対戦しなければ、その差を公式戦のなかで測ることもできません。渡邉選手はすでに「世界を目指す段階」ではなく、世界最高峰の選手と上位ラウンドで向き合う位置にいます。
世界ランキング自己最高6位、世界選手権ベスト8、ツアーファイナルズベスト4、ワールドゲームズ金メダルという実績から、筆者は渡邉選手をロサンゼルス五輪で上位進出を期待できる日本選手の一人と評価しています。
これは過去の結果に基づく私見であり、五輪でのメダルを保証するものではありません。出場資格や選考方法についても、今後発表される正式な規定を確認する必要があります。
それでも、幼い頃から続けてきた海外生活、各国を転戦した経験、世界上位選手への複数回の勝利、国際総合大会での優勝は、大舞台へ向けた確かな材料です。
さらに、渡邉選手の活躍には、日本の若い選手たちが世界への道筋を具体的に描けるようにした意味があります。
日本人初のトップ20入りから、トップ10、そして世界6位へ。以前は遠く感じられた場所が、同じ日本の選手によって実際に到達された目標へ変わりました。
最初に壁を越える選手が残すものは、記録だけではありません。「ここまで進める」という道しるべも、後に続く世代へ残してくれるのですよね。
よくある質問
渡邉聡美選手は何歳からスカッシュを始めましたか?
8歳でスカッシュを始めました。
12歳でマレーシアへ単身留学し、高校卒業後は英国のローハンプトン大学で学びながら競技を続けました。
渡邉聡美選手の所属とFirst Waveの関係は?
大会報告などにおける競技上の所属表記はGreetingsです。
First Waveは渡邉選手のプロフィールや活動情報を掲載している企業・支援窓口であり、本記事では所属とプロフィール掲載元を分けて記載しています。
渡邉聡美選手の世界ランキング最高位は何位ですか?
PSA世界ランキングの自己最高位は6位です。
2023年4月に19位となって日本人初のトップ20入りを果たし、2025年には日本人初のトップ10入りから自己最高6位へ進みました。
まとめ
渡邉聡美選手は、8歳でスカッシュを始め、12歳でマレーシアへ渡り、英国のローハンプトン大学で学びながら世界へ挑戦してきました。
2025年にはPSA世界選手権で日本人初のベスト8に進出し、ツアーファイナルズでもベスト4へ。世界ランキングは自己最高6位に到達しました。
同年8月の成都ワールドゲームズでは、決勝でマリー・ステファン選手を11-8、11-8、11-7の3-0で破り、日本のスカッシュ選手として初めて金メダルを獲得しています。
国内の第一線から世界の上位争いへ進み、さらに後輩たちが追いかけられる道まで切り開いてきた渡邉選手。2028年ロサンゼルス五輪へ向かう歩みを、これからも温かく見守りたいですね。
※主な確認資料:JOC「渡邉聡美選手プロフィール」(2023年9月29日時点)、First Wave「渡邉聡美プロフィール」、日本スカッシュ協会「全英スカッシュ学生選手権大会結果」「女子世界団体選手権大会報告」および各海外大会報告、PSA Squash Tour「Squash in the Land」決勝記事・世界選手権試合記録、World Squash「成都ワールドゲームズ」大会報告、日本ワールドゲームズ協会「2025年 成都大会」、Olympics.com「スカッシュ・渡邉聡美が語る LA28への挑戦」、渡邉聡美選手公式サイト(いずれも2026年9月13日確認)。
執筆者:春野滋(エンタメ&スポーツ愛好家ライター)

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